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UMA


 女の爪はきれいにそろっており、マニュキュアは塗られていなかった。

 裏返された手の甲をしばし見つめ、俺は女に説明を求める。


「……どういうことですか」


 すると、女は、もう片方の手をちゃぶ台の手の上空に浮かべた。


「正確なことを言えば、世界は二つ程度では収まりませんから、このように階層構造になっているという考えがされていますが、私たちの技術力では、表裏一体の、対になった世界への移動が限界なのです」


「…………」

 俺は、自宅に変な女を招き入れたことを自覚する。

 ツチノコの時点で怪しいとは勘づいていたが、世界観を語られると辟易する。電波な人間を相手にするの御免被りたかった。

 しかし、一時間の滞在を許したのちに、それを反故にするというのも、悪い気がした。別に勧誘のような面倒なものではないし、お隣さん同士になるというのなら、もう少し付き合ってやってもいいかもしれない。俺は座り方を正座からあぐらに直して、話に耳を傾けた。


「対になった世界同士は、非常に似通った歴史をたどります。最近、表の世界では、異世界転生もののアニメが流行っていますよね。あれは、裏の世界でも流行っています。ただし、世界の移動ができる裏では、割とありえない話ではない風に描かれていますけどね」


「へえ。あ、お茶もう一杯いかがです」


「あ、いただけますか」


 差し出された湯飲みに緑色の液体を注ぐ。湯気が天井に消える。


「……ふー、ふうー。……ここで、問題なのは、ふたつの世界が完全に一致しているわけではないということなのです」


 女が飲もうとした湯飲みを卓に戻す。熱すぎたらしい。俺は適当に話を合わせる。

「問題、ですか」


「ええ。例えば先ほどの異世界転生の描かれかたについて。我々の世界では、すでに技術が確立している、と申しましたね。これによって、表の世界では、異世界を移動することが不可能になりました」


「……はい?どういうことです」

 女が言う通り、ひとまず別世界へ移動する技術が裏の世界で完成したとして。それがなにかこちらの世界に関係してくるというのか?


「1900年代。学者によっては2000年代説を唱えるものもいますが。この時点で両者の世界はまるっきりといっていいほど同じものでした。しかし、それ以降。どうしたことか、未知のモノの発見は、早い者勝ちになりました」


「未知のモノ?」

「ええ。つまり、1900年代には夢物語だった技術。または未確認だった生物。それらは、一方の世界で発見された途端、もう一方の世界では実現不可能、または発見不可能になってしまうことがわかったのです。だから、世界の移動はもう表では実現しえないのです」


 俺は、首をひねる。女の話を信じるとして、だ。


「そう、なりますか?どのような原理で世界を移動しているのかわかりませんが、人間が作った技術なら、いずれどこかの科学者が遅れて完成させるでしょう」


 しかし、女は首を振った。


「それはないでしょうね。私は学生時代ある程度転移について学びましたが、表世界には、それらの基礎にあたる部分すら、いまだ発見していないようでした。この調子なら人類が滅びるまでに完成しないでしょうね」


 冷めてきたお茶に、女は口をつける。湯飲みに口紅が付いているのにきがつく。


「……ふう。ツチノコも、確かこちらの世界にはいないのですよね」


「はい、……そちらで先に見つかったから、ということですか」


 ええ、と女は一気に湯飲みを空ける。

「逆にゴリラは、かつて両者の世界でUMAでありましたが、表で見つかったせいで、裏ではいまだに未確認生物のままです。もう見つかることはないでしょう」


 俺は、床に手をついて、息をつく。面白い話だが、いまだこの女の空想を聞かされているようにしか思えない。さっきから聞かされている話には、どこにも証拠がない。


 この部屋に紛れ込んだというツチノコでも見つかれば、信じられるのだろうが、一向に姿を現さない。時計を見ると、もうすぐ女を招いて一時間が経ちそうだった。適当なところで切り上げよう。




 しかし、そんな俺の意図にそぐわず、勝手に口が動いた。



「河童は、どうです。そちらの世界で見つかっていますか」



 なぜ話の続きをしようとしたのか。おそらく、心の奥ではいまだわくわくした気持ちが残っていたのだろう

 忘れかけていたが、俺は少年時代テレビで放送されていたUMA捜索の番組に夢中だった。あの頃の純粋な気持ちはもうなくなったものと思っていたが、どうやら眠っていただけで、女の話により、呼び覚まされてしまったらしい。

 女の言葉を待つ。河童は、日本では、UMAのなかでトップクラスの人気を誇る。遠野の地では河童釣りがいまだに行われている。もし、裏ですでに見つかっていて、もう俺たちの住む世界では発見できなくなっていたとしたら……。




 俺は、泣いてしまうかもしれない。




 女は、俺の真剣なまなざしを見て、噴き出した。


「ふふふっ……。可愛いですね。伊藤さん。安心してください。河童はまだ見つかっていません。だから、早い者勝ちですよ」



 ウインクする女。

 

 俺は、急に恥ずかしくなって、座り方を正座に直す。すると、足元から、「ちー」と、聞きなれない鳴き声がした。


 驚いて立ち上がると、そこには平べったい蛇が舌をピロピロ出していた。


「……ぐるぐる、さん。これは」


 女は、あら、と声を出し、蛇のほうに手を伸ばす。蛇はするりとその手に乗り、そのまま彼女の肩に登って隠れた。


「うちのツチノコ、ちーちゃんです。やっぱりここにいたんですね」

「…………」


 ここに、ツチノコがいるということは、河童と違い、あの蛇はもう、この世界にはあらわれないのだろう。


 女は立ち上がり、長居したことを謝罪した。そして、扉を閉める直前、尋ねてきた。


「そういえば、幽霊とかはまだ見つかっていないのですよね」

「ええ。それはまだ科学的には、証明されていません。自称霊能力者はいるって言ってますけど、これはノーカウントですか」

「そうですね。一般のひとにも証明できなければ、だめです。できれば先に表で証明してほしいですね。怖いですし」

「お譲りしますよ」

「いえいえ……」


 

 女が去って、空になったどんぶりと湯飲みをかたづけてから、パソコンを出し、レポートの続きを始める。そして、おわった後で、ツチノコについて調べてみた。

「ん……これは」

 すると、どうやらツチノコは発見されていないが、それに似た爬虫類は存在するらしい。まさか、女のペットも実はツチノコなどではなく、これらのどれかだったのではないだろうか。もっとよく見ておけばよかったと後悔する。


 からかわれただげなのかもしれない。


 溜息をつく。


「変な女のひとだったなー……」


 布団を敷いて、電気を消す。そして、瞼を閉じて、考える。


 でも、もし、ぐるぐるさんの言うことが本当だったら……。


 はやくしないと、河童発見でさきを越されてしまうかもしれない。


 俺は布団のなかで、身をよじらせる。

 どうしようもない焦燥感に、俺は一度起き上がる。


「大学、やめよう……」


 こんなことをしている場合ではない。はやく行動しなければ……。

 汗をかいたせいで、喉が渇いた。


 水を飲もうと、立ち上がろうとすると、『それ』に気が付く。


「……ん、ああ、またか」


目の前には、半透明な、白いワンピースの少女が立っていた。


「……お前に関しては、さっさと証明されてほしいんだけどな」


 俺の部屋には、幽霊の少女が住み着いている。彼女は、にっこりと笑うと、からかうように俺のからだをすり抜けて、壁のむこうに姿を消した……。


 けだるいからだに鞭をうち、台所へ俺は歩き出す。





 こうして、ぐるぐるさんがやってきたことにより、俺の日常は、ちょっとだけ不思議に……そう、SF(少し、不思議)になっていくのだった……。

たまに思い出したように更新しますね。

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