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大日本帝國異世界奮闘記  作者: 大福
第二章 激闘!東大陸
32/35

ケプラーゼ航空戦 前哨戦3

 1944年2月1日


 まだ日が昇る前のトバリ飛行場であったが、すでに2機の戦闘機に整備員が取り付き離陸態勢を整えていた。そしてその傍らで雑談に勤しむ男が2人。


「敵基地のおおよその位置を掴むまで発砲禁止とは、歯痒いですね」


「偵察機が来るってことはどうせバレてんだ。こっちも見つけなけりゃやられ放題だ」


「確かに違いない」


 そう言って朗らかに笑うのは半年ほど前に配属されたばかりの峰崎兵長であり、その隣には彼のペアとなる五十嵐軍曹である。


 出撃前だというのにどこか気の抜けた雰囲気だった会話の輪に指揮所から出てきた吉岡中尉が加わると一枚の紙を渡してきた。


「出撃前に目を通しておけ」


「これは何です?」


「海軍さんからだ。この間の空襲での敵戦闘機の所見らしい」


「へえ」


 2人は物珍しそうな声をあげるとその紙に食いつく。概略ではあるが各種性能と、敵機のシルエットであろうデッサンが描かれていた。


「速度は凡そ280〜290ノット……何kmだ?」


「520km位だな」


「武装は機関銃4門らしいそうです」


「旋回性能は零戦に劣るがロールは鋭く切り返しが早い……と」


 そんな話をしつつも荒米は結局零戦と戦った事ないから分からんなあと零す。


 そもそもこの時代、異機種間での模擬戦闘こそ行われた事があるもののDACTとして理論的に確立されている訳でもなく、ましてや陸海軍の垣根を超えて異機種間の戦闘訓練を行うなど性能試験の一環で行われた事があるかどうかのレベルであった。


 結局のところ戦ってみないと分からないとの事で結論が出た頃、整備員から離陸準備が完了した旨の報告が来た。2人は急いで操縦席に乗り込むとエンジンスタートの手順を始める。整備兵がクランクを回しエンジンを起動、やがて軽快な音と共にプロペラが回り始める。採用から既に3年。操縦士も整備兵も手慣れたものであり全ての工程が流れる様に進んで行った。


 五十嵐が後ろを振り返ると僚機である峰崎もしっかりとついてきていた。2機が編隊を組み終わり上昇を開始した頃、地上から追加の情報が舞い込んできた。もともと海軍機の機上無線機と比べ性能が安定していた陸軍機の機上無線機は、ここ数年で大幅に改善した電子機器技術の恩恵を最大限に発揮し非常にクリアな音声を操縦席に響かせた。


「『イナヅマ1番』より『イナヅマ4番』。感明度知らせ」


 地上にいる吉岡中尉からの呼び出しに対し小隊長を務める五十嵐軍曹が応答する。


「『イナヅマ4番』より『イナヅマ1番』、感度良好」


「こちらも良好だ。敵偵察機は290度方向、高高度より進入。時間はあと20分てとこだ。アメさんの戦闘機も上がってるから誤射に気を付けろ」


「了解」


 詳細な情報に対し短く返信すると同時にアプローチについて考える。高高度となると今からでは上昇が間に合わないだろう。また対空砲も半数以上は秘匿すると聞いている。ならば。


「『イナヅマ4番』より『イナヅマ5番』。敵の予想帰投進路上で待ち伏せる。視認したら低空から付けるぞ」


「5番了解」


 了解の返答とともに2機はほぼ同時に翼を翻し、報告のあった予想針路で待ち伏せるべく増速する。やがて2機は夜明けの太陽を背にする様に予想針路上に陣取った。2機は周囲を警戒しつつ速度を落とさない程度に緩やかに旋回待機する。先の報告ならばあと数分もすれば現れるのではないかという予想の元待機を続けた。しかし五十嵐の予想に反して敵機はなかなか現れなかった。燃料に不安はないものの、もし取り逃したらという焦りの気持ちが徐々に芽生えてきていた。しかし空中に上がった以上、地上からの報告を信じて待つしかなかった。


 やがて何度めか分からない旋回を終える頃、ようやく待ち望んでいた報告が飛び込んできた。


「『イナヅマ5番』より『イナヅマ4番』。9時方向に機影。高度高い。飛行場へ向かっています」


 待ち望んでいた報告にはやる気持ちを抑えつつ考える。迎撃ならば最悪な位置取りであるが、今回は尾行である。地上の闇に紛れながら追跡する方が良い。


「4番了解。後を付けるぞ」


「5番了解」


 2機は素早く針路を変更すると、付かず離れずの距離を保ちつつ巡航飛行する。飛行場は目と鼻の先であり、敵偵察機は既に偵察態勢に移っているだろう。


(しかし想像以上に速いな)


 五十嵐は追跡を続けながら思案する。同じ陸軍航空隊の直協機や軍偵などの機体を想像していただけに、悪い意味で期待を裏切られていた。


 彼が乗っている一式戦闘機『隼』はその名の通り皇紀2601年、つまり西暦1941年に採用された機体である。良好な操縦特性と高い安定性を兼ね備えており、操縦士の間での評価は高い。また当初物足りなかった速度と火力についても改善策が採られている。エンジンはハ115-Ⅱに換装され水メタノール噴射によるブーストが可能になっており、ブーストを行えば同世代の戦闘機と同等の速度性能が確保された。また航空燃料に関してもアメリカからの安定供給があり史実における大戦末期の様なオクタン価の額面割れなどは発生していなかった。武装に関しても使用機材は12.7mm機関砲2門と変化のないものの、新たにマ弾の使用が始まり威力の向上が成されていた。その他にも真空管等の電装品の品質向上やプラグなどの消耗品に米製の高品質なものを充当することで、さらなる性能の向上が達成されていた。


 しかしその性能が向上した隼においてもこの敵偵察機の追尾は容易ではなかった。既に巡航速度を超えた速度で追尾しており、さらに加速を続けるならば引き離される恐れもある。流石に偵察が終わり離脱したら速度を落とすであろうが、一抹の不安は拭えない。何せ敵のことはほぼ分かっていないのだから。



 やがて敵偵察機は飛行場への偵察コースに乗り、追尾する2機は飛行場直上の通過を避けるため一旦迂回を始める。敵偵察機との距離は離れるものの高射砲の炸裂後を辿れば容易に再捕捉できるであろう。


 今度は五十嵐の読みがあたり、飛行場の外れで撮影終了後と思われる敵偵察機の再捕捉に成功する。しかし速度は落ちていない、もしくは先ほどよりも高速と見て取れた。燃料にはまだ余裕があるが、このまま追跡を続けるとなるとどうなるか分からない。


 五十嵐は仕方がなく高度を上げる選択を取り手信号で僚機に伝える。高度を上げればその分空気抵抗が減り速度は上がり、燃費も良くなる。その反面、追跡中の被発見率も上がってしまうが仕方がない。峰崎も了解の手信号を返すと五十嵐の機動に見事に追従していく。別に無線機を使ってもよいのだが、2人は慣れている手信号の方を使用していた。今回の任務にあたっては敵偵察機に関する詳細な情報がない以上、逆探知の可能性も含めて追跡を始めてからは無線封鎖をする事が決まっていた。もちろん通常の編隊戦闘では無線機を使用するし、その様な教育も受けている。


 これは陸軍航空隊全般に言える事だが、無線機の性能向上によりその活用法がより一層研究されていた。そしてもともと海軍と比べ無線機の使用を積極的に行なっていた陸軍航空隊は無線機を中心とした戦闘にすぐに馴染んでいる。最近では第一線部隊への配備が進む個人携帯無線機(ハンディトーキー)を使用したより綿密な直協態勢を確立し、演習においてもその成果を遺憾無く発揮し導入に奔走した人達を喜ばせることとなった。この空陸一体の体制は主敵であった赤軍に対し砲兵火力が劣る日本陸軍にとって必要不可欠なものとなる予想され整備が進められてきた。つまり日本陸軍航空隊が従来から掲げてきた航空撃滅戦に加え、攻撃機による直協態勢が新たな主任務として加わったのだ。


 話を戻すと、高度を上げた2機はその後も下方より追跡を続け遂には洋上へと進出する。幸いな事に未だに発見された様子はないが、洋上へ出たことにより航法作業も増え気を抜いていられない。何せ洋上飛行などついこの間習得したばかりである。海軍に出向して講習を受けた時はどうせ使う機会はないと安易な考えを持っていたが、まさかその技術が異世界で役に立つとは想像もつかなかった五十嵐は複雑な心境である。また2機には幸いな事に敵偵察機も徐々に速度を落とし、僅かにであるが機体がぶれる事もあった。敵地を脱した安堵感からか、飛行にも若干の気の緩みが出ているのだろう。しかし速度を落としたと言っても巡航速度は400kmを超しており、航続距離も不明である。


(燃料にはまだ余裕があるが……。どこかで見切りをつけねばな)


 この様に綱渡り的な追跡が続く中、ようやく陸地が見え始めた。しかし喜んでばかりはいられない。何せここからは完全なる敵勢力圏である。一応抵抗組織は存在し諜報活動や撹乱工作なども行っているが、機上から敵地に潜む現地協力者とのコンタクトなぞ不可能である。


そして敵偵察機は内陸部に入ると間もなく西に変針し、また暫く変化の少ない飛行が続くこととなった。やがて何分が経過しただろうか、うっそうと生い茂っていた森林部が途切れ始めると同時に敵偵察機が高度を下げつつ加速を始めたのである。その動きによからぬ雰囲気を感じた五十嵐が周囲の警戒を強めたその時であった。


「後方敵機!」


 無線から飛び込んできた峰崎の言葉。敵機という単語に反応した五十嵐は無意識のうちに左急旋回を行う。そして思考が追いついたその時には凄まじい衝撃と共に機体が揺さぶられ、思わぬ方向に針路が捻じ曲がる。


(やられた!)


 あまりの衝撃に死を覚悟するが、その覚悟に反して機体は飛び続けていた。五十嵐はすぐさま気を取り戻し敵機を捜索するとともに損傷の具合を確かめる。幸いな事に動力系統に異常はなし。外観からはその他の損傷も認められず、穴が空いているだけである。


 一瞬で機体の目視点検と作動点検を終えた後、五十嵐はすぐさま後方の確認を行いつつ敵機の行方を目で追う。左下方に1機、峰崎機に食いつこうとしていた。


「05!食いつかれてるぞ!」


 無線機に叫ぶと同時にその敵機の捕捉に向かう。一式戦特有の素早いロールを活かし鋭い機動で敵機後方へ回り込む。が、いち早くこれに気づいた敵機は右下方へと離脱。さらに別の敵機が五十嵐機後方へと周り込んだ。


「何機いやがるんだ!」


 すんでのところで敵弾を回避しつつ罵声を吐く。既に確認できているだけで3機。このままでは多勢に無勢である。体制を立て直そうにも敵機は代わる代わる射点に遷移しており回避機動を続けざるを得ない状況だ。


(ジリ貧か……。いっその事一か八かで……)


 などと頭の中に考えが浮かぶが、目まぐるしく変わる状況が思考する暇を与えない。射線をずらし回避、攻撃位置につくために旋回しつつ後方を確認。そして視界に飛び込んで来る敵機。またもやすんでのところで回避。回避機動の繰り返しにより速度も高度も失いつつある今、決断の時は刻一刻と迫っていた。


「クソッタレ!」


 諦めともとれる罵声とともに五十嵐は無理矢理進路を捻じ曲げると同時に正面に飛び込んできた敵機に軸線を合わせる。なんとしてでも数を減らさなければならない。その強い気持ちと焦りが後方の隙を生んだ。ほんの一瞬、後方の確認を怠った隙に五十嵐の後方に敵機が滑り込み、翼に発砲炎が迸った。


「しまった!」


 曳航弾のシャワーが上空から降り注ぐ。五十嵐が体を強張らせたその瞬間、後方の敵機の翼が根元から粉砕された。



 炎を上げ錐揉み状態になる敵機の横を特徴的な形状の翼を持つ機体が凄まじい速度で突き抜けてゆく。濃紺の塗装に白い星、特徴的な逆ガルウィング。米海兵隊新鋭機、F4Uコルセアが異世界の空にて初陣を飾った。










遅くなりました。次回は一ヶ月以内を目標に執筆してます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 隼による送り狼でしたか。機体自体の改良や品質の向上に加えて無線を用いた戦法の確立や洋上飛行も行えるのはかなり戦闘能力が向上していると言えますね。 だが敵も馬鹿ではないで…
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