第十一話『仲間を救う彼女達 世界を救う彼ら』
「アイツ、どうして私達を置いていったのよ!?」
静かな客間のテーブルに、桜花が拳を打ち付ける音が響いた。つい先日、似たような音を聞いた気がする。
私、桜花、麗衣刃、アイリーンがいるこの客間に重苦しい空気が支配していた。この世界に来て、初めて感じる空気だった。
何でこんなことになってしまったのだろうと悔やんでいても仕方がないのは事実だが、土地勘の無い私達にはトリス達を追いかける術を持たない。
叩きつけた拳の音は賑やかだったが、それは私達の心に余計に虚しく反響していた。
「みんなは、どうしたい?」
日当たりの良い椅子に腰かけた麗衣刃が変身アイテムである『チェンジグローブ』を右手に装着させて、その手を開いたり閉じたりしながら私達に問いかけてくる。
桜花は鼻息荒く、先程殴りつけたばかりのテーブルに大きな音を上げながら手を叩きつけた。
「助けに行きたいに決まっているでしょ!? そして、ムツミに正義の味方の何たるかを語りながら嘘をついたトリスのアホをぶん殴りに行くわよ!」
「そう言うと思っていたよ、桜花なら。アイリーンは、どうお考え? それとも、桜花とは反対意見?」
アイリーンは服の胸の辺りをきゅっと握ると、意を決したように口を開いた。
「私は……本当なら戦隊なんてなりたくなかった。暴力で解決するという行為がたまらなく嫌だったのです。……でも、守る為に拳を握る行為の意味を私はよく知っている。……今度の戦いもきっと、誰かの笑顔を守る為の戦いなのですね」
「良かった。アイリーンが、平和至上主義じゃなくて。……そういう人間は、きっと戦隊として戦ってこれないもんね。じゃあ、ムツミは?」
第三者のように傍観していた私は急に話を振られて動揺する。そうだ、これはフィクションじゃない。今、現実に起きていることなのだ。
しどろもどろになりつつ、ようやく出てきた言葉は。
「……私も、助けたい」
たったそれだけだった。みんな感じているのだろうが実際私が追いかけても、きっと戦力にはならない。
私は知っている戦隊シリーズの中には、極稀に仲間達にお節介をかけたり敵に捕らえられたりする癖にレギュラー出演をするようなキャラが。大体そういうキャラは、ネットで叩かれたり、視聴者の不満を集める。迷惑なキャラがトラブルのスパイスになることで、物語を進ませる起点の役割を持つことを知っているが、それが現実になると……ただのお荷物なのだ。
それでも、私の主張を聞いてくれようとしたみんなには心の底から感謝する。やはり、彼女達は卑屈な私と反対の戦隊ヒロインたる器なのだ。
グーにしたりパーにしたりと指の体操のように動かしていた麗衣刃の手が拳を握る形で止まる。
「ありがとう、みんな。一度意見を聞いてから、話をしようと思ったんだ。……実は、トリス達を追いかける方法がある」
桜花は大股歩きで麗衣刃に接近すると、椅子の背もたれのところに手を置いて麗衣刃に顔を寄せた。
「だったら、さっさと教えなさいよ! 私達の意思なんて確認しなくても、同じような集団なんだからそれぐらいわかるでしょ!?」
「……顔が近いなぁ。分かったから、落ち着いて離れていてくれ」
麗衣刃の桜花の頬に手を置くと、野暮ったそうに押し返せば、猛牛のような桜花も話が進まないことに気づき、渋々とテーブルの椅子の一つにどっかりと座った。
全員が聞く準備ができたのを確認した麗衣刃は喋りだす。
「ムツミの言う戦隊ヒロインの仲間なら、僕らはきっと正義の為に全力を出せる。僕と同じような人達なら信頼できるけど、まだ出会って間もない人達に命を預けるのは心もとないだろ。桜花なら、後ろから襲ってくるかもしれないし」
「しないわよ! するなら、正面からよ! それに……あの時のことは、謝ったでしょ!」
「それは冗談としても、互いに最終確認は必要だと思ったんだ。こういう土壇場でこそ、本来の自分が出ると言うだろ。……さて、本題に入ろう。何故、彼女達の行方が分かるかというとコレだ」
右手の機械的なグローブを持ち上げると、人差し指を動かせば何か空気の振動のような物が微弱だが分かる。
「それは、なんですか?」と首を傾げるアイリーン。
「これはね、ボクの武器の一つで『ラインアンカー』て呼ばれるものなんだけど、ツリアゲルンジャーに変身する際に必要なこの『チェンジグローブ』には、生身でも武器にしたりと役立つ道具なんだ。グローブに内臓されたラインアンカーは、超極細の糸を標的に結ぶことで、どこまでも追尾することができる。扉や障害物があれば透明になり通り抜け、もし糸が途中で切れていたとしてもチェンジグローブの所有者にしか見えない不可視の糸を辿ることが可能だ。今は君達に見えるように、若干糸を太くさせたけどね。本来なら見ることはおろか触れることもできな代物だ」
「いつの間に、そんな物を付けたのよ
「昨日、トリスが優斗達と何か切羽詰まったような感じで歩いていたからさ、声をかけるついでにちょちょいと」
おぉ、とリアル秘密道具を前に私は拍手を叩いていた。不謹慎だが、あの手の秘密道具系は大好物なのだ。
少し照れたように苦笑いをした麗衣刃に、少しだけ心の余裕が出てきた私が質問する。
「麗衣刃が声をかけた時て、トリス達はどんな感じだったの?」
「あー……実はね、切羽詰まった様子だけでは、ラインアンカーを使う予定はなかったんだ。準備はしたけど。……声をかけた時にさ、トリスがやたら優しかったんだ。嬉しいとか思うよりも、不気味に感じちゃった。それが追跡しようと思ったきっかけかな?」
普段のトリスの様子を各々思い出せば、あーと自然と納得する雰囲気になる。
いつものトリスは誰よりも早起きで鍛錬を欠かすことはない。それでいて、周りにも厳しいが、自分にも厳しい人である。粗削りではあるかもしれないが、ワルキューレレンジャーのレッドでリーダーをしていたのは簡単に想像できてしまう。
さてと、と麗衣刃立ち上がった時には、全員椅子から立ち上がっていた。私も急かされたように立ち上がる。
「善は急げだ。今すぐに出発しよう! あの二人なら、そう簡単には負けることはないと思うが……厳しい戦いになっているのは間違いないはずだ」
「ええ、トリス様といえど、五人がかりでようやく倒した敵ならきっと手こずっているはずです。……私達の増援に驚きはしても、困ることはありませんよ」
「まずはトリスをぶん殴る前に、そのマスターオークとやらをぶっ飛ばさないとね!」
意気揚々と出て行こうとする三人に私は当然のようについていこうとするが、ふと足が重くなる。
ここからは未知の領域なのだ、私が行ってどうなるのだろう?
そんな疑問が去来する。足を引っ張るだけじゃないか、力の無い人間が戦場に立てば彼女達を苦しませる形になるのではないか、よく考えてみろ、私は戦いの攻撃の余波を受けただけで気を失ったんだぞ。行くだけ無駄じゃないのか?
客間の扉の内側で、私の足は鉛を下げたように重たくなる。何故動かないのかと両足を眺めていると、目の前では麗衣刃が相変わらず深い瞳で見つめていた。
「もう一度聞くよ、ムツミ。……君はどうしたい?」
怖くて怖くて、家に帰ってベッドで横になって数日は出たくない。この数日は私にはスリリング過ぎて、今すぐにも泣いてしまいそうだ。……だというのに、私はまだ迷っていた。
葛藤する権利なんてないと思っていたのに、私は迷い苦しんでいる。そして、その時間を彼女達はくれた。
横に立っていたアイリーンが何か言いたそうにしている。それはきっと傷つけることのない、私を守る為の優しい一言に違いない。それゆえに、私は悲しくなってしまうのだろう。
肩の辺りに何か触れて、視線を傾ける。
「何やってんのよ、ムツミ。友達が危ないんだから、ここでじっとしていてもしょうがないでしょ!」
桜花が私の背中に手を置いて、前に押し出した。
外側だけは不機嫌そうに早歩きでさっさと行ってしまう桜花に、麗衣刃とアイリーンは顔を合わせて苦笑する。
アイリーンは言いかけていた言葉を、別の形で紡ぎだす。
「さあ、行きましょう。ムツミ様。……この世界で出会ったお友達同士で、トリス様を助けに行きましょう」
深く頷いた麗衣刃は、アイリーンと一緒に歩き出す。
気づけば、私の足は少し軽くなっていた。歩くには十分すぎる程に。
「ま、待ってよ! みんなっ――!」
戦隊の戦いに巻き込まれることが怖いとか、どうでも良かったのだ。
私は私の足で、友達を助けに行きたかっただけなのだ。
※
前の日の晩から歩き続けた優斗、セツカ、トリスの三名はようやく目的地の収容所を見下ろせる丘までやってこれた。
薄い原っぱが続く先で大きな岩山が覆い被さるような形でその収容所は存在した。
ラーゼグリフに三か所ある収容所の一つが、ここアンダーシア収容所。主に悪性を中心とした囚人達を牢屋に閉じ込めている。そんな危険な人物達を一つの牢屋に入れることはかなり危険なことなのだろうが、強固な守りの牢と常に常駐している善性達による裏付けが成せることだったはずだが、今は静かになった収容所は悪鬼の棲み処と化しているのだろう。
時刻は夕刻に差し掛かろうとしている。沈みかけようとする太陽が何とも不気味で、仄暗い闇の奥で怪物が口をぽっかりと開けているような薄気味悪さを覚える。
「本来なら、事前に情報を集めてから攻め込んだ方がいいのかもしれない……。だけど、僕はそれを待っていられないよ」
「意見が合うな。私も同じ気持ちだ」
単なる使命感だけではなくトリスには焦燥感があった。魔窟と化した収容所に、もし生き残りがいて隠れているなら、精神的にも身体的にもそろそろピークが来ても良い頃だ。追い詰められた状況では、その二つが余計に人の疲労を加速させるはずなのだ。
優斗も異様な雰囲気の収容所を前にして、待ちきれない様子である。
無鉄砲だと言われてもおかしくない優斗をトリスは自分と重ねていた。
前の世界にいた頃は、考えなしに突撃してよく仲間達に心配をかけた。それは、優斗も同じであり、目の前で苦しんでいるのが放っておけないのだと同族的な感覚で感じ取れた。同時に、そんな優斗の姿を好ましくも思えていた。
ちょっと待って、と声をかけたのはセツカだった。
「焦る気持ちも分かるけど、王都の応援を待った方がいいと思う。今回は、少しイレギュラー過ぎる気がする」
懸念するセツカの意見は正論だ。しかし、トリスは今まで黙ってついてきておいて何故ここに来てそんなことを言うのかという不信感すら感じた。
優斗は真っすぐな瞳でセツカを見ると、期待のこもる眼差しのセツカをはっきりと遠ざけるように首を横に振った。
「イレギュラーな事態なんて、今まで山ほど経験してきただろ。今度もいつもと一緒で、悪を成敗するだけさ」
「……でも、敵は大勢いるかもしれない。優斗達だって気づいているかもしれないけど、あの中の囚人達を味方にしているなら、きっと困難な戦いになる」
「承知の上だ。僕はセツカを信頼している。どんな困難だって、君となら乗り越えられる」
まだ何か言いたそうにするセツカだったが、続きの言葉を飲み込んで、ただ深く頷いた。それを肯定と受け取った優斗は、夜が迫りつつある丘の上を駆け下りれば、トリスも後に続く。
山を駆け下りて行けば、あっという間に収容所の前の開けた道まで到着する。もし敵の見張りが居るなら、既に気づいていても良い頃だろう。
ぐるりと壁が両手を広げるように私達を迎え入れた収容所の壁や屋根には、きっと夜間は外を照らす為に使われていたらしい照明器具が見える。大きなエネストもぶら下がっているので、本来なら常に外を明るく照らしていたのだろう。
「嫌な予感がするな。急ぐぞ、優斗」
「ああ! ――危ない!」
瞬間、周囲が光に染まれば、熱風と衝撃が三人を襲う。
土砂が雨のように降り注ぎ、噴き上がる爆炎が消える頃には、大穴の出来た地面の前にリュウオウセッカとワルキューレレンジャーレッドの姿があった。
突然の爆発に反応した二人が、寸前で変身したことで何とか危機を脱したようだ。
「出てこい! そこにいるんだろ!?」
赤と銀が柄の辺りで装飾された剣『ワルキューレセイバー』を手にしたトリスが叫んだ。
前方の暗闇がぬらりと蠢けば、そこから赤い目が輝けば収容所の開放されたままになっているゲートの中から赤い目の正体が姿を晒した。
「マスターオーク! ここまで来ると運命を感じさせるな!」
オーク本来の姿とはかけ離れた細身の男性の姿こそ、マスターオークその人である。長髪の間から覗かせる赤い目からは、全身を鞭打つような殺気に溢れている。
因縁のある敵以外にもマスターオークの隣には、黒装束の女が不敵な笑みを浮かべていた。
「よお、久しぶり……てほど時間は経ってないが、俺は一秒たりともてめぇのことを忘れたことはないぜ」
「生憎と私も同じ気持ちだ。お前への恨みと怒りだけは、一生涯忘れることはできないだろう」
「……気色の悪い奴め」
マスターオークは相変わらずの自信に満ちた表情でけたましく笑う。まるで、ワルキューレンジャーという宿敵に邂逅したことすら喜ぶように。
横の優斗もマスターオークが只者でないことをすぐに見抜いたようで、いつでも動けるように臨戦態勢を取っているようだ。
端から見るとマスターオークは腕を組み、戦う気力も無さそうにこちらを傍観しているだけにも見受けられるが、それは余裕にさせる理由があるのは明白だった。そのままマスターオークは警戒するトリスと優斗のことをまるで意に介さないようにように喋りだした。
「本当なら、こっちから出向くつもりだったが、手間が省けて良かったぜ。一つ一つ、人が住んでいるところ壊しながら探すのも大変でなぁ」
「お前……私を探す為だけに、この世界の人を傷つけたのか!?」
「おいおい、何を今さらそんなことを言ってるんだよ。俺は最初から、そういう奴て知ってんだろ」
今すぐに走り出してマスターオークの首に刃を這わせたい気持ちで一杯になる。突然現れた存在に、容赦なく蹂躙された人々のことを思えばトリスの心は黒々とした感情に満ちていく。
あと一歩のところで歯止めが利かなくなるトリスの肩に優斗は手を置いた。
「よせ、アイツの口車に乗るな。後でいくらでもチャンスがある」
今すぐにも突き飛ばして突進した衝動をトリスはぐっと堪えるが、さらに煽るようにしてマスターオークは大きなリアクションで肩をすくませた。
「いいのか、まだ収容所には生きている奴もいるぞ」
「ほ、本当か!?」
「殺しちまったら、人質の意味もないからな。ただし、奴らもそろそろ限界だろうなぁ。今もたっぷりと拷問しているところだし……。いいのか? 正義の味方ワルキューレレンジャー様よぉ」
そこまで聞かされれば、トリスはもう限界だった。それは優斗も同じだったらしく、ほぼ反射的にトリスと優斗はマスターオークへと高速で接近していた。
「――くっ!」
「――ちっ」
後数歩でマスターオークまで届こうとしていたトリスと優斗だったが、マスターオークの背後から飛び出した二つの影に防御の態勢を取る。ぐるりと二人して何かと交錯すれば、着地するが勢いを殺しきれずに地面を滑る。
忌々しく進行を中断させた影を睨む。
「遊ぼうぜ、お嬢ちゃん」
トリスの前でそうケケケケと笑いながら言ったのは、上半身裸にびっしりとした体毛を染める斑模様の体に豹の顔をした豹男。四足歩行の腕と足は紛れもなく人間のものだが、その手先と足先には鋭利な爪が生えていた。
「相手してくれよ、お兄ちゃん」
優斗の前に立つのは、濃い緑色一色の体に頭だけはサッカーボールのように丸々としており一つ目に頭の先から角を生やした不気味な頭部の怪人。破れかけた囚人服からは、たくましい腕や足が伺えるが特徴的な頭部以外はさほど人間と変わらないようにも見える。
「紹介しよう、新しい俺の仲間だ。麗しのワルキューレンジャーの相手は、哀れな合成怪人ジャガーナイト。そして、そこの男と向かい合うのは一つ目の鬼オーガフレイヤ。俺に忠誠を誓う、いずれも頼もしい部下達だ」
リュウオウセッカは何もない空間から、一本の蒼い刀『リュウオウケン』を出現させた。
「出てこい、リュウオウケン。……トリスさん、これぐらいのことは想定の範囲内だ。さっさと蹴散らして、生存者を助けに行こう」
「あ、ああ……。無論だ!」
愕然とするにはまだ絶望が足りない。今まで幾度となく経験してきた危機的状況が、今のトリスの活力になる。
優斗とトリスは、不敵に笑うマスターオークを打倒すべく、目の前の脅威に向かって武器を振りかざした。




