トゥーレ王国
のっけから驚愕の連続となった3カ国協議は次第に落ち着きを取り戻していき、なんとか具体的な議題に移ることができた。
「それであなた方は、我々の世界に何を求めてやって来たのですか?」
未だに多少の困惑はあるものの、取り敢えず話を進めないことには始まらない。そう思って吉田は本題を切り出すのであった。
「我々の目的は日本、アメリカ双方との不可侵条約、通商条約など各種条約の締結、軍事援助の要請、そして警告です」
「警告……とは?」
この言葉に吉田、エドワード両名が身構える。国家間で使う警告とはどういう事か。武力による脅しならば不可侵条約や通商条約、果てには軍事援助を望むわけがない。だがそれ以外に何があるのか、それを判断しかねるようであった。
「それについて話すには我々の世界の歴史を話す必要があります。少々長くなりますが、よろしいですかな?」
これについてはさらなる情報を望んでいた日米両国とも異存はなかった。両国の回答を受けて、ヴェルテが話し始める。
「我々の世界での文明の起こりは今から約1万2千年前、ムー帝国によるものでした」
この言葉にアメリカ側の一人が驚きの声を上げるも、直ぐにエドワードに睨まれて押し黙る。そしてヴェルテはそれを意に介せず話を続ける。
「ムー帝国は今の我々とは隔絶した超技術を持ち、この世界を開拓したと言われています。現在、世界各地に残るムーのものと見られる遺跡からも、その技術の高さが伺えます。そしてムーはその技術力から神の禁忌である人体錬成をしてしまい、神の怒りを買いました。そして怒った神はこの地に星を落とし、ムーの根絶を図ったとされています。これに対しムーは遥か天高くへと逃げ、この厄災を掻い潜ったと言われております。ですが、ムーはそれ以来、戻って来ることはありませんでした。そして僅かに生き残った地表の生物、つまり我々の先祖は、その後に続いた暗黒の時代を何とか生き延び、やがて今に至るとされています」
ここでヴェルテは一度話をやめる。地球側の参加者は唖然としながらこの話を聞いていた。そしてヴェルテはさらに話を続ける。
「我々の世界には10の国と数十の種族がありますが、小競り合いはあれども全面戦争に発展する大きな争いはなく、平穏に過ごしていました。それもまた、あの暗黒の時代での協力があったからこそだと言われています。ですが、そこへ一つの国が現れました。文字通り、現れたのです。その国家は自らをガーランド帝国と名乗り、我々に対し様々な要求を突きつけてきました。その要求の細部は今は省きますが、それは我々トゥーレ王国にとって、いや、もはや生物としての種に対する冒涜と言っても差支えがないものでした。当然、我々はそれを断りました。するとガーランド帝国は一方的に戦端を開き、我々に対する侵略、いや、虐殺行為を始めました。我々は諸国間連合を結成してこれに対抗しましたが、その圧倒的な技術格差により瞬く間に戦線が後退、滅亡の危機に瀕しています」
「なるほど、それで我々に軍事援助を求めたわけですな」
神妙な顔をして話を聞いていたエドワードが問う。
「はい。見た所あなた方の技術力は我々とは隔絶した物があるようです。そこで是非とも協力をお願いしたいのです」
すると今度は吉田が問いかける。
「ふむ、軍事援助についての経緯はわかりました。ですが幾つか疑問があります。一つ目に、我々が貴方方の世界に行く方法がない事、また安全性が確保されていない事。二つ目に、よしんば我々が貴方方の世界に行けたとしても、我々が貴方方を援助する利点が有りません。三つ目に、貴方が初めに話した『警告』の内容が今ひとつ伝わってきません」
確かにそうであろう。いきなり異世界に行って援助してくれと言われてもそれに対処できるはずがない。そもそもヴェルテ達使節団がどの様にしてこちらの世界へ来たのかすら分かっていないのが現状だ。仮に移動方法が確立されたとしても、検疫やそれに付随する問題も多々ある。未知の病原菌がこちらへ流入し、結果人類が滅亡しましたでは洒落にならない。また、そのガーランド帝国とやらの脅威がない現状、わざわざ危険を侵してでも異世界に血を流しに行く必要性が無い。
「一つ目の疑問についてですが、これについては直に解決するでしょう」
「それはどういう事ですかな?」
「詳しい時期は不明ですが、ここ2カ月以内に我々の世界とあなた方の世界を繋ぐ、言わば門の様なものが現れます」
これについては両国の外交団とも絶句せざるを得ない。あまりにも唐突であり衝撃的であった。
「現れる……とは?」
「文字通りです。何もないところにいきなり現れます」
「場所は?」
「こちらも詳しくは不明ですが、海洋上、それもあなた方の国家の領域の近くなのは確かです。そしてこの事を『警告』するために、我々は派遣されてきたのです」
ここに至ってはもはや、驚きの感情すら薄れてきていると言うのが日米両国の外交団の心情であろう。あまりにも非現実的過ぎる。だがヴェルテらが現れ、魔法という不可思議な術を操っている以上、これを戯言と片付ける訳にはいかなかった。
「……今まで仰った事を纏めますと、貴方方の世界では絶賛侵略行為が行われており、その世界と我々の世界がもうすぐ繋がると?」
「その様に捉えていただいて結構です」
ヴェルテその言葉に、再び一同は固まることとなる。やがて吉田が話し始める。
「あなた方は一体何者なのですか?何故これから起きる事を知っているのです?」
「それが我々の使命ゆえ、と言ったところでしょう。もっとも、我々もこれを伝えているだけであり、決して予知しているわけではない事を明言しておきます」
「伝えている?それは誰の命ですかな?」
「海の神であり我々が信仰するナバル教の主神であるナバル神。そしてその使いであるとされるムーです。正確には、ムーの遺跡に記されてあった事です。それによりますと、ムリアム歴11998年、この地に再び厄災が訪れるであろう。そしてその厄災から世界を救う『太陽の使い』と『星の使い』をこの地へ導く理が発動する、との事です。ちなみにムリアム歴11998年は、ガーランド帝国が現れた年と一致しております」
何てことはない。これらは全てムーが行っている、いや、正確にはムーの遺跡が勝手に動いているだけである。だがこの事をすぐに理解できた者がこの場に居ただろうか。いや、居ないだろう。現在とは違い、ファンタジー作品に触れる機会が少ないこの時代、これを現実として受け入れるには時間が必要であろう。
そろそろ皆の思考回路がショートしそうな時、先ほど途中で口を挟みエドワードに睨まれた随員が手を挙げる。
「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
本来ならエドワードのサポートをする筈の随員が勝手に話を進めるのは問題だが、誰もが固まっている中、この状況を打開するためにエドワードはこれを黙認した。
「どうぞ」
「先ほどから仰っているムー帝国ですが、その起源と言うのは分かっているのでしょうか?」
これを聞いたヴェルテは一瞬動揺するも、すぐ様これに答える。
「ムー帝国の起源ですか……。詳しくは記されていないので言い伝えの話となりますが、それによりますと今回我々が行った様に、異世界より転移してきたとされています」
これを聞いた随員は驚きつつも納得したような顔でエドワードを向く。
「君、何かわかったのかね?」
その行動を見たエドワードが随員に尋ねる。随員は待ってましたとばかりに話し始める。
「長官はご存知でしょうか?我々の世界にも1万2千年前に突如として消えた国……いや、大陸があるという説があるのを」
「いや、初耳だが。なんだね、そのトンデモ説は」
「1922年にチャーチワードと言う者が書いた『失われたムー大陸』という著書があるのです。その書によりますとムー大陸は今の太平洋にあり、超文明を築いていたが一夜として大陸ごと沈んでしまったとされているのです」
普段なら突拍子も無いオカルト話として一蹴するところだが、ヴェルテの話を聞いた後ではそうも言えない。偶然にしてはあまりにも出来すぎているのだ。ちなみに同時期に日本でも太平洋に巨大な大陸があったとされる書が発行されている。こちらは新興宗教の一環であり、日本の天皇家がムーの王族である黄金人の末裔であり日本こそが世界の正当な支配者だというものだ。これは当時の急進的愛国者の間で支持されたものの、国が教育する天皇像や皇国史観から大きく逸脱するとして弾圧を受けている。その為、今回出席した日本外交団の中には知っている者はいなかった。
この随員の話にはさしものヴェルテも驚愕し、傍の使節団員と何やら話し合っているようだ。
さらにそのオカルト好きな随員は話を続ける。
「もしこのムー大陸が同一の物であるならば、あなた方の世界と私達の世界が繋がったのにも納得がいくかも知れません。突然異世界へと転移したムーは元いた世界、すなわち私達が今いる世界への復帰を望んでいたが、星……隕石なのでしょうが、それが降ってきた為に諦めざるを得なかった。そこで開発されていた空間接続技術を残して宇宙へと逃れた。いつか来る災厄の日のために。現に、星の使いと言うのはアメリカ国旗を、太陽の使いと言うのは日本の国旗を表しているのではないでしょうか?」
なるほど、筋は通る。だが、さすがにこれは突拍子も無さすぎた。エドワードなどは半ばあきれ顔で聞いている。しかしこれに思わぬ反応を示したのは、ヴェルテであった。
「なかなかにあり得そうな話ですね。そうなると、これを予言していたムー帝国は時を操る能力をも持っていたのでしょうか」
「空間接続技術の様な超技術を作る文明です、その可能性は大いにあるでしょう」
どうやらヴェルテもオカルト話が好きなようである。少なくとも、地球側の他の参加者にはそう見えていた。
「えー、何やら盛り上がっていますが、話を戻しても良いでしょうか?」
吉田から暗に議題を戻したいと言う言葉が入る。さすがにこれ以上は外交の場で話すことではないので、二人ともこの話は一旦やめるのであった。
「それで日本としましては、やはり現状では軍事援助などを確約する訳にはいきません。今回の情報を合わせて一度、本国と協議する時間を求めたい」
「それは我がアメリカとて同様。私の一存で決めるにはことが重大すぎます」
これを聞いたヴェルテはある程度予想していたのか、特に驚きもせずこれを承諾する。
「ところでヴェルテ殿。参考までにガーランド帝国からの要求について詳しく教えていただく事は可能ですか?」
「……良いでしょう」
すこし躊躇うものがあったのか、若干間をおいてヴェルテが話し始める。それは要約すると、以下のようなものであった。
・全国軍の解体
・王族、皇族の引き渡しと処刑
・現国家の解体とガーランド帝国主導による新国家の建設
・毎年一定数の人族奴隷の献上
・エルフやドワーフ、獣人族の抹殺
などであった。なるほど、ヴェルテが憤慨するのも無理はない。日本外交団などはあまりの強烈な内容に唖然とし、アメリカ外交団でさえも顔を引きつらせていた。
「これはまた……」
言葉を失っている日米両国の外交団を尻目にヴェルテはさらに話を続ける。
「特に酷い……。いや、全てが酷いのですが、その中でも特に奴隷問題については、群を抜いて凶悪と言わざるを得ません」
ヴェルテが奴隷問題を群を抜いて凶悪といった際、アメリカ外交団の顔が若干引きつったのを吉田は見逃さなかった。やはり廃止したとは言え、一時は奴隷制を敷いていた国として思うところがあるのだろう。しかもそれによる人種差別問題は現在まで引きずっているのだ。敏感になるのもやむを得ないだろう。
「奴隷と言いますと、やはり過酷な労働などですかな?」
吉田は一応探りを入れてみる。そしてこれがまたもや驚愕の返答へと繋がる事は、まだ地球側の誰もが知らなかった。
「労働も、一部ですがある様です。ですが、彼らの本当の恐ろしさは、その食文化にあります」
ここで察しの良い人なら思うであろう。ガーランドの人々はカニバリズムではないのか、と。事実、地球でも食人族と言うものは存在するし、この時代においてもある程度認知されている。実際にバヌアツのエロマンガ島などでは18世紀頃には食人が組織的に行われており、家畜としての人間の飼育が行われていたという記録もあるそうだ。だがそれは文明が未発達の地域だからこそであり、文明人のやる事ではないというのが20世紀における地球での通説だ。(もっとも、飢餓や猟奇事件などの極限状態での食人は近年でも例がある。日本では比較的最近である1980年代にもその様な猟奇的事件があったそうだ。また集団で食した例として有名なのがレニングラード包囲戦や大躍進政策による飢餓があるらしい)
「食文化とは……まさか人肉を食べる習慣でもあるですか?」
エドワードが恐る恐る質問をする。やはり知識として知っていても口にするのは多少抵抗があるようだ。
「いえ、それは確認されていません」
この答えを聞き少しホッとした空気が漂う。しかしそれは束の間のことであった。
「彼らの好物は、我々人類の血液なのです」
あまりにも予想外の答えに、地球側の外交団は驚愕よりも困惑の感情が勝っているようだった。そして、欧米人としてはやはり吸血鬼が馴染み深い分、想像が容易だったのだろう。先に話を切り出したのはエドワードだった。
「血液……ですと?」
「はい。ガーランド帝国支配地域へと潜入した部隊より報告がありまして、それによるとガーランドのクソ野郎共は奴隷を過酷な労働に就かせた後、衰弱し動けなくなった者の手足と舌を切り、樽に詰めていると言うことでした。そしてそこから血液を絞りとるらしいのです。ですがガーランドの民全員が血液を飲む訳ではなく、極一部に限られているようです。その理由はわかりませんが、我々は彼らの厳格な階級社会に何かヒントがあるのでは無いかと考えています」
これはもう、吸血鬼どころの話ではない。もっと悍ましいものであった。そしてその怒りからか、今まで冷静沈着であったヴェルテの言い回しが一部乱雑となっていたが、無理もない。
「なんとも……、凄まじい種族ですな。同じ知的生命体とは思えません」
「そのような国家がいる世界と繋がるとなると、防衛体制の強化も必要となりますな」
「ミスターヴェルテ、ガーランド帝国の使用する武器などは分かりますか?」
「それについては軍務局次官のガデルが担当となりますので」
話の内容が専門性を持つものとなったため、ヴェルテは隣に座っていたガデルにバトンタッチする。ガデルは立ち上がり、自己紹介を行った。
「改めまして、トゥーレ王国軍務局次官のガデル・ボシュレムと申します。早速ですが、これまでに我々が把握している情報を伝えたいと思います」
すると傍にあった鞄より何枚かの書類を取り出す。その書類には不鮮明ながらも写真のようなものが添付されていた。
「こちらがガーランド帝国の一般兵が使う主力武器です」
外交団が写真らしきものを受け取りそれを見ると、そこに写っていたのは小銃らしき物であった。
「む、これはボルトアクション小銃ですかな?」
「おお!やはり、この世界にも似た様なものがありましたか!」
やけに興奮するガデル。地球にも同じものが存在していると知り俄然元気になったガデルはさらに説明を続ける。
「こちらがガーランドの航空戦力と海上戦力です」
航空機の方は見た所レシプロ機のようだ。機首がスマートなのは、液冷エンジンだからであろう。艦艇は画質が粗く、細部がわからないが少なくとも砲塔があるのは確認できる。
「ほう、戦闘機や戦艦も保有してるとなるとそれなりに技術力を持っているようですな」
「全くです。ですが未知な部分が多いとは言え、全く対抗できないという訳ではなさそうなので、一安心と言った所でしょう」
エドワードと吉田が互いに所見を述べ合う。しかしこの軍事的会談もすぐに終わることとなった。理由は簡単、深い話は軍部同士の実務者協議に任せた方が効率的だからだ。
さらに会談は進み、日米トの3ヶ国は衣、食、住、経済、地理、文化、宗教など数々の情報を互いに交換する。トゥーレ王国も何とかこの2国を味方に付けようとかなりの情報をもたらしたが、やはり政治的判断を下すには情報が足りなかった。特に不足しているのがガーランド帝国の技術、軍事面での情報であり、これは両国に積極介入を躊躇させるのに十分であった。しかし介入に対するメリットももちろんながら、ある。例えば、鉄や石炭などは既に産出される事が確認されている上、原油と思しき物までもがあると言うのだ。探せばニッケルやタングステンなどの希少鉱物なども眠っているであろう。さらには近代文明が未介入の広大な土地や人的資源、マーケットなど経済界が大喜びしそうな話もある。そしてさらに注目すべきはムー帝国の遺跡群である。ヴェルテの話を聞く限りでは彼らは宇宙空間に出る術を持ち、遠く離れた空間を繋げ、さらには1万年も先の未来を正確に知る事ができる技術を持っているのだ。これを手に入れることができればそのメリットは計り知れない。
そしてこれから数週間、日米ト3カ国は外交団による会談の他にも、技術、軍事、経済など各専門分野における会談も続けていく事となり、これが後に勃発する大戦において大いに役立つこととなるのだが、それはもう少し先の話である。
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