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第一話『異世界を渡ってしまった無能女子大生』

 ――異世界に来てから、一年が経過していた。


 別に劇的なことが起こったわけではない。

 私は二十歳の女子大生、名前は天宮六実あまみやむつみ

 運動能力は中の上、一流大学に通っているわけではないし特殊能力を持っていた経験もない。

 さらには、この世界に来る前に幼馴染や子供といった人生のキーパーソンになる存在を助けようとしてして、うっかり転生行きのトラックに追突されたわけでもない。

 本当にちょっとバスや電車に乗り間違える程度のノリでこちら側に来てしまったのだ。


 この世界は、誰が呼んだか多重世界イーデル・アーディアス。六割が異世界からの住人で成り立つ。人間であったり、魔物であったり、機械の類であったり、知性の無い生物であったり……。

 それでもこの世界がギリギリの安定を保つことができているのは、悪がやってくれば、必然的に善がやってくるようにできていたからだ。

 世界を滅ぼす魔王は数知れず、それとほぼ同数かもしくはそれ以上の数の勇者や救世主がやってきた。

 常に善と悪が拮抗した世界では、『善者ユーティア』と『悪者アーリンマ』という呼ばれる存在が幾度も戦いを繰り返してきていたのだ。


 それはそうとしても、私には戦うような力はない。

 誇れるようなことと言えば、じゃんけんで負け知らずなのと、背中で自分の右手と左手を繋ぐことができることぐらいだろうか。

 ちなみに、そのどれもが人生の大事な部分では全く約に立たない模様。無論、この世界ではゴミ以下の能力だ。

 何らかの間違いで、この世界にやってきたとしか思えない。

 そもそも、始まりすら唐突だった。


 起床し、歯を磨き、用を足し、朝食を取り、着替え、そして玄関を出た。――はい、異世界へ。しかも、鬱蒼とした森の中。


 もうこれがおかしいのだ。

 何で、何でやねん、とエセ関西人になりながらツッコミを入れたのは今でも鮮明に思い出せる。

 右も左も分からず途方に暮れていた私を助けてくれたのは、森にやってきた老夫婦だった。



 老夫婦は私に世界のことを教え、行くアテのない私を家に住まわせてくれたのだ。

 子供のいない老夫婦は私を我が子のように可愛がってくれたが、可愛がられまくるのはさすがにそれだけでは申し訳ないので、自発的に家の手伝いを始めた。……ぶっちゃけ半年以上は、甘やかされるがままに生活していたのだが。

 過去を悔やんでもしょうがいないので、私は未来の為に、おじいさんとおばあさんの為に奉仕をすることにする。

 元の世界に未練はあるが、どうせ昔から、周りに流されまくって生きてきたので、パニックも起こさず済んでいる。きっと、その理由の大半は私には両親が――。


 「おかえり、ムツミ」


 ――思考を中断させて、顔を向ければサイおじいさんだ。動物のサイではない、そういう名前なのだ。本名はサイ・ドルガー、基本的に農業をしながら生計を立てている。


 「ただいまー! おじいちゃーん!」


 両手に持っていたバケツを零さないように気をつけつつ、老夫婦の自宅まで運んでくる。

 玄関からおじいさんがひょっこりと顔を出して、心配そうにしている。どうやら、私が帰って来るのを待っていてくれていたようだ。


 「おお、よく帰って来たねぇ」


 おじいさんの不毛地帯となった頭から、もぐらたたきのもぐらのように続けて顔を出したのはおばあさん。

 常日頃から体を動かしているからか年齢の割にはしゃんとした腰で歩いて来た二人が、労わるように肩や背中を撫でてくる。とりあえず私は、玄関の脇にバケツを降ろせば、満を持してといった雰囲気の二人から私は抱擁を受ける。


 「本当にムツミは偉い子じゃのう。わしらの希望の星じゃよ。神からの授かり物、大天使の生まれ変わり、可愛すぎて三秒で昇天しちゃいそうじゃよ」


 「もう、おじいちゃん褒めすぎだってば。天下御免のムツミちゃんも鼻が高くなりすぎて、天狗になっちゃいそうだよ」


 「まあ、謙遜するなんてムツミちゃんも立派になって……。ムツミちゃんには、一生かけて褒めても足りないわー」


 「いやいや、おばあちゃん。私だってまだまだだよ。今回のおつかいなんて――」


 私はバケツを抱えて歩いてきた道程を振り返った。


 「――庭の井戸から水を汲むだけだからね」


 「「ムツミちゃんは、偉いなぁ」」


 さあ寒かっただろ、と家の中に私を連れて行く二人。

 異世界に来て半年以上も経過するが、山賊や悪徳貴族とのエンカウントもなく、むしろ前の世界よりもめちゃくちゃイージーモードで進行していた。

 それもこれも、この老夫婦が私に対して激甘なのが原因なのだ。そして、それを甘んじて受け入れる私こそある意味主犯格なのであろう。


 「ほんっと、私ってば幸せだなー」


 「ずっとここにいていいんじゃよ、ムツミ。わしらの貯金もムツミになら食いつぶされても構わん勢いじゃぞ?」


 若干狂気が入っている老夫婦だが、実に居心地が良いことこの上ない。

 ただ、私は一つだけ元の世界に未練があった。

 本当にそれだけだ。

 愛しい恋人がいるわけでも、待ってくれている家族がいるわけでもない。


 その未練とは――趣味だ。




                       ※ 




 「それじゃ、おじいちゃん、おばあちゃん、おやすみー」


 食事を終えて、お風呂から上がり、花柄の寝間着を着れば既に用意されたベッドに潜り込む。

 最初は西洋風な部屋に木製の床に靴を履いたままで横になるベッドも留学気分で新鮮だったが、今じゃ慣れたものだ。それでも靴を脱いで横にならないと落ち着かない私は、やはり日本人なのだろう。

 この世界の季節はもうすぐ春に変わろうとしていたが、まだ肌寒いのは前の世界と同じだ。

 一つ、非常に異世界っぽい物が置いてある。

 お世話になっている老夫婦の家には、電気が通っていない。それでも、暗くなっても明るい部屋にいることができるのは、『エネスト』と呼ばれる鉱石のお蔭である。

 エネストは手で触れると数十分は淡い光を放ち続け、さらに長時間光を灯らせようと思えば、エネスト同士をこすり合わせることで長時間の発光を可能とするのだ。天井には電球の代わりにエネストが下がっているので、棒の先にエネストを付けた物を擦り付けて私は部屋を明るくさせている。

 しばらく明るかった部屋が、徐々にエネストが光を失ってくる。エネストの加減もなかなか難しいので、二度目の発光はやめて、枕元の机に置かれたランプに火を灯して枕に顎を乗せる。

 山奥に老夫婦の家があることもあり、まだ街には行ったことがないので、詳しいことは分からないが街には電気が通っているらしい。電気以外にも魔力という未知の力が存在するらしく、魔力を応用した魔法道具というものを使うこともあるようだ。

 この世界に一年以上いるにも関わらず、らしいとかだろうとか説明するのは、この家からほとんど離れたことがないからだ。

 世界が危機に立たされているわけでもないし、私に救う力はない。しばらく生活していて、何もイベントが無いのだから断言できる。何より、桃太郎から鬼要素を無くしたような世界に飛び込んだことで、全く現実味が湧かないのだ。


 「先のことは分からないし、とりあえず今を楽しむことにしよう」


 前の世界から持ってきたバッグの中からノートを取り出す。そのノートに、私は物語を記し、イラストを描く。


 「今日は何か筆がノッてきたなぁ」


 幸いにもお徳用ボールペンと徳用ノートがバッグに入っていたことで、文具には困らない。今のところ、ノートやペンが足りている。

 三十分程ペンを走らせ続けたが、手が止まり、私は再びバッグに手を突っ込む。


 「スタートダッシュは良かったんだがな……。よし、ここからがショータイムよ」


 この創作活動は趣味であり、元の世界の未練を誤魔化すために行っている。それもこれも、数少ない娯楽の寂しさを埋めるためなのだ。

 空虚な心を補うためバッグから出て来たのは、戦隊ヒーローのフィギュアだった。


 「でゅくしっ! でゅくしっ! ぎゅいーん! ばっきゅーん! ぐわ! うわ! くっそぉ……やるなぁ……えい、このこの!」


 手持ちの戦隊レッド、ブルー、グリーンを両手で握り操りぶつけ合わせながら、私は場を盛り上げる為の擬音を発声する。

 私の趣味とは――戦隊ヒーローだ。

 オタクとかマニアとか、そういうレベルに達しているので、戦隊ヒーローを一目見れば尻の形などで

中に入っているスーツアクターの名前まで言い当てることができる。

 生まれた時から親を知らない私は施設に預けられていた。皆優しく、そこに寂しさは無かったが、代わりに胸を熱くさせる楽しみがあった。

 それが特撮だったのだ。特に戦隊ヒーローがたまらない。

 毎週、戦隊ヒーロータイムを楽しみに過ごし、同世代が野球やサッカーに離れていく中、私だけはそのまま継続して視聴を続けた。施設に新しい子供がやってくれば、その子達と一緒に毎週白熱したのも同世代から白い目で見られたのも良い思いで出である。

 この世界には特撮はない、だからといって、魔法なんてファンタジーは私の専門外だ。

 衣食住が満たされた生活の中、私は趣味の乾きを感じていた。そんな私は寂しさを埋めるために、こうやって創作を始めたのだ。


 「ふう……。第七十七話、野球回も無事に終了したなぁ」


 額の汗を拭い、手にしたフィギュアをバッグに戻す。

 創作とはいっても、二次創作だ。この世界にやってきてから、放送中だった戦隊の続きが気になって仕方の無い私は、自分で続きを考えるようにしたのだ。

 まずノートにシナリオを書き、書いたシナリオを常に持ち歩いていたフィギュア達に演じてもらう。これで、自己満足的に戦隊への欲求を満たすことにしたのだ。

 蝋燭の火を消し、仰向けになれば天井を仰ぎ見る。


 「……あーあ……元の世界なら、今頃は新しい戦隊が始まっているんだろうな……そろそろ六人目が出てきて……夏映画やVSシリーズも……ぐうぅ……」


 バケツを抱えて十数メートル歩くという運動に疲れた私は、気づけば眠りに落ちていく……。



 ――明日が、運命の日になることも知らずに。

 

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