第五話『戦隊ヒロイン達のそれから』
それから一週間ほど経過した。
イエローとブラックの喧嘩は、おばあちゃんが気を利かせて置いていたお菓子が原因だった。
目覚めた時に腹に何か入れる物が必要だと考えたおばあちゃんは、バターと砂糖で作ったちょっとしたケーキを枕元に置いていた。そして、早めに目覚めたイエローが枕元のケーキをぺろりとたいらげ、次に視界に移ったのはブラックの枕元のケーキだ。寝ぼけていたこともあり、深く考えもせずにケーキを手に取ろうとしたイエローは覚醒したブラックと対面してしまう。
彼女達だってそもそもヒーローでありヒロインだ。それだけで喧嘩には発展しないはずだが、前の世界でかなり切羽詰まった生活をしていたブラックは食事を横取りしたイエローを当然のように叱責し罵声を浴びせた。あまりのキレっぷりに半泣きになったイエローはさらに暴走してブラックのケーキを食べてしまう。そこで完全にスイッチの入ったブラックとイエローはそのまま口喧嘩となり、とうとう最終的に変身して戦うことになったのだ。
聞いてしまえば頭が痛くなるほどくだらない内容なのだが、本人達にしてみれば、目覚めの一発かつ初対面がそれなのでかなりの遺恨が残りそうだが、喧嘩をする度にアイリーンの仲裁という名の折檻が待つので最近は随分とおとなしくなってきた。
当初のトラブルも落ち着きを取り戻し、行くあてのない彼女達を居候として受け入れることなるのだが、一週間という短い時間でも異世界から訪れた四人の少女のことが少しだけ分かったので、ここで一度おさらいも含めて彼女達に質問を投げかけてみることにしよう。
※
まずは我が家の危機を救ってくれたエンジェルレンジャーレッドことアイリーンの紹介だ。
二十歳のアイリーンは前の世界でエンジェルレンジャーレッドとして世界平和の為に尽力していたらしい。
母性溢れる彼女は、本人でも気づかない内に四人のまとめ役のような立ち位置に収まっているようだ。
この世界の説明を終えた後も彼女は動揺することなく、むしろ新たな世界での生活を楽しもうとしている。
一度、アイリーンにこの世界でどう過ごしたいのか聞いてみた。
「うーん、そうですねえ……。今は特には考えていません。お時間をいただけるとしたら、助けてくれたムツミさんやおじい様おばあ様のお手伝いをしながら考えていきたいですね」
おばあちゃんから貰ったエプロンをウキウキとした仕草で袖を通すアイリーンの仕草に、私は失ってしまった女子力を感じた。
そこで、元の世界に戻るつもりはないのかと問いかける。
「そういう気持ちもないわけではありませんが、あちらの世界の悪は滅び私の役目は終わりました。もしもこの世界にやってきたことに意味があるのでしたら、こちらでその力を使いたいですね。どうやらこの世界には、善い者と同じく悪しき者も少なからず存在するようですし」
現状維持ということだろう。生活に慣れてくれば、何らかの脅威に立ち向かう意思をアイリーンは見せてくれた。
さて、次は。
※
「なんで、私がこんなことをしなきゃいけないのよ! こう見えても、何度も世界救ってるのよ!」
大きな独り言を言いながら全力で手を動かし、大量の汗を流し、よく冷えた水を飲んで活力にし、明日の農作業の準備の為に農具の手入れをする彼女は労働者の鑑に思えた。
そんな彼女こそ、ツンデレレンジャーイエロー。初日にトラブルを起こした問題児だが、面倒くさそうな戦隊名が彼女の取り扱い説明書としての役割を発揮している。
名前は真藤桜花。十六歳で身長は他の三人に比べれば小柄な方だが黒髪にツインテール、ルビーのような綺麗な赤い目をしているのだが、どうやらこれは変身の際に出来た副作用のようなものらしい。ツンデレンジャーに変身する副作用として『ツンデレ属性』を体内に入れなければなかった。
もともと素直で慈しみ溢れる少女達だったが、あの手この手の精神攻撃に長けた悪のヤンデーレと戦う為には、不器用かつ素直になれないツンデレ属性が必要となったのだ。その際に、ツンデレ属性を体内に宿らせた彼女達の肉体に変化が訪れて目が宝石のような輝きを持つようになったらしい。
ツリ目が時々柔らかくなるところが愛らしい、桜花に声をかけた。
「桜花っち、ねえねえ、桜花っちてば」
「何よ! 今、刃物の手入れしているのが分からない!? 怪我したいの! ……どうせ話をするなら、仕事が終わってからにしなさい!」
ツンデレ属性というのは割とシリアスな設定な気がするが、桜花がこの調子なので私は楽しい。
このまま桜花の説明は中断してもいいが、一応聞いておくことにする。
この世界で、どうしたいのかと?
「まだ来て一週間しか経ってない私に難しいことを聞くわね。どうしてもというなら、教えてあげないこともないけど……」
「どうしても! どうしても! 桜花っちのことを知りたい!」
「ふ、ふん、しょーがいなわねえ……。前の世界のことが気になるし戻れるなら戻りたいけど、どうしてだか……もう戻れない気がするのよ。多分だけど、前の世界での役目が終わったてことなのかなって。他の三人も分かっている気がするけど、私達は私達の役目を終えたからこの世界にやってきた気がする。……何かするべきことがあって」
「するべきこと?」
「……今は明日の畑仕事よ。するべきことは、自然とやってくるでしょうね。とりあえず、居候の本分を全うしないと。……て、そういえば、アンタ……まともに仕事をしているのを見たことがないような――」
「――ご協力に感謝します!」
※
次は初日のトラブルメイカー二人目、ツリアゲルンジャーブラック。
年齢は十七歳、名前は在澤麗衣刃。ボーイッシュな短い茶髪に、切れ長の黒い瞳は女子高にでも居れば一躍王子様とか呼ばれそうなヴィジュアルをしていた。スレンダーな体系は、タキシードでも着ればそれこそ二枚目の青年に見えることだろう。ただし、そんな彼女も女の子であるのは間違いないので、時折見せるドキッとする女性的な仕草は同性の私でさえも中々に刺激的である。
前の世界では食事もままならない日々が多かったようで、最初は遠慮がちに食べていた麗衣刃だがおばあちゃんが少しずつ食事の量を増やしているお蔭で食べる量も増えているようだ。
夕食が終わると麗衣刃はよく外の夜風に当たりながら、月明かりに折りたたみナイフを照らしつつ手入れをしている。私は、黄昏る麗衣刃の美しさに見惚れて動けなくなる前に声をかけた。
「こんばんは、麗衣刃」
「やあ、ムツミ」
ナイフを折りたたむと、ポケットに戻した麗衣刃が目を細めた。
だらだらと世間話をするには野暮な気がした私は、すぐに本題を問いかけた。
「これから、この世界でどうするつもり?」
天気の話でもするような気軽さで話したことが功を奏したのか質問を不快に思うこともなく、そうだなぁ、と麗衣刃は顎に手を当てて少し考えるような仕草をする。
「ボクは一度終わっているんだ。でも、本来ならありえない二度の生があるというなら、この世界に呼ばれた理由を知りたい。きっと、意味がある気がする。……正義の味方として戦うことをまだ許されるなら、ボクはボクの在り方を変えたくない」
声は揺るぎない意思のようなものを感じさせたが、どことなく寂しそうな横顔をしていた。
付け足すようにして、気になっていたことを質問をしてみる。
「……そういえば、桜花のことはどう思う?」
「食べ物の恨みは恐ろしいんだ、絶対に許さないね」
「それ、ウソでしょ?」
「分かるかい?」
「顔、笑ってたもん」
少年のように歯を見せて麗衣刃は笑うと、バレたかと舌を小さく出す姿はまるで少女。いろいろとずるい顔立ちをしていらっしゃる。
「桜花もやっぱり善い人だね。一緒に生活していれば嫌でも分かるよ。生活の中で桜花を嫌いになることは、まずありえないね」
じゃあ、どうして? という私の視線に麗衣刃は頷いた。
「ボクは昔から人間関係が苦手なんだ。外側から見ればうまく対話しているように見えてもな内心はギリギリの状態なのさ。その点、桜花とは口喧嘩をしていればそれだけで交流ができる。いやいやそうじゃないな、ボクは桜花と喧嘩するのが楽しいのさ。……不器用同士ね」
「どうして、私にそんなことを話したの?」
「何となくだよ。君は怠惰かつ常に後手に回ろうとする。けれど、根っこの方ではどんな悪と悪よりどんな善と善よりも信用に足りる人物てのが分かる」
「……うーん、怠惰で後手に回るてのは凄い図星感があるけど、信用に足りるてのはびっくり。私なんて日がな一日ゴロゴロとしているだけだよ?」
他の三人は順応するように中世の町娘ファッションのようなこちらの世界の服に着替えていっている中、麗衣刃も一応着替えはするものの黒い皮のジャケットを上から羽織り続けていた。ジャケットのポケットに両方の手を突っ込めば、体を丸めて立ち上がる。
「本人の知らない魅力てのは、自分は知らないだけで山のようにたくさん、川の流れのように止めどなく、無数にあるものさ。さあ……そろそろお風呂の時間だよね、家に戻ろう」
どうしてここまで他者のことを理解して考えることのできる人が、人との繋がりを苦手だというのだろうか。
麗衣刃に関しては、いつまでも疑問が残るような形となった。
※
他の三人には失礼になるが意外にも一番まともそうな人物が、誰よりも頭の痛くなる問題となった。
四人とも聞き分けが良くて円滑に物事が進むなら、私はきっと戦隊ヒロインに囲まれて変身をおねだりして日がな一日ゴロゴロしているのに加えてハァハァしていたことだろう。
その問題こそ、ワルキューレレンジャーレッドことトリスだった。
真剣な表情で薪割りをしているトリスに私は声をかけた。
「トリス、お疲れさま」
「……あぁ、ムツミか」
汗一つ掻くことなく涼しい顔をしてトリスは斧を置く。
「こっちの生活には慣れた?」
「慣れたも何も、私はただ食事をして風呂に入っているだけに過ぎない。しばらくはこの世界での過ごし方を学ぶつもりだが、いずれは――」
険しい表情でトリスは言った。
「――元の世界へと戻る方法を探す」
トリスだけがこの世界でやりたいことが明確になっていた。しかし、もしも桜花の言っていた「他の三人も終わっていることが分かっている」という発言が真実なら今のトリスはかなり無理をしている気がする。
このトリスの発言を前向きと取るか、それとも、暴走と取るのか。
私には止める理由も止められる力もない。何より、トリスの戻りたいという気持ちが普通なのだ。
「……うん、私はトリスのことを応援するよ」
トリス発言を受け入れたことで、気を良くしたのか表情を一気に明るくさせた。
「ありがとう、ムツミ! あちらの世界では、みんなが待っているはずなんだ。それに、マスターオークの配下がまだ健在だ。この私が生きている以上は、あの世界の正義の味方なんだ。きっと待っている人達がいる。彼らは、今も助けを待っているに違いないんだ。……よし、何だか元気が出てきたぞ。私は、頑張るぞ! ムツミ!」
「頑張って、トリス!」
「では、手始めに老夫婦への恩返しとして、ムツミを鍛えて生活を改善するところから――て、おい! ムツミどこに行くんだー!」
「――それとこれとは、話が別だよ!」
脱兎のごとく私は撤退しながら、元気の良すぎるトリスを前に言葉にできない不安を感じていたが、私はそれを無理やりに忘れることにする。
きっと今までと変わらないだらだらとした時間が続いていくことを信じながら、気づけば走る私の足は速くなっていった。