流星雨の墜ちる海
■アンリ様[ID613731]主催の【恋に身を焦がす夏】企画への参加作品です。
■先に活動報告に挙げたSSを一部修正し、短編投稿しました。
――月のない夜は嫌い。
庭先の精霊棚が、ぼんやりと闇に浮かび上がる。蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。
蚊遣りの嗅ぎ慣れた匂いと共に、夏の夜のうだる暑さが、汗ばんだ寝間着にまとわりついて身を包みこんだ。
――あなたの腕に包まれるのならばよかったのに。
冷たい縁側に伏せたまま、私はギュッと身を縮める。
身体が熱くて、心が寒い。
こんなに待っているのに、あなたは姿を見せてくれない。
――月のない夜は嫌い。あの日を思い出してしまうから。
あの日も、こんな新月の夜だった。
真っ暗な海と、遠く近く響く波の音。
水平線の位置すら分からない、海と溶け合う夜空と、満天の星空を映す海面。
遠くを行く船の明かりと、空より流れ降る光。
『君に、最高の星空を見せてあげる』
そう言って、あなたは私を夜の海へと誘った。
怖いほどに静かに強く響く波の音を聞きながら、恐ろしいほどに煌めきながら海に落ちる流星雨。
夜の海に映る軌跡を追いながら、ただ抱きしめ合って、寄り添って空を海を眺めた夜。
星に願ったことは、ただ一つ。お互いに、ただ一つ。
――ずっと、ああして同じ方向を見ていられると思っていた。
あなたと、ずっと。
あの夜に左薬指にはめられた、あなたとお揃いの銀色の絆。
流星のように輝く輪が、その証だと信じていた。
今もその輪は、私の指にある。
もう一つは――あの精霊棚の中に。
『ごめん。でも、愛してる。ずっと、いつまでも』
あなたの最後の言葉。
やせ細った指から外された輪を、あなたはギュッと握りしめたまま。
――いつまでも、と言うのなら。どうして。
ジジジッ……。
精霊棚の蝋燭の火が、わずかにはぜる。光に寄せられた羽虫が身を焦がす、微かな煙。
――どうして、来てくれないの。
新盆の夜。あなたは来ない。
あなたが乗ってくるはずの胡瓜の精霊馬が、ほのかな光に影を落とす。
私には、あなたに会う手だてがないのに。
あの馬に乗って、私はあなたに会いに行けない。
――ああ、あなた。
あなたが迎えに来てくれなければ、あなたの熱に包まれることができないの。
あの羽虫のように、この身を焦がしてしまいたい。
あなたを呼び悼む炎に包まれて、身も心も溶け合って煙になってしまえばいい。
あの日、あなたを見送った、天に昇る一筋の煙。
あなたの大好きな星空に届いたでしょう?
だから、今度はあなたが降りてきて。
あの夜の流星雨のように。
こんな私の、暗い闇色の心の海に、輝きながら墜ちてきて。
今度こそ、いつまでも一緒にいくから。
一緒に海の底に沈みましょう。
そうよ、茄子の精霊馬は作らなかったの。
だって帰る必要はないでしょう?
ジジッ……
蝋燭が燃え尽きる。周囲は闇に包まれる。
見上げた空に、あの日と同じペルセウスの流星群。
――ああ、あなた。愛してる。
私にもう一度、心と温もりを与えて。
どんなに声をからして叫んでも、ただ悲しみになるだけの呼び声を止めて。
どんなに手を伸ばしても、ただ空を切るだけのむなしい手を下げさせて。
あなたのすがりつける背を、抱きしめてくれる腕を、私を呼ぶ声を――。
私の瞳に映る、一際長く尾を引く流れ星。
暗い空から降ってきて、私の元に墜ちてくる。
大気に触れて身を焦がす、星のかけらが私を誘う。
――あなた、あなた。この時を、待っていました。
私は静かに目を伏せて、再び開く。
夢でも幻でもない、その朧気な影を見失わないように。
遠く、あの夜の潮騒が聞こえた。
星が墜ちる、真っ黒な海。
あなたと私の瞳に映る、あの日と同じ真っ黒な空。
もう一度、あなたと同じモノを見てもいい?
あの夜と同じ、あなたの腕に包まれて。
私の熱は夜に溶けた。
【血迷った】と自省する作品ですが、魅力的なお題(恋に身を焦がす夏)についつい筆が滑りました。
皆さまにもお楽しみいただければ幸いです。
※本来のお題は、もっと夏らしいパッションにあふれたテーマのはずですが、自分が書くとこうなりました(汗) 蝋燭の火に焼かれる羽虫になってきます……。
----------●なんとなく、後書きめいたもの●----------
お盆の風習は地域および宗派によって大きく異なると思います。
作者の出身地は、宗派問わずお盆、特に初盆の行事が盛大になる地域でした。
初盆のお宅は、8月に入ったあたりから精霊棚の準備を始め、親戚や近所の人々、付き合いのある人々がそれぞれ提灯(岐阜提灯が多いです)をお供えに行きます。多いお宅だと百個くらいの提灯が届きます。それを部屋中に飾り吊します。壮観です。
盆の入りの日の夜からは、全ての提灯に火を灯し、人々は庭先などにしつらえた精霊棚にお参りします。そして最終日には、少数の提灯だけ残し、後は全て精霊棚と共に海岸で燃やして「送り火」にします。(……勿体ない)
#出身地は海辺の町でしたので、ご先祖様は海から来て海に帰るのです。霊を送るための「精霊船」も流します。1m~2mくらいのサイズ。最近は汚染防止のために回収して送り火と共に燃やしますが、昔はそのまま海に沈んでゆきました。
そんな懐かしい光景を思い描きながら書いた作品です。
なおペルセウス座流星群を、新月の夜に海で見たのは自分の実体験(一人でしたけれどね……しくしく) 幻想的でした。