ケプラーゼ航空戦 3
1944年2月11日
青空をキャンパスにした純白の飛行機雲は様々な紋様を人の命と引き換えに青空に描き続け、その美しさは死神をも魅了し引き寄せていた。
『後ろだ後ろ!』
『喰らえ!』
『助けてくれ!』
『ざまあみろ!』
様々な言語で飛び交う歓喜や絶望、罵詈雑言は電磁波に乗って四方八方へと巻き散らされる。
「編隊を維持しろ!」
米陸軍第7戦闘飛行隊のP-40とガーランド空軍第328戦闘大隊のG-21が死闘を繰り広げる中、大量の爆弾を抱えた米陸軍第13爆撃大隊のB-25が編隊を組みながら突っ切って行く。逃さないとばかりに2機のG-21が空戦から離脱して食いつこうとするが、それに気付いたP-40が後方の警戒が甘かった1機を狙い撃つ。12.7mm弾に操縦者ごと撃ち抜かれたG-21は制御を失い真っ逆さまに落ちて行く。
「後方から敵機!」
「近付けるな!撃ち落とせ!」
B-25も強固な編隊を組み近付かせまいと機銃を撃つが、上空から加速をつけてダイブしてきたG-21を捕らえ切ることは出来なかった。逆にG-21の10act機銃を連続して食らったB-25はエンジンから黒煙を吹き上げつつ編隊から落伍していき、やがて負荷に耐えきれなくなった翼がへし折れる。
「5番機被弾!なんて威力だ……!」
「感心している場合か!敵機に集中しろ!」
米陸軍が放った攻撃隊、P-40とB-25による総勢54機の編隊は道半ばにしてガーランド空軍の激しい要撃を受けていた。既に護衛についていたP-40の大半が空中戦に巻き込まれ、攻撃隊を守る直掩機はごく僅かになっている。
「また来るぞ!」
B-25から12.7mm弾が空を埋め尽くすが如く放たれるが、高速で機動する相手をなかなか捉えることができない。しかしその濃密な弾幕に怯んだのか、敵機の攻撃も幾分及び腰となり双方に被害がなく終わった。
だが攻撃隊の試練は終わらない。P-40との激戦をくぐり抜けた2機のG-21が追加で加わり、多方向への対処を迫られるようになる。M2ブローニングが唸りを上げ銃弾を撒き散らし、曳光弾が空を飛び交う。その隙間をG-21が突き抜け両翼からは必殺の機関砲が放たれる。B-25の胴体に大穴が開き側方機銃座に付いていた機銃員の半身が機外へ、残りが機内へと飛び散る。
「クッソォォォォ!」
敵討ちとばかりに放たれる必殺の機銃弾は虚しく何もない空間を切り裂く。しかし離脱したかと思われた敵機を幾重もの火線が撃ち抜き、その横をF4Fが突き抜けてゆく。
『VMF223、エンゲージ!』
間接援護の目的で出撃していた海兵隊のF4Fが遅ればせながら参戦してきたのである。度重なる空戦で定数を割っているVMF223であるが、それでも14機の戦力を抽出し戦場へと駆けつけた。2機のF4FがB-25をつけ回しているG-21を叩き落とし、颯爽と駆け抜けていく。
「いいぞ!隊形を立て直せ!」
航空優勢がこちら側に傾いた事を瞬時に見抜いた爆撃指揮官はすぐさま編隊の立て直しを図る。しかし敵も待ってはくれない。
『タリホー!』
正面に敵の増援を認めたVMF223の1機が無線に叫ぶ。それに反応したF4Fが増援のG-21と真正面から激突、新たな空戦の輪が広がった。たちまち数機が炎を、もしくは黒煙を吹き上げながら地上に堕ちてゆく。
「もうすぐ目標だ!編隊を維持せよ!」
編隊長の檄が飛び、身を寄せ合うかのように編隊を組むB-25はさらに進撃を続けるのであった。
「まもなく最終変針点」
護衛戦闘機隊がG-21を相手取る中、なんとか空戦域から離脱した攻撃隊は最後の変針点に差し掛かった。
「レディ……ナウ!」
「コース良し、目標まで15分!」
攻撃目標までは航空機にとっては僅かとも言える距離である。しかし実際に搭乗している乗員にとっては永遠とも感じられる時間である。
「頼むぞ……」
度重なる迎撃により直掩機は全て剥がされており、丸裸の爆撃機が残るのみ。頼りとなるのは機体各所に備え付けられた防御機銃だけである。
『ターゲットインサイト!』
ようやく辿り着いた喜びにより若干弾む声で届けられたその報告と同時に青空に数多の爆炎が灯る。
「た、対空砲火です!」
当然予想される事態であるが、撃たれていい感情を抱く人間はいない。どの機体が、どのタイミングで撃ち落とされるか分からない、戦闘機に邀撃される恐怖とはまた別の恐怖が湧き上がる。
「怯むな!突撃!」
それでも編隊を嚮導する機体は臆する事なく対空砲火のど真ん中へと突入していく。またそれに続く列機も覚悟を決めたかのように最大速度で飛行場上空へと侵入しようとする。
しかし1機のB-25が高射砲の直撃を受け翼をへし折られ錐揉み状態で堕ちてゆく。さらに1機がエンジンから黒煙を吹き上げ左下方へと脱落していった。さらに地上からはこれでもかとばかりに高射砲が撃ち上げられ、被弾炎上する機体や落伍する機体、投弾を諦め引き返す機体が出る。だがそれでも編隊は諦めない。
「ちょい右……ちょい右……止め!コース良し!」
「嚮導機より全機へ、投弾用意」
爆撃手のコース良しの報告を受けて機長から全機へ指示が飛ぶ。それと同時に機体下部の爆弾層が開かれ、空気抵抗を受けた機体が一気に減速する。
「まもなく飛行場直上!」
誰かがごくりと生唾を飲み込み、永遠とも思われる時間が機内を支配する。爆音響く青空の中を奇妙な静寂に包まれた機体が駆け抜けてゆくが、ついにその静寂が破られる。
「投下5秒前!……3、2、1、ナウドロップ!」
各機から8発の250lb爆弾が一斉に投下され目標へ目掛けて自由落下を開始する。そして爆弾の重さから解放されたB-25は一斉に翼を翻すと帰投針路につく。
「とっととずらかるぞ!」
戦果確認もほどほどに引き返す爆撃隊であったが、逃さないとばかりに撃ち上げられる高射砲弾が描き出す爆炎に絡め取られた不運な機体が脱落していく。味方勢力圏までは、まだ長い道のりであった。
一方その頃、連合軍勢力下の空においても一大空戦が巻き起こっていた。戦闘機掃討戦の為に囮の爆撃隊と共に出撃したガーランド空軍の第34戦闘飛行団は迎撃の為に出撃した米陸軍航空隊、日本陸軍航空隊とがっぷり四つの空戦を繰り広げていた。
「あの2機を追うぞ」
第34戦闘飛行団所属。第342戦闘大隊第2中隊長のヤーゲ大尉は自らの2番機を務めるメル曹長にそう伝えるとともに追撃の体制に移った。彼が空戦に巻き込まれて早くも十数分が経過し、両軍入り乱れた現場は混沌の中にあった。
幸いな事に彼とその僚機であるメル曹長は編隊を崩される事なく空戦の場を駆け抜けている。しかし彼はその中で孤立し堕とされていく味方機を多数目撃していた。
(くそっ!まさかこれ程までとは……!)
敵を舐めてかかっていた過去の自分を呪う。しかし状況は刻一刻と変化し、無駄な事に思考能力を割く余裕はない。そして視界の隅に1機の敵が見えた。
「爆撃機はやらせん!」
爆撃隊への襲撃態勢に入っていた敵に向けて機関銃を一連射する。軽快な音とともに4発に1発の割合で混ざる曳航弾の軌跡が敵機に向け延びてゆくが、すんでのところでP-40の搭乗員が気が付きロールで逃げる。
(ちっ、勘の良い奴だ)
攻撃はかわされてしまったが、爆撃隊への攻撃を防ぐという主目的は達成できたため追撃には移らず一度距離を取り体制を立て直す。
俯瞰で素早く状況を確認する。敵味方の戦闘機が入り乱れている主戦場とそのやや下方を進む爆撃隊。空戦は数に勝る味方がやや優勢に進めてはいるが、安堵はできない。数的優勢と言ってもそれは爆撃隊の直掩機をも投入しているからであり、敵にまとまった数の増援が来たら簡単に逆転してしまうほどの脆さだ。
「行くぞ!」
僚機を引き連れたヤーゲ大尉は再度空戦の輪に向かう。狙うは味方と一騎打ちを演じている敵機。先ほど躱された機体と同じ、液冷エンジンを搭載していると思われるスマートな機首と頑丈そうな胴体を持つ敵機である。
ヤーゲ大尉が向かう十数秒の間で形勢はやや敵方有利となりつつある。既に幾度かの空戦をこなした後なのか、味方機の空戦エネルギーが少ないのが感じ取れた。
「だが甘い!」
勝ちをもぎ取る瞬間というのは気が抜けやすい。ヤーゲ大尉の機体から放たれた10act徹甲弾は回避機動が遅れたP-40の胴体を操縦系統ごと撃ち抜き、翼に着弾した徹甲焼夷弾は燃料タンクを貫き引火させる。一瞬にして致命傷を負ったP-40はその操縦の自由を奪われ、炎に包まれながら堕ちていった。しかしながらP-40の操縦者が最後に放った数発の12.7mm弾が不運にも追われていたG-21DFに着弾、フラップの一部を吹き飛ばした。
「ブランツ!大丈夫か?」
「助かりました!なんとか操縦はできそうです!」
「なら良し!足手まといはとっとと帰れ!」
コックピットでペコペコ頭を下げるブランツ少尉に対し基地に帰るように命ずる。何か言いたそうな表情のブランツ少尉であったが、再度頭を下げると損傷した機体を労りながら離脱していった。
それを確認したヤーゲ大尉は再度空戦に参加すべく機首を翻す。たった数分の間に空戦域から離れてしまっており、それが逆に俯瞰で状況を確認する余裕を生み出していた。
最初に接敵した敵機はおよそ15機。こちらに対しては第341戦闘大隊21機が対処にあたり優勢に戦闘を開始したところを見届けている。さらに現れた敵機20機ほどに対しては第342戦闘大隊および本部小隊の24機が迎撃に向かい、現在に至る。既に敵機を釣り出す目的は達したため爆撃隊は離脱に移っておりあとは対戦闘機戦を勝てば当初の目的は達成されるのである。そうとなれば後は再度あの空戦に加わり、敵を堕とすのみである。
「行くぞ」
バンクと共に逆落としを開始したヤーゲ大尉とメル曹長の2機は体勢を立て直そうとしていたP-40にむけて突撃する。照準器からはみ出んばかりに接近して必殺の機銃弾を発射するが、狙われたP-40は神がかったタイミングで回避機動を行いヤーゲ大尉の放った弾は虚しく空を切る。しかし次の瞬間、ヤーゲ中尉の弾道と敵機の軌道をみて照準を修正したメル曹長の機銃弾が見事にP-40を串刺しにした。
「お見事」
「いえ、共同撃墜でしょう」
自らの戦果を誇ることもなく淡々と言ってるメル曹長に苦笑しつつ答える。
「そう言う事にしておこう」
これで2機目を仕留めたヤーゲ大尉らは更なる戦果を求めて再び空戦に突入する。
開始から数十分が経過した頃、第342戦闘大隊は頃合い良しとして戦闘を切り上げ撤退を開始する。一方で迎撃に当たった第44戦闘飛行隊はガーランド空軍爆撃隊の侵入こそ阻止できた形となったが、ガーランド空軍としては元より囮として出撃させていたため撤退は織り込み済み。そして第44戦闘飛行隊、そして先行して迎撃に当たった第50戦隊の代償は大きいものとなった。
一方でガーランド空軍としても完全な勝利とはいかず、偶然にも同じタイミングで出撃していた第13爆撃大隊によって飛行場施設の一部を損傷、また掩体にて修理中だった戦闘機など数機が失われていた。
双方ともに被害を被った1日であったが、日米にとっては暗雲立ち込める結果となった。この損害を受けて日米両軍の関係者は新型機を受領した部隊の展開を急ぐと共に更なる策を講じるべく奔走し、さらに敵の勢いを削るべく新たな作戦を計画する。
一方のガーランド空軍は戦闘機掃討戦に対し確実な手応えを掴む結果となった。第3航空軍団司令部はさらにまとまった数の戦闘機隊を投入すべく基地の拡張を進め、後方支援体勢も拡充させていくのである。さらに後詰の第4航空軍団も東大陸への進出準備を進めておりこちらも譲る気配は微塵もない。
互いに一歩も譲らない航空戦は終わりの見えない消耗戦へ突入する兆しを見せていた。
次は少し遅れるかもしれません。




