夏、快晴にて雨
夏、快晴にて雨。
とつぜん降り始めたお天気雨はまたたく間にその激しさを増し、僕もみさきも一瞬にして全身びしょ濡れになってしまった。
虹の五線譜から零れ落ちる大粒の雨はオーケストラの演奏のようで、田んぼも稲穂も小さな林も盛大に音を立てている。
僕は自然の脅威に立ち向かう修験者のように、目を細め歯を食いしばり、懸命に自転車を漕ぎ進める。あぜ道にはいくつも水溜りができ、時折豪快にしぶきを飛ばしてみたりもする。
「あはっ、あはははははははは!」
必死な僕の背後からはみさきの笑い声が聞こえてくる。
「だから、あぶないから動くなって!」
とはいいつつも、内心、僕も笑っていた。
「どうしてこのタイミングで降って来たんだろうね! あははははははは!」
今日の予報はいつも通り晴れだったし、こんなことになるなんて誰も思わなかっただろう。誰も想像できない、誰も考えなかった事だから、僕達は驚き困惑し、バカみたいに笑う事で今を保とうとしている。
「お前が変なこと言うから!」
「あはははは! 私のせいじゃないよ! っははははは!」
◆
――こうなる約三時間と少し前……
今年は例年にくらべれば比較的すずしい夏だ……といわれても、結局は暑いことにかわりはないわけで、こんな暑い日にわざわざ学校におもむいて補習授業(自由参加)に出るはめになってしまったのは教師をやっている親にうるさく言われたからである。
大学受験は高二の夏休から……なんて、投函される教材チラシや塾の申込書と同じような事を朝からくどくど言われ、イヤイヤしかたなく来たわけだけど――補習に来ている生徒を見ても成績上位者ばかりで、ざっと見まわしてみても僕みたいな偏差値中の下をさ迷っているような生徒は見当たらない。
軽いため息と同時に、握っていたペンを机にころがす。
夏の日差しに暖められた風に乗って、蝉の鳴き声と活気ある声が教室に流れ込む。
なにげに見下ろしたグランドでは、サッカー部が忙しなく走り回り、隅の方で陸上部とラグビー部が練習に勤しんでいる。
おそらく、野球部は河川敷の野球場で汗をながし、体育館ではバレー部とバスケ部が、格技場では空手部と剣道部と柔道部がこの暑さのなか一円にもならない過酷な練習と夏休みの午前中という貴重な時間を使って体とか精神を鍛えているのだろう。
そんな僕は帰宅部で、中学生までは陸上部に所属して毎日トラックを走りまわっていたけれど『部活で汗を流すくらいならバイトして汗を流した方がマシ』なんて考えから高校に上がってからは帰宅部で通している。
意味があるとかないとか――……冷めたふりしてほんとうは、ただめんどくさい事から逃げるための言い訳だってことは自分がよく知っている。理由なんて後付けでバイトなんて一度もやった事が無い。
所属とか、チームとか、妙に熱を持った先生とか、体育会系独特のノリとか……そんな漠然とした不快感がたまらなくめんどくさかった。そして今、やりたいこともやるべきことも分からないまま、僕はのうのうと生きている。将来のことなんて分からないし知ったこっちゃない。
……でも、耳をすませば聞こえて来る熱の入ったペンの音と快活な声。カリカリと忙しく聞こえる騒音は、嫌でも僕を悩ませる。
テストの時、ペンが動かなくなってしまった瞬間に感じる焦りを何十倍にも濃くした感じ。“答え”を知らないのは僕だけな気がして、気持ちだけが内側へフルダイブしてゆく。
確実に変化してゆく現状。先の見えない漠然とした不安。
もう、明日からは来ないようにしよう。
嫌な気分のまま補習は終わり、僕は足早に自転車置き場にむかう。
日陰に止めたはずの自転車は、いつの間にか陽ざしの中にいて、じっくりと炙られたサドルはとてもじゃないが座れる温度ではなかった。
「熱っ……」
泣きっ面に蜂とまでは言わないけれど、理不尽な仕打ちにため息一つ。仕方ないけど冷めるまで押して帰るしかないか……僕はハンドルに手をかけスタンドを蹴り上げる。
カラカラと自転車を押しはじめた瞬間。
「涼木っ!」
背後から弾む声が聞こえた。
僕は一度止まり、そして何事もなかったかのようにカラカラと自転車を動かし帰路を目指す。
「うぉーい!! ちょっと! ちょっと! 無視しないでよ!」
弾む声の主はバタバタとまわりこんで僕の自転車のカゴを掴んだ。
「うはははー、捕まえたぞ!」
「――なんだよ……みさき」
僕は露骨に嫌な顔をしてみせる。
そんな僕の表情とは相反する太陽のような笑顔。
幹みさき……声だけで分かる、いわゆる問題児で名物生徒。幼稚園から知る幼馴染だが、幼馴染と言っても親密な接点があるわけでもなく、これだけ気安く接してくる理由こそがみさきの問題点でもあり評価点でもあった。
元気過ぎる。
この一言に尽きるのだけど、なにより人と接する距離感が狂っているというか、とにかくただひたすらに軽薄で……もっとも、良く言えば明るく親しみのある性格で年長者からは好感度の高い優良な生徒だが、その“人たらし”ゆえの悪いエピソードを 僕は数多く知っている。
まず軽薄な態度から同性の先輩には半数以上嫌われているし、先輩の繋がりから同年代の生徒からも因縁をつけられている。それに加え、みさきのオープンな性格に惚れた男たちの儚く散ったエピソード。そこから発展した、『私の好きな人が取られた!』とか言う意味の分からない恨みや嫉み。太陽のようなみさきのもとには影がいっぱいだ。
そんな噂を本人は知らないようで、一向に自分のペースを落とさない。
「いやぁーまさか涼木が補習に来てるなんてビックリだよ」
おもしろい要素なんて一つもないのに、この満面の笑顔はどこから湧き上がってくるのだろうか。
こんな調子だけどなんだかんだでみさきは成績が良い。頭のネジのしまり具合と成績は比例しないようで、なんだかんだで悔しかったりもする。
「大丈夫、明日から行かないから」
「うぇー! なんでだよ! 来いよぉ」
「……だいたい今日だって来たくて来たわけじゃないし、そもそも自由参加なんだし来る来ないの選択権は僕にある」
「はぁー、相変わらず理屈っぽくて言い訳っぽいねぇ。あ、話しは変わるんだけどさ!」
言い訳っぽいか……まぁ言い訳なんだけど。みさきに見透かされた気がしてなんだが歯がゆい。
「家まで乗せてって! あ、いや……ください!」
「は? 自転車はどうしたんだよ」
みさきは恥ずかしそうに自転車小屋にある自転車を指差す。僕は自然とみさきの指差す方向に視線を向ける。
みさきが指差した自転車にはサドルが無かった。
「ふはっ、シュール。なんだかアートっぽいよね!」
「……笑いごとじゃない気がするけど」
たしかに自転車置き場にぽつんと佇むサドルの無い自転車の存在感はシュールであった。
アートかどうかというセンスは僕にはないけれど……この作品にタイトルをつけるとするなら『孤立』とか『イジメ』とか、公共広告のポスターを飾るにはもってこいなんじゃないかと思う。不特定の誰かが作り上げた目の前の作品からは、不快感以外の感情は湧いて出て来なかった。
「だからー、ねぇー、お願い! 一生のお願い!」
「立ち漕ぎでも帰れるよ」
「うわっ、冷た! 涼木冷たすぎ! 夏なのに鳥肌立ったよ!」
「そりゃどうも。この暑い夏に一役買えた事を光栄に思うよ」
「うわぁぁー、鬼! 悪魔! エイリアン!」
「何とでも呼んでくれ」
「卑屈! 根暗!」
「はいはい」
「ギャルゲーの主人公みたいな髪型しやがって! 童貞!」
「おい、それは言いすぎだろ。それにギャルゲーの主人公はどちらかと言えば童貞じゃないだろ」
まぁ僕は童貞なんだけど……。
「うわ、この変態! シスコン! ロリコン!」
「お前が言いだしたんだろ! それに人の性癖を偏らせるな」
「へぇー、じゃあ涼木はどんな子がタイプなの?」
「いきなりなんだよ……そりゃ大人しくて黒髪ロングで――」
「はいブッブ~! メンヘラでした~ざんねーん」
「はぁ? なんでそうなるんだよ」
なんなんだよこいつは。真面目に答えた自分がバカらしくなる。
「もういいよ、カゴから手を放せって、僕は家に帰って誰にも邪魔されず午後の快適な時間を一人で過ごしたいんだ。こんな熱い場所で問答してる暇は無い」
「なんだよー! ケチ! ケチ野郎!」
「はぁー……もう、放してくれよ」
それにこんなところ、誰かに見られたらまたみさきに悪いウワサが立つだろうし、僕も厄介事には首を突っ込みたくない。
正直なところ、帰って寝たい六割、被害回避三割、みさきを思って一割だが、そんな僕の態度を察してなのか、みさきはそっとカゴから手を放した。
「まぁ、そういうことだから。じゃあな」
みさきは無言でアスファルトと睨めっこしている。
ギャルゲーなら積極的に狙って行ける絶好のイベントだろうが、残念ながらみさきは僕のタイプから大きくかけ離れてる。幾度となく告白された愛らしいルックスがあるが子ども過ぎるんだ。
少し熱くてもサドルにまたがり、僕は逃げるようにペダルを漕ぎはじめる。
みさきには悪いが、これでよかったんだ。
ふと気になって背後を振り返る。
そこには自転車置き場に、サドルの無い自転車と同じく、ぽつんと佇むみさきの姿があった。
「……強制イベントかよ」
僕は鼻でため息をし、Uターンしみさきの元へ戻る。
「――悪かった。乗せてくよ、でも乗るのは学校を出てからだからな。先生に二人乗り見つかっていろいろ言われたくないし」
「…………」
さっきの元気はどこへやら、みさきはとぼとぼとした歩みで、悲しげについて歩いてくるだけだった。みさきにも心情はあるだろう、あの元気なみさきがこれほど落ち込むなんて……女心はわからない。ギャルゲーなんかに例えて悪かったなと自責の念に駆られる。
自転車のカラカラと言う音と、蝉の鳴き声だけが何とか僕たちを繋ぎとめているような、そんな気分だった。
校門を抜け、学校から数十メートル離れた人通りの少ない並木道で声をかけてみる。
「ここまで来たら大丈夫だろ、乗りなよ」
そう言った瞬間、みさきは荷台に飛び乗った。
軽快に、いままで元気が無かったことが嘘のように。
「ようし、出発!」
「いやいや、どう気持ちを切り替えたらそんなに早く立ち直れるんだ!」
「え? もともと落ち込んで無いし?」
落ち込んで無い?
「落ち込んだふりしてただけ。こういう手をかけさせるめんどくさい女の子が好きなんでしょ?」
「僕は一言もメンヘラが好きとは言ってない!」
「え? そうだっけ? あはははは、まぁいいじゃん。行こ行こ!」
ダメだ、完全にみさきのペースだ。
あれは演技だったのか……強制イベント。まんまとはめられた。
あのまま振り向かず、真っすぐ帰っていたらと思ったけど、無理だ。どこまでも自堕落な僕だけど、あの状況でみさきを見捨てて帰れるほど落ちぶれてはないらしい。
◆
並木通りは木陰になっていて涼しく、人通りもない。
人目がないのをいいことに、みさきは後ろではしゃぐ。
「重心保つの難しくなるから、少しはじっとしてくれよ!」
「大丈夫大丈夫! 涼木なら大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないから言ってんだよ。バランス崩して転んだら僕もみさきも怪我するだろ」
スピードもそこそこ乗っている。転倒したら死にはしないが怪我は間違いないだろう。
「えぇ~、怪我は困るよ。まだ夏休みは半分以上もあるのに」
「それなら未来の自分のためにじっとしといてくれよ」
「分かった」
みさきはそう言うと、僕の腹部に手を回した。
「なっ!」
「これで、大丈夫。何かあっても私と涼木は一蓮托生だよ」
僕とみさきの距離はゼロ。
回された手は確実に僕の腹部をロックし、背中越しに感じるみさきは夏の気温でしっとりと熱く、そしてなによりやわらかかった。
「ッ何してんだよ!」
僕とした事が、気恥かしさから狼狽してしまうだなんて。
「じーっとしてるのもなんだから、ぎゅーってしてみました。それと、涼木ちょっと汗臭いよ?」
「…………うるさいよ」
こいつには人との境界線が無いのだろうか? 数々の男たちを勘違いさせるだけの挙動をしているという自覚があるのだろうか?
否、無いと……悲しくも僕はそう悟った。
「――女の子と二人乗りで下校するだなんて。一生分の思い出ができたんじゃない?」
「自分を過大評価しすぎだろ。それに僕の一生を何だと思ってるんだ、この先まだまだいいことがあるさ」
「へぇーじゃぁ、涼木にとって私と二人乗りで下校することはいいことに入るんだ」
「揚げ足をとるなよ。まったく、災難だよ。さ・い・な・ん」
「あはは、私はいい思い出になったな~て思ったんだけど」
みさきらしくないぼやきにも似た一言。
「急にどうしたんだよ、まるでどこか遠くにでも行くみたいじゃないか」
ジャワジャワと鳴く蝉の声。
二呼吸半、一瞬の躊躇いを背中越しに感じた。
「私、転校するんだ」
転校?
聞き間違えていない。たしかにみさきは“転校”と言った。
「え……」
「夏が終わったら、もうこの町からはバイバイしなくちゃ」
「どうして……?」
「うーん、両親が離婚しちゃったんだよねー。あはは……さみしいけど、私はお母さんに付いていく事になったから」
「はぁ!? そんな話聞いてない!」
「うん、だって言ってないもん。知ってるのは先生と涼木だけだよ」
事が事なだけに、言う言わないの自由はあったとしても……突然そんなこと言われても。
「リアクションに困る?」
「そりゃ困るよ!」
「あはは、じゃあ。笑えばいいと思うよ」
「自虐過ぎるだろ! それに回収されたエントリープラグから出て来たみたいに言うな」
「あはははは! だって、ほんとうに笑うしかないんだもん。私に出来ることは、笑うことと思い出を作ることだよ」
なんだよそれ……なんなんだよ、なんで僕にだけ言うんだよ。
特別親しかったわけでもない。お互い笑って遊んだ事は昔の記憶だ。
みさきの両親の顔もおぼろげにしか憶えてないし、どれだけ思い返してもみさきに思い詰めた様子はなかった。
そんな事実を隠して今まで過ごしてたなんて……。
「――涼木?」
僕は何だかくやしくて、ハンドルを強く握っていた。
「……みさきはいいのかよ」
「何が?」
「お父さんとお母さんのこと……それに転校するって」
「うーん。仕方ないじゃない」
まぁ、答えは予想出来てたけど実際にそうなのだろう。
親の事情に子どもが口をはさんでどうにかなる事もあれば、どうにもならない事もある。そして、大抵はどうにもならないわけで……からの逆転劇、みたいなドラマが生まれたら誰も悲しい思いはしなくて済むし、世の中ハッピーエンドばかりだ。
「仕方ないか……」
「うん。でも、涼木が悲しむことは無いんじゃない? あ。もしかして私がいなくなったら淋しい!?」
両肩を掴まれた。
「……そういうんじゃないよ」
「でも悲しそう! やっぱりさみしいって思ってるんじゃない?」
「みさきのそういう所を見て僕は悲しいと思うよ。いつもヘラヘラして、本当に悲しいと思ってるのはみさきの方だろ」
どうして僕はこんなに苛立ってしまっているのだろう……みさきが悲しく思ってるなんてあたりまえじゃないか。
「……うん、さみしいよ」
みさきはぽつりとつぶやいた。
「だって、涼木ともう会えなくなると思うとさみしいし、転校したくないなって思う……」
小さな子に服の裾を掴まれたような、どこか煩わしくも放っておくことのできないこそばゆさ。僕は背中からみさきの心情を感じていた。
かける言葉がみつからない。
遠く眺めれば、山には大きな入道雲。日差しは強く、蝉はうるさく。後ろには太陽のようなみさきが僕に抱きつき、僕は確かな熱量を感じながらペダルを回す。
世界は車輪のようにぐるぐる回っていて、僕はがたがたのあぜ道をゆらゆら進む。
……無言の焦りはみさきに伝わっているだろうか? 振り返る勇気も会話を切り出す力も僕には無かった。
「――涼木?」
永遠に感じられた沈黙はみさきの一言で破られた。
「……好きだよ」
あまりに唐突で、あまりに突然で、予想外の一言に返事が遅れる。
「へ?」
「だから、私は涼木の事が好きだよ、って言ったんだよ」
「は? え、え? なんで!?」
「なんでだろ? 気が付いた時には好きだったよ。私、みんなに嫌われてるけど涼木だけは優しくしてくれたし、気楽に付き合えるのも涼木だけだったし」
今まで聞こえていた喧噪が無くなり、みさきの声だけがやけに鮮明に聞こえる。
「そんな! 普通に接してただけだって」
「普通に接してくれるだけで嬉しかったの!! なんだよ! こんな可愛い子に告白されて嬉しくないのかよ!」
自分で言うな。みさきは僕の背中をぽかぽか叩く。
それに、気が付いて無いわけじゃなかったんだな……自分が嫌われてるってこと。
“普通”が嬉しかった。その言葉の意味。
もともと明るい性格なのに、元気で気丈で大丈夫なふりをしなければならないほど、みさきは追い詰められていたのか。
学校で明るくふるまい、恐らく家でも不仲な両親のために自分を偽って、人の様子ばかりをうかがっていたのだろう。不器用にも“今”を繋ぎとめたくて精一杯足掻いて、満身創痍傷ついて……。
「――ありがとう、嬉しいよ」
「そ、それだけー!?」
「急に言われて言葉が出て来るわけないだろ」
「まぁそうだけど……あぁーあ! なんで言っちゃったんだろうなぁー。言わないようにしようと思ってたのに!」
「どうして?」
「だって、どのみち転校しちゃうし。甘酸っぱい思い出は思い出のままも悪くないかなって」
「そう言うのは口に出していった方がいいと思うよ。嫌なものは嫌とか、自分がダメになってからじゃ遅すぎるだろ」
そういう僕は言い訳ばかり逃げてばかりのダメ人間なんだけど、壊れない程度に自分を保てる自身はある。
「ふーん。やっぱり言い訳っぽいよなぁ……あ! そういえば返事聞いてない!!」
思い出したようにみさきは言った。
「なんの?」
「とぼけやがって! 私が告白したのに、ありがとうだけとか舐めてんのか!」
強パンチが僕の背中を殴打する。
「いってぇ! 何言えばいいんだよ」
「自分で考えてよ」
みさきがこの町にいるのは夏休みの間だけ。それ以降は離ればなれになってしまう。みさきの告白に、僕は僕なりの考えで言い訳じゃない答えを考える。
「それじゃあ――」
僕が口を開けた瞬間。
「あ、雨!」
みさきの言葉と同時に二の腕に水滴一つ。
天気は晴れ晴れとしているのに、雨はぱらぱらと降り始め、僕の頭、指、顔、首筋を濡らしてゆく。
「うわぁー! 涼木! 急いで急いで!」
もちろんそのつもりで自転車を走らせるけど、雨脚は強くなり僕達は一瞬にしてびしょ濡れ。
なんてタイミングだ。
僕は笑うしかなかった。腹の底から笑って笑って、このまま力尽きて死んでしまうんじゃないかと思うほど僕達は盛大に笑い合った。
僕にできる事もみさきと同じだった。
『笑うこと』と『思い出を作ること』
「この夏休み、二人で思い出を作ろう! 沢山! それから、同じ大学を目指してまた会おう!」
雨に負けないくらい僕は叫ぶ。
みさきの問いの答えになってないけど、この夏休み中にいい返事が返せそうだ。
「あははははっ、いいね! それっぽい、青春ぽい!!」
僕の背中から返って来た声は元気そうで、それでいて震えていて、振り返らなかったけどみさきは多分泣いていたんだろうと思う。
こんなことになるなんて誰も思わなかったし、誰も考えなかった事だから、僕達は驚き困惑し、笑って泣いて、見えない未来に向かって一歩一歩進んで行くしかないのだろう。
生き方が分からないのなら天気に委ねるのも悪くないのかもしれない。
夏、快晴にて雨。
いい転機。




