転校生の掟
転校生にはいくつか越えなくてはならない「通過儀礼」のようなものがあると僕は思っている。
というのも、僕自身が何人かの転校生を見てきて感じたことでしかないのだけど、見ていて大変だろうなと思うことばかりだ。
まず、休み時間には、机の周りに人が集まってきて「どこから来たの?」「前の学校ではなにをしていたの?」「校内案内しようか!」などと質問攻めにあう。純粋な好奇心と無粋な興味によってもみくちゃになるともいえるんじゃないだろうか。
それから、クラスの代表格・・・うちのクラスで言えば、あまり派閥はないので、委員長あたりと親しくなって誰のグループに入るかなどを選択させられる。属すことを嫌うタイプもいるけれど、まず断れるのは少数なんだろうな。
クラスになじむまでは、それこそ腫物を扱うようにたくさんの課題がある。新しい学校という施設にもなれなくてはいけない。
僕は、転校が嫌いだ。自分がすると思うとぞっとするし、さらにいうなら4月が嫌いだ。新しい環境に慣れられない自分も、飲み込もうとする新しい環境も・・・苦手だ。ほおっておいてくれたらいいのになって思ってしまう。
ひー君はどんな思いで、新しい街に行ったんだろう。
そして、この小波日向さんはどんな思いで、僕と委員長の間の席に座っているんだろう。
ただ、バカな僕にでも一つだけ確かにわかることがある。
小波さんは・・・おそらく通過儀礼を拒否するタイプの転校生であるであろうということだ。
そして訪れた休み時間。普段の転校生から見たら僅かにゆるやかではあったが、彼女を取り囲む輪は出来上がっていた。ただ、みんな「目が見えない」という現実をどう扱えばいいのか、考えあぐねいているようだった。
そういうことを考えたうえでの席順だったんだって、僕でも気が付いた。自分からは声をかけない僕と、クラスを率いる委員長・・・みんな委員長の出方を待っていた。
「はじめまして、小波さん、私このクラスの委員長をしている岡崎弓と申します。なにか困ったことがあっても、なくても気軽に声をかけてくださいね。」
みんな委員長が最初のとっかかりを作ってくれて安心したみたいだった。
「・・・はい。」
でも、次の瞬間には凍り付くことになった。僕の予想通り、転校生は交わりを拒否した最低限の返答しかしなかったからだ。
「はい、よろしくお願いします。」
それでも、笑顔を崩さない委員長はやはり適材適所というんだろう・・・僕はといえばただその光景を眺めることしかできなかったのだから。そんな僕と委員長の目がばっちりとあってしまった。
「そうだ、反対側の隣、右隣りは瀬野葉君っていう子が座っていますよー、彼も優しいので気軽に声をかけてあげてくださいね。」
「えっと・・・」
突然の無茶ぶりに、僕は息が止まりそうになってしまった。
リーフの時ならだいぶ無茶ぶりにもなれてきたんだけど・・・葉は変わらない。おどおどしたままだ。
「・・・彼?」
不思議そうに転校生が声をあげて、僕は慌てて自己紹介を始めることになった。
「せ、瀬野葉です。あの、頼りになるかわかんないですけど、宜しくお願いします。」
何かを考えるような転校生の姿にみんなそのまま動けずにいた。
「・・・別に、頼ろうなんて初めから考えていませんので、気にしないでください。」
また・・・空気と僕が固まった。
「あはは、小波さんしっかりしているんですね、これは瀬野君のほうが頼りにしちゃうパターンかもしれませんね。」
「ったく、しっかりしろよー、葉!!小波さん、俺は明ね!」
明が軽口を叩いて、ついでにほんとに僕も叩いて、凍っていて者は一気に溶けていった。
うまくかみ合わない歯車のように僕の存在は、ぎちぎちしただけで、意味がなかった。
その場はうまくまとまったとはいえ、これで転校生、小波さんのとるであろう行動は予測された。
「・・・はぁー、なんで僕って容量悪いんだろ、委員長たちに気を使わせちゃったし・・・小波さんだって・・・。」
僕は誰もいない屋上でつぶやく。
ここのカギは、以前に美化委員をしていた時に清掃担当だったため借りて、そのまま返すタイミングを失って持ったままになっていた。本当はいけないんだけど、疲れたとき、僕はよく空を見つめに来る。
・・・小波さんは、どうしてあんなに僕に冷たく返したんだろう。
気持ちはわからなくもない・・・でも、あんな対応しなくてもいいじゃないかと思ってしまう小さい自分も真実だった。
目が見えないことで苦労してきたのだろう・・・だから力を貸してあげないと。
でも、目が見えないからって・・・すべてが許されるわけじゃないと思う。
矛盾。
リーフと葉のように絶対に同一にはなりえない。
「アンビバレンツ・・・so・・・I’m comming.Just let's me see.ゆらゆら揺れる、せかーい、わたーし・・・」
口をついてでてくるリーフの歌う歌の歌詞。
歌詞はたまに自分で書かせてもらうこともある。いわく、リーフの詩は悩める世代の心を歌っているとか。
「どちらも・・・私だけど、どちらも私ではない、そんないびつな、交わらない世界、ゆれて、ゆれて、どこまでも・・・」
歌っているとき、僕は前後不覚になりやすい。昨日のテレビで転びそうになったのもそこに一因がある。
だから、僕はこのとき、確かに聞こえていたはずの重い扉の開く音が聞こえなかったんだ。
そしていつからか、この屋上に観客がいたことに気が付かなかったんだ。
「世界がゆれるように、私も揺れて、重ねる手と手、触れあえなくてー「「でーも、いつかは触れ合えるって」」
サビに入る瞬間、僕の声に誰かの声が乗っかって、驚いて振り向いたその先には・・・。
「・・・しんじーてーいる。・・・どうして、ここにリーフがいるの?」
その先を歌い切った白い杖を持った少女・・・転校生が不思議そうに問いかけてくる。
二度目の遭遇というべきなのだろうか。
僕と転校生とリーフ、交わるはずのない線が交わってこんがらがっている。
「僕は・・・」
次の瞬間、強い風が吹いて、転校生がよろめく、僕はとっさに駆け寄って、その手を引き寄せる。
風にあおられて、勢いよく扉が閉まる。
いつも、気をつけなくちゃと思っていた・・・でも、僕は風が吹いたとき入口に立つことが危険だって知っていたから。
「だ・・・大丈夫?」
「な、なにが起こったの?」
「風が吹くとね、ここの扉安定してないから・・・危ないんだ。」
また、強く風が吹き、彼女の綺麗な黒髪がたなびく。
「・・・私、目が悪いかわりに、耳はすごくいいの・・・あなた瀬野君でしょ?」
「本当だ、さっき一言話しただけなのに、すごいね!」
「でも、歌声はリーフだった・・・どうして?」
転校生は、本当に耳がよくて、僕はこの日二度目の氷漬けにされた。
悪いことに、今回はそれを溶かしてくれる要因が見つけられない。
「ねぇ、瀬野君はリーフなんでしょ、すごいね高校生でアイドルしてるなんて!」
・・・違和感?
当然のように聞かれるであろうどうして「男がリーフなの?」という問いかけはなく、彼女は純粋にアイドルとの遭遇を驚いていた。
彼女がテレビの映像を見れないがために、声だけでリーフを男で僕だと判断していたことに気が付くまで僕にはもう少し時間がかかった。