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第九話『穏やかな時間』

 桜花と麗衣刃から話を聞きながら、私はみんなが待つ客間を目指していた。

 どうやら、あの戦いの後にショックで気を失った私を責任を感じた優斗が家まで連れてきて看病をしてくれたらしい。とは言っても優斗が直接看病するのはセツカや仲間達が許可することなく、代わる代わる交代で看病してくれていたらしい。

 優斗は正式に王様から、この町の守護を任された善性ユーティアで大きな屋敷に数人の召使いと共に生活を送っている。その他にも、王様の手が届かない政治事や町の問題にも取り組んでいるという話だ。町長もいるらしいが、町民が意見を出して決めた町長よりも国王から任命された優斗の方が力関係は上になるということだった。

 驚いたことが一つある。何と、私はあれから丸一日眠り込んでいたようで、おじいちゃんは戦隊ヒロインのみんなに私の看病を任せてから三日後におばあちゃんと迎えに来る約束をして家路に着いた。心配しているおじいちゃんの家まで優斗が使いを出してくれるらしいので、とりあえずこれ以上おじいちゃんやおばあちゃんを心配させることはなさそうだ。

 客間に到着した私は、心配で駆け寄って来るアイリーンとトリスにお礼を言った後に、みんなに向かって頭を下げた。


 「ご迷惑おかけして、ごめんなさい! せっかく、みんなで町を見て回る約束していたのに……」


 頭を下げる私にトリスは、優しい声色で言った。


 「気にするな、ムツミは巻き込まれただけなんだ」


 頭を上げようとした私を駆け寄ってきたアイリーンが問答無用で抱擁した。


 「そうですよ、ムツミ様が気に病むことはないです。まだまだま時間はあるので、散策はこれからゆっくりとしましょう」


 正義のヒロイン達というのは良い子達ばかりだが、病人にはなおさら優しいらしい。恥ずかしくなった私は、同性の私でもびっくりするぐらいの弾力のアイリーンの胸元から顔を離した。

 客間の椅子に腰かけた優斗が、自宅だというのに少し気まずそうにしていたが、意を決して立ち上がると今度は優斗から頭を下げた。


 「本当にごめんなさい! 僕がちゃんとしいれば、ムツミさんを傷つけることもなかったのに……」


 「そうよそうよ! もっと謝って、そして土下座しなさい!」


 「こらこら桜花、何もそこまでする必要は――」


 「――どうもすいませんでしたっ!!!」


 びしぃと見事な土下座をする優斗。これはかなり土下座慣れしている様子である。私はいやいやと首を横に振って、優斗に歩み寄れば頭を上げるようにと手を伸ばした。


 「そこまでしないでいいですよ! 戦いに飛び込もうとした私も悪いんですし……」


 「いやいや! 民間人を巻き込むなんて、偉そうなことを言っておいて僕は善性ユーティア失格だよ!」


 「いやいやいやいや! 本当に顔を上げてくださいってば! そんな状態なら、セツカに怒られますよ!」


 「え、セツカに会ったの――べごら!?」


 顔を上げようとした優斗の顔が再び地面に沈む。頭の上には、小さな足場で見事にバランスを取り両手を上に上げてばっちりポーズをとるセツカの姿があった。


 「セ、セツカ!? 何してんの!? 町で見た時は、甲斐甲斐しい感じのパートナーじゃなかったっけ!?」


 「これぐらいはいい薬よ。それにね長年一緒だった私には分かるけど、優斗てばモテるていう言葉を知らないから、こんな風に年齢が近い子に囲まれて鼻の下伸ばしているところが見え隠れするのよ。気をつけなさい、頭の中では貴女達でハーレム展開も考えているただの豚。……ムツミのところのおじいちゃんと一緒」


 「本当にうちのジジイがすいませえええええぇぇぇぇぇぇん!!!」


 私の無事が確認できた後のおじいちゃんは、セツカにきっと良からぬいたずらをしたのだろう。家に帰ってからはおばあちゃんに折檻をしてもらおう。

 再び頭を垂れた私の下方向から、歯を食いしばりながら優斗が顔を上げて必死に弁明をしようとしていた。 


 「ぐぬぬぬぬ……。セ、セツカ、誤解だっ。僕にはそういうつもりはないんだ……。単純な善意でしか動いていない……!」


 「本当のところは?」


 「女の子の匂いに囲まれて、少しドキッとしましたぁ!」


 くわっと目を見開いて、真実を口にする優斗。きっと彼なりに真実を打ち明けることで、自分にやましいことがないことを証明したかったのだろう。しかし、本妻はそれを許さない。

 ぴょんと優斗の頭の上で一回ジャンプをするセツカ。


 「よし、もう一度地面とチュー」


 「――ぐわあぁ!?」


 上げたばかりの顔面が再度地面に埋まるのを見ながら、他の仲間達の顔を見ているとさほど驚いた様子もなければ止める動きもない。あの聖母のようなアイリーンでさえも、頬に手を当てて困ったように眺めているだけだ。

 どうやら、二人のこういう夫婦漫才もといバイオレンスな光景は日常茶飯事のようだ。

 それほど時間がかからない内に、こういう光景も慣れていきそうだなと考えつつ、そういえばお腹が空いているのを思い出していた。




               ※




 セツカによる優斗への折檻は、私の腹の虫が鳴いたことで中断されるという恥ずかしい結果で一応の決着は着いた。

 既に準備をしていたのかぞろぞろと客間からダイニングルームへと移動すれば、長いテーブルに人数分の食事が用意されていた。

 映画でよく見かける中世の貴族が食事をするような広間にも驚いたが、驚きを忘れてしまうほど目を引いたのが料理のメニューだった。

 思わず感嘆の声を漏らす私の前には、ハンバーグやから揚げ、オムライス、おまけにピザなんて物も並んでいる。

 私にして見れば、懐かしい料理ばかりで、お子様ランチのようなメニューだと笑われたとしても思い焦がれた料理の数々だった。


 「驚きましたか?」


 目を輝かせる私に優斗が満足そうに聞いてくるので、すぐさま私は何度も頷いた。


 「驚いたよ! 近頃、淡白な味ばかりだったから……こういうのすっごく嬉しい!」


 「ムツミさんにはご迷惑をおかけしましたから……。ムツミさんの話をおじいさんから聞かせてもらって、僕の世界と近いような気がしたんです。それで、もしかしてと思いまして……」


 「大正解! ありがとう、優斗君!」


 各々、椅子に座り「いただきます」という声だけ合わせて食事を進める。

 ハンバーグの肉の旨味もデミグラスソース再現したというソース、パリパリ衣のから揚げ、ふわふわ卵のオムライス、とろとろのチーズのピザ。私は空腹も相まって、四品の料理をあっという間に平らげてしまう。

 一通り食事が済み、片づけられた食器の後に優しい香りの紅茶の入ったティーカップが並べられた。


 「ごちそうさまでした。前の世界でも、なかなかこの味には合えないよ」


 素直に優斗に礼を言うと、照れたように頬を掻いた。


 「どういたしまいて。せっかく王様に選ばれたから、権限を活用して月に一回ぐらいは贅沢しようと思って、前の世界の料理を思い出しながら説明してそれを料理人に作ってもうらうんだ。セツカはハンバーグとオムライスが好きで、本当はその二品だけだったけど、セツカが僕の好物も追加してくれと料理人に注文をつけて今の形になったんだ」


 「へえ、それでピザとから揚げが追加されたと……。仲良しなパートナーだね。……そういえば、二人はどういう関係?」


 「それを語るなら、僕らの世界のことから話をしないといけないね」


 そんな質問をしながら戦隊ヒロインの面々を見るが、皆それほど話に興味を持っている様子はない。桜花は出された茶菓子に舌鼓を打ち、麗衣刃は窓の外を眺めつつ茶をすすり、トリスはこちらに意識は向けているようだが閉じた口からは何か喋る気配もなく、アイリーンにいたってはただただ陽の光のような温かな笑顔を向けてくる。

 既にみんな優斗達の事象は知っているようなので、私は気持ち前のめりに優斗の次の言葉を待つ。


 「僕の住んでいた世界では、魔導が使われていた」


 「魔導?」


 リュウオウセッカに変身する際、耳にしたフレーズだった。


 「魔導という呼び方だけであって、この世界の魔法のようなものと思ってもらえればいい。ただし、この世界の魔法というのは無から有を作り出すけど、魔導は無からは生み出せない。魔法は無限の万能だけど、魔導も万能である代わりに常に有限であるんだ。空気中に漂う目に見えない物質をうまくエネルギーとして実体化させ、炎を起こす調理器具を作ったり、自動で走る乗り物を作ったりして、生活の一部として僕らは魔導と接してきた。魔導を使って遠くの人と話をすることのできる機械もあったんだ」


 優斗の説明から考察するに、優斗の出した例えは私達で言うところのガスコンロや自動車、携帯電話類似している発明品を指しているのは明白である。

 電気のように当たり前に存在する魔導という複雑なエネルギーの詳細な説明を優斗に問いかけても、彼の雰囲気から察するにきっと納得のできる説明はできないはずだ。日常的に扱っている日常程、説明できないものはない。


 「なんとなーく魔導のことは分かったけど、何で優斗君は変身ヒーローなんてやっているの?」


 「ある時、魔獣と呼ばれる獣達が別世界から侵略してきたんだ。魔導を使った武器はいくつかあったけど、魔導に耐性のある彼らには通用しなかった。そんな中、一つだけ有効手段が見つかった。……人体に魔導の力を宿らせて戦わせることにしたのさ」


 「……それが、セツカちゃん」


 「察しがいいね、魔導機人装甲セツカ。それが彼女の名前だ。ただし、彼女一人では魔獣との戦いには一歩及ばない、セツカの力を百パーセント発揮するには、兵器としての彼女を扱う人間が必要だった。それが、僕の役目なんだ。僕がセツカを装着することで魔導戦士リュウオウセッカに変身して魔獣達と戦ってきたのさ」


 本物の悪と戦っていた人を目にして、気づけば私は「ほお」と感嘆の声を漏らしていた。

 戦隊ヒロインのみんなには言ってないが、みんなが変身したあの晩、私は興奮して眠れなかったほどだ。確かにリュウオウセッカは私の求めたヒーロー像とはズレた位置にいるが、高鳴る鼓動はどうやっても否定できない。

 懐かしむように語っていた優斗の表情に陰りが見えた。おそらく、このままの流れで自分の死に関することを話すつもりなのだろう。そこで私は良い機会だと思い、ぐいっと優斗に向かって身を乗り出した。セツカがむっとした顔をした気がするが、今日だけは許してほしい。


 「説明も終わったことだし……優斗くん! サインください!」


 「え、サイン……?」


 目を丸くした優斗に向かってにっこりと私は笑えば、浮かせた尻を椅子に戻した。私を制止しようとしていたセツカに関しては、唐突な発言に肩を傾けている。

 仲間達の顔は既に経験済みなので、困った表情や引きつった笑顔を見せたりしている。


 「そうそう、みんなにもお願いしたんだけど、この世界に来て一つだけやりたいことが見つかったの! それが、変身ヒーローやヒロイン達からサインを貰うこと! こんな世界じゃ、フィギュアを集めることも難しいしコレクター魂が何か疼く趣味でもないかと色々集めてみたけど、他のは無理! やっぱり特撮絡みがいいの! てことで……サインちょうだい!」


 「お、落ち着いて、ムツミさん。僕はテレビの世界のキャラクターとは違うんだよ? それでもいいの? ……特撮じゃないし」


 「いいよ! そりゃ、本人達は仕事や仕方なく戦っていたのかもしれないけど、私はそういう姿を見て憧れるし興奮しちゃう! そんなみんなのことをいつまでも覚えていたい! カードもない、専門誌もない、玩具もない……でも本人達が居るうぅ! なら、サインしかないっしょ!」


 ぐうっ! と親指を立てる私に優斗は若干引き気味の様子だ。いいんだ、慣れてる。彼を同世代の男性と見る以前に、優斗は特撮ヒーローの枠組みに入ってしまうのだ。リアルな悲壮感とか戦いの現実味とかは、一旦置いといて、この興奮は間違いない。


 「なかなか、ムツミさんは趣味に情熱的だね……。口にしなくても、ムツミさんの興味があることが分かった気がするよ。でも、しつこいかもしれないけど、僕は人にサインを送るようなヒーローじゃないよ?」


 「野球選手にサイン貰ってもおかしくない! サッカー選手にサイン貰ってもおかしくない! 芸能人にサイン貰うのもおかしくない! 変身ヒーローやヒロイン達にサイン貰うのもおかしくない! だよね!」


 「……ちょっとムツミさんの言っていることがよく分からないよ」


 腕を組んで私達の様子を眺めていた麗衣刃が、小さく笑う。


 「諦めてくれ、優斗。ボクも何度も断ったが、ムツミはしつこいぞ。君は同性だから関係ないかもしれないが、風呂に入ろうとしたら、浴槽からムツミが出てきた時は本気で腰を抜かしたぞ」


 「……やだ、怖い」


 「そうね、確かにムツミは私の枕元にずっと立っていたこと会ったわね。目覚めたら、朝起こしに不法侵入して来たおじいちゃんと喧嘩してたから、仕方なくサインをしてやったわ」


 「ちょっと! 桜花てば変なことばらさないで! はーずーかーしーいー! 乙女の秘密的のあれだよ!」


 「一体、君達はどんな家に住んでいたんだ……」


 顔を覆って頭を抱える優斗には、きっと果てしなくマイナスなイメージを与えたに違いない。今日は諦めて やはり後日申し込むしかなさそうだ。

 黙って見ていたトリスがぽつりと呟く。


 「私も君の被害者だが、実はあのおじいさんは君の血の繋がった祖父じゃないか。自分の趣味が絡むと周りが見えなくなることとか特に」


 「ちょっと! トリスちゃん、それ酷すぎ! 既にそれは、言葉の暴力だよ!? アイリーンちゃんも、何か言ってやって!」


 「にこにこ」


 「ほら、アイリーンなんて優しすぎて、口で「にこにこ」と言っているぞ。確かに笑ってはいるが、見事なまでの作り笑いだな」


 「いやああああぁぁぁぁぁぁ――!!!」


 賑やかな騒ぎの中、私を心配していた雰囲気やセツカや優斗が運んできたシリアスな風はどこに吹き飛ばされていた。

 この騒がしくも居心地の良い空気の中で、私は一人納得する。そうだ、確かに激しいアクションも戦うヒーローも好きだが、私が一番楽しいのはこの空気なんだと。

 やかましいとも言われる私達の騒ぎを出てきたデザートのゼリーをセツカは突きつつ、


 「うるさい人達だな」


 なんて悪態をつくものの、その口元は緩んでいた。   

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