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第二話『突き刺さるヒロイン達』

 時として、物語は唐突に加速度的に動き出す。

 もし私、元の世界の名前は天宮六実あまみやむつみことムツミで物語を書きだすなら、一切見どころのないほのぼの異世界スローライフになるところだろう。

 実のところ私もそれを望んでいたのかもしれない。常日頃から私が求めていた物語とは勧善懲悪のド派手な世界、それと少しばかりのスパイス。ロマンスでも敵組織の裏切りでも、必殺技の効かない強敵の出現でも良い。

 望んだのはそれだが、心の奥底に求めたのはゴールのない平穏。

 これがハッピーエンドなんだと言い聞かせた先に、運命の糸は私を絡めとる。



 「ムツミ、ムツミ……」


 優しく体を揺すり起こす声に私は重たい瞼をこじ開ける。

 何だか妙にドラマチックな夢を見ていた気がするが、戦隊ヒーローのことを四六時中考えている私からしてみれば日常茶飯事なので深く考えなるのはすぐに放棄した。

 今はそれよりも珍しく寝床までやってきたおじいちゃんの件についてだ。


 「どうしたの? おじいちゃん……」


 目を擦り擦りおじいちゃんの顔を見れば、酷く困った顔をしていた。


 「いつもならムツミが起きるまでずぅ~と待っているところだが、緊急事態なんじゃよ。でもな、ムツミの顔をじぃと見つめることができたのは僥倖僥倖ぎょうこうぎょうこう


 時折、この年寄りは背筋が冷たくなるようなことを言うので油断ならない。この行き過ぎた発言は、きっと若い頃のおばあちゃんを困らせたに違いない。


 「何故おばあちゃんがおじいちゃんを使いに出したのか問い詰めたいところだけど、よっぽどのことがあったんだよね」


 「ああ、実はな……。おっと、話をするよりも先に外に出た方が早いはずじゃ。着替え終わったらすぐに庭まで来てくれ!」


 「了解ー」


 年寄り二人が住むにしては、この家は少々広い。この世界での生活基準はよく分からないが、二階建てのヨーロッパ建築風の家に使われていない部屋が五つも六つもある。庭は小さな塀に囲まれて小さい造りになっているが、よくよく考えてみれば近くの畑と森に囲まれているこの家には妙なアンバランスさがある。

 もしかしたら大富豪の老夫婦が隠居しているとか、それとも畑仕事以外で収入を稼いでいるのか。

 考えても仕方がないと溜め息を吐いて下着姿になった時、ふと視線を感じて振り返れば私の横になっていた枕元に座ったままで微笑するおじいちゃんの姿があった。


 「何しているの?」


 「出ていけと言われなかったので、ここで待機していたんじゃが?」


 何かおかしいことをしましたか? とばかりにでへへっと首を傾げるおじいちゃん。


 「出ていけ」


 「じじぃ残念」


 しゅんと背中を丸めて出ていくおじいちゃんが今一度振り返り、こちらをちらりと見る。


 「……着替え手伝わなくていいのかい?」


 「散々、お世話になっているので心苦しいのですが、私と貴方の関係的にはおじいちゃんは法からはみ出しています。何より、私の中でのおじいちゃんへの好感度がだだ下がり待ったなしというのをお忘れなく」


 「じじぃしょんぼり」


 一ミリも同情の湧かない哀愁漂う背中を見送る。

 今までとは違う新しい朝がやってこようとしていた――。





            ※




 「異世界感が出てきたわね……。異常な世界という意味で」


 おばあちゃんが綺麗にしてくれていた元の世界で着ていた服に袖を通し、庭に出てみれば目を疑うような光景が飛び込んできた。


 地面に――四人の少女が埋もれていた。


 一人の金髪にモデルような体系をした長身の少女は、ミサイルと一緒にヘッドスライディングでもしたのかと疑ってしまうほど両手を前に伸ばした状態で顔半分が地面に一部となっていた。

 別の少女は、ショートカットの髪をしており右半身が地面に埋もれている。きっと立ち上がれば右半身が泥人間のような状態になってしまっているのだろう。回り込んで顔を覗いてみるが、意外にも可愛らしい顔立ちをしていた。

 一定の間隔で横になっている隣の別の少女は少し変わっていた。墜落の仕方というのか、綺麗に仰向けになり両手を胸の上で重ねた姿はまるで聖母像のような佇まいで目を閉じて眠っている。穴を掘り、寝ている少女を運んできただけですと言われれば納得してしまいそうだ。一つ気になったのは、彼女の背中には二つの翼が生えていたが、彼女から感じさせる神聖さから翼に対して不思議と畏怖の念はない。どちらかといえば、綺麗な翼が汚れてしまうのではなかということが気になった。

 そして、最後の少女だが、これが一番の問題である。上半身が地面に突っ込んでいるのだ。まだこれで横になっていればいいが、空からそのまま垂直に降下したような状態のせいで、下半身はピンと張ったままで地中に向かって逆立ちしているような状態なのだ。デフォルメされた犬のパンツが丸見えなので少女だろうと判断できたが、この子に至っては生きているかどうか怪しい。

 以上四名、波乱を連れてきたのは明白だ。


 「……さて、どうしよっか」


 「おおムツミよぉ、そんな疲れた顔しないでおくれぇ」


 へんてこ四人が庭の地面に突き刺さっていたことで、ずっとおろおろしていたおばあちゃんが私に気づき近づいてくる。


 「助けたいのは山々だけど、おばあちゃん、私は既に頭がいっぱいいっぱいなんだよ。こういう時こそ、老いたとはいえ一家に一人だけのおじいちゃんを――」


 私とおばあちゃんがおじいちゃんを探せば、すぐに発見。パンツが丸見えの女の子を目を剥いて至近距離で見つめていた。

 凍り付く私とおばあちゃんの視線に気づいたおじいちゃんは、てへへといつかのあの日の少年のように照れつつ頬を掻いた。


 「ありじゃよ。うん、アリじゃな」


 少女のパンツを前に親指を立てるおじいちゃんと絶句するおばあちゃんの構図に気が遠くなりそうな意識を気合いと根性で踏みとどめる。

 私はおばあちゃんの肩に手を置いた。


 「おばあちゃん、今度町に行った時に常駐している衛兵さん連れて来ようね。痕跡を残さずやってくれるなら、傭兵さんでも構わないから」


 「ま、まあ待つのじゃムツミ。おじいさんがお茶目なところがあるのは昔からじゃろ? いつもの冗談じゃよ冗談」


 無理して作ったおばあちゃんの笑顔に私は心を痛めながら、おじいちゃんを見た、いや、睨んだ。


 「はぁはぁ」


 「なんてこったい……」


 私はゾンビ映画でゾンビに囲まれた欧米人よろしくのオーバーリアクションで手を顔に当てて空を仰ぎ見た。どの世界でも変わることのない青空がいやらしいほどに眩しい。だが、私は事実を再認識しなければならない。

 ――おじいちゃんは、少女のパンツを脱がそうとしていたという事実を。


 「おじいさん」


 おばあちゃんの気配が消えて、探してみるといつの間にかおじいちゃんの背後に立ち、その肩に手を置いていた。

 今まで聞いたことのないぐらい、おばあちゃんの冷淡な声だった。


 「おば、おばあさんや!?」


 緊急事態にいち早く気づいていたおじいちゃんは、パンツのゴムにタッチしていた手を離して、敬礼の体制をとる。しかし、そんなことで許される時間は、とっくの昔に過ぎ去ってしまっている。


 「お、じ、い、さ、ん」


 にっこりと笑いかけて低い声でおばあちゃんが名前を呼べば、急ごしらえの石と土を丸めた物体をおじいちゃんに差し出した。


 「お、おばあさんっ? これ、なんじゃ……」


 震える手でおじいちゃんが石泥団子に触れれば、おばあちゃんがそれをおじいちゃんの顔面に突き出す。


 「おじいさん、昔から甘いケーキがお好きでしたよね。最近はあまり作れてなかったので、急いで作りました。おじいさんの大好きなケーキ」


 「こ、これのどこがケーキなんじゃ!? こんなのただの土と泥じゃろ? はははっ、まったくばあさんの冗談はいつにも増してキレっキレっじゃのぉー」


 「ええ、キレッキレッですよ」


 「――おばもぐぉ!?」


 おじいちゃんの口におばあちゃんが石泥団子を強引に押し付けた。


 「おじいさん、少し早いですが死んでくださいませんか?」


 「もぐぉ!? むごぉ!? へぼっ!?」


 口から泥を吐き出そうと必死のおじいちゃんに無表情で食わせ続けようとするおばあちゃんという凄惨な光景に言葉を失っていた私は慌てて駆け出した。


 「待って! 落ち着いて、おばあちゃん! 確かにおじいちゃんは、今までどうして私が無事だったのか不思議なぐらいゲスクズゴミ野郎だけど許してあげて! そんなことしたら、おばあちゃんの手が汚れちゃうよ!」


 私の目が黒い内はおばあちゃんを前科持ちにするわけにはいかないと必死に体を引っ張るが、相当頭にきているおばあちゃんに私の言葉が届こうとしない。


 「だーれーかー! たーすーけーてー!」


 サイコパス化したおばあちゃんを止める私の助けを求める声が虚しく響いただけかと思った。――しかし、思わぬところから、その声を拾う人物がいた。


 「うぅ……ここはー―て、何をしているんですか!?」


 凛とした声に私、おばちゃん、おじいちゃんまでもがそちらを向いた。


 「え?」

 「ほ?」

 「おふぇ?」


 長い金髪に付いた泥を払いつつ、目を丸くしているのは――さっきまで意識を失っていた金髪のモデル級少女だった。

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