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固まる世界

 アイロンをかけていると、ピンポンとチャイムが鳴った。電源を落とし、ドアを開けると、ぐるぐるさん(メカ)が鉄鍋をもって立っていた。


「こんばんは」

『コンバンハ』


 人間の発声に近づくことを諦めた機械音声であった。片言だが挨拶のできるいいロボである。

時間は日も傾いた夕飯時、鍋をもって隣人の部屋に尋ねたということは、おすそ分けを想起させる。だが、彼女の手元からは美味な香りが漂ってこない。


 覗き込むと、なかにはなにも入ってなかった。真っ黒な金属の底に俺の顔が映る。


 腹も空いていたのだが、期待は的外れだった。期待したほうが悪い。相手は機体なのだ。


『オスソワケデス』


 どっこい、オスソワケだった。そして、ああと納得する。ぐるぐるさんはロボなので鉄を主食とするのだ。女性は鉄分を多くとるとよい。貧血予防になる。


「とりあえずおあがりください。一緒にご飯食べましょう」


 俺の歯の硬度は人間並みなので、おすそわけをいただくことはできない。しかし、せっかく来てくれたのだ。厚意は受け取れないにしても、同じ食卓を囲むくらいはしておこう。


 居間へ戻ると、畳はすでに侵食が始まっていた。床にうす緑いろはもうわずかしかない。数時間後にはイグサの香りが恋しくなるだろう。アイロン台を部屋の端に寄せ、銀色のテーブルを部屋の中央に引きずる。これで食卓ができた。


『ウワ~』


 すってんころりんと音がしたので振り向くと、後ろをついてきていたぐるぐるさん(ロボ)が転んでいた。床がつるつるなのですべってしまったらしい。滑りやすいうえに、夏は熱くなり、冬は冷たくなる嫌な廊下であるが、居間ももうすぐこうなってしまうのだ。いい加減、俺も慣れなければならない。


「大丈夫ですか、ぐるぐるさん。おもっ!」


 ぐるぐるさん(ロボ)に手を差し伸べて起こそうとすると、彼女のあまりの重量に、俺も床に引き込まれてしまった。冷たい床に、顔面から衝突してしまう。


 痛みに涙目になっていると、その隙に自力で立ち上がったぐるぐるさん(ロボ)が俺を見下ろしてプンプンと怒る。


『オンナノコ二オモイ、トカイッチャダメナノデスヨ!』


「はい……失礼しました」


 助けようとしたのに怒られるなんて。まったく、機械にひとの心はわからないか。


 金属色の床をなめると、血の味がした。




 世界がこうなってしまったのは、もう何か月前からだったろうか。


 常識レベルで根付いた光景は、いつからそうなったのかを思いだすのが難しい。いつのまにか、こうなっていたのだ。


 それは自然に、少しずつ。

 

 世界は鉄に変っていったのだ。



『鉄星』という言葉を知っているだろうか。


 細かなところは各自調べていただくとして、簡易的に言えば、星が死に、鉄の塊へと姿を変えることである。


 これは星だけの話ではない。すべての物質は、長い年月を経て、鉄原子へと変わっていく。もちろん、この星に住む我々人間も例外ではなく、お隣に住むぐるぐるさんなんて二週間前には完全にロボットになっていた。



 町はすべてが鉄色に染まった。街路樹並ぶ並木道は、鉄塔きらめく鉄の道にすがたを変えた。電車がないのに鉄道。人類が事態を楽観視していたころに生まれたジョークである。



 鉄の世界に生きる生身の人間なんて、もう俺くらいだろう。大家さんに家賃を手渡ししにいったら、すでに像になっていた。竹柳先輩に電話をしたら、話文構造の成り立っていない機械音しか流れてこなかった。たまにきていた宗教の勧誘も階段のところで固まっていたので溶鉱炉に運んでおいた。




 炊飯器の炊けた音がしたので、ぱかっと開くとなかには、鉄のビーズがぎっしりとつまっていた。米が鉄米になってしまった。アルファ米どころの話ではない。


 勿体ないので鉄皿に盛って、鉄テーブルへ運ぶ。すでにぐるぐるさん(ロボ)は食事をしていた。歯型のついた鉄鍋が、きらりと光る。


「おいしいですか?」


『エエ、ビミデス。テフロンカコウシタダケノフライパントハワケガチガイマス』


「こだわりがあるんですね」


『ロボヲナメナイデクダサイ』


「そういうつもりで言ったわけじゃないですよ。そういえば、ツチノコはゲンキですか?」


 ふと、彼女の飼っているペットのことを思い出して聞いてみた。この鉄の時代、ツチノコが鉄ツチノコになるなど余計に貴重性が増すではないかと考えたのだ。それに鉄の蛇なんてかっこいいではないか。もしよかったら見せてもらいたいところだ。


『アア、ツチノコチャンハ、テツガラスニサラワレテ……』


「テツガラス……鉄カラス?」


 そうか、いつのまにか鳥類も鉄になっていたのか。鎧をまとった鳥というのもかっこいいが、ペットを襲われて悲しい思いをしている相手に軽口など叩けるはずもない。俺は神妙な顔で失礼しました、と謝罪した。


『デモ、ツチノコチャンハ、サイゴニ、タマゴヲウンデクレマシタ』


「タマゴ?」


 ぐるぐるさん(ロボ)は、腹ポケットから出した鉄球を愛おしそうに撫でた。どうやらこの鉄球のことを言っているらしい。


 そうか、あのツチノコは子を残したのか。


 死ぬ前に、次世代に命を繋ぐ。


 命とはなんて美しいものなのだろう。



 まあ、金の卵ならば、赤子に希望が持てたが、今回は鉄の卵なので孵化することはないだろうが。




 俺はジャリジャリとしたコメを咀嚼して食事を終えた。ぐるぐるさん(ロボ)はすっかり鉄鍋を完食しており、おなかを膨らませていた。


「デザートハ?」


『イタダキマス。ベツバラデス』


 俺はどっこいせと立ち上がり、冷蔵庫へプリンを取りに行った。腰がギシギシと鳴る。最近外に出ていないせいだろう。筋肉がすっかり錆びついてしまったようだ。


 台所では幽霊の少女が呆れたように俺を見ていた。幽体の彼女にとって、世界の変化は他人ごとなのだろう。冷徹な目で俺のプリンを見ている。もしかしたらほしいのだろうか。


『アゲナイゾ』


 幽霊は付き合いきれない、とでも言いたげにふんと鼻を鳴らして消えた。



 カップを押し出し、鉄皿にプリンを落とす。ゴトンと音が響いた。


 居間へ戻り、おとなしく待っていたぐるぐるさんに、プリンを差し出す。しかし、食欲がないのか、眠たいのか、無言だった。動かない彼女は、まるで美しい彫像だった。


 俺はひとり寂しく、プリンをスプーンでつついた。



 カチンッ。



破滅三部作、結晶世界しか読んだことないです。

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