エディス支援作戦 1
1944年1月、日米両国とガーランド帝国が戦闘状態に突入してから20日ほど経つものの、未だに関係各国政府、軍部は不眠不休、昼夜兼行で戦争準備に追われていた。国内に限定しても戦時体制への移行へ伴い噴出した諸々の課題の克服、トゥーレ王国との交渉により獲得した新領土の整備、東大陸への軍事展開へ向けた下準備、それに伴う陸海軍間の交渉など多岐にわたる。無論これ以外にも関係各国との折衝などの外交交渉、門が開かれてから継続して派遣されているアーレンウェルト調査隊の大規模な拡大などもあり日米政府、特に外務省や国務省は慢性的な人手不足に襲われている。
また東大陸では政治問題のみならず、各地への空襲や海上封鎖など間近に迫ったガーランド帝国軍による問題も発生しており、その中でも特に問題なのが国家連合軍の崩壊が現実味を帯び始めている事である。これに対し国家連合各国は日米に可及的速やかに参戦するよう要求しており、特に12月24日、ガーランド帝国による冬季攻勢が開始された事により国家連合軍及び各国政府からの早期参戦を求める声は一層強くなり、年明け1日にエディス前方の防衛線が崩壊、市街地戦へと突入した事によりこれが悲鳴へと変わった。それに対し日米も指を咥えて見ていた訳ではなく、指揮系統の混乱はあるものの早期の展開が可能である海軍を中心に救援作戦を計画していた。それは大規模な機動艦隊による敵補給路及び前線支援の爆撃計画であり、奮闘を続ける国家連合軍の士気を鼓舞する意味合いもある。
この作戦には日本から戦艦2隻、空母2隻、アメリカから戦艦2隻と空母4隻が参加、しかし指揮系統が確立されていないため別個の艦隊として作戦を行う事が決定している。一部好戦的な参謀からはもっと大規模な艦隊により一気に制海権を奪ってしまう作戦も提案されたが、これ以上動かせる艦艇が存在しないとの事で一蹴されている。
ここで1944年1月1日時点での各国の現有戦力を確認しよう。
日本海軍は現在12隻の戦艦と11隻の空母(護衛空母除く)を保有しており、その内アーレンウェルトに展開している艦は戦艦4隻、空母6隻のみである。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれであるが、現実問題として現時点でのこれ以上の戦力投入はほぼ不可能であった。
戦艦の内、「金剛」「榛名」は修理、整備のためにドック入りをしており現時点では戦力外、長門型、伊勢型、扶桑型は門警備、本土防衛、整備補給をローテーションで行なっており動かす事ができない。大和型の2隻は参加が可能であるが、未だ詳細を秘匿しているため上層部が投入に躊躇したのである。
空母に関しては比較的余裕がある。一航戦、二航戦が交代して門の警備を行っているが、新領土として獲得した旭島の飛行場が完成したならば本土及び旭島の基地航空隊により代替が可能となる。また五航戦は先の海戦による損害補充と機種転換を行なっており戦力化にはもう少し時間がかかる。飛鷹型で構成される四航戦は旭島に進出しており、飛行場が完成するまでの間は防衛戦力の中核となっているもののこちらも飛行場完成と共に自由戦力となる。これ以外にも小型空母が複数あるがこれらは搭載機数は多くて30機と力不足は否めない。一応カタパルトを装備し新型機にも対応しているがそもそも彗星及び天山への機種転換が間に合っていないため使用頻度はそう高くない。
一方の米海軍は現時点で21隻の戦艦(条約型15隻、新型6隻)及び空母11隻(護衛空母除く)を保有している。しかしこれは大西洋艦隊も含めた数であり、太平洋艦隊、さらにはアーレンウェルトに常時展開している艦に絞ると戦艦6隻、空母6隻となる。艦の数で見れば日本とほぼ同じだが、その中にはノースカロライナ級戦艦やエセックス級空母など新型艦も含まれており戦力的には優位に立っている。特にエセックス級は3番艦の「イントレピッド」まで戦力化を終え、4番艦の「キアサージ」も近々太平洋へと回航される予定であり、空母戦力はかなりの余裕ができる。
話を元に戻すと、前線支援作戦のために選ばれた艦は各母港にて補給整備を行なった後、東大陸南部にある港町ガレアスへと集まった。ここは先の三ヶ国協議にて日米が艦隊駐留のための泊地として使用権を得た港であり、今後この世界で活動する上での主要拠点となる。そのため協議終了と同時に工兵隊(設営隊)等が派遣されており既に簡易桟橋、物資集積場、兵舎などが一部完成、飛行場の設営も鋭意遂行中である。さらに日本海軍は設営隊と同時に水上機母艦の派遣を行なっており、世界的にも類を見ない水上戦闘機隊が防空任務についている。もっとも現在のところは敵機が飛来する気配はなく搭乗員は肩透かしを食らった気分である。
そして1944年1月3日、艦隊の集結と共に二人の国家連合軍軍人がガレアスへと到着した。一人はトゥーレ王国出身の海軍士官であり、その名をクライゼと言う。そしてもう一人も同じトゥーレ王国海軍所属の若き士官であり、バーレンと言う。現在二人はガレアス市庁舎にて開かれる予定であるとある作戦会議に参加するため遠路遥々、王都ウルティマから駆けつけたのである。
「既に先方はお着きになられております」
「わかった。バーレン、急ぐぞ」
「はい」
市庁舎へ着いた二人は待ち受けていた兵により会議が開催される部屋へと案内される。
「遅くなり申し訳有りません」
ドアを開け開口一番こう述べたクライゼに対し、既に席についている国家連合陸軍第2軍の参謀長であるハイデンが着席するように目で促す。二人はそれに従いそれぞれ自己紹介を行なってから定められた席へと着席した。
「お初にお目にかかります、国家連合海軍中央司令部所属のクライゼと申します」
「同じく中央司令部所属のバーレンです。よろしくお願いします」
それに対し参加している日米の将官も挨拶を行なった。
「アメリカ海軍第16任務部隊を率いるハルゼーです」
「大日本帝國海軍第二機動部隊の山口です。どうぞ宜しく」
この時、国家連合軍から参加した二人はハルゼーと山口は至って普通の軍人だと捉えたが、後にそれは重大な誤りだと気付くことになる。そして日米両軍の参謀長からの挨拶など一通りの社交辞令を終えた一同は直ぐに打ち合わせに入る。始めに切り出したのはハイデンであり、その部下が中央のテーブルの上に地図を用意する。
「エディス周辺の戦況についてですが、戦闘が開始されてから10日ほど経ちましたが芳しくありません。敵の主攻地域と見られる南部では既に市街地の三分の一を損失しております」
中央にある地図に示されている通り、現在エディス市は西南、西北部よりガーランド帝国の攻撃を受けている。市街地戦へ移行したことにより戦車等の車両の脅威は減り、敵の空爆も誤爆を恐れて後方地域に偏ってきているため前線ではなんとか抵抗が続いている。
「そこで貴官らにはこのエディス市内及びその後方のガーランド帝国軍を攻撃して頂きたい。もし可能であるならば敵航空兵力を抑え込みも要請したいのですが……」
ハイデンはそこまで話すと話を区切り、日米の参加者へと目を向ける。それに答えて話し始めたのはTF16の参謀長であるロバート・カーニー少将である。
「エディス市周辺への爆撃はともかく、敵航空兵力の抑え込み、すなわち制空権の確保となりますと手持ちの艦隊だけでは厳しいのでは?」
それに対し第二機動部隊の参謀長を務める青木泰二郎少将も賛同する。
「カーニー少将の仰る通り、今回参加する艦艇だけでは戦力が足りないかも知れません」
「しかしこのままですとジリ貧となりいずれはエディス周辺の部隊が壊滅してしまうでしょう」
「ですが無い袖は振れません。前線支援か制空権確保のための飛行場攻撃、目的をどちらかに絞らなければ不十分な結果に終わるでしょう」
ハイデンがううむと考え込み、しばらくの間会議場を沈黙が支配したが、それを破ったのは山口だった。
「少々よろしいかな?」
「ええ、どうぞ」
ハイデンに促された山口はいきなり本題を切り出す。
「私は陸戦に疎いのですが、エディス市放棄は既に決定事項であり主抵抗線は後方の山岳地帯と聞いております。でしたらエディス市に固執しなくとも我々の支援の元一度後退し、戦線を立て直すのが得策ではないのですか?」
確かに山口の言う通りである。そしてハイデンはこれに答えず苦虫を噛み潰したような表情となる。そしてハイデンに代わって答えたのがクライゼだった。
「それについては少々問題がありまして……」
クライゼはそこまでいってからハイデンの方を見ると、ハイデンは無言で続けるように合図する。
「現在我々にはエディス死守命令が出ています。私が来たのも命令書の持参を兼ねています」
「何故?失礼ながらもはやエディス市の戦略的価値は少ないと思いますが」
「政治的判断、だそうです」
この一言で会議室に沈黙が訪れる。どのような判断があったのかは解らないが、こればかりは一介の軍人にはどうしようもない。
「そうなれば兎にも角にもガーランドの奴らを叩くしかない。そうだろう、ヤマグチ?」
その沈黙を打ち破って切り出したのはやはりこの人、米海軍が誇る猛将ハルゼーである。そしてそれを聞いた山口もニヤリと笑みを浮かべ同意する。
「カーニー、お前は?」
ハルゼーに問われたカーニーは肩をすくめながら答える。
「どうせ反対しても聞かないのでしょう。そして私個人としても賛成です。奴らに我々の力を見せつけてやりましょう」
「青木、貴様はどうだ?」
「無論異論はありません。異世界での一番槍の名誉、我々第二機動部隊が貰い受けましょう」
それを聞いたハルゼーと山口は満足そうに頷くと呆気にとられているハイデンらに向き直る。
「では細部を煮詰めましょう。こうしている間にも奴らの支配地域は広がっています」
「……ご協力感謝します」
ハイデンら三人は立ち上がり一礼をする。その後数時間程の協議を経て、エディス支援作戦は決定した。作戦開始日時は1月7日の早朝、搭載機数で勝るTF16が敵の主攻と見られる南部を、艦載機の航続距離や巡航速度で勝る第二機動部隊が北部を担当する。これには同時攻撃による奇襲効果を期待した面もある。また誤爆を防ぐために各艦隊の旗艦には観戦武官を兼ねた連絡士官並びに通信担当の魔道士が乗組む事が決定され、TF16にはクライゼが、第二機動部隊にはバーレンがそのまま乗り込むことになる。その他にも日米間の連絡を円滑にするための連絡士官もそれぞれ派遣されており、それぞれの旗艦の艦橋は軍艦としては珍しく多国籍な空間となっていた。
ーーー
1944年1月6日の夕刻、旅装束に身を包まれた二人の男がガレアスへとたどり着いた。二人とも身体的特徴は人族のそれであり、特に突出した特徴のない、至って平凡な人である。しかし一度その背嚢を覗けばこの二人がこの世界の住人ではない事は明らかである。背嚢の中には食料、衣類の他に小型の無線機、カメラ、双眼鏡など現代の利器で溢れている。そう、二人はガーランド帝国情報部に所属する挺身諜報隊である。今回は日米が東大陸に構えているであろう拠点を探るために15組30人の諜報員が送り込まれており、この二人はその中の1グループだ。そしてその内の一人がさりげなく周りを確認するともう一人に小声で話しかける。
「メイス曹長、あれをご覧下さい」
そう言いつつ指さされた先にあるのは、これまたこの世界には不釣り合いな船であった。
「ここが当たりか」
そのまま歩くとやがて街へ通ずる門へとたどり着いた。もちろん衛兵がいるが国境でも領境でもないこの街では止められる事はまずない。案の定衛兵はこの二人を旅人、もしくは避難民だと思ったのだろう。一度目線を向けただけだった。やがて街の中心地へ向かった二人は適当な宿を取り港の方へ出かける。外見は食事処を求める二人組だが、その目的はもちろん情報収集だ。二人は途中で別れるとそれぞれ別の酒場へと向かう。
「らっしゃい!」
メイスはまだ人入りは少ない店内を見渡し、人が座っているテーブル席に近いカウンターへと座る。直ぐに愛想のいい娘が注文を取りに来る。
「お客さん、何にします?」
「そうだな、酒とツマミを適当に頼む」
「はーい、少々お待ち下さいね」
やがて去っていく娘を尻目にメイスは店内を観察する。テーブル席では港湾労働者と思われる数人の男が談笑しながら酒を飲んでいる他、ちらほらと一人客も見受けられる。
「お客さん見ない顔だね?避難民かい?」
この店の主人と思われる中年男性が目の前に酒を置きつつ話しかけて来る。
「まあそんなところだ。ここの街の噂を聞いてね」
「へえ。どんな噂が流れてるんだい?」
まだ早い時間のため客が少なく、持て余し気味の主人がツマミを作りながら話に乗って来る。メイスは出された酒に口をつけ一気に呷ると話し始める。
「何でも異世界からきた連中がいるんだと聞いたんだ。ここに来る途中に港の方でもの凄いデカイ船を見てピンと来たんだ。噂は本当なんだな、と」
「やっぱりそれか」
主人はクックックと笑うとツマミを出し、おもむろに話し始める。
「俺も直接話した事はないんだが、何でもガーランドの奴らを倒すために来たそうだ。お前さんも見たんだろう?あの馬鹿デカイ船を。しかもあれだけじゃない、大量の軍艦も来てる。そして驚く事に空を飛ぶ機械も持っているそうだ。正直とんでもない技術だね、あれは」
主人は一気にまくしたてると一息つく。するとテーブル席に座っていたグループも話に乗ってきた。
「よお、あいつらの話か!俺も色々知ってるぜ。なんせ話した事があるからな!」
自慢げに話す男に対しその同僚が呆れたようにツッコミを入れる。
「いつまで自慢してるんだよ。港に行けば話した事のある奴なんぞ掃き捨てるほどいるぞ」
「まあまあ、お話を聞かせて下さいよ」
メイスはそう言うと酒を4つ、追加で頼むとテーブル席へと移る。やがて運ばれてきた酒をみて上機嫌になった先ほどの男ーービークと言うらしいーーが話し始める。
「俺が話したのは5日ほど前だったかな。白い制服を着た船員に酒場が何処にあるか聞かれたんだ。んでなんだかんだあって一緒に飲むことになった。親切な連中でな色々教えてくれたぞ。港にいるのはニホンとアメリカって国の船で、ここを拠点にガーランドの奴らをぶっ潰すらしい」
楽しげに語るビークは残った酒を飲み干すと新しく注文する。同僚からは程々にしとけと言われているが本人は気にしていないようである。
「ちなみにあのデカイ船はもの凄い量の荷物を運べそうだが、いったい何を積んでるんだ?」
「ああ、港を作るとか言ってたな。今ある桟橋じゃ色々と不便らしい」
これを聞いたメイスは考え込む。桟橋の強化となると重車両の揚陸を行うのかもしれない。本格的な陸軍展開の前兆、もしくは建設機材の揚陸。どちらにせよ重要な情報だ。
「他にも色々とやってるみたいだが、後はわからんなぁ」
「なるほど。色々とありがとうございます」
「おう、いつでも聞いてくれ」
酒の奢りに気を良くしたビークが答える。少し雑談をしたのち勘定をして店を出る。定時連絡まではまだ時間があるため、メイスはさらなる情報収集を行うべく違う酒場へと足を運んだ。だがメイスらは一足遅かった。と言うのも辿り着くのが1日早ければ、エディス支援作戦の為に出航する艦隊を発見できたかもしれないのである。そしてこれは、これから長きに渡って繰り広げられる事となる諜報戦の幕開けでもあった。
遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
遂に第二章が始まりました。いよいよ戦闘が本格化すると思われます。




