りんごを食べて
その日から、グリムヒルドは毎日白雪姫のもとを訪ねてくるようになりました。
「私のりんごじゃないとあの子は死なないんだから。仕方ないわよね」
女王は真っ赤なりんごをかごから取りだし、じっくりとながめました。けれど、メーラは今日のりんごには毒をいれていません。
「まずはりんごを食べられるようにすることが先よ」
すぐに死なれちゃ興ざめ、でしょう?
このとき、メーラは心の底からそう考えている、つもりでした。
* * *
夏の太陽はぎらぎらと窓枠を照りつけています。
麦をついばむ小鳥をなでながら、白雪姫は額に流れる汗をふきました。
「今日はとってもあついわ。グリムヒルドさんが来たときのために、とっておきのものをよういしておこうかしら」
白雪姫は、お家の裏にある倉庫の方を眺めて目を輝かせます。
「お前さん、いるかいね? 今日もりんごを持ってきたのさ」
「はぁい、グリムヒルドさん!」
扉の外から響くしわがれ声に白雪姫はかけよりました。そして、少しくたびれた扉を勢いよく開け放つと、その先の人物に飛びつきます。
「まってたわ。いつも、どうもありがとう」
「いやいや、今日はりんごを食べてくれるかね?」
「……ざんねんだけど、今日もむりそうよ」
彼らは玄関先でいつものやりとりを交わすと、手をとりあって机まで進みました。心なしか、グリムヒルドは息切れしているようです。
いたずらっぽく微笑む白雪姫が、こうはなし始めました。
「なつにとっておきのものがあるのよね、みたい?」
「もちろん」
「そういうとおもったわ。ほら、これよ!」
白雪姫が誇らしげに掲げたのは大きな氷のかたまりでした。それは、小人たちが白雪姫のためにとってきたもので大事に物置にしまわれていたのでした。
「さいきん、あついでしょ? これですずしくなってね」
白雪姫の邪気のない笑顔と気づかいに、グリムヒルドは少し心が痛くなるのを感じました。けれど、グリムヒルドはそんな感情をふりはらうように、りんごをかごからとりだします。
「じゃあ、あたしもお前さんにとっておきの話があるのさ」
「まぁ、たのしみよ」
「実は――――、りんごはとっても素晴らしいくだものなのさ。ほら、包丁はあるかい? こうやって切ると、ほらとってもきれいだろう? ……」
グリムヒルドは、毎日こうして白雪姫にりんごのお話をするのでした。いつも楽しげに聴いている白雪姫ですが、最後に食べよう、となるとどうしても食べることができません。
やっぱりきらいだわ、りんご。でも、たべてあげたいのよね。
グリムヒルドが帰ったあと、白雪姫はいつも悩むのでした。
一方、グリムヒルドであるメーラ女王は、自分の心に生まれてきた感情に戸惑っていました。感じるたびに消していたはずの気持ちは、だんだん心を染めあげていきます。
「私はあの子を殺すのよ。その為に毎日行ってあげてるの」
いつのまにか、メーラは血がにじむほど唇を深くかみしめていました。けれど、その痛みより心の痛みの方がはるかに強かったのでした。