夢と日常と○○○
アイドルになったからと言って学問をおろそかにするべからず。
これは両親と交わした約束だった。
そんなこともあって、僕は今日も高校へ通う。いつも通りの時間のバスに並んで、勝手に通学仲間と思っている人たちとバスに乗り、いくつかのバス停を通り越して、高校へとむかう。
アイドルになってもなにもかわらない。・・・それは、僕がリーフであることを隠しているからなんだろうけど、僕にはとてもありがたかった。
「おはよー」
「お、葉おはよ、なぁなぁ、昨日のリーフちゃんのテレビ見たかよ!くそ、めちゃくちゃ可愛い!」
「あ、瀬野君おはようございます。今、みんなでリーフちゃんの録画スマホで見ていたんですよ、一緒に見ませんか?」
「あ・・・う、うん!」
高校での朝、瀬野葉としての平凡な日常が始まっていく。
学校に行くための制服はもちろん男物、誰も僕がリーフであることは知らない・・・知らないのだけれども・・・。
僕も委員長や友達の明の輪に入ってスマホに映るアイドルをのぞき込む。
こうして自分を見るのには慣れることはないんだろうなって見るたびにちょっと恥ずかしくなる。
「ここ、ここ、このシーン!ひみつだよ?ってポーズしようとしてちょっと転びそうになってるリーフちゃんが最高にかわいい!委員長もう一回!」
「こ、転びそうに!!」
「ふふ、瀬野君リーフちゃんのこと大好きだから心配しちゃってる。大丈夫ですよ、本当に転んだわけじゃなくて、結果としてそこがまたかわいらしくなっているんですから。」
「そうそう、もはや可愛すぎて狙ってるんだとしたらあざといぜ!リーフちゃん!」
断じてねらっていないと、僕が保証してあげよう・・・。
「そ、そうだったんだ・・・あはは。」
リーフが有名になってきてテレビに映るようになると、こうして学校でリーフの話題になることが増えた。リーフは「触れそうで触れない」を売りにしているため、どこかミステリアスなところがあると高校生の間で考察の的になってしまっている。「会いに行けるアイドル」からの進歩・・・らしい。その辺は黒瀬さんのプロデュースなのでよくわからなかったりする。
「触れそうで触れない」のはあまりに近寄られて、男だとバレないようにという意図からなんて死んでもバレてはいけない。
ましてや転びそうになったことがしっかりとバレていて、動揺しているなんて・・・絶対にバレてはいけない。
僕のなんてことない日常は、リーフが生まれてから少し、変わってしまった。
友人たちに嘘をついているというのは・・・正直心が痛いし、あまり認めたくない事実だ。
そんな時は、初めのころにうじうじと悩んでいた僕に黒瀬さんがかけてくれた言葉を思い出す。
「夢をかなえるには、嘘をつくことも必要なの!それに葉君はリーフとしてみんなを笑顔にするために頑張るんでしょ?歌を歌うのが夢なんでしょ?それなら、ついた嘘の分だけ、みんなを笑顔にしなさい。ただし、他人を欺く嘘だけはだめだからね。」
ついた嘘の分だけ、みんなを笑顔にする・・・その言葉にどれだけ救われたかわからない。少なくとも、今目の前でリーフの歌を見て笑ってくれている友人たちの姿を見ると、まだ僕は頑張れるって思うんだ。
ふと思い出すのは、ひー君のこと。
ひー君は、こんな僕になんて言葉をかけてくれるんだろう・・・怒るのかな、それとも頑張っているねって言ってくれるのかな・・・後者であってほしいな。
「そういえば、数学の宿題、僕難しくてわからなかったところがあるんだけど・・・先生が来る前に委員長少し見てもらえませんか?」
委員長。岡崎弓は男女隔てなく接してくれて、頭もよくて、ちょっと丁寧すぎるしゃべりかただけどとても優しくて、頼りになる女の子。不公平なことには、先生相手にも異議を唱える強さを持っていて少し憧れている。
その委員長が眼鏡の奥の目を少し細くして、僕に楽しそうに手を合わせる。
「瀬野君、よかったね、数学の授業はたぶんなくなりますよ。」
「え?なんでですか?なにかと入れ替えでしたっけ?」
ノンノンと指を振る委員長。
「転校生が来るの、先に会ったんだけど、すごく美人な女の子。」
「マジ!!俺席隣がいい!!」
ここぞとばかりに身を乗り出すのは、小竹明男女分け隔てなく・・・美人や可愛い女の子には分け隔てるけど・・・明るく楽しくをモットーに生きている僕の悪友。少しふざけすぎるところがあるから、委員長がいつも目をひからせている。
「うーん、私と先生との相談では、瀬野君と私の間の席にしようって決まったんだ。」
「僕?委員長はわかりますがなんでですか?」
「瀬野君、女の子の扱い方うまいから。」
きょとんとしてしまった。僕は決して女の子の友達が多いわけでもないし、話しやすさだったら明の方がうまく初対面の子とも打ち解けられるのに・・・どうして僕?
「なんていうんでしょうか・・・瀬野君は女の子の目線で考えてくれているっていうのかな。ちょっとほかの男子とは違うの。」
「あー、それはなんかわかるわ。俺が女子だったら葉に話しかけられた方が安心すんな、なんか悔しいけど。」
「でも、僕・・・」
言葉をつづけようとした瞬間、教室の扉が開く音と、カツカツというなにかをたたく音が聞こえてきた。
みんなが、扉にくぎづけになる。
「なんだ、みんなそんなに驚いた顔して、ほら転校生の紹介するぞ、吸われ、座れ!」
担任の田口先生が僕たちを席へと促す。
反射的にそれに従いながらも、僕たちの・・・いや、僕の目は転校生から離せなかった。
「よし、みんな席に着いたな、それじゃあ転校生、挨拶宜しく!」
カツン。
教室に響き渡る音。
綺麗な黒髪を一つに束ねた女の子が僕たちに向かって丁寧にお辞儀をする。
「・・・はじめまして、小波日向です。ごらんのとおり、目が見えません。・・・よろしくお願いいたします。」
凛とした声が響き渡る。最低限の自己紹介。媚びることもなく、不安さも見せず、ただただそこに立っている。誰にも有無を言わせない強さがあった。
白い杖をついた転校生。
ー…夢なんか…追いかけたって後悔するだけなのに…ー
小波日向と名乗った少女は、間違いなく先日リーフとぶつかった少女で、僕の頭には彼女が口にした言葉が何度も何度も繰り返されていた。
ひー君、本当に夢を追いかけるのって・・・無駄なのかな?
僕はただ、頭の中の幼馴染にそう問いかけるだけだった。