第十六話『底知れぬ闇』
警戒しつつ飛び込んだ桜花と麗衣刃は、視覚に広がる光景に愕然とした。
「どういうこと、これ……」
メットをしているというのに口を押えた桜花が、変身していることすら忘れる状況だった。
大勢の敵が待ち構えているのか、たくさんの牢が並んでいるのか、そんな想像は軽く裏切られた。
そこには既に牢屋はなく、牢屋を形成していた鉄格子の破片が建設を始めたばかりの工事現場のように散らばっていた。壁は壊れ、地面は捲れ、部屋と部屋の間の壁は歪んでいた。
人がいないのかと麗衣刃は首を動かせば、確かに人がいた。
「酷い有様だ……」
崩壊した瓦礫や格子の下の隙間から飛び出した手足を見て、大勢の人が潰れて圧死していたことが分かった。きっとそこには、看守や囚人関係なく下敷きになっているのだろう。
どこからが部屋でどこまでが囚人だったのか看守だったのか、判断できない。
もし何か怪物でも暴れてこの状態になっていたらと考えると易々と警戒を緩めることもできずに、麗衣刃は慎重に歩みだす。
まさか、トリスや優斗もこの下敷きになっているのではないかと嫌な予感が頭に浮かんだが、セツカが逃げて来ることができたということはここで敗北したというのは考えにくいことだろう。
不謹慎にも人の亡骸の上で安堵してしまう自分に麗衣刃が自己嫌悪に陥るかけた頃、桜花が麗衣刃を呼んだ。
「麗衣刃! 生きている人がいるわ!」
桜花が瓦礫の一角をどかせば、その下には血の海に横たわる――カメレオン男がいた。
「この男は……」
駆け寄って来た麗衣刃もカメレオン男の姿で傷ついた男に驚いたようで、しばらく呆然としていたが、弱りきったカメレオン男の舌がぴくぴくと痙攣するのを見て二人は弾かれたように動き出した。
麗衣刃がすぐにカメレオン男の足を押さえた瓦礫をどかすと、あれだけ臭いを嫌がっていた桜花が全身が血に濡れることを気にすることもなくゆっくりとカメレオン男の体を持ち上げると、平らな地面の上にそっと寝かせた。
「おい! 生きているか!」
麗衣刃の声にカメレオン男の飛び出した二つの目が瞼を重たそうにこじ開けた。
「な……何も見えねえんでゲス……俺……生きているんでゲスか……?」
「ええ、生きているわよ」
桜花が励ますように言うが、カメレオン男の肉体の状態から見てもかなり危険だった。そして、カメレオン男を囲む二人にははっきりと命の灯火が消えかかっているのがはっきりと理解できていた。
麗衣刃はなるべく穏やかな声色で話しかけた。
「一体、何があったんだ……」
死期を悟っているのか、それとも、既にまともに頭が動かなくなっているのか、言われるがままにカメレオン男は喋りだした。
「マスターオークが……逃げ出したいなら、俺達で殺し合って……生き残った奴が出れる……て言ったんでゲス……。それで……一人ずつ……戦って……それじゃ時間がかかるからって……マスターオークは人数を増やして……誰が誰だか分からなくなって……そうだ、あの魔女に俺達は薬を飲まされていたんでゲス……」
「魔女? 薬? ねえ、どういうことよ!」
「アレを飲んでから……みんなちょっとかしくなり……最後は……誰も残ってなかった……マスターオークがずっとずっと……笑っていたでゲス……」
「一人ずつ、殺し合わせてこんなことになっただって……! 誰も生きていないだろ、みんな死んでしまうことに気づかなかったのか!?
どう考えてもおかしかった。最初は強い囚人を求めてふるいに掛けているのではないかと考えたが、それにしては異常過ぎる。
麗衣刃は桜花の方を窺うが表情は見えなくても、この空間でただ殺し合う以上の凄惨な光景が広がっていたことを感じ取っているようだ。
カメレオン男は説明したことで余力を消費したのか助け出した時はぜーはーと大きかった呼吸が、徐々に役割を失うようにして声は小さくなっていった。
「……アニキィ、何だそんなところにいたでゲスかァ」
目の大きさに比例した大粒の涙を一筋零したカメレオン男は、最後に会いたかった人間に再会できたようで、その言葉を最後に息絶えた。
半開きになった瞼を麗衣刃は、己の手でそっと下げてやれば、カメレオン男はこの空間の誰よりも幸せそうな死に顔をしていた。
桜花は無言で立ち上がると、拳を強く握りしめていた。
「……私は悪いことする人が嫌い。コイツだって、きっと大勢の人を悲しませて傷つけた。でも、命を弄ぶのは善悪関係ない。悪ですら掌の上で弄ぶ存在を私は許せない」
「ボクも同じ気持ちだ。悪にも誇りはあるし、命もある。大勢の悪人を倒してきたけど、今回ばかりはトリスや優斗、この世界に住む人達……そして、ここで苦しんで死んでいった悪人達の為にも」
二人は気持ちを新たに、屍と瓦礫の山の中を駆けだした。
※
意外にも優斗はすぐに見つかった。
牢屋のあった広い空間とは別に、地下室にはいくつか部屋があるようで、尋問する際に使われているようだった。その部屋の一室に、椅子に縛り付けられて体中のあらゆる場所に血を滲ませた優斗の姿があった。
三名程度の見張りなら、武器を使わずとも倒せる桜花と麗衣刃はすぐに制圧し、優斗の拘束を解除するこに成功した。
「酷い怪我じゃないか……。奴らに何かされたのか」
目隠し今まさに外した優斗は、頭痛でも感じるのか眉間を押さえながら返事をした。
「……いいや、見た目ほど辛くはないよ。それより、セツカは大丈夫だったかい?」
「ええ、安心しなさいよ。私達がセツカは保護しているわ」
ほっとしたのか、椅子から落ちそうになる優斗に桜花と麗衣刃は慌てて肩を貸す。
「無理しないでくれ。アイリーンが助けに来てくれるポイントがあるから、そこまで連れて行くよ」
「ごめん……。でも、僕は大丈夫。一人で歩けるよ」
桜花と麗衣刃の肩に手を置いて支えにはしたものの、一歩ずつ自分の足で歩き出す。
「優斗、ところで……トリスの居場所は分からないの?」
壁に背中を預けた優斗は、苦々しい表情で首を横に振った。
「僕には分からない。戦っていた敵が自爆して、爆発に巻き込まれた僕はそのまま意識を失った。目覚めれば、乱暴に扱われたこと以外の記憶はなかったよ……僕は情けないね」
無言で優斗の話を聞いていた麗衣刃は、桜花から視線を感じれば察して頷いた。
「優斗、ボクらは今からトリスを探しに行こうと考えている。ここからの道順を教えるから、君は先に逃げてくれ」
やはり優斗も最初からトリスを探しに行くつもりだったようで、麗衣刃の一言に驚愕しているようだった。
「馬鹿なことを言わないでくれ! 僕が彼女を巻き込んだ! それにこれは、本来なら僕が立たなければいけない戦場なんだ!」
セツカにどれだけ冷たいことを言われてても、聖人のようにニコニコしていた優斗が、自分の正義の執行者としての感情を露わにして叫んでいた。
「だが、セツカはここにはいないぞ」
「セツカと僕は契約している。どれだけ距離があろうとも、リュウオウセッカに変身できる」
「お願い聞いて、優斗。セツカもダメージが深刻で、しばらく目覚めてないの。意識の戻らないセツカを無理やり戦わせるつもり?」
「セツカが……」
桜花の一言が後押しになったのか、優斗はそのまま口を閉ざした。優斗は俯いたままで、取り繕った笑顔で顔を上げた。
「……僕はどうやら足手まといになりそうだ。二人とも、悪いけど……トリスさんのことをよろしく頼む」
「任せてくれ。私達だって、二人では無理はしないさ。……早くこんな陰気な場所を抜け出して、外で会おう」
麗衣刃が差し伸ばした手を、優斗は強く握りしめた。確かに優斗の言う通り、見た目よりかは力強い握手だった。
※
「完璧に優斗は餌に使われたな……」
収容所の地下の部屋を一つずつ開けながら、しらみ潰しにトリスを探していると、ぽつりと麗衣刃が呟いた。
桜花も優斗が去った方向を一度だけちらりと見れば、イエローの頭が上下する。
「だからこそ、トリスが心配になるわね。優斗は完全に餌だった。……じゃあ、トリスは?」
「そこが問題だな。トリスとマスターオークには因縁がある。復讐するなら、もうとっくにトリスを殺めていたとしてもかしくない。……しかし、それなら何らかの動きがあるはずだ」
「そうね、トリスを殺して優斗だけを生かしているてのは矛盾している気がするわ。優斗の役目は私達をおびき出す為に、じゃあトリスの役目は……?」
麗衣刃がある部屋を覗き込めば、そこは暗い長方形の部屋で奥には砕け散った鎖があるだけだ。
「僕達の宿敵がもしここまで追いかけてきたとしたらと考えてみたんだ。積み重ねた復讐心は、いつしかコントロールできる場合もある。マスターオークは復讐心をコントロールして、トリスを使ってただ暴力で果たすだけでは無い復讐を思いついたんじゃないか」
「もしかして、拷問されているとか……」
「そこまでは分からない。……ただあまりにすんなり行き過ぎている。まるで、優斗を解放しトリスを探すまでが最初から予定に組み込まれているようだ」
「まさかそんな……」
「……否定はできないだろ。僕達が対面しているのは、そういう敵なんだ」
最後の扉まで開けたが、ただの狭苦しい暗い一室があるだけだった。




