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第六話『転生した悪鬼と旅立ち』

 暗闇の中でもぞりもぞりと動いた。

 闇の中で目を開けてみるが、視界を頼りに得られる情報は数少ない。影とほぼ同化して動くそれは、男の体をしていた。

 何故このような場所にいるのかは説明できないが、直前の記憶は現在も体験しているかのように思い出せた。


 「おのれぇ……ワルキューレンジャー……」


 怨嗟の声を地響きのように発したそれは、マスターオークという名前の悪の王だった。

 生死に関する疑問よりも先に頭の中を埋め尽くすのは、野望を叶える直前で阻止をしたワルキューレンジャーレッドの顔。勝ち誇り、満たされたような表情に、胃の中を不快な物が這い回るような酷く腹立たしい気持ちとなる。

 そんな時、マスターオークの頭上から声が響いた。


 『お目覚めかな、オークの王よ』


 マスターオークが顔を上げれば、周囲の暗闇よりもさらに漆黒の光を放つ球体が浮遊していた。

 ここは死後の世界ではないだろうかとマスターオークも考えたが、不思議と恐怖は抱かない。それどころか、死後の世界にしてはあまりに居心地が良すぎるとさえ思えた。


 「何者だ」


 闇の中で輝く太陽と言えば聞こえは良いが、マスターオークでさえもまともに視界を確保できない暗闇よりもさらに濃い闇というのは、既に闇以上の何かであった。


 『我の名前のなど、些細な話だろう。直前の記憶はあるようだな』


 「ああ、俺はワルキューレンジャーのレッドに倒された」


 『そして、死んだ。だが、今こうしてお前は生きている。それは、我がお前を生き返らせたから他ならない』


 「命の恩人てやつか?」


 炎のように頭上で輝く闇が揺れた。どうやら、笑ったようだ。


 『……そうとも言う。よく聞け、命を救っただけではない。我はお前に再戦の機会も与えよう』


 「はっ――。再戦の機会てのはありがてえ話だが、俺が一番復讐したい相手はレッドだ。例え奴以外のワルキューレレンジャー全てを八つ裂きにしても、レッドを倒さないことには満たされることはねえんだよ。レッドは死んだ、目の前で見たから間違いない」


 『――いいや、レッドはこの世界で生きているぞ』


 マスターオークの瞳が怪しく煌いた。目の中には、頭上に浮かぶ闇が揺れている。


 『あちらの世界で死んだが、こちらの世界で生きながらえたのだ。ここは別世界だが、お前は生きていて、レッドも生きている。……条件は揃っていると言えるのではないか』


 「……お前に何の得がある」


 今のマスターオークからしてみれば、失った存在意義を再び手に入れたようなものだったが、漆黒の闇に何か思惑があるのは明白だった。両手を上げて喜ぶ前に、操り人形に成り下がることを拒むようにオークの王としての誇りが疑いを深くさせた。  

 漆黒の闇は表情もなく、顔もなく、声も無機質。それでも、はっきりと断言した。


 『ワルキューレレンジャーレッドが邪魔なのだよ。復讐を果たした後は、好きにするが良い』


 しばしの逡巡の後、マスターオークは牙の生えた歯が見える程大きな笑みを浮かべた。


 「まあいい、ここにレッドが居ると分かったからには、やるべきことは一つ。奴をぶちのめしてから、てめぇのことも俺のことも考えることにするさ」


 霧が立ち込めてくるとマスターオークを案内するように、左右から噴出した霧が一本の道を作り出す。


 『霧に沿って進め、いつかは外に出る。そう遠くない場所にレッドはいるはずだ』


 それだけ言えば、漆黒の闇は火を吹き消すように消え去った。

 不機嫌そうにマスターオークは鼻を鳴らすと、宿敵を滅ぼす為に霧の道を進みだした。



              ※



 四人の戦隊ヒロインがやってきてから、さらに二週間が経過する頃には、私が三か月かかって覚えたイーデル・アーディアスの文字を四人は取得していた。これが本来持つ能力の差というやつかもしれない。

 ぶっちゃけ桜花なんかは足を引っ張りそうなイメージがあったが、老夫婦の頼みをそつなくこなす姿を見ると世界を守っていく為にはやはりハイスペックである必要があるようだ。

 目の前の普通の女の子としての四人を見ていると、戦隊ヒロインというものを身近に感じる時がある。

 もじ自分が戦隊ヒロインに選ばれた時に、度重なる理不尽な暴力を受けながら人々の盾となり戦い続けることができるのだろうか。想像すれば、ぶるぶるっと寒気が走る。

 そういう当然の恐怖を平気な顔して乗り越えていく少女達は、やはり紛れもなく正義の味方として選ばれし者達なのだ。


 「――明日、町に出てみようと思うんじゃが。みんなも行ってみないかい?」


 七人の賑やかな食卓を囲んでいると、今思いついたかのようにおじいちゃんが切り出した。

 私のような引きこもりと違い、目に見えて全員の関心が伺える。

 最初に挙手して質問したのは、麗衣刃。


 「町に連れて行く代わりに、一晩下着貸してくれとか言うんじゃないんでしょうね」


 「い、言わないわい! 一度、拒否られたしな」


 おじいちゃん……。と私が哀れみの目で見ていると、次に挙手したのは桜花。


 「お風呂で背中を流してほしいとか言わないわよね? 普通のおじいちゃんならまだしも、アンタには抵抗あったから無視したけど」


 「た、単なる年寄りのわがままじゃから、み、水に流しておくれっ」


 麗衣刃どころか桜花にも言っていたおじいちゃんの間違った方向へ発揮されたヤングなエネルギーには、頭痛どころか吐き気を感じさせる。

 続いて、ここぞとばかりにアイリーンも挙手。


 「あのぉ……黙っていようかと思っていたのですが……お風呂を覗こうとするのは、やめてほしいのですが……」


 うわぁ……とそこにいる全員から非難の視線を浴びせられては、おじいちゃんは沈黙しておびただしい量の発汗をするだけだ。


 「私は脱衣所に現れた時は、蹴りを浴びせてやったさ」


 トドメを刺すように、トリスが腕を組みながら冷たく言い放つ。

 もう笑うこともできなかったおじいちゃんは、いじいじと両手の人差し指を突き合わせながらか細い声で弁解を図る。


 「ろ、老人の楽しみじゃからのぉ……す、少しはしゃぎすぎちゃったのじゃよぉ……」


 主におじいちゃんが重たくなる空気の中、私は手を叩いて全員の注目と意識を集中させる。


 「――このままだと、時間の無駄になっちゃうよ。おじいちゃん、さっきの話を続けて」


 「おぉ、さすがムツミちゃんじゃぁ……。お礼に靴を舐めてやろう」


 「いや、それおじいちゃんにはご褒美だよね? ……明日のことを詳しく聞かせて」


 この場の雰囲気を変えられるなら何でも良いとばかりに、おじいちゃんは流暢に話し出す。


 「町とはいっても、ここから歩いて一時間程度じゃからそれほど都会ではない。だが、異世界からやってきた旅人もやってくることも多くてな。町の住人と話をするだけでも、有意義な発見もあることじゃろう。何より、ムツミちゃんの同い年ぐらいの女の子達がやってきたなら、いろいろと知る良い機会だと思ったからのぉ」


 「おじいちゃん……」


 「本当はまだまだ甘やかしたい気持ちもあるが、ムツミちゃんもこの世界に興味を持っているようだしのぉ。見聞を広める良い機会だと思ってな。少ないが、勉強がてらみんなにも小遣いをやろうと思うんで、明日は楽しむ気持ちで行くとしようか」


 大事にされているのは、誰が見ても明らかだったが、顔をしわだらけにしながら柔和に笑いかけるおじいちゃんの姿に胸を打つものがあった。

 見ず知らずの他人を家に上げて見返りを求めず面倒を見るなんて、とんだお人好しである。それでも、私はおじいちゃんとおばあちゃんに助けられた。時々、すけべなおじいちゃんだが、一時間もすれば私達の怒りは喉元過ぎれば熱さを忘れている。きっと、それは私達を楽しませようとしている気持ちが強いからだろう。

 私は四人の気持ちを代表するように口を開けた。


 「ありがとう、おじいちゃん。みんな、感謝しているよ。でもね――」


 途中で食事を中断することとなったおじいちゃんと違い、他の六名は完食済みだ。そして、おじいちゃんとおばあちゃんを残して椅子から立ち上がる。


 「――良い話でまとめても、罪は帳消しにならないから」


 冷淡にそう言えば、ぞろぞろと居間を出ていくことにする。


 「あれ? あれれ? みんなぁ? みんなぁ!? もうご飯食べ終わっちゃったのかい!? じいじも急いでスープを飲むね! ずずず……ばあさんや、そんな近くで睨まれると食事が喉を……え、スープを取り変えるって? い、いやいやいや! まだスープ残っているし、あ、いや、注ぎ足さないで!? 何それ、黒いよボコボコッて沸騰しているスープてもう飲み物ではあああああぁぁぁぁぁ――!」


 おじいちゃんの悲鳴を聞きながら、明日の外出に影響を与えない程度の後遺症で済めばいいなと思いながらその日はみんなと解散した。




               ※



 翌朝。

 おじいちゃん、私、トリス、桜花、麗衣刃、アイリーンの六人が家の前に出ていた。


 「眠そうだな」


 近頃では見慣れた森を朝の光が染めていくのを見ながら大欠伸をしていた私にトリスが声をかけた。

 恥ずかしいところを見られたことで、羞恥心から目を逸らしながら頷いた。


 「ずっと甘やかされた生活していたから、すっかり朝に弱くなっちゃってね」


 「だからこそ、朝の鍛錬に毎日誘っていただろ」


 「トリスの修練は本当に尊敬するけど、例え私が運動神経が良くてもついていける気がしないよ」


 一度だけ渋々トリスの誘いに乗ったことがあるが、木々の間を潜り抜けつつ山も斜面を往復し、こちらの世界で作った木製の剣で素振りを千回以上行い、時間に余裕があれば変身の感覚を忘れないようにモンスターを見つけて経験値稼ぎをしているのだ。経験値とはいっても、別に倒したからといってレベルが上がるわけでもないが、モンスター狩りをしていることが山中に知れ渡り、赤いヒロインを見かけただけで全員が逃げ出すようになったのだ。逃げていくモンスターをトリスは追いかけて、ぼっこぼこにする姿はRPGのレベル上げにしか見えないからだ。

 まるで妹にでも話をするように軟弱な奴だなとトリスが言えば、私は苦笑いで応じる。このやりとりも、最近はお決まりのやりとりになってきている気がする。


 「みんな、遅くなったのぉ」


 家の中からおじいちゃんと見送りにおばあちゃんも出てきた。見送りに来たおばあちゃんは、私を含めたみんなの名前を呼ぶと、一人一人に小さなバスケットを手渡した。


 「お弁当を作ったから、お腹が空いたら食べるんだよ」


 「ありがとう! おばあちゃん、大好き!」


 飛び跳ねて喜ぶ桜花は、おばあちゃん子なのかおばあちゃんに対してはいつも素直に感謝を述べる。しかし、ツンデレ属性が邪魔をするうようで。


 「……あ、ありがたく食べてあげるから、感謝しなさい!」といった発言を口走ってしまうのだ。


 気まずそうにほぼ無意識に桜花が言ってしまうと、いつだっておばあちゃんはニコニコとした笑顔を崩すことはない。桜花のことを一応説明はしていたが、それでもおばあちゃんの態度に変化は無い気がする。

 各々の弁当が行き渡り、一応今日はおじいちゃんの野菜を売りに行くという名目上、手伝いをすることとなる。

 大きな木の台の先には、大人が二人程押すことのできる持ち手、台の両側を木製の車輪で支えただけの台車をおじいちゃんは蔵から引っ張ってきた。私達は、いくつかの野菜の詰まった籠を台車の上にの乗せると鍛錬を兼ねたトリスが押していくこととなった。一人で押していくのを心配したおじいちゃんだったが、下手したら生身でモンスターを倒せそうな強さを持つトリスには無用な気遣いだった。


 「今日は大人数じゃから、たくさん野菜を持っていけるわい。……じゃが、トリスちゃんもきつくなったらいつでも言っておくれよ?」


 おじいちゃんの言葉にトリスは、心配された経験が少ないのか頬を赤くして無言で頷いた。

 台車を引っ張るトリスの発進と共にぞろぞろと歩き出せば、私は降って湧いたような疑問をおじいちゃんにしてみる。


 「おじいちゃんは、馬車は買わないの? お金たくさん持っているのに」


 「野菜の販売は、健康と趣味を兼ねた道楽みたいなものじゃからなぁ。それでも、確かに楽にはなるだろうが……馬を買えば、死んでしまうじゃろ? わしは、それが悲しいんじゃよ」


 悲しそうにおじいちゃんのしわが深くなった。私はそれ以上聞くことはなかったが、年齢を重ねた分だけ若い私じゃ考えもつかないような悲しみを背負っているような気がした。

 私の隣にアイリーンが歩調を合わせる。


 「ムツミ様も初めての外出なんですよね?」


 明るいアイリーンの声に促されるように、私は頷いた。


 「うん、初めてだよ。アイリーンは緊張してる?」


 「いいえっ、凄く楽しみですっ。ずっと戦ってばかりいたので、何だかこの一か月楽しくてびっくりします」


 気づけば、この世界に放り出された私と違い、アイリーン達はみんなやってくる直前まで必死に戦っていたのだ。そう考えると、ここ一か月ののんびりとした時間は休暇のように感じてしまうかもしれない。


 「安心してよ、この世界に来て半年は経つけど、何のトラブルも起きてないから。私ね、思うんだけどさ……この世界て前の世界を頑張ったみんなへのご褒美みたいなもんじゃないかな?」


 「ご褒美ですか……。ふふっ、神様からのプレゼントですかね?」


 「かもしんないよー。前の世界でたくさん頑張ったみんなには、褒美としてこの世界で楽しく過ごしてくれ! ってさ!」

 

 上品にアイリーンは口に手を当ててて笑う。


 「もしそうなら、素敵ですね。今から私達が経験するのは、夢と希望に溢れた世界なら良いのですが」


 「きっと、そうだよっ」


 根拠のない話だが、私達は新たな土地へ向かうことに気持ちが高揚していた。互いに笑い合い頷き合うあと、踏み出す一歩は軽やかに山を下った先にある町。


 ――オデルブーケを目指した。

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