ケプラーゼ航空戦 2
更新が滞ってしまい申し訳ありません。やっと生活環境が落ち着いてきました。これから再スタートしていきたいと思います。
1944年2月6日
「これはいったいどういう事かね」
目の前に置かれた報告書に記載されていた内容に目を通した第3航空軍団長のラーキン・ランス中将は周囲に詰めかけている参謀をゆっくりと見回す。目を逸らす者、目線を下げる者、答えられる者はいなかった。
「ここ3日間での損害が70機を超えた?たった3日間の出撃で?」
「敵戦力が予想以上だったと言う他ありません」
仕方がなかった、と言う口調で話す作戦参謀をランス中将は一言で切って落とす。
「何のための偵察だ!」
本来は戦力の集中を待つ間は独立偵察飛行隊による情報収集を続ける予定であったのだが、方針を固める前に一部部隊が先走って出撃した事によりなし崩しに航空戦が始まってしまっている。また進出の遅れていた第3航空軍団司令部は未だ遙か前線後方におり、情報の把握が遅れていたのである。そのため事態発生から3日経って事後報告を受けた第3航空軍団司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり情報の収集と戦力の集中に奔走する。また先走った部隊の指揮官以下司令部要員を召還、尋問に近い聞き取りと同時に人事権を持つ上層部への解任要求が為されている。
「とにかく今は戦力の確保だ。今動かせる部隊はどの位だ?」
「戦闘機ならばG-21DF装備の4個大隊が即応できます。さらに4個大隊の支援体制も間もなく整う予定です」
このG-21DF戦闘機は3年前に正式化されたガーランド空軍主力戦闘機G-21AFの改良型であり、新たな主力戦闘機として配備が進んでいる機体である。最高速度は275yk(約595km)、武装として10act(21.5mm)機関砲2門、5act(10.75mm)機関銃2門を両翼に納めている。さらに胴体下部に100glm(215kg)までの爆弾若しくは増槽を装備可能であり、増槽を装備した際の戦闘行動半径は320bkt(約700km)にも達する。さらにエンジンを含めた機体整備についても3年の間で習熟が進んでおり、本土から離れた東大陸においても高い稼働率を維持している。防御性についても操縦席後部に防弾版を装備し、自動消火装置を備えるなど機銃弾に対しては相応の防御力を備えていた。
「爆撃機はZ-4B装備の1個大隊が即応状態に、さらに2個大隊が1週間以内に展開完了します」
こちらのZ-4B爆撃機もガーランド空軍の主力を務める双発の中型爆撃機である。無骨な機体ながらも1.25tlm(約2.7t)の爆装を施しつつ225yk(約485km)を捻り出す高速性と6門もの防御機銃や重要区画の装甲、自動消化装置や燃料タンクの防漏処置などの防御性を掛け持った傑作爆撃機である。本機の性能に非常に満足したガーランド空軍は同機を大量生産しており、順次各攻撃飛行団へと配備されている。また派生型も多数生まれており、多方面にわたって主力機として活躍をしている機体である。
「戦闘機をもっと集めろ!制空権の確保こそ此度の戦いの鍵だ」
その言葉を受けた第3航空軍団司令部は既に前線に展開していた2個戦闘飛行団(戦闘機4個大隊)はもとより後方から新たに2個戦闘飛行団を前進させている。これにより定数上の戦闘機数は350機を超え、先の航空戦で消耗した日米に対し3:1以上の戦力差が生じている。さらに後方に待機している2個戦闘飛行団を加えれば定数は550機を超える圧倒的な戦力となる。
「敵飛行場は叩けたのか?」
「最西方に位置する飛行場、便宜上第一飛行場と呼称致しますが、これに対しては一定の損害を与えたものと思われます」
説明を続ける情報参謀が偵察機が撮影した航空写真を持ち出し軍団長へと見せる。そこには滑走路に複数の爆弾を受けたであろう痕や倒壊し未だに煙が燻っている構造物が写っていた。
「詳しい分析は終わっておりませんが、一週間は機能しないと思われます」
「ふむ。その他の飛行場は無傷か?」
「はい。特に新たに発見しました第三飛行場については、この短期間でかなりの拡張がなされています」
この第三飛行場は粗方の野戦飛行場設備を作り終えた米軍工兵隊が新たに建設に着手した飛行場であり、既に戦闘機用滑走路と掩体壕、半地下の弾薬庫や燃料庫など戦闘機隊が展開するには十分な設備を整えていた。また遅れて到着した米陸軍の工兵隊も作業を開始、3つ目の飛行場の建設に取り掛かっていた。隣で見ていた日本陸軍が驚きを通り越して呆れるほどの建設速度である。その日本陸軍の設定隊は何をしているかと言うと、一通りの飛行場設備を作り終えた後に第二飛行場の建設をするか、設備の拡充と補給路の整備を行うかで揉めていた。本来ならばどちらも進めたいところではあるが、とてもでは無いが人員も機材も物資も時間も足りない為、日本陸軍にしては珍しく補給路の整備に一本化する事が決まっていた。
これには現在の基地規模に対し展開している機数に余裕がある事、日米相互の滑走路を緊急着陸場として使用できる協定が結ばれた事、後方の港町に建設していた仮設桟橋が完成を迎え、補給物資や重装備の陸揚げペースが上がった事、そもそも2箇所の航空基地を維持するには後方支援部隊の頭数が足りない事などの理由がある。
その補給路であるが、今までは制空権に問題があり夜間しか活動していなかったが、日米両軍の戦闘機隊が活動を開始すると同時に米軍のトラックにより埋め尽くされ、現状はそのわずかな隙間を縫って日本の補給車両が(米軍と比べれば)細々と動いているのであった。もっとも細々とは言え一式戦2個中隊が全力出撃を繰り返しても問題ない量の補給物資が届けられている点では、十分に及第点ではある。
閑話休題。
「その第三飛行場とやらの規模は?」
「分析班からは戦闘機はもとより中型爆撃機の運用が可能、との報告があります」
情報参謀のその言葉に背筋に冷たいものを感じる一同。わずか2週間前には造成中と思われる2つの飛行場しか無かったにも関わらず、この現状である。
「敵航空戦力に関する報告もこちらに」
どさどさと目の前に積まれていく報告書をペラリとめくったランス中将は真っ先に敵戦闘機の性能について書かれた欄を見る。
「確認済みだけで9機種だと?やけに多いな」
ランス中将はその中でも1型から5型までの仮称がつけられている航空機のスケッチを見比べ、情報参謀が補足をする。
「仮称1型と2型戦闘機。こちらは先のエディス市空襲で確認されたものです。状況からして恐らく艦載機かと思われます。また1型についてはここ3日間でも確認されている事から陸上戦闘機としても使用されているのでしょう」
ずんぐりむっくりではあるが見るからに頑丈そうな機体と研ぎ澄まされたかのように華奢で華麗な機体。その対称的な設計思想からもこれらを運用する国家が別である可能性が高いと判断されている。つまり彼らの把握する異世界の国家、アメリカと日本である。
「さらに仮称3型、4型、5型についてはここ1週間で新たに確認された機体です」
「この4型とやら、推定最高速度が280yk(約600km)以上とあるが本当か?」
「聞き取り調査のみの情報ですが、最低でも290ykは出せると推測しております。一部では300yk(645km)以上との報告もあります」
それを聞いた一同にまたしても沈黙が訪れる。戦闘機において30km以上もの速度差があればそれを覆すのは厄介である。それが50kmもの差となると完全な奇襲を決めるか操縦士の技量頼みになってしまう。
「幸いな事に数はそこまで多くはないと思われます。迎撃機数が最多を記録した初日においても十数機の目撃例のみです。その他の機体に関しては現在のG-21DFでも対抗できる数値です」
作戦参謀が言う通り、性能に関しては両陣営ともほぼ互角であった。そう、性能は。
「対抗できる?ならば何なのだこの損害比は?」
現在の戦力比は連合対ガーランドで1:3である。そしてこの3日間における損害比は1:2、爆撃機を含めれば1:3であり、この状況が続くのならばいずれ押し切られてしまう可能性があった。もちろんこれは航空戦力のみの話ではあるが、ここまで圧倒的優位な状況で戦争に参加してきた空軍各部にとって衝撃的な事実には間違いない。
「正直に申し上げますと、敵を侮り、油断していた事が大きいと考えられます。もちろん、我々を含む全ての将兵がです」
言いにくい事をストレートに言ってのけた情報参謀にここに詰める全ての者から目線が注がれる。しかしそれに腹を立てるような人物は、軍団長を筆頭にこの司令部には居なかった。
「我々にも意識改革が必要、か……」
「おっしゃる通りかと」
ランス中将は大きく息を吐くと吹っ切れたように顔を上げる。それを見た参謀達も何かを決意したかの如く、目つきが変わった。
「爆撃機のみの大規模な爆撃は中止し戦闘機掃討戦に方針転換するしかないでしょう。幸いな事に補給路の確保はなされています」
「逆に敵の補給路は盤石とは言えないはずです。我慢比べなら補給線が確立している我々が有利かと」
相次いで意見具申される方針は全て戦闘機掃討戦を仕掛けるべしとの意見であり、現状を鑑みるに空軍独力で取りうる最良の手段であろう。
「よろしい。現在より第3航空軍団は東大陸の制空権をかけた戦闘機掃討戦を開始する」
その言葉に参謀達が一斉に立ち上がり敬礼をする。
「作戦参謀」
「はっ」
「直ちに攻撃計画を立案、すぐに素案を提出せよ」
「わかりました」
命令を受けた作戦参謀は部下を連れ、書類を両手に抱えて作戦室へと駆け出す。それに釣られるように各参謀が一斉に動き出し、司令部庁舎全体がにわかに活気付く。後方参謀は各基地の受け入れ態勢構築と防御設備強化のため奔走し、兵站参謀は補給物資の確保と現地労働者の徴用策を考えるべく部下を集めた。
第3航空軍団の方針はすぐさま上位部隊である航空軍団総司令部へと共有され、その隷下にある各航空軍団へと伝達される。かくして、かつて1つの独立軍を立ち上げ、陸海軍に伍する組織を作り上げた空軍上層部のマネジメント能力が遺憾なく発揮されようとしていた。
そして奇しくも同じ頃、トバリ飛行場に本陣を構える日本陸軍派遣航空隊やその隣に展開する米軍航空隊も今後の方針について議論していた。
「上は何と?」
「ケプラーゼ山脈以西の制空権の維持に全力を挙げよ、との事です」
その一言に微妙な空気が場を支配する。現状は航空基地及びその補給路、拠点となる港湾施設の防衛で手一杯の状態である。しかし上層部の命令は『山脈以西の制空権』とあり、その真意は前線防空も含めての命令だろう。だがそれを成し得る戦力はない。
そして一字一句、意図まで違えずに翻訳してくれる魔法のお陰で米軍側にもその空気が共有されさらに場が微妙な雰囲気になるのであった。
「増援は?」
「新型機を受領した1個中隊が3日後に進出予定です」
新型機とは言え一個中隊。定数で見れば5割増の戦力であるが、現在までの第50戦隊の被害を含めれば戦力補充プラスアルファ程度である。ここ3日、5回の出撃において被撃墜7機、大破4機、戦死者6名を出した第50戦隊はその戦力を半減させられていたのである。
また被害に関しては米軍側も似たような数字を記録しており、第221戦闘飛行隊が被撃墜3、大破1、第223戦闘飛行隊が被撃墜6、大破8、第44戦闘飛行隊が被撃墜9、大破2と全体で29機もの航空機を損失していた。
対する戦果としても搭乗員からはかなりの数が報告されていたが、戦場の常として当事者による報告はどうしても過剰になってしまう。報告では撃墜167機であったが司令部ではその半分の80機程度と見積もっていた。しかしそれでも撃墜比率はかなりの数字を記録しており、搭乗員や整備員など現場の士気は高揚していた。しかしいくら増援が来るとは言え守っているだけでは物量に押されてしまうのが現状であり、現地司令部はもちろんのこと、さらに上層部もそれは認識していた。そのため増援を受けた時点で防勢防御から攻勢防御への転換を図ろうと増援確保に躍起になっている。また米陸軍に関しても新たに太平洋空軍隷下にアーレンウェルト担当の第13空軍を設立しており、2個戦闘飛行隊と1個爆撃航空群を基幹にしたより大規模な増援を送り込もうとしていた。
双方が被害確認と戦力集中の準備を行い奇妙な空戦空白期間が生まれたが、それも嵐の前の静けさに過ぎなかった。
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