ケプラーゼ航空戦 1
予定より遅れました。
1944年 2月4日
未だ朝焼けが残る空を背景に進軍する多数の機体。地上に張り巡らされた国家連合軍の監視網はそれを見逃す事なく瞬時に、とはいかないもののそこそこな早さで警報が発動。警報はケプラーゼ山岳要塞司令部から国家連合軍司令部へと伝えられ、そこで日米連絡士官の耳に入る。そこからは通信隊を経由して情報が伝えられ日米両基地から戦闘機が離陸してゆく。回りくどいようではあるが、今できる精一杯の早期警戒網であった。離陸した両軍の機体は機種毎に編隊を組み進出していった。そして上空では死闘が始まろうとしていた。
「VMF-221、エンゲージ!」
無線機に響き渡る攻撃命令と共に8機のF4U-1がダブルワスプエンジンを唸らせながら降下してゆく。それに気付いた敵機も増槽を捨て急上昇を行う。やがて両者の翼に炎が迸り、真っ赤に焼けただれた機銃弾が両者の未来位置へと突き進む。
「ブレイク!ブレイク!」
編隊長の怒声に近い警告と同時に海兵隊第221戦闘飛行隊の各機は回避機動に移るが、人間の反射速度を超越した速度で交差した機銃弾は両軍の機体へと命中、外板に火花を散らせた。ほぼ同時に発砲した両軍の機体はそのまま直進を続け、次の瞬間交差する。
「堕ちやがれ!」
「右だ右!」
「1機撃墜!」
翼から黒煙を吹き上げる敵機が堕ちてゆき、その横を上空から降下してきたF4Uが突き抜ける。その横では不運にも一発の銃弾に操縦系統を撃ち抜かれたF4Uが錐揉み状態に陥って堕ちてゆく。その死力を尽くした空中戦の下方を密集体型を作った双発機がエンジンを唸らせ進撃する。赤と黒のラウンデルを翼に描いたガーランド空軍の爆撃隊であった。
「爆撃機が抜けるぞ!誰か止めろ!」
空戦の最中、無線機を通じて編隊長の叫び声が流れ込み既に4機小隊や2機分隊へと分かれていたF4Uがそれに対処しようとする。しかしいくら速度差があるとは言え敵戦闘機も同数が空戦に参加しているため妨害も激しく、爆撃機に手を出せた機体はなかった。
「援護してくれ!」
助けを求める無線に僚機が牽制の機銃を撃つと敵機は反転し回避、それを追う僚機に対し別の敵機が割り込む。至るところで似たような光景が発生し、黒煙を吐きながら堕ちてゆく機体も散見される。同数で開始した戦闘は一進一退の攻防を見せており、騎士による一騎討ちを思わせるほど拮抗した空戦でもあった。しかし今は騎士の世の中ではない。敵機に対して1対1で対処する道理も必要もなかった。
「遅れちまったぜ。野郎ども!殴り込みだ!」
交信規定を完全に無視した攻撃命令と共に遅れて到着した4機のF4Uが上空から攻撃を仕掛ける。半ば奇襲となった上空からの一撃で2機が被弾炎上し墜落していった。その隙に先に戦闘を行なっていた各機も態勢を立て直し反撃に移る。速度差を生かし1機、また1機と撃破していく海兵隊航空隊に対しガーランド空軍戦闘機隊は徐々に守勢に回っていた。しかしその間にも本隊は進撃を続けており、空戦によって燃料、残弾数共に乏しくなった第221戦闘飛行隊に追撃の余力は無かった。
『VMF-221より司令部。敵編隊は戦爆連合70機以上!戦闘機は10機ほど引きつけたが爆撃機が抜けた!対処してくれ!」
無論日米側も指を加えて見ていたわけではない。第221戦闘飛行隊は国家連合軍の通報が本当に正しいか確認するための威力偵察も兼ねていたのである。従って後続の準備も整っており、編隊ごとに上空待機をしていた。先の戦闘で敵戦闘機に対し優速である事が確認されたF4Uを先遣隊として接敵させ、敵の機種及び数の把握をする。そして万が一敵機が想定以上の数であっても味方戦闘機が待機する空域まで速度を生かして退避できる性能を持つF4Uがこの任務に選抜されたのである。
VMF-221から通報を受けた日米両軍の戦闘機隊は直ちに接敵に向け針路を変更する。誤射防止のため攻撃順は日本陸軍、米海兵隊、最後に米陸軍の順になっている。F4Uが先鋒を務めたのは速度有利があるのが判明しているからであり、一式戦が次鋒を務めるのは航続距離が長く、かつ機体性能が対戦闘機戦に寄っているからである。実際、M2ブローニングを6門備える米軍機に対しマ弾により強化されたとは言え12.7mm2門の隼が火力で劣るのは火を見るより明らかであった為、特に異論もなく決定している。
話を戻すと、F4Uが死闘を演じている頃、順調に進撃していたガーランド空軍攻撃隊に対し飛行第50戦隊の一式戦が第二波として襲撃を開始した。先の追跡飛行による損傷機等で稼働機数は減っていたが、それでも2個中隊合わせて18機を出撃させていた。対するガーランド空軍攻撃隊は編隊から戦闘機が20機ほど分離し、上空に陣取る一式戦へと向かう。流石に今回は奇襲は成功せず、正面からの強襲となった。
「全機かかれ!」
18機の一式戦は翼を翻すと降下を始める。ここでもF4Uの襲撃と似た構図が再現されたが、ヘッドオンを避けたい一式戦側が早々に回避した事もあり最初から混戦へともつれ込む。18対20と機数は不利であるが、51戦隊側には日中戦争やノモンハン事変にて実戦を経験している者もいた。対するガーランド空軍も技量的にそこまで劣っているわけでは無いものの、ここ数年の対ワイバーン戦や本業ではない対地支援により空戦訓練に割ける飛行時数が減っていた事が影響し、出だしから50戦隊に押される形となる。
敵味方が入り乱れる中、見事な編隊機動で戦場を駆け回っていた2機の一式戦が僚機と逸れた敵機を追い詰める。右へ左へ翼を振りつつ射点から逃れようとする敵機に対し2機が代わる代わるプレッシャーをかけ、徐々に追い詰めていった。やがてその重圧に負けた敵機が大きく左旋回をかけるが、それは致命的なミスであった。鋭いロールからの追従機動を見事に決めた一式戦は必中を期すべく距離を詰める。そして信じられないものを見たような表情で口を開ける敵パイロットを一瞥すると同時に12.7mm機銃を一連射叩き込む。操縦席付近に集中して着弾すると同時にその機体はバランスを崩し堕ちていった。
「お見事です、中尉」
「援護感謝する」
編隊を崩す事なく撃墜スコアを増やした吉岡中尉とその僚機を務める平川曹長機はそのまま次の獲物を追い求めて空を舞う。
「あいつに行くぞ」
次にどうするのか、どの敵に向かうのかを短く交わした一言で理解してくれる僚機ほど頼もしいものはないと頭の片隅で思いながら見張りを続ける。今のところは互角といったところだろう。舐めて掛かった訳ではなかったが、敵もなかなかやり手の様だ。
「だが負けてられん」
僚機と逸れたのか、はたまた堕とされたのか、1機の一式戦が後ろを取られ2機の敵機に追尾されていた。一式戦特有の鋭いロールで回避機動を続けているが、敵機もそれによく追従している。しかしこちらの接近に気付いたのか早々にブレイクしていった。
「助かりました!」
追われていた一式戦に近くと吉岡機の無線機に若い、溌剌とした声が流れ込んでくる。隊の中では若手である小野田伍長であった。
「小野田か!三島はどうした!」
「わかりません!」
つまり逸れたか、はたまた撃墜されたかだ。そしてこの乱戦では空中での合流は不可能に近いだろう。
「ついて来い」
吉岡は短く一言告げると空戦に戻るべく針路を戻す。2人の空戦機動に小野田がついてこれるかは分からないが、損傷もない以上帰す訳にもいかない。そして単機で戦場にいるよりかは遥かにマシである。
吉岡中尉らが空中を駆け巡っている頃、未だ順調に進撃を続けていたガーランド空軍爆撃隊は迎撃第三波として上がった海兵隊第223戦闘飛行隊と接敵していた。
「結構数は減ってるみたいだな。全機突撃!」
上空から19機のF4Fが突撃を開始するが、流石に三度目ともなれば相手もかなり警戒しており高度優位もほぼない状態であった。しかしF4Fが19機に対しガーランド空軍の護衛機は既に12機へと減っていた。寡勢となったガーランド空軍戦闘機隊は戦場をかき乱すF4Fに必死に食らいつくも、遂に4機のF4Fが戦闘機の妨害をすり抜け爆撃機の編隊へと辿り着いた。
「最右翼から行くぞ!」
編隊を組んだまま突撃したF4Fに対しガーランド空軍爆撃隊から一斉に機銃弾が放たれた。発砲している機体は10機程度だが、それでも数十本の火線が4機のF4Fへと集中する。敵弾が機体の至近を掠め、そのうちの何発かが胴体へと被弾した。しかしグラマン社製の機体は数発の被弾は物ともせず突き進んだ。
「怯むな!突撃!」
500kmを超える速度で敵編隊へと突撃したF4Fから真っ赤に焼けただれた12.7mm弾が放たれる。1番機の射撃は敵爆撃機の胴体後部へと命中、側方機銃座を破壊し射手を沈黙させる。続いて2番機が時間差で射撃を開始し、左翼エンジン付近へ数発命中させた。さらに後続の2機も相次いで発砲しそれぞれ命中弾を得た。
4機から集中して攻撃を受けた爆撃機は左翼付け根から炎上。そのまま消化もままならず炎は拡大しやがて左翼が根元から折れ墜落していった。
「良くやった!続けていくぞ!」
一旦離脱したF4Fは態勢を整えると再度アプローチを開始する。今度は2機ごとに分かれ別角度での攻撃を開始、防御機銃の分散を狙った。先の攻撃では編隊右翼の機体を撃墜していたため、今回もフォーメーションが乱れている右翼を狙うべく2機のF4Fが下方から突き上げた。先程よりも薄くなった弾幕を掻い潜りながら近接したF4Fから12本の火線が伸びる。命中から数秒後、左エンジンから黒煙を噴き上げた爆撃機は徐々に編隊から落伍していった。やがて編隊に続く事ができないと悟ったのか、爆弾倉を開くとパラパラと爆弾を投棄、何も無い草原を虚しく掘り返す結果となった。
三度目のアプローチにおいても1機を撃破する事に成功、更に機数有利を生かして制空戦を抜け出した3機が別角度から攻撃を仕掛けるなど意気軒昂の第223戦闘飛行隊であったが、制空戦や防御機銃による損傷機の離脱や弾薬の欠乏、何より敵爆撃機の数によりその大半を無傷で見逃す他なかった。
「VMF-223より44FS。仕上げは済ませた!派手にやってくれ!」
第223戦闘飛行隊からの通信を傍受したのは最後の砦として待ち構える米陸軍のP-40であり、その総数23機を数える。米陸軍の先遣航空隊として選ばれたのは第18戦闘航空団所属の第44戦闘飛行隊のP-40Mであり、エンジントラブルを起こした1機を除く稼働全機が出撃していた。米陸軍航空隊初の出撃という事で大いに高まっていた士気。そして眼下には護衛のいない爆撃機のみ。
「『残り物には福がある』、とはこの事かな?」
上空から編隊を観察していた編隊長のロバート・テイラー大尉は、出撃前に顔合わせした日本陸軍航空隊の隊長をしていた中尉の顔を思い出す。ここ数年で変化があったとはいえ彼が持っていた日本に対する印象は悪いイメージが多かったが、今日共に空を飛んでいる彼らは至って普通で真っ直ぐなパイロット達だったのだ。彼らと言葉を交わしたのはほんの数時間であったが、それでも自分と同じ祖国と空を愛するパイロットだという事が分かった。そして今はそれだけで十分だった。
「何ですか、それ」
思わず口にした謎の言葉が気になったのか、僚機を務めるヘンドリクソン少尉が尋ねてくる。テイラーは苦笑しながらそれに答える。
「東洋の諺だ。全機攻撃開始!」
23機のP-40は各小隊毎に狙いを定めると一斉に降下する。狙われた敵爆撃機も既にこちらに気付いており、ありとあらゆる機銃座が一斉に火を吹き、濃密な火線が編隊を包み込む。初の実弾の洗礼を受けたテイラーはその迫力と恐怖に一瞬たじろぐもすぐに気を引き締め直す。敵爆撃機が照準器からはみ出そうになった時、翼にずらりと並べられた6門のM2ブローニングが火を吹いた。引き金を引いていたのはほんの数秒であり、次の瞬間には機体は敵爆撃機下方へと抜けていた。速度を維持したまま敵編隊との距離を置いたテイラーは小隊の点呼を取ると共に戦果確認を行った。
「堕とされた奴はいないな!?」
するとすぐに部下達の快活な声が帰ってくる。小隊全機からの返答に安堵したテイラーは後方へと過ぎ去った敵編隊を観察する。盛大に黒煙を拭きつつ落伍している機体が3機。その他にも真っ逆さまに堕ちていったと思われる黒煙の筋が見える。
「6……いや、7機撃墜か」
一撃目にしては大戦果である。しかしこちらも無傷とはいかず、被弾して離脱した機体がちらほら見える。
「基地には一歩たりとも踏み入れさせん。全機堕とすぞ!」
その後も第44戦闘飛行隊の果敢な攻撃によりガーランド空軍の爆撃隊は櫛の歯が欠けたように1機、また1機と失っていった。やがて半数近くが撃墜されるか損傷を受け引き返した頃、ガーランド空軍爆撃隊は一斉に旋回を始めると離脱に取り掛かる。東大陸の命運をかけた航空戦の第一ラウンドは国家連合の勝利をもって終わりを告げた。
甚大な被害を被ったガーランド空軍。しかし第2第3の矢は既に番えられているのであった。
執筆速度を上げるのもむずかしいですね。次も一ヶ月以内を目標にします。




