遭遇
史実であればソロモン諸島で激戦を続けている日米両国であったが、今はこれと言った確執は無い。欧州では激戦が続いているが、少なくとも太平洋では平穏な時が流れていた。しかしその平和の終焉が着実に近づいている事を、まだ誰も知らなかった。
事の始まりは1943年6月27日、横須賀からサイパン島へ向かって、新型電探の試験運用航海をしていた軽巡「鹿島」並びにその護衛の駆逐艦「如月」「水無月」の3隻が一隻の船に接触した事であった。そしてこの事件が後に『太平洋戦争』、『特地戦争』などと呼ばれる争いに発展していく事になる。そして、日本の、世界の歴史を大きく変えていくのであった。
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同日午前10:30 横須賀沖約320km地点
第四艦隊所属の軽巡鹿島はその汎用性と収容能力を買われて、英国より供与される新型兵器の実験艦として運用されていた。現在は電探の試験を行っているため、東京湾に向かう航路帯を通りながら、民間船などを仮目標として索敵実験を行っていたのである。
「10時の方向、艦影一を確認」
艦橋横のウイングで周囲を監視していた見張り員からの報告が来る。しかし目視より前に発見できるであろう電探室からはそのような報告が来ていなかった。
「電探室、反応は?」
不審に思った鹿島艦長の高田栄は電探室に確認するが、伝声管より返ってきた返答は先ほどと変わらなかった。
「ありません。感無しです」
「おかしいな。機器の不調か?」
現在鹿島に装備されている水上見張り電探は英国より技術供与を受けた273型レーダーであり、この当時としては最高クラスの探知能力を持っていた。それ故、探知できないのでは無く、新機材に多い初期の不調かと考えたのだ。しかし、伝声管からくる声はそれを否定する。
「同乗している技師によりますと特に異常はないようです」
電探室でも怪訝に思っていたのか、確認を受ける前に調べていたようである。
「ふーむ……、見張り員!艦影に特徴はあるか?」
当惑する高田は少し思案した後、ウイングにて双眼鏡を覗いている見張り員へと問いかける。するとずっと観察していた見張り員が困惑した様子で返答する。
「それがどうも…帆船のようです」
「帆船だと?」
「はい、それもかなり大型です」
「国籍はわかるか?」
色々と疑問に思うことがあるが、取り敢えずは国籍を確認する。この時代の帝國海軍は現在の海上自衛隊と違い、今で言う海上保安庁の役割も同時に担っている為、不明船に対する対応も求められているのだ。
「それが、不明です」
「不明?国旗を掲げていないのか?」
「国旗は掲げているのですが、見た事がありません」
不審に思い、艦長自ら艦橋外側のデッキへ出る。既に目視でもある程度確認できる距離まで近づいていた不審船を備え付けの双眼鏡を覗き込み観察する。
「なんだありゃ?」
そこに移ったのは、確かに見た事が無い国旗だった。一番高いマストに翻る黄色地の国旗には何やら複雑な柄が書き込まれている。
「どうだ副長、見たことあるか?」
不審に思った艦長が傍で同じように観察していた副長に尋ねるも、見た事のないものです、との事であった。
「取り敢えず監視を続行、今の所不審な様子は無さそうだが念のためだ。それから報告電も入れておけ」
そしてその帆船がさらに近づいた時、見張り員から新たな報告があった。
「帆船の乗組員が白旗を振っています!」
「白旗?どういう事だ?」
本来、白旗は降伏やそれに準ずる際に使われる。手旗信号という可能性もあるが、それならば赤旗が対となって使われるはずである。しかし今回は白旗しか見当たらない。しかも戦闘も起こっていないのに白旗を振るというのはいかにも不自然であった。
「通信室、応答はあったか?」
艦長が見張り員とやり取りしている時、副長も伝声管を通じて通信室と連絡を取っていた。どうやら不審船との通信を試みていたようだった。
「いえ、周波数を変えて試していますが、いずれも応答ありません」
どうやらこちらも手がかりは無しのようである。通信機が使えないとなると意思疎通の手段は発光信号か手旗信号、もしくは旗旒信号となるが、今のところどれにも反応しない。
「艦長。あちらさん、救助を求めているのではないですか?」
打つ手が無くなり、しばらくの間何やら考え込んでいた副長が思いもよらない事を言ってくる。
「救助だと?」
「はい。理由はわかりませんが、他の船に会っただけで、あの様に大騒ぎするのは異常です」
「……なるほど。よし、あの船に近づくぞ。臨検隊を編成、状況によっては乗り込む用意をしておけ」
「了解です」
艦長から指示を受けた副長が臨検隊の編成にかかる。武器庫が解放され、陸戦武器として搭載されている三八式歩兵銃などが引き出される。
「取り舵いっぱーい!」
やがて鹿島は臨検のため、9時方向を反航する帆船に向け舵を切る。やがて舵が効き始め、反航から同航の位置に着く。
「見張り員、帆船の速度は?」
「およそ5ノットです」
「よし、速度落とせ、両舷前進微速」
舵を切り同航になったのは良いものの、相手の速度が極端に遅いためこちらも速度を落とす事となる。
「該船、帆を畳み始めました」
見ると中央にある2本のマストにかかる白い帆が畳まれてゆく。どうやら停止するようである。やはり何かあるようだ。
「帆船の横、500mの位置に付けろ。駆逐艦は距離をとって警戒に当たれ」
鹿島は既に前方で停止しつつある帆船の横に近づいており、肉眼でも細部を確認できる距離にいる。当の帆船では、乗組員が甲板上で慌ただしく動いているのは見えるが、未だに相手の目的が掴めないでいる。
「しかし艦長、どうやって連絡を取りますか?無線も旗旒信号にも反応しませんよ」
「問題はそれなんだよなぁ。内火艇で何人か向こうにやるか……。だが、国籍が分からない以上、言語問題もあるしな……」
「見た所武装はありませんし、民間船でしょう。下手に対処すると国際問題になる可能性もありますし慎重に対処しないといけませんね」
この様に艦橋に詰めていた幹部連中が悩んでいた時、帆船にさらなる動きがあった。
「該船より小型艇が降ろされました!」
艦長と副長がウイングへ出て自ら確認すると、ちょうど降ろされた小型艇がこちらへ向かってくるところであった。10人ほどがオールを漕ぎ、中央に艇長と思しき人物と、それなりの地位に就いていると見られる人物が3人乗っているのが確認できた。
「どうやら此方に来るようだぞ。タラップ下ろせ!臨検隊は念のため甲板で待機」
そう命令すると、艦長自ら甲板まで降りてゆく。右舷のタラップ付近に降りると、ちょうど小型艇が接舷を始めた時であった。
「日本人では無さそうだな。顔つきが欧米人に似ている」
「私、銀髪なんて初めて見ましたよ……」
「あの右にいるやつ、フードで顔が見えんな。杖を持ってるが、足が悪いのかな?」
などと艦長と副長が話す。やがて接舷を終えたのか、中央にいた3人の中からフードを被った1人を除く2人が甲板士官に従えられてタラップを登ってくる。やがて登ってきた2人はこちらに正対し一礼をする。こちらも敬礼で迎えており、一次接触は問題なく済まされた。
「初めまして。大日本帝國海軍所属、軽巡鹿島へようこそ。私は当艦艦長の高田です。何やらお困りの様ですが、いかがなされましたか?」
そして自己紹介をしつつ本題を切り込むも、どうやら言葉が通じていないようであった。あちらも何か話すものの、サッパリ分からない。英語、ドイツ語、フランス語のどれにも該当し無かった。外国語を少しでも話せる士官や、試験運用の為に同乗していた技官や民間技師までをも招集して確認を行うも、イタリア語、ロシア語、北京語、スペイン語、ポルトガル語のいずれにも該当する事はなかった。
「さて、困りましたねぇ……」
副長が呟く。流石に太平洋各地の少数民族語を話せる人物は乗り合わせておらず、このままでは意思の疎通が困難と思われた。相手も何やら言語を変えて試していたようだが、どれもサッパリわからない。
鹿島乗員が困り果てていた時、相手方が小型艇に残っていた1人を呼び寄せる。残されていた1人は他の2人と違い、ローブに木製の杖と言う特異な格好であった。
「なんか、魔法使いみたいですね。あの格好」
厳つい見た目に反しロマンチストな副長にはそう見えるようだ。
そのローブを被った人は甲板に登ると、杖を振りかざして何やらブツブツと喋り始めた。その異様さに護衛の兵が思わず銃を構えようとするも、それは臨検隊長に制止された。やがてその魔法使いらしき人物は詠唱を終える。するとどうだろうか、今までサッパリ通じなかった言葉がいきなり通じ始めたのだ。そして代表と思しき男が流暢な日本語で話し始めた。
「初めまして。この度は救助して頂き誠にありがとうございます。私はトゥーレ王国外交使節のヴェルテと申します」
などと自己紹介をされるも鹿島乗員は返答できなかった。と言うのも、鹿島乗員は艦長を筆頭に、いきなり流暢な日本語を話し始めた相手方に驚き、固まっていたのだ。やがて30秒もたっただろうか、やっとの事で気を取り戻したのか高田艦長が話し始める。
「トゥーレ王国……ですか?」
「はい、その通りです」
トゥーレ王国、聞いたことがない名前だ。少なくとも有史以来、日本と関係を持ったことがない国である。そしてまたもや固まっている鹿島乗員を見てヴェルテが説明を始める。
「皆さんが我が国をご存知ないのも無理はないでしょう」
「……と言いますと?」
そこでヴェルテは一呼吸置き、皆の視線が集まるのを待った。そして徐に話し始める。
「我々は貴方方が存在する世界とは違う世界、即ち異世界からやって来たのです」
やがて不審に思った当直士官が甲板に降りてくるまでの間、そこに居合わせた鹿島乗組員はしばらくの間絶句し、固まっていることになるのであった。そしてこの接触が後に日本の針路を大きく変えることになるのだが、当の本人たちは、まだそれを知らなかった。
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