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大日本帝國異世界奮闘記  作者: 大福
第一章 勃発
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閑話3

 1943年 10月31日

 サンディエゴ海軍工廠


 国籍不明艦隊によるオセアノ砲撃及び一連の海戦から5日経った今日、米太平洋艦隊の一大拠点であるここサンディエゴは未だに喧騒に包まれていた。在泊中だった戦闘艦艇は大小に関わらず軒並み出港し門の警戒に当たっているほか、先の海戦による漂流者、漂流物を確保するため戦闘艦艇以外の海軍艦艇や飛行艇、水上機などが忙しそうに動き回っている。特に国籍不明艦隊の漂流者及び漂流物は貴重な資料となるため、普段ならば見逃されるであろう小物までもが回収対象となっていた。


 その騒ぎの中、回収された漂流物の中でもひときわ目立つものがサンディエゴへ運ばれてきた。そう、先の海戦で被雷し大破漂流中であったガーランド帝国海軍の巡洋艦である。これは四日前の夜更けに海上を漂流しているのを発見され、すぐさま送り込まれた浮きドックにより魚雷命中による破口の応急修理と排水が行われた。(この措置のため大破した駆逐艦は後回しとなり、損傷に耐えきれず総員退艦の後に沈没している)そしてそのままサンディエゴまで引っ張って来られたのである。この報告に海軍上層部は狂喜乱舞、すぐに造船、情報関係の専門家がサンディエゴへ送り込まれている。


「あれがそうですか……。やはり知らない艦影ですねえ」


 ドックに入渠しているスラーストの調査委員会に召集されているエドワード中佐が隣に立つ人物へと話しかける。この中佐は遠路遥々、東海岸にあるフィラデルフィア工廠から駆けつけた船舶工学を専攻している佐官である。


 エドワード中佐はフィラデルフィア工廠にて戦艦ワシントンの建造に携わったほか、アイオワ級戦艦のニュージャージー、ウィスコンシンなどの建造にも一枚噛んでいるなど経験豊富な人物である。さらには近郊にある民間造船所のニューヨーク・カムデン造船所などにも指導のため派遣された経験を持ち、その際にポートランド級重巡やクリーブランド級軽巡の建造にも立ち会っており巡洋艦にも造詣が深い。


 余談ではあるが、このニューヨーク・カムデン造船所はなんと戦艦5隻、巡洋艦9隻を同時建造できる能力を保有している一大造船所であり、史実においてはインディペンデンス級軽空母の7隻同時建造などを行なっている。さらにその北、ノーフォーク工廠の対岸にあるニューポート・ニューズ造船所ではエセックス級空母4隻が同時建造されている。この造船所も史実においては就役したエセックス級24隻の内10隻を建造しており、そのシェアは40%を誇る巨大造船所である。そしてこの両造船所はどちらも民間であることからもアメリカの工業力というのがわかるだろう。


 閑話休題。


 エドワード中佐に話しかけられた人物、現太平洋艦隊司令長官であるニミッツ大将の元で情報主任参謀を務めるレイトン中佐は改めてその艦を眺める。長大かつ細く研ぎ澄まされた艦体に4基の砲塔、中央に聳え立つは大規模な艦橋構造物。なかなかに美しい艦影である。もっとも現在は激しい戦闘の結果、前部にある2基4門の砲身はひしゃげ、魚雷を受けた右舷側の舷側には破口が生じささくれ立っている。


「エドワード中佐、やはり貴方でも知らない艦ですか」


「ええ。半ば戦争状態にあるドイツを筆頭に欧州諸国の艦ではありません。勿論、貴方がご存知のように日本の艦でもないでしょう」


 ここでエドワード中佐が言う通り、レイトン中佐は日本への駐在経験を持っているため日本艦艇には詳しい。一例を挙げると、レイトン中佐が中尉時代に配属されていた海軍通信部通信保全科翻訳班にて「長門」が近代化改装後に行なった試験航海の報告電を傍受、解析しその最高速力が26ノットであることを突き止めている。ちなみにこの報告が無ければノースカロライナ級戦艦は28ノットでは無く24ノットのまま建造されていたかもしれない。また日本語研修生時代には当時日本海軍の休養港であった別府に住み、港を観察することで日本海軍の行動パターンを把握するなど対日情報戦にて大きな活躍を見せている。その成果をキンメル大将やニミッツ大将に認められ太平洋艦隊の情報主任参謀へと就任、開戦秒読みであった1941年代にはロシュフォート少佐らと日本の暗号解読などに尽力している。


 その後開戦の危機はひとまず去り、今度は太平洋艦隊随一の知日派として、駐日武官時代に親交を持っていた山本と現在の上司であるニミッツの間柄をとり持つなど関係回復に努めている。その際に再度山本へカードゲームを挑み、またもや負け越しを記録している。


「そうなるとやはりガ……」


 エドワード中佐が“ガーランド”と呟こうとした瞬間、レイトン中佐はそれを手で遮る。


「恐らく。貴方もご存知で?」


「ええ。ここに来る前、上司から書類を渡されました。何でも超が付く程の機密情報だとか」


「ここまで派手にやられたからには早々に機密解除となるでしょうが、現在これを知るのは極一部です。諸外国もまず知りません」


 ここで改めて事の重大さを理解したエドワード中佐が軽く身震いをした時、一台の車がやってきて中から一人の大尉が降りる。


「遅くなり申し訳有りません。案内役を任されていますロビンです。これからよろしくお願いします」


「どうもよろしく」


 軽く挨拶を交わした三人は車に乗り、調査委員会が開かれる庁舎へと向かう。この調査委員会は極秘裏に設立されていた対異世界情報部(後の対異世界情報局(DIA))下部組織として成立し、レイトン中佐がそうであるようにメンバーも両方を兼ねている者も多い。


 本来ならば委員会の開催までもう少し時間があるのだが、ロビンの説明によると本日付で工廠から上がってきた資料に目を通しておいてほしいとの事である。やがてドックから離れ、二人は工廠の一角にある変哲のない建物に案内される。


「こちらです」


 中に入ると既に数名が席についていた。二人を見ると全員が立ち上がり敬礼をする。それに答礼して指定された座席に着くと目の前には先ほどロビンから説明があった資料がある。二人はそれに目を通し始め、やがて30分も経った頃には参加者はほぼ集まり、最後に責任者であるリック大佐が入室した事で全員が揃った。


 始めにリック大佐から挨拶があり、その後に担当士官から説明が入る。


「……以上は既にお渡しした資料と同じです。ですが今日、新たにトゥーレ王国のリュシュート氏の協力を受け今まで解読不能であった各種文書の解読に成功しました」


 この報告に一同は驚きの声を上げる。ここで言う解読不能な文書とは鹵獲巡洋艦内にあった私物が中心である。公式文書はほぼ全てが焼却処分されており、燃えかすからの復旧を試みているものの成果は芳しくない。


「それで成果は?」


「娯楽小説や雑誌、新聞など大衆文化に関して多々判明しました。また一部新聞では国家情勢についても触れられていましたが、数少ない新聞だけでは全容をつかむ事ができません」


「ふむ、そこはトゥーレ王国や各亡命政府の持ってる情報を引き出して照らし合わせればならんな。で、肝心の鹵獲艦について何か新しい情報は?」


 新聞のコピーを机の上に放り投げ、目の前のコーヒーに手を伸ばしつつリックが呟く。それに同調し、リック大佐の隣に座っていたレイトン中佐も話し始める。


「太平洋艦隊司令部としてもガーランド帝国海軍の能力把握は急務です。些細な事でも新たに判明した事があれば教えて頂きたい」


 これには参加している全員が頷き、担当士官に視線が集まる。


「えー、まず捕虜への尋問により「スラースト」と言う艦名が判明、以後処遇が決定されるまではこの名前が公式名称となるそうです」


「スラースト……。何か意味はあるのか?」


「何でも過去の偉人の名前だとか」


 その後もさして重要度の高くない報告が続き

 リック大佐が2杯目のコーヒーを頼もうとしたその時、会議室の扉が勢いよく開け放たれた。


「遅くなって申し訳ありません!やっと終わりました!いやー、大変でしたよ。ですがほら、成果は上がりました!まあ見て下さい!」


 片手に分厚い書類の束を持ったボーディー少佐が席に着く前から興奮気味に話し始める。しかしそんなボーディーをよそにリックは呆れ顔で呟いた。


「興奮しているのはわかるが落ち着きたまえ。それから入る時はノックぐらいしたらどうかね?」


「これは失敬、申し訳ありません」


「……で、ボーディー君。何をそんなに慌てていたのかね」


「百聞は一見にしかず、これを見て下さい」


 そう言いつつボーディーが皆へと資料を配る。レイトンとエドワードもこれを受け取り表紙を見るとそこにはこう書かれてあった。


『1039年版軍備年鑑 英訳版』


 これを見た一同の反応は二つに分かれる。思い当たる節がある者はその翻訳が終了していることに驚き、何のことかわからない者は中を見て驚愕することとなる。


「……我々はとんでもない奇貨を手に入れたのかもしれんな」


 ため息まじりに呟くリックに対し一人の大尉が疑問を呈する。


「ですが相手にとってこれほどの機密情報、普通は処分するはずです。罠という可能性も」


 しかしこれは素早く中身を確認していたエドワード中佐により否定される。


「いえ。見た所スラースト、もしくはその同型艦と思しき艦についてのイラストがあります」


 エドワードはそう言いつつとあるページを開いて皆に見せる。


「この中で砲塔を4基備える巡洋艦は3種、かつ艦橋構造物や各種艤装が一致するのはこれ、『クリピテアス級』巡洋艦でしょう」


「そうなると、このyktとか言う訳のわからん単位もインチ換算できると言うことだな」


「ええ、スラーストの主砲はおよそ7.62インチですがこの単位では9となっています。つまり1yktは……約0.84インチとなりますね」


「なかなか、中途半端な数値ですな」


 などと愚痴を垂れる者もいるが、それに反して皆の表情は明るい。なにせこれを全て解読すればさして苦労せずにガーランド帝国軍の概要を掴めてしまうのである。しかもご丁寧なことに艦艇のみならず航空機や車両まで掲載されているのである。


「ですが武装に関しての詳細が無いのは残念です」


「サンディエゴ工廠から来たスラーストの資料を見た限り、砲熕兵器に関して特にめぼしい発見は無いとの事です。つまり射程や連射速度などは我々が持つ同程度の砲とそれほど大きくは変わらないでしょう」


「ふむ」


 現在の米海軍における最新鋭重巡洋艦はボルチモア級であり、1番艦ボルチモアはつい半年前に就役したばかりである。そしてその主砲は前級であるウィチタ級と同じであり、4〜5発/分の発射速度であり、これは日本やイギリスの重巡が搭載する砲とほぼ同じ性能である。つまりこの時代においては最高水準とも言えるものであった。そしてそれとほぼ同じ砲を有するガーランド帝国海軍は地球における三大海軍と同等の能力を保持していると考えるのが妥当である。


「またクリピテアス級やその前型艦が水雷兵器を搭載していない事からガーランド帝国海軍における重巡洋艦の運用は我が海軍に近いものがあるのかもしれません」


 そして話題は防空兵器へと移る。


「スラーストに搭載されていた対空火器は4.23インチ高角砲連装4基、0.88インチ機関砲連装8基、同単装4基です。我が国とは違い高角砲と中口径機関砲による2段構えとなっているのでしょう。機関砲については左舷側の無傷なものによる試射により大まかな性能が掴めております」


「ほう」


「発射速度は毎分360〜400発程度。単装のものは円筒マガジン、連装の方は箱型マガジンでそれぞれ55発、20発。初速は約820m/sと、まあ我が軍のものと比べても標準的と言えますね」


 米海軍は1943年10月時点で4種類の艦載機関砲を採用している。それぞれブローニング12.7mm機関銃、エリコン20mm、兵器局の28mm、そしてボフォース40mmである。旧式艦は12.7mm、28mmの混載なのに対し1941年以降に進水した新型艦は20mm、40mmの混載となっている。特にエリコン、ボフォースの機関砲は英国向けのレンドリースとして米国内にて大量生産が始まっており、旧式艦も順次これに置き換えられる予定である。


「本当に地球の技術と変わらんなぁ。これだけ似通っていると不気味だぞ」


「ですが性能を推察し易いのはありがたい事です」


 その後も機関能力、工廠で解析中の装甲、さらにはそこから推察される他の艦種についても様々な考察が続き、これらの情報は全て纏められ上位組織の対異世界情報部へと上げられる。そしてのちに始まる戦争にて大いに活用される事となるのである。




今年最後の投稿となります。そして来年からは第2章へと入っていきますので、これからもよろしくお願いします。それでは皆様、良いお年を。

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