日本工業界の改革
日本は対日禁輸政策が解除されてからこの方、新たにアメリカ、イギリスから大量の高性能工作機器を買い込んでいる。これにより今まで米英独などの主要国と差を付けられていた工業基盤の底上げを図っているのだ。その効果は1943年初め頃から少しずつ現れてきており、軍需品のみならず民生品にも大いに生かされ、日本国民の生活の質の向上に一役買っている。
日本政府および各省庁は工業基盤底上げの為に手始めとして今までバラバラだった工業規格を統一し、部品の共有化を図ることを決定した。驚くことに戦前の日本ではネジ一本を取っても大きさにばらつきがあり、現場でその都度サイズが合うネジを探して使っていたという。その結果大量生産が難しくなり、仕上げに熟練工が必要となる事態が度々発生していた。その規格を統一することで現場で帳尻合わせをせずに生産が可能となるのだ。また、未熟な工員でも一定の品質を保つことが可能となるというメリットもある。それはすなわち、生産力が上がるということだ。そして手の空いた熟練工を精密機器の生産に重点的に当てることにより、精密さが要求される真空管等の電子機器やエンジンのクランクシャフトなどの精度が上がり、ひいてはエンジンの出力や稼働率、電探の性能が上がる事になる。
また、各工場、製作所ごとに割り当てられていた資材配分を見直す事も決定された。これは1941年夏頃から対米戦に向けて増産を始めた時に露呈した問題なのだが、例えばある工場でエンジンの製造に必要な資材が足りなくなり、そうかと思えば全く別の事業を手がけている所で余っていた、などという問題が度々発生していた。そのため、各産業分野において重点的に補充する資材が決定され、それでも足りなくなった場合に備え、工場同士の融通が簡単にできるよう法制度も整える。また、電探や無線機など重要な電子機器を開発、製造している部署は新たに設立された電波研究所の管轄下に入る事が決定されている。
この電波研究所は、近年急激に発達する電子機器、電波兵器の開発を陸海軍で一元化し、人員や資金、研究資材を効率的に運用するために新設された大本営管轄の研究所である。その前身は第5陸軍技術研究所並びに艦政本部第3部であり、初の陸海軍統合組織として設立した。だがこの初の統合組織、様々な問題が浮上してきている。その代表格としてあるのが統帥権の問題だ。現在は陸海軍が別個に統帥権を持っているため、統合組織を設立させてもそれに対する命令権が重複してしまう。それを回避するため、統合戦略会議は現在、陸海軍の統帥権を一本化した上位組織を設立すべく水面下で活動を行っているが、こちらは障害も多く実現には時間がかかりそうである。
これらの障害がクリアされ、統帥権の一元化がなされた暁にはさらに多くの組織が統合される予定である。また、それと同時期に陸海軍各航空隊から分離、独立し、新たに帝國空軍が新設される事も決まっている。
話を戻そう。
高性能工作機器は禁輸政策が行われてからこの方輸入がとても難しくなっていた製品の一つだ。外務省や商工省はそれを見越してメキシコのダミー会社から中立国ポルトガルを経由して運び込むルートを整備していたがそれほど数が手に入るわけではない。また、それまで友好国だったドイツは戦争中であり大規模な輸入は見込めなかった。
しかしそれが一気に解消したことにより日本工業界は大きな発展を遂げることになる。
また1942年4月に結ばれた技術協力協定により、戦略資源や工作機器だけではなく兵器類も輸入を行い始めた。これに関しては特にイギリスが協力的であり多数の設計図を輸出することに合意してくれている。こちらは1942年5月から技術交流が始まっており、工業基盤底上げに一役買っている。しかしイギリスは戦時中なので製品そのものは輸出する余裕はなく設計図のみに限られたが、それがまた日本工業界に取って大きな糧となった。
主な輸入品として、液冷Ⅴ型発動機、水上捜索レーダー、防空無線警戒機、ボフォース40mm高射機関砲、6ポンド対戦車砲、甲板設置式油圧射出機、高性能水中聴音機、音波探信儀、前投式対潜迫撃砲、高性能機載無線通信機などがあり、いずれも現代戦の遂行に不可欠なものばかりである。
イギリスとしてはこれを餌にして親独国である日本を離反させる腹づもりだろう。また、日本がこれらを輸入すれば当然満州方面の軍事的圧力も大きくなる。そうすると必然的に将来的にはソ連へ圧力をかけることができる。と言うのも元々イギリスとソ連は仲が悪い。ロシア内戦に介入してからこの方ずっと関係が悪化しており、一時は国交断絶まで行っていたほどだ。現首相のチャーチルも大の共産主義嫌いである事も大きな要因だろう。その点で言えば現アメリカ大統領のトルーマンも反共主義者だが、アメリカ国務省などはこの時点で共産党シンパがかなりの要職まで侵食しており、反共に転じるのは先の話となる。また、ヨーロッパ東部戦線においてソ連軍が本格的な反攻に転じている中、西部戦線では未だにドーバー海峡を挟んでにらみ合いが続いている。アメリカが本格参戦していない現状、このままではヨーロッパ全土が共産主義者の手に落ちてしまうとチャーチルは危機感を抱いているのだ。また、アメリカはアメリカで未だにレンドリースをアラスカ経由で送り込んでいる。連合国内で足並みがそろわない今、将来へ向けてイギリスが新たに極東に協力国を求めるのは必然とも言えた。
もちろん受け取ってばかりではない。日本から英国へは空母艦載機、着艦誘導灯、自動懸垂装置、百式司偵などの輸出を行っている。特に空母艦載機は英国からの強い要望もあり九七式艦攻、九九式艦爆の設計図と共に現物も参考品として輸出されている。現在の英国海軍の主力艦上攻撃機は複葉のソードフィッシュや凡庸な機体のアルバコア、旧式のスクアなどだ。しかもアルバコアはソードフィッシュの後継機として作られたはずだが性能があまり変わらず前線部隊では不評。ソードフィッシュより先に引退しそうな勢いである。戦闘機だけはハリケーン、スピットファイアなどを艦上機に改造したりアメリカからF4Fを輸入するなど、ある程度マシな状態だった。
そしてイギリスが複葉機でやりくりしている中、日米は次々と新型機を出している。日本では九七式艦攻や九九式艦爆に代わる新たな機体、『彗星』と『天山』の開発が進められ、すでに試作機の試験飛行が始まっている。天山に関しては九七式艦攻と比べ全ての要目において卓越した性能を発揮している。特に速度面においては最高速度、巡航速度共に大幅な伸びがあり、最高速度に至っては一世代前の戦闘機並みになっている。そして驚くことに彗星では爆装状態で最高速度が545kmと戦闘機である零戦とほぼ同じ速度を発揮するまでに至っている。さらには艦爆、艦攻の両機種を統合した十六試艦上攻撃機、後に『流星』と名付けられる機体の開発も既に始まっていた。流星に関しては急降下爆撃ができる攻撃機(雷撃機)というコンセプトの元で開発が進められており完成すれば世界トップクラスの艦上攻撃機となるだろう。艦戦は相変わらず零戦シリーズだが、こちらも新型の五二型甲が配備されている。これは主に速力と武装を強化した型であり、最高速度が565kmまで上昇し急降下制限速度も上がっている。さらに両翼の機銃を念願のベルト給弾である九九式四型20mm機銃に換装しており所持弾数が大幅に増えている。
一方アメリカでも艦載機の更新は進んでおり、既に旧式のデバステーター雷撃機に変わり新たにアヴェンジャー雷撃機が配備されている。その他にも急降下爆撃と雷撃どちらも可能なヘルダイバーが配備間近(流星とコンセプトが似ているが性能は流星より少し劣る。その代わり配備が1年ほど早い)。艦戦はF4Fに代わりM2重機関銃6門、最高速度600km超を誇るF6Fヘルキャットが配備され始めている。
このように進化を続ける日米の艦上機に比べて自国の艦上機の不甲斐なさに危機感を抱いた英軍上層部は技術交流を申し出たわけだ。
しかし日本とて全ての技術を渡しているわけではない。特に秘匿とされたのが酸素魚雷である。本来、魚雷は内蔵してある空気を燃焼させて走行するため燃焼後に放出される窒素などが気泡を作り、それが航跡となって見えてしまう。そうなると早めに発見され回避行動などを取られてしまうのだ。しかし酸素魚雷は燃料に純酸素を使用するため航跡を残さない。さらに酸素のみを充填するので空気室を大幅に縮小することができる。これは即ち、余ったスペースを炸薬量増加のために使えるのだ。そのため、史実の太平洋戦線においても酸素魚雷は米軍からとても恐れられていた。
ちなみにこの酸素魚雷、一時は英国でも試作がされたのだがどうしても純酸素を使うと爆発が起き、結局のところ実用化は不可能とされていた。もちろん、極東の日本海軍がこの酸素魚雷を実用化しているとの情報を得た時の驚愕度は半端ではなかった。皮肉屋のチャーチルをして『栄えある王立海軍技術部は極東の優秀な弟子達からもっと学ぶべきではないのかね』と言わしめている。
この様に英国との交流が進んでいく中、日本はアメリカやドイツともある程度の交流を続けていた。そしてその技術や装備品を元に陸海軍の装備の見直しも並行して行われている。
未だに異世界要素がなく、タイトル詐欺だ!と言われかねませんね…。
もう暫くはこのような形が続きます。
ちなみに次話はロマン溢れる改⑤計画についてです。