第十三話『戦う戦隊ヒロイン達』
セツカを発見してから一晩が明けた。
羽虫が飛ぶような声量でか細い息を忙しなく吐き続けるセツカは、まだ意識は戻らない。あれから交代しながら看病を続けてきたが、セツカは高熱にうなされ続けている。
体調の悪いセツカを連れてトリスの元へ行くこともできず、かといってトリスの居場所もセツカが目覚めないと分からないのも事実なのだ。結果、私達は身動きも取れずにじっと薄暗い洞穴で待機していることしかできずにいた。
既に時間はお昼になろうとしており、私達は忌々しく高く昇った太陽を眺めることしかできない。そんな中、痺れを切らしたように桜花は立ち上がった。
「あーもう! ここでじっとしるなんて我慢できないわ! 遠くには行かないから、周囲を探って来てもいいでしょ!?」
洞穴の外へ向かおうとする桜花に、またかと呆れ気味に土から半分飛び出した岩に腰かけた麗衣刃は呼び止めた。
「セツカの追手が来たら、どうする。トリスと優斗が二人がかりで勝てなかった敵かもしれないんだぞ」
「ぐっ! で、でも……追手が来ているかどうかなんて分からないわよ!?」
「そりゃ僕にも分からないが、追手がセツカをわざと逃がして餌に僕らの動きを窺っているのかもしれない。それだけじゃなく、君みたいに一人で突撃したところを複数人で狙ってくるかもしれにぞ」
「くうぅ! じゃあ、どうすればいいのよ!」
悔しそうに地団駄を踏む桜花に、アイリーンも私もただただ苦笑いをすることしかできずにいた。
ただそれでも桜花が定期的にこういう風にバタバタしてくれるお影で、私もアイリーンも不安で飛び出さずに済んでいるかもしれない。
セツカに今一度視線を送れば、綺麗な顔はところどころ傷ついて血で滲み、肌の色も紫に変色しているところもある。きっと変身している状態だからこそ、この程度で済んでいるのだろうが、優斗やトリスは今どうなっているのだろうかと考えるだけで胸が強く締め付けられそうになる。
「――お客様だ」
唐突に麗衣刃がそんなことを言って立ち上がる。
私やアイリーンはおろか桜花までもが、きょとんとした表情で真剣な顔をして立ち上がる麗衣刃を見上げた。
「僕のラインアンカーをこの辺一帯に張り巡らせていたんだ。敵を追跡する以外にも、陣地に近づく者を探知する使い方もできる。……その意味、分かるかい?」
「追手!?」
「そうだ、案の定……セツカに気づいたか、それとも、餌に僕達が釣られたか……釣るのは好きだけど、釣り上げられるのは好きじゃないんだけどね」
グローブを握ると麗衣刃は早歩きで洞穴から出ていけば、慌てて桜花もハート花柄のファンシーな模様をしたコンパクトミラーをその手に飛び出す。
「待ちなさい、私も行くわ!」
アイリーンも二人を追いかけて出て行こうとするが、一度足を止めて、次の行動を迷っている私の肩を掴むと優しく語りかけた。
「ムツミ様は、こちらでセツカ様のことを見守っていてくださいませ。事が済めば、すぐに戻って来ますので」
「ア、アイリーン!」
呼び止めてしまった私にアイリーンは風に揺れる花のようにと微笑する。
「昨日のムツミ様の提案でセツカ様は救われました。私達には私達の、ムツミ様にはムツミ様の戦いがあるのです」
何か声をかけた方がいいのかと私が躊躇している間に、既にアイリーンの姿は先行した二人に追いつき見えなくなっていた。
※
「確か、この辺りのはずだが……」
反応のあった場所へやってきた麗衣刃を先頭に周囲の様子を注意深くに見回す。
洞穴から少し離れた場所にある小さな林の方で、確かに侵入者の気配があった。普通の道なら、通りがかりの人間だという線もあるが、明らかに道から外れたこの場所では楽観的な可能性は捨てた方が良さそうだった。
先行していた麗衣刃はやってきた道から、こちらへ向かってくる桜花とアイリーンに気づいて、自分の居場所を知らせようと手を上げた。
「おーい! 二人と――」
「――麗衣刃! 危ない!」
桜花の声に麗衣刃ほぼ直感で頭を下げた。
ブンッと野球のバットをフルスイングするような音が頭上で聞こえた麗衣刃は、そのまま地面を大きな回転で転がれば、桜花達と距離を近づけた。
頭に付いた枯れ葉や木くずを払い落しつつ麗衣刃が立ち上がる頃には、桜花とアイリーンは両側に並び立っていた。三人が相対するのは音の原因である――怪人だった。
「ヒャーハッハッハッハ! 俺の攻撃を回避するなんて、なかなかやるじゃないか!」
目の前の怪人は首から上がカマキリの頭をしていた。そして、男の肉体を持ち、三本の右手、三本の左手の計六本の腕を持っていた。ただの腕の数が多いのではなく、肘から先がどれもが刀のように鋭利な刃物のようになっているようだ。まさに他者を傷つけるだけの生物である、怪人に相応しい姿だった。
「貴方、セツカを追って来たのですか?」
「セツカ? ああ、マスターオーク様に頼まれたあの女か! そうだよ! 餌に寄ってきた虫共を切り刻んでいいよって言われたのさ!」
アイリーンの質問に答えながらも六本の腕を巧みに動かし、刃を擦り合わせる。
麗衣刃はチェンジグローブを装着すれば、目の前のカマキリ男に向かって拳を突き出した。
「僕達は運がいいみたいだ」
「そんなに八つ裂きにされたいか! 俺様がたっぷりと丁寧に細かくしてやるよ!」
目の前のカマキリ男は気づいていないようだったが、桜花とアイリーンは自分達以上に麗衣刃が焦燥感を感じて憤っていたことをそこで気づいた。
桜花は大きな声を出してがむしゃらに突き進む怒りを知っていたが、麗衣刃のように冷たい氷を鋭利な刃物に研ぐような怒りを初めて学んだ。桜花が燃え盛る炎なら、麗衣刃はただ静かに灼熱以上の熱量で延焼し続ける静止の炎。
射抜くような眼光で麗衣刃は言い放つ。
「僕達がイライラしている時に、都合よく君が転がり込んで来てくれた。知っているかい? 君みたいなのを、飛んで火に入るなんとやらってね」
死刑宣告のように言った麗衣刃は前に伸ばした拳を強く握り、頭上に掲げて、再び拳を前に突き出せば一瞬の眩い光と共に――ツリアゲルンジャーブラックへと変身した。
ただ変身するだけなく、ほぼ変身してから間隔を空けることなく即手にしたリールガンをカマキリ男へと連射した。
「ウガガガッ――!」
放たれた銃弾に身をよじらせたカマキリ男は六本の腕の刀の刃の面を前に出して盾にして防御をする。
「不意打ちとは、卑怯だぞ!」
「お互い様だろ?」
歩きながら引き金を引く指を緩めない麗衣刃、さらにさらにカマキリ男へと寄っていく。
ただの拳銃とは違いリールガンは変身し続ける限り、無限に弾丸を補充できるため、弱い攻撃力を十二分に補うことができる麗衣刃が有利な状況である。
カマキリ男が不利になる出来事が続けて起きる。麗衣刃の両脇からは、ツンデレンジャーイエローに変身した桜花、エンジェルレンジャーレッドに変身したアイリーンがカマキリ男を囲むように近づいていた。
さすがに余裕ぶっていられる状況ではないと判断したカマキリ男は、救援を求める声を上げた。
「おい! 俺様を助けろ! アーリンマソルジャー共!」
呼び声に奇妙な雄たけびを発声しつつ、林の中から現れたのは数十体の黒い人型の怪人達。
全身黒一色の肉体で、黒豆のように丸い頭の先は炎のように逆立っている。手には剣や斧、弓や槍を持っていた。
飛び出すと同時に飛びかかって来た黒い兵士達に気づき、麗衣刃は銃口を変える。同時に、桜花もアイリーンも敵を変更して戦いを始めた。
「なんだ、こいつらは!」
麗衣刃が舌打ちをして、棍棒を振り回す黒い兵士の脇に銃弾を浴びせれば、黒い霧になって消滅する。
「なにって……アンタならわかるでしょ、こういうの私の世界にもそっちの世界にもいたんじゃないの!?」
桜花は林の中から突進してくる黒い兵士を掴んでは投げて木にぶつけ、掴んでは木にや地面に叩き落す。一定のダメージを受ければ消滅するようで、攻撃を受けた黒い兵士はいずれも消え去る。
「ええ、私の世界にもいましたよ。こういう騒がしい兵士様達がっ!」
アイリーンは遠距離から弓を構える黒い兵士に意識を集中させれば、背中から出現させた翼から輝く羽を撃ち出して的確に狙い撃つ。
数で圧倒すれば勝てると踏んでいたカマキリ男だったが、まるで慣れたように雑魚兵士共を倒していく三人を、頭の触覚をぷるぷる震わせながらカマキリ男は眺めていた。
「どういうことだ、魔女アンリエイタ様が作り出した兵士アーリンマソルジャーがこんなに簡単にやられるとは……! これは、いかんいかんぞ!」
カマキリ男は頭からコブのように大きく飛び出した二つの目を細めれば、戦場から背を向ける。
「――麗衣刃様、ここは私と桜花様に任せてください! 早くあの怪人を!」
「任せろ」
返事と走り出すのを一緒に麗衣刃は駆け出す。
カマキリ男も足が遅いわけではないが、木々の間をまるで黒豹のように走るツリアゲルンジャーブラックを離すにはまだまだ脚力は不足しているようだ。
必死で走るカマキリ男まで後少しまで近づけば、目の前の頭よりも高い位置にある木の枝まで一気にジャンプすればそこを足場に今度はカマキリ男まで一瞬にして飛びかかった。
「観念しろ、カマキリ!」
「――ぐひぃ!?」
背中に麗衣刃の蹴りをまともに受けたカマキリ男は受け身も取れないままに地面を頭から滑る。
落下する前に宙で一回転した麗衣刃は、カマキリ男よりも数歩程前方で華麗に着地を決めた。
「マスターオークの居場所を教えてもらうぞ」
リールガンを構えながら麗衣刃が言えば、カマキリ男は悔しそうに口から生えた二本の牙をガチガチと鳴らした。そして、立ち上がるカマキリ男は六本の腕を構えた。
「お、俺様は悪だ! 悪は屈しない! 今一度、悪のプライドを教えてくれたマスターオーク様の為にも悪に命を捧げる!」
「見上げた根性の怪人だ。しかし、それだけの誇りを持ちながら、悪に堕ちてしまったのは残念だ」
「うるせえ! 俺様に勝ってから偉そうにしやがれ!」
麗衣刃までの距離をすぐに縮めたカマキリ男は、六本の腕を操り、次から次に刃を振るう。
右手舌の剣が横から、次は左手上の剣が頭上から、休む間もなく左手真ん中の剣が下方向から……といった感じで、ただがむしゃらに振り回すというだけではなく相手に先読みされない一振りを求めて振り続けた。
そう、振り続けたということは、麗衣刃には致命傷を与えられていないということだった。
「な、なんで、当たらねえんだ!? お前、未来でも読めるのかよ!?」
僅かに足の位置は変えるものの、基本的にはその場で麗衣刃は上半身を中心に動かして常に寸前所で剣を回避していた。ただ体を傾けて避けている上に、そこにはどこか自然体な余裕すら感じさせていた。カマキリ男が麗衣刃の様子に、未来が読めるのかと疑ってしまうのも分かるような光景だった。
「……未来は読めないさ。私ができるのは、釣りをするぐらいさ」
話をする余裕があることに、カマキリ男は頭に血が昇っていけば、さらに荒々しくも早く剣を動かす。
先程よりも剣が高速になったというのに、むしろ比例するように麗衣刃はリラックスしているようにもカマキリ男は見えた。カマキリ男の疑いを確信に近づけるように、麗衣刃はなおもを喋り続ける。
「お前は釣られているんだよ。ボクが右に攻撃するように君を誘って、それに君は釣られ、ボクが左に攻撃をするように君を誘って、それに君は釣られる。本当に上手な釣り師というのはね、運任せで釣りはしない。全てを計算しながら釣りを行うものさ。――こういう風にね」
ただでさえ子供頭ぐらいはありそうなカマキリ男の目が大きく見開かれた。
嵐のような剣の網目を潜り抜けて、何もない空間を手に入れた麗衣刃はほぼゼロ距離でカマキリ男の頭に銃口を突き付けていた。
「や、やめ……俺は役立つぞ……基地のことも知っている……」
「あの雑魚達に聞くからいいよ。ねえ、これで分かっただろ? ――君は最初から釣られていたのさ」
剣を回避している間に溜め続けたリールガンをカマキリ男の頭部に押し当てながら解放する。
「リールガン、フルバースト」
麗衣刃の前方で爆発の炎が上がった――。




