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第十八話『狂戦士』

 「みんな、大丈夫かな……」


 今、アイリーンは三回目の収容所へ向かっている。

 一回目は誰も戻ってこなくて、二度目はボロボロになった優斗を運び出して来た。傷ついた優斗によれば、桜花と麗衣刃はトリスを捜索中だということだ。

 とりあえず私は、セツカの隣に優斗を寝かせて、四人の無事を祈るしかないのだ。

 私にも何か力があれば良かったのだが、一介の特撮戦隊オタクの女子大生ではどうしようもない。今はできる範囲で、優斗に包帯を巻いたり傷の消毒をしたり、セツカの額に乗せたタオルを取りかえることが私にできる全力というところだ。

 大きな岩の影に身を隠してはいるが、一度敵が来てしまえばどうすることもできない。戦隊では雑魚兵士は素手で女の子達も倒していたが、実際に目にした雑魚兵士達は本気で命を奪いに来ているので、まず刃物を持った怪人に立ち向かう勇気すら湧いてこない。

 つまるところ、今の私は役立たずということになるだろう。


 「早く帰って来てほしいな……」


 不安と責任感に押し潰されそうになりながら、そういえばアイリーンの帰りが遅いことに気づいたその時だったー―。


 「――え」


 ガサリと草木を掻き分ける音が耳に届いた。

 アイリーンが帰って来たのかと思ったが、今までの彼女は普通に空から目の前に降り立った。今さら、林の中からやってくることは考えられない。

 まさか、敵がここまで来たのか。

 嫌な予感にひんやりとした汗が額から頬に流れ落ちていく。

 息を殺して、私は林の中に全神経を集中する。ずっと遠くから聞こえていたはずの音は徐々に大きくなり、気づけば目の前の林の付近で薄く影が見えてくる距離まで近づいてきていた。

 胸が痛くなるぐらい心臓が信じられない程早く動いていた。内心、自分の垂れた汗の音すら目の間の存在に気づかれるのではないかと、止まれば死んでしまうというのに騒がしい心音すら止めたくなる。

 前方の影が動けば、林の中から一人の人影が飛び出した。――トリスがそこにいた。


 「ト……――トリス!!!」


 今まで必死に静かにしてようと思っていたことなど忘れて、私はよほど疲れているのか俯き気味に歩いてきたトリスに大きな声で名前絵を呼びながら駆け寄った。


 「トリス! トリス! トリスゥ! 心配したんだよ! 一人で帰って来たの? みんなは? 怪我してない!?」


 嬉しくて飛び跳ねてしまう。言いたいことは山ほどあるが、今はとりあえず二人して無事を喜びたいと思った。私は、ただそれだけを願ったつもりだった。


 「――へ?」


 頬に火傷を負ったような熱い痛みが走る。思考が追いつかぬまま反射的に尻餅を打てば、私はただ信じられない光景を見上げていた。

 トリスはその手に血に濡れたナイフを持ち、隠し持ったナイフで私を殺害しようとしたのだ。

 私の血に濡れたナイフの刃の先から血が垂れれば、それが私の鼻に堕ちた。


 「トリス……どうしちゃったの……」


 元より顔に自信の無い私は頬に傷を付けられたショックよりも、トリスに殺されそうになった事実の方が何倍もショッキングで呼吸ができなくなりそうなぐらい肺の所がぎゅっと締め付けられるような息苦しい気持ちになった。

 ただただ現実が理解できずに頭上を見上げることしかできない私に、ナイフを持ち替えたトリスが頭の後ろまでナイフを振り上げた。


 「――うおおおぉぉ!!!」


 ドタドタとした足音を立てながら、左手で右腕の肘を抱えた優斗がトリスに突進してきた。急にやってきた優斗に反応が追いつかなかったらしいトリスは突き飛ばされると声を上げることもなく、近くに生えた木に叩きつけられた。

 さほど離れていない位置に優斗が転がると、呆然とする私の手を握って力強く立ち上がらせた。


 「立って! 急いでここから離れるよ!」


 「あ……えと……」


 「セツカは大丈夫だから! 急いで!」


 実際のところ、ただ頭の中が真っ白になっていただけの私だったけど、セツカのことを心配していると思ったらしい優斗はほとんど引きずるようにして林の中に飛び込んだ。

 傷ついた優斗の足の速さは、私と変わらないぐらになっていた。無理して合わせているという感じではなく、全力で走った結果が私と同じだった。

 最初は呆然としていた私だが、徐々に状況を飲み込めるようになり、とりあえず今はなるべく遠くに逃げなればいけないと考えて積極的に足を動かすことにした。

 拠点にしていた場所に戻ることなんて二の次にして、私達は右に曲がったり斜面を下ったりすることでトリスをかく乱する。

 努力が成功したようで、大木の下の根っこが盛り上がった場所に人が二、三人は入れそうな窪みを見つけてそこに飛び込んだ。


 「こ、ここまで来れば……」


 二人でびっしょりと汗を掻きながら、私と優斗は泥が付くことなんて気にすることなく土の上に横たわる。

 冷たい腐葉土が火照った体を冷ましていくのは、まるで地面に体温を吸い取られているようだと感じた。

 しばらく二人して息を殺してじっとしていれば、気持ちの落ち着いた私はぽつりと呟く。正直、口にしとかないと気持ちがぐちゃぐちゃになりそうだった。


 「……トリス、私のこと嫌いになっちゃったのかな」


 頬の傷に触れれば、そこまで深くは無いが首の静脈を切るには十分な力が込められていた。間違いなく、トリスは本気で命を奪うつもりだったのだ。しかし、私の疑問に対しての優斗の反応は即答だった。


 「違う、トリスは敵に操られているんだ」


 「じゃ、じゃあ……トリスは自分の意思で私を殺そうとしたわけじゃないの?」


 「僕は、セツカと契約しているから割と魔力とかそういった超常的な能力に明るくてね。……トリスは間違いなくその類の力のせいで、操られている状態に陥っている。いや、操られているとは多少違うかもしれない。何だか、いつ暴走してもおかしくない獣を強引に鎖で繋いで言うことを聞かせているような感じがする」


 優斗の話を聞きながら、裏切られていないという事実に心底ほっとしていた。

 私の良くない性格である。自分は飛び込む勇気が無いくせに、誰かに嫌われることを酷く嫌がる。事実、今の私は助けてくれた優斗への感謝よりも、セツカへの心配よりも、トリスに嫌われていないという一点だけを気にしていた。

 自己嫌悪に陥りつつも、私はここでようやく現時点での問題に取り組む姿勢をみせる。


 「セツカは、大丈夫なの……?」


 「うん、今セツカは僕の体の中にいるんだ。変身もできる。だけど、リュウオウセッカとして戦うには、セツカの意識が覚醒していないと力の半分も出せないから緊急時以外は戦いに向かないかな」


 私は文字通り胸に置いた手を撫で下ろした。安心したらしたで、次の問題が頭に浮かぶ。


 「みんな、もしかして敵に……」


 「……可能性はあるけど、悪い風に考えても仕方ないよ。今は急いでここから離れよう。王国の方から救援が向かっているはずだから、セツカの回復を待って彼らと合流すれば何とかなるはずだよ」


 優斗に励まされて、私は彼の希望に縋りたくなる。だが、私の気持ちの中には、こびりつくような感情が渦巻いていた。ただでさえ、傷ついているのに無理をしている優斗に私は不用意な発言をしてしまう。


 「でも、そうしていたら、みんなどうなっちゃうの? トリスは殺されちゃうの? みんながもし無事だったら、トリスみたいに洗脳されたりしないよね? 救援なんて待っていたら、痺れを切らしたマスターオークがみんなのことを……!」


 それ以上の発言を口にすることもできず、私は両手で顔を覆うと強く口と目を閉じた。これでは、情緒不安定もいいところだ。

 私の情けない発言を黙って聞いていた優斗は、垂れた眉をさらに下げて、困ったように視線を外すだけだった。

 もっと私に力があれば、こんなことにはならなかったのだろうか。

 今の私は酷く無力だ。いいや、今の私じゃない、最初から最後まで私は無力なただの女だった。

 ずっと誰も救えない、ただテレビに映る正義の味方達を無力な子供と同じ目線と守られる弱さで眺めているだけのただのオタクだ。

 泣きたくなりそうになるが、私はここから逃げるしかない。

 もしここから逃げることができたら、おじいちゃんとおばあちゃんの所に引きこもろう。マイナスにマイナスを重ねた感情で、私は優斗に謝ろうとした。

 厳しい表情で優斗は前方を睨んでいた。


 「――ムツミさん、できるだけ遠くに逃げるんだ」


 優斗の発言の意味は簡単だ。ここに居れば危険だということ、それと危機はすぐそこまで迫っているということである。

 そう、危機は目の前まで来ていた。


 「トリス……」


 十メートル程先から、トリスはゆっくりと一歩ずつこちらに近づいていた。まるで獲物の次のどんな行動にでも対応できるように観察する肉食獣のようだ。

 躊躇している時間は無いとばかりに、優斗は彼らしからぬ大声を発しながら立ち上がり飛び出した。


 「変身! 魔導戦士リュウオウセッカ!」


 瞬時にリュウオウセッカに姿を変えた優斗は、リュウオウケンを手にすると両手で握りトリスへ振り下ろした。

 だが、トリスはリュウオウケンをその腕で受け止めていた。生身で受け止めたかのようにも見えたが、腕の部分だけ色が変わっていた。まるで、一部分だけスーツを着込んだかのように。


 「変身。ワルキューレバーサーカー」


 黒い炎がトリスの肉体から迸るのが見えれば、優斗の体は衝撃に耐えきれずに地面を転がった。

 柱のように噴出する黒い炎が消えれば、そこには普段の赤いスーツとは違い、蒼い炎がスーツから燃え盛り、今にも暴れ出そうとする炎を拘束するように蒼炎のスーツの上から漆黒の鎧を装着していた。顔も肩も胴も足も、全身に悪魔染みた装飾を施した禍々しい鎧だった。


 「来い、女神殺ワルキューレスイレイヤーし」


 ワルキューレバーサーカーに変身したトリスの足元から泡立つような炎が噴出すると、そこから剣の柄が出現する。女神殺しと呼んだ柄を抜き取れば、青銅色の剣が現れた。

 優斗は手放しかけた剣を両手で握りなおすと、トリスを見据えた。


 「僕は正義の為だと信じて、大勢の悪を粉砕してきた。でも、君だけは……どんな悪に堕ちようとも、救い出すことに決めたよ」


 優斗とトリスが同時に地面を蹴れば、二つの剣が交錯した。

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