エディス支援作戦 2
1944年1月6日 06:00
「爆破するぞ!下がれーッ!」
工兵の掛け声とともに前線に展開していた兵達が後退する。工兵はそれを確認した後導火線に点火、数秒後には轟音とともに建物が倒壊し道路を塞ぐ。もはや見慣れた光景であった。
東大陸中央部、東西を繋ぐ地峡に位置するここエディス市北部ではここ数日間、敵の陽動と思しき攻勢が絶え間無く続いている。しかし陽動とは言え装甲車両や砲兵火力も投入した攻勢であり、まともな対抗手段を持たない国家連合陸軍にとっては悲惨な防衛戦となっている。その中でもこの第2軍隷下の第2中隊が守る街道は主要道の一つであり、大型車両が通行できる数少ない道路であった。そのため敵の攻勢も激しく、同じ街道の守備についていた第3中隊は壊滅し後退している。また名前の上では中隊となっているが戦闘に次ぐ戦闘によりその数は削られ、現在では第3中隊の残存兵を統合してもなお実質3個小隊弱の戦力となっている。
「クロスボウの再装填をしておけ。すぐに来るぞ!」
中隊長であるウェイガンから怒声が飛ぶ。部下達は急いで再装填を開始するも、鉉が固くそう素早くは行えない。また何人かの部下はいつの間にやら鹵獲していた銃を弄くり回している。そうこうしている内に敵の前衛が目視出来る位置まで近づいて来る。そしてその中には国家連合軍にとって忌々しい事この上ない敵が含まれていた。
「くそッ、装甲車だ!魔道分隊は攻撃準備、他は敵を引きつけるぞ!」
命令を発し終わる前に連続した轟音とともに飛来した敵弾が耳朶を掠める。幸いな事に負傷者は発生しなかったが既にこちらの位置は露呈しているようだ。その攻撃に対しウェイガンは瓦礫の影に身を隠しつつ攻撃の機会を伺う。
「中隊長、竜騎兵の支援は無いのですか!?」
パニックを起こしかけている部下からの悲痛な叫びが聞こえるが、そんなものはとうの昔に壊滅している。要請を送ってはいるものの受理されたことは一度もない。竜騎兵どころか歩兵の増援ですら来ないのだ。何処もかしこも兵力不足。重要地点以外はとうの昔に放棄されており、現在展開している兵はどれも動かす事ができない。そして予備兵力は、無い。理屈の上では理解できるがどうしても見捨てられたという感情が湧いて来る。
「何度も要請しているが、返答はない」
感情を噛み殺しながら呟いたウェイガンのその一言で中隊員の皆の表情が悲痛なものとなる。しかし絶望している暇は無い。敵はすぐそこまで迫って来ているのだ。
「来るぞ……」
姿形は見えないが、恐怖を引き立てる轟音は確実に近づいて来ている。しかしこの状態でも恐慌状態に陥らないこの中隊は賞賛に値するだろう。実際、中央大陸戦役などでは見慣れぬ巨大兵器に対して部隊が恐慌状態に陥り、戦線崩壊へと繋がった例もある。
冷や汗が乾いた地面にシミを作る。誰かがゴクリと唾を飲んだその瞬間、ウェイガンの目に飛び込んで来たのは敵兵でもなく敵車両でもない、一つの黒い物体だった。
「手投げ弾だ!伏せろ!」
叫ぶと同時に砲撃によって形成された窪地へ飛び込む。炸裂する球体、切り裂く弾片、飛び散る肉片。一瞬にして2名が絶命し、3名が重軽傷を負った。さらに畳み掛けるように装甲車両を盾に敵の歩兵も前進、装甲車両からの機銃掃射にて頭上を塞がれた第2中隊はただその身を潜めるしか選択肢は無かった。だがその瞬間、倒壊しかけの建物に潜んで居た魔道士による一斉攻撃が行われる。しばしの間けたたましい轟音と閃光が一面を支配し、やがてひと時の静寂が訪れた。
「……やったか!?」
同じく窪地にて伏せて居た一人の中隊員が願望を込めた声音で呟き顔を上げる。しかしそんな彼を迎えたのは脳天を貫いた1発の銃弾であり、彼の願望が現実になる前にその生命活動は終了を告げたのだった。
「おい!しっかりしろ!」
仲間の悲痛な叫びも虚しく木霊するばかりである。だがその銃弾を放ったガーランド軍兵士も同様に、魔道士による攻撃の流れ弾を食らって絶命していた。さらに火炎の直撃を受けた装甲車も車体の被害こそ軽微ではあるが、ハッチから身を乗り出し車載機銃を発砲していた車長が負傷、一時的に後退せざるを得ない状況となった。そして敵歩兵部隊も後方にある支援火器の援護を受けつつ後退するのが確認できた。
「何とか……なったか?」
ウェイガン以下の歩兵隊はただ射すくめられていただけではあるが囮の役目は果たし、その間に分派した魔道分隊による攻撃は成功、一時的に戦線崩壊の危機は去った。しかしそれと引き換えに死者5名、負傷者8名の代償は大き過ぎた。戦闘が行われるたびに一割の損害を出しているのである。既に戦闘可能な者は魔道分隊も含め80名を切り、次に攻勢を受ければここの防衛線は瓦解する事となるであろう。
(負傷者の後送、敵の装備回収、バリケードの再設置、やる事に対して人手が足りな過ぎる)
内心で悪態を吐くウェイガンだが、ぼやいたところで現状は変わらない。そしてそれは町外れにある第2軍司令部でも同様だった。
空襲を避けるため地下に設置されているこの司令部では参謀や通信魔道士がせわしなく動き回り、中央にある地図に現状を記していく。しかしそれを見つめる第2軍軍団長であるオーソンの顔は冴えていない。
「いかんな。南部が押し込まれ過ぎている」
自慢のカイゼル髭を弄りながら地図を見るオーソンに対し傍にいる参謀の一人が同意する。
「既に前線に展開している部隊の3割が戦闘に支障をきたすレベルの損害を受けています。何らかの手を打たなければ一両日中に市街地南部が突破される恐れが……」
「北部戦線の状況は?部隊転用は可能か?」
「陣地転換を行おうにももうすぐ夜明けです。そうなると敵の航空機が上空に張り付きますので不可能となります」
「そうだったな……。それにしても政治屋の馬鹿者供め。既に決まっておった作戦を台無しにしおって……」
本日4本目となるペンをへし折りつつオーソンが呟く。するとその時、司令部の外で待機している衛兵が誰何を求める声を発した。しかしそれはすぐに上司を敬う敬礼へと変わり、扉が開かれる。
「オーソン軍団長、ただいま戻りました」
「おお、予定より早かったな」
第2軍の参謀長であり、ガレアスにて行われていたエディス支援作戦に向けた作戦会議に出席していたハイデンの帰還である。そしてエディス支援作戦に際し連絡士官として派遣される事となった奥宮正武少佐、リチャード・ベスト少佐及び通信隊、護衛の歩兵小隊などが到着している。衛兵が誰何を求めたのはこのためだった。
現在、エディス市上空の制空権は完全に奪われているため馬車等の目立つ乗り物による移動は夜間に限定して行われている。しかし今回は日米両海軍としてもいち早く前線司令部へ到着する必要があったため、既にガレアスに荷揚げされていた中より好調であった自動車を選出、それによる移動が行われた。夜間にノンストップの強行軍ではあったが、その甲斐もあり予定より丸1日早い到着を果たしている。
「彼らは?」
オーソンはハイデンの後ろに立つ見慣れない軍服に包まれた2人の士官に目を向けて問う。
「彼らは此度の作戦のために派遣された連絡士官です」
ハイデンに促された2人はそれぞれ簡易な自己紹介を行う。それに対しオーソンも答えつつ握手を求めた。
「国家連合陸軍、第2軍軍団長を務めるオーソンだ。直ぐにでも作戦会議に入りたいのだが構わないかね?」
「問題ありません」
2人がそう答えるとオーソンは立ち上がり部下に準備をするように指示を出すと会議室へと移動する。会議室の中央にはエディス市周辺の地図が用意され、敵味方を示す駒が置かれてゆく。
「こちらが現在の戦況です」
地図の傍に立つ参謀の1人が説明を始める。エディス市南部、特に中央にあるこの街最大の街道付近では敵を示す赤色の駒が大きく食い込んでいる。一見敵を半包囲状態に置いている様に見えるが実態はその逆、街道付近では既に4本の防衛線が破られており、戦線の立て直しも覚束ない状態である。各部隊も敵の優勢なる攻撃の前に各個寸断、現場での統廃合が進み開戦前の編成を維持している部隊はほぼ無い。しかしその状況下においても後方の司令部にて情報を把握できている事は賞賛に値する事であり、魔導通信の有用性を物語っている。やがて一通りの説明を聞き終えた2人の連絡士官は視線をハイデンへと戻すがその表情は硬かった。
「質、量共に敵が優勢。技術差は圧倒的。制空、制海権は奪還の見通し無し。なるほど、状況は絶望的……と」
「左様。それに加え士気の低下が甚だしい。早急に手を打たねば勝手に戦線が崩壊し始める恐れがある」
暗雲立ち込める会議室であるが、ハイデンと連絡士官の2人は希望を捨ててはいなかった。奥宮、ベスト両少佐はもとより、ガレアスにて会談を行なっていたハイデンも今後この地に投入される戦力を知っているからである。
日米両国は2月上旬を目処に陸軍の第一陣及び陸海軍航空隊の展開を想定しており、その戦力は両軍合わせて陸軍5個師団、陸軍1個旅団、海兵隊1個師団であり支援部隊を含めると総数は10万人にも登る規模である。更に第二陣として同規模の部隊の派遣準備を進めており、今年中にはガ軍東大陸派遣軍の規模を上回る予定である。またその他にも国家連合各国の残党軍や民間人志願者による郷土防衛隊など頭数ならば相当数を見込む事ができる。もっとも残党軍及び郷土防衛隊の装備は未だ旧式なものであり、とてもではないが正面戦力としてはカウントする事ができないため、後方地域での治安維持等が適当な任務であろう。
「それで、だ。貴官らが派遣されてきたという事は何かしらの作戦行動があるのだろう。交流は無きに等しいとは言え書類上では既に同盟軍だ。作戦内容を聞かせてほしい」
覗き込むようにして尋ねて来るオーソンに対しハイデンが待ってましたとばかりに答え始め、その説明に補足する形で連絡士官の2人も加わる。
「ほう。つまり一時的に制空権を奪還できると?」
「あくまでも見込みです。敵戦力の正確な値がわからない現状では支援も流動的なものとなるでしょう。ですが同数程度ならば十分に抑え込めます」
この様に自信ありげに語るのはベスト少佐である。と言うのもベスト少佐は以前は空母エンタープライズにてハルゼー提督やマクラスキー少佐(当時)の元で日夜訓練に励んだ経験があり、その技量の高さはその身を以て知っているからである。奥宮少佐も母艦航空隊勤務こそ経験が少ないが、基地航空隊において分隊長や飛行隊長を務め、更には支那事変に置いて実戦経験を積むなど歴戦の搭乗員である。
「ならば話は早い。そこの!中央の命令書を持ってこい!」
「え?あ、はい!ただいまお持ちします!」
一瞬呆気にとられた後、急ぎ取りに走った参謀を尻目にオーソンはニヤリと微笑む。その微笑みを見た奥宮とベストは共に同じ感想を抱き顔を見合わせた。『ウチの上官が悪巧みしている時と同じ表情だ』と。
そして1944年1月7日。様々な想いが交錯する中、この地における初の大規模作戦が開始されようとしていた。
随分と間が空いてしまい申し訳ありません。




