ケプラーゼ航空戦 前哨戦1
西暦1944年 1月28日
エディス市を巡る血みどろの攻防は日米連合機動部隊による空爆と国家連合軍の撤退を持って終わりを告げた。しかし戦争は未だ終焉の兆しを見せず、戦いの舞台は新たな場所へと移って行ったのであった。
ケプラーゼ山脈。エディス市東方に聳え立つこの山峰は東大陸を南北に縦断しており、その標高は最大で3000mを超える。古くより東大陸における東西の交易を妨げてきたこの山脈であったがその反面で様々な恵みをこの地へと齎していた。豊富な水源や多様性のある生態系、そして近年になり開発が進む膨大な地下資源などその利潤は麓の村を、その村を治める領主を、延いては彼らの属するトゥーレ王国を潤わせていた。そして今日、人々は今までにない想いをこの山脈とそこに構築された陣地、そしてその陣地において命を賭して戦う兵へと馳せていた。
ケプラーゼ防衛線。ガーランド帝国により西大陸が陥落し、その侵略が中央大陸へと伸びつつあった頃には既にその計画は始動していた。古くより数々の恵みを齎してきたその山脈を持ってガーランド軍の侵攻を阻み、その野望を打ち砕き来るべき大反撃の日に備える、と。しかし交戦を重ねる毎に思い知る彼我の格差によりその文言は下方修正され、要塞の規模は拡大を続けていった。そして現在、国家連合軍に残されたほぼ全ての戦力を注ぎこんだこの要塞に新たな援軍が加わろうとしていた。
「お、来たな」
その言葉とともに上空に現れた機影が徐々に大きく、明瞭になってゆく。やがて編隊から離脱した1機が上空を何度か旋回した後、降下を始める。慎重に速度を下げ、脚を降ろしたその機体は急造の滑走路にも関わらず見事な着陸を決めた。そして滑走路脇でその着陸を注視していた者たちから歓声が溢れる。
やがて1番機の着陸を確認した僚機も翼を翻ると着陸態勢に入り、砂塵を舞い上げながら一機、また一機と着陸を成功させる。やがてその中の一機から降りた搭乗員が、滑走路脇で見守る一団の長と思しき者へと近寄り敬礼をする。
「飛行第50戦隊の吉岡中尉であります。以後のお世話、よろしくお願いします」
吉岡が敬礼する先にいた大尉は見事な答礼をするとにこやかな顔で答える。
「第11飛行場設定隊の上地だ。設定隊一同、貴官らの到着を心待ちにして居た。歓迎する」
今回到着したのは飛行第50戦隊、第1飛行隊の12機であり、装備機は一式戦闘機「隼」となっている。一式の名が示す通り皇紀2601年、すなわち西暦1941年の採用であるこの機体はすでに配備から3年が経っており、日進月歩の航空機業界では早くも旧式化の兆しが見えていた。事実、日本陸軍においてもより新型の二式単戦、三式戦一型などが実戦配備されつつあり、さらに高性能な三式戦二型や四式戦なども試験飛行を繰り返しつつ増加試作機の生産を始めている状況であった。実際、四式戦の増加試作機をかき集めて結成された飛行第22戦隊の展開も既に決まっており、進出に向けた最終調整に入っている。
このように新型機の開発と配備が進む一方、一式戦の良好な整備性と信頼性など急増の滑走路においても使用に耐え得る扱いやすさが買われ陸軍航空隊の特地派遣第一号となった。また数度の改修を経た同機は、最初期型と比較すると火力、速力、防護力等数々の性能が上昇しており一概に戦力外とも言えなかった。
ちなみに日本陸軍における特地派遣第一号はこの第50戦隊ではなく、戦闘部隊ですらなかった。第十一飛行場設定隊。それが日本陸軍において最初に特地の大地を踏む部隊となった。
第11飛行場設定隊は日本陸軍が有する設定隊の中でも数少ない高度な機械化が進んだ部隊である。高性能な米国製重機を中心に70台以上の重機、トラックなどを備え、それらを扱うオペレーターも満州などで経験を積んだ熟練員が多く所属するこの部隊は紛れもなく日本国内で最も飛行場造成が早い部隊でもあった。事実、この地に展開して3週間弱で戦闘機用の滑走路の整備を終え、掩体壕や弾薬庫、防空陣地などの建設も進んでおり早くも基地として機能を有し初めていたことからもその能力が伺える。またこの飛行場には各種資材も優先的に分配されており、一部機材は港湾設備構築よりも優先されていたため物資揚陸のためにビーチング能力を備える海軍の二等輸送艦を強引に借用するなどの手段がとられた。その他にも足りない人手を食料等の現物支給で徴用するなど、数々の手段が取られている。もっとも、難民流入による慢性的な食糧不足が起こる中での食料による徴用は周辺住民によるウケも良く、友好関係の構築にも役立ったという思わぬ結果もあった。
この様な荒技の末に完成したこの基地は元の地名よりトバリ飛行場と呼ばれることとなる。そして派遣部隊として待機していた飛行第50戦隊の先遣隊が無事着任した事により正式に基地としての稼働が始まった。
やがて機体を掩体に移動させた一同は仮設司令部へと向かう。その途中、同郷出身であり幼少期からの付き合いがある上地と吉岡は久しぶりに再会を懐かしんでいた。
「しかし久しぶりだな。元気だったか?」
「先輩こそ、お元気そうですね」
「はは、元気すぎてこっちに送られちまったけどな。まあ新天地ってのも新鮮で悪くはない」
「しかし魔術だのなんだの、新鮮にも程がありますよ」
吉岡の呟きに対し上地も苦笑しながら答える。
「確かに。俺も実際に見るまでは信じられなかったがな」
などと近況に着いて語り合う内に仮設本部に到着する。中には上地の副官を務める三谷中尉のほか、第二十八飛行場大隊の先遣隊を統率する小林大尉、警備中隊長の角野大尉などが揃っていた。
「吉岡中尉以下12名、本日よりお世話になります!」
「こちらこそよろしく」
簡単な挨拶が済むと休息もそこそこに搭乗員が集められる。そして仮設司令部へと集合した搭乗員を迎えた上地の言葉は、この先も前途多難であることを彷彿させた。
「今夜はゆっくりしてくれ、と言いたいところだがそうもいかん」
「敵機はこの辺りまで進出を?」
日本本土を発つ前にブリーフィングは行なっているとは言えここは戦地、刻一刻と状況が変化しているのである。
「まだ上空には来ておらんが、ここから西方100km地点にある連合軍拠点ではしばしば大型機が目撃されている。さらに最近では偵察機と思われる単発機が確認されたそうだ」
「単発機……となると敵も既に新たな前線飛行場を有している可能性が高いですね」
「そうだ。既にいつこの基地が敵に露呈するかわからん。設定隊は勿論のこと、周辺住民も諸君らに寄せる期待は大きい。是非とも頑張って欲しい」
その言葉に搭乗員一同の士気が高まった時、遠くから小走りで近づいてくる一団が目に入った。その一団は息を切らしながら近づいてくると、その中の1人がいきなり握手を求めてきた。
「ようこそおいでくださいました!我々一同、心より歓迎します!」
握った手をブンブンと振られる吉岡中尉は困惑した顔で握手した相手と上地大尉を見比べる。
「こ、この方は?」
あまりにも力強く揺さぶられるため舌を噛みそうになりながら問いかける吉岡に対し上地はわずかに視線を逸らしながら答える。
「あー……、この基地の近くにある村の村長だそうだ」
「私がトバリ村の村長、ハクリと申します。この度は異世界の竜騎士様が来られると聞いて一言ご挨拶にと思いまして」
「竜騎士?」
聞き慣れない言葉に対しおうむ返しに聞き返した吉岡に対し、村長は満面の笑みで答える。
「ええ。あのような鉄竜を操るとはなんとも心強い!しかも貴殿は勇猛果敢な騎士でニホン軍の中でも名の知れた騎士だとか!」
あまりの過大評価っぷりに困惑する吉岡をよそに村長はさらに言葉を紡ぐ。
「トバリ村には獣人も多い故心配していましたが、貴方方が守ってくださるとはなんとも頼もしい限りです!ささ、ささやかながらも歓迎の催しを準備しております。是非ご参加ください!」
「た、大層な歓迎、ありがとうございます。私は到着時の手続き等ありますので、何かありましたらこちらの川崎少尉へお尋ね下さい」
「……え?」
早速村長らに絡まれしどろもどろになる川崎を尻目に吉岡はコソコソとその場から離れていた上地に早足で近づき声をかける。
「……全くすごい歓迎ぶりですね」
「……そうだな」
「……何故か私が鉄竜?を操る竜騎士になってましたね」
「……そうだな」
「……しかも私が我が軍の中でも名の知れたパイロットになってますね」
「……そうだな」
やがてしばしの沈黙ののち、上地がボソリと一言呟く。
「……一級清酒一本」
「……手を打とう」
その一言でガッチリと握手をした2人を待っていたのは清酒による再会を祝したささやかな宴会……などではなく村長らによる招待であり村を挙げての歓迎会であった。
日本陸軍航空隊が思わぬ形で出鼻をくじかれているのと同じ頃、トバリ飛行場の南東にあるとある基地も稼働を始めようとしていた。
米海軍が誇る建設部隊、シービーによって造成されたこの基地には既に先遣隊としてF4F-4ワイルドキャットを装備した海兵第223戦闘飛行隊が派遣されていた。そしてそれは飛行第50戦隊の展開より数日早く、数も多かった。が、当然の如く海兵隊はこの程度の戦力では満足しない。そのため増援としてF4Fを増強すると共に新型機であるF4Uコルセアへの機種転換を終えた第221戦闘飛行隊の進出も秒読み段階に入っていた。また日本陸軍同様に戦果を欲していた米陸軍航空隊も進出を決めており、近日中にP-40、P-38などを装備した戦闘機隊やB-25などを有する爆撃隊を送り込む予定であり、既に輸送船団の集結が開始している。
そのためさらなる基地の増強が必要になったシービーは第2滑走路の建設と共に、新たな基地の造成も始めていた。そのための人員や物資も惜しみなく投入され、津波の如く揚陸される物資と機材を間近で見ることとなった設定隊の面々からは嫉妬と羨望が混じった視線が注がれていた。その様な中、2つの基地間ではいくつかの交流が進められていた。
1つ目は各種物資の融通である。特に重機に関しては両部隊ともに米国製の似通ったものを使用していたためパーツからオイルまで様々な物品が融通できている。そのほかにも不足する警備部隊は現地部隊長の協議により、連絡士官等の配置により相互補助の関係が構築されつつある。この協力体制は始まったばかりであり、多数の問題が噴出しているがそれでも日米両軍が協力でき得る可能性を示していた。
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同日 帝都ガリアス
日米が航空戦力の展開に勤しんでいる一方、エディス市攻略戦にて思わぬ被害を受けたガーランド帝国軍は予想外の速度で展開する日米に驚くとともに、対策を講じるため緊急の会議を開催していた。
「海軍局長、何か言うことはあるかね?」
会議室の沈黙を破ったルガール総統のその一言は容赦なくモンク海軍局長へと突き刺さる。さらに二の矢三の矢が放たれる。
「越境攻撃の失敗による空母2隻の損失、これはまだいい。海軍のみならず各部でも敵を侮る声が主流だった。僅かな戦力での越境を許した我々中央の責任もある。しかしだ」
ここで一呼吸開けた総統が放った一言は重かった。
「門の封鎖に失敗するとはどう言うことかね」
「……敵軍の反攻速度、規模ともに予想の遥かに上でございました。さらに機雷による封鎖も敵艦の犠牲を顧みない突入により無力化されてしまいました」
この報告に対し軍人ではない各局長からは厳しい視線が注がれる。その一方、陸、空軍局長はある種の同情にも似た思いを抱いていた。
(まさかあそこまで大規模な部隊を即座に展開してくるとは考えていなかった……。いや、考えたくなかったと言った方が適切か……)
内心ではそのように考えるバーガー空軍局長であったが、その想いを言葉にすることはなかった。それを言葉にすることそれは即ち、海軍と同等の責任を認めることになる。特に設立から日の浅く政治力も乏しい空軍にとってそれは土台無理な話であった。
やがて一通りの詰問が終わりを告げ、総統の溜飲もある程度下がったであろう頃を見計らいモーレン軍務局長が話題を建設的な方向へ昇華させる。
「総統閣下、敵の進行速度は予想以上です。早急に対策を立てる必要があるかと」
「無論わかっておる。海軍局長」
「はっ。既に反攻計画を立案中です」
しかしその答えに満足しない総統はさらに言葉を重ねる。
「作戦の概要は?」
「いまだ敵が展開し終えていない時期を狙い艦隊戦力を用いて補給路への攻撃を行います。それにつられて出てくるだろう敵主力に対しこちらの主力をぶつけます」
「艦隊決戦か。勝算はあるのか?」
「補給路への攻撃は戦力低下のため再編予定であった第2遠征艦隊および東大陸派遣艦隊の一部を充てます。そして敵主力にはこちらの主力である第1、第2艦隊を充てます」
海軍のこの乾坤一擲とも言える作戦に一同はおし黙る。確かに今までの場当たり的に行ってきた対処は戦力の逐次投入であり、理論上は敵が展開し終えていない段階でこちらの全力を持って対処するのは間違っていない。しかし今回の戦争は今までの常識が通用しない戦争でもあった。
「うーむ……。敵戦力が完全に把握できていない以上、主力を全て投入するこの作戦は投機的すぎるのでは?」
渋い顔をしたドロップ陸軍局長はさらに言葉を重ねる。
「陸軍としては現在発動中の作戦の遂行に全力を挙げるべきと考えます。東大陸の制圧さえ終われば地の利は完全にこちらのものとなります。また幸いにして陸上戦力においてはこちら側が完全に圧倒していますのでより確実性が高いと考えます」
「空軍としても海軍のみでの決戦はリスクが高いかと。陸軍の前進に合わせ二個航空軍団を展開予定ですのでその援護を待ってからでの決戦でも決して遅くはないかと」
会議室においては何かにつけて反目しあう陸海軍と陸軍よりの中立を保つ空軍というある意味日常とも言えるやりとりが行われた。
「その作戦だが、初動のエディス市で早々につまづいたそうじゃないか」
「確かに予想外の反撃だったが元はと言えば制海権を確立したと言った海軍にも問題があるだろう」
陸海軍の不毛なやりとりが始まろうとしたその時、もう良いと総統が2人を止める。
「敵が未知数な以上、確実性を求めたい。艦隊決戦は現段階ではリスクが高い。当初の計画通り東大陸の制圧を急げ」
「仰せのままに」
この一言で全てが決まった。総統は恭しく一礼する一同を見渡すと退室する。そして残されたメンバーはさらに細部を煮詰めるのであった。
「陸軍としては打撃こそ受けたものの基本作戦に変わりはない。だが問題は……」
「空挺降下と強襲上陸か」
陸軍局長の言葉を引き継いだ軍務局長が苦々しく呟く。防衛線攻略の要である補給路の遮断の見込みが白紙へと戻ってしまったからだ。
「制空権に関しては現在展開中の第3航空軍団の総力を挙げ確保します。ただし先の攻撃に現れた敵機動部隊の排除は海軍航空隊の協力が不可欠です」
ガーランド帝国空軍はその母体を陸軍航空隊に持ち、制空権の確保と地上部隊の直協を主任務とし、副次任務として戦略爆撃能力の整備を行っていた。その一方で対艦攻撃に関しては海軍航空隊がその主戦力となっている。これは空母艦載機の所属について揉めた際に取り決められたのだが、ここでは詳細を割愛する。
「無論海軍航空隊の総力を挙げて協力しよう」
艦隊決戦という海軍の主張こそ総統に退けられたものの、モンク局長はいちいち根に持つ様な男ではなかった。
「となると残りは制海権だが……」
「そもそも敵情把握はできているのか。情報局で何か掴んではないのか?」
「挺身偵察隊の情報では輸送船の目撃こそ多々あれど、大型艦に関して目新しい情報はありません。敵首都で目撃された空母が最後です」
「鹵獲した客船はどうなっておるのだ」
「そんなものとうの昔に調査済みです!乗員からも搾り尽くしています」
「もう一度乗員を掻き集めて尋問したらどうだ」
「ですが何人生きているか……」
侃侃諤諤の議論の末、改めて情報の少なさに押し黙る一同。しかし次の瞬間、机を叩く音とともに軍務局長が立ち上がった。
「とにかく情報が足りん!海軍局長!」
「はっ」
「急ぎ潜水艦隊による索敵線を張れ。可能ならば門と大陸の航路遮断もやるんだ。空軍局長!」
「はっ、既に独立偵察飛行隊を増派中です。増援の航空軍も飛行隊毎に進出を開始しています」
「よろしい!」
軍務局長はそこまで言い切ると改めて一同を見回した。
「諸君、ここが正念場だ。何としても情報を掻き集め東大陸の制圧を終えるんだ。敵に反攻の機会を与えてはならん」
その言葉と同時に参加者は一斉に動き出し、付き従っていた副官に指示を出す。山口、ハルゼー両提督の機動部隊が押しとどめた巨大帝国の侵攻が再開した瞬間であった。
数日後、エディス市攻略戦での打撃から立ち直ったガーランド帝国軍は攻勢を再開、撤退作戦から取り残されたエディス市の残存勢力を粉砕した後、エディス市西方の数都市を占拠し補給拠点の構築を開始した。さらに方針転換に従い飛行場の整備と空軍及び海軍航空隊の展開も拡大され、中央大陸より多数の航空機が進出しその数は400機を超えようとしていた。そしてそれに対抗する国家連合軍の航空戦力は日米合わせ97機と劣勢である。日米両軍はさらなる増援の調整を続けていたが、ガーランド帝国軍の侵攻はそれを待ってはくれなかった。
1944年2月8日、ケプラーゼ航空戦の幕が切って落とされた。
お久しぶりです。失踪したと思った方も多いと思いますが、意地でも失踪はしません。久しぶりに活動報告を書きますので作者の惨状を知りたい方はそちらへ。誤字脱字設定破綻文章崩壊などありましたら遠慮なくご指摘ください。




