閑話1
お久しぶりです。遅くなってすみません。
1943年 7月
日米ト三ヶ国協議からおよそ3週間が経ち、各国間の交渉は各分野での実務者協議へと移っていた。その内容は外交、軍事に留まらず、政治、経済、文化など多岐に渡っている。さらには異世界進出への前準備として、バラクーダ号およびファルコ号が持ち込んだ食料や物資はその一部が解析に回されたほか、それぞれの船に乗り込んでいた船員の詳細な調査が行われている。幸いなことに地球人類にとって有害な物質や菌などは発見されず、異世界人もまた地球への順応が可能である事が判明した。
その結果、今までは防疫の観点から非常に限られた人員が限られた場所でしか接触できなかった状態が解除され、民間人への接触も可能となっている。使節団及び両船の乗員も調査に対しては協力的であり、中には調査を介して地球文明の習得を始めている者も散見する事ができる。
このように官民問わずの調査が進められる中、日米両国が最も力を入れて解析にあっていたのは当然の如く、魔法技術である。この摩訶不思議な術を解析し、習得する事が出来ればそのメリットと浪漫は計り知れない。既に三ヶ国協議にて通訳に類似する魔法の利便性を実感しているだけに政府上層部も乗り気であり、この件に関しては官民合同の調査チームが結成されている。また、この調査にはバラクーダ号に乗船していたネルク一級魔道士とその見習いであるフィーゼが参加、協力している。三ヶ国協議後すぐに開始されたこの基礎調査はおよそ3週間に渡って行われ、官民合同の調査チームは下記の様な報告書を提出する事となる。
『ーーー前略ーーー
魔法が何を媒介して物理的に作用するのかは不明。魔力の有無が関係ある事は聞き取り調査から判明したが、何が魔力の源なのかは謎のままである。
ーーー中略ーーー
地球人類で魔法を扱える者は今の所皆無、かと言ってアーレンウェルト世界の人類と地球人類との差異は認められず。これに関しては解剖等を含めた詳細かつ長期的な調査が必要と考えられる。その為の恒久的な研究チームの設立及び予算の確保が必要となるだろう。
ーーー後略ーーー』
要するに『今の所は何もわからない』である。この報告を受けた政府は大いに落胆すると共に、今後を見据え提言があった研究チームと予算の確保に奔走する事となる。またそれと時を同じくして陸海軍が大蔵省へと臨時予算を要求した。その名目は『魔法技術の軍事利用』であり、これに目をつけた政府は臨時の統合戦略会議を開催、各参加者の同意を得た上で以下の事を決定した。
・魔法解明の迅速化及び研究者、予算の合理化のため政府主導で専門の研究所を設立する
・解明された技術は可能な限り国内産業に反映し、国力増強の糧とする
・研究所傘下に軍事部門を設立し、国防へ活用する
・国外への意図しない技術流出を避けるべく各種法律を早急に整える
これらの決定事項はすぐさま関係各所へ伝達され、日本のお役所仕事としては異例の速さで設立される事となる。
1943年8月10日
つい先日設立されたばかりである国立魔導研究所の第3部、いわゆる魔法の軍事転用を主題に研究を進める部門では早速活動がスタートしていた。もちろん軍事転用と銘打っているだけあり、ここにいるのは陸海軍から派遣された武官、技官が多数を占めている。その中に2人、場違いとも思える民族衣装にローブを纏う者が居た。
「師匠、なんか空気が重くないっすか?」
無骨な軍人に囲まれる中、側に座る師匠に小声で尋ねるのはネルクの見習いであるフィーゼだ。
「まあ軍人なんてこんなもんだろう。それよりお前、昇進試験の時に魔導師会のお歴々に囲まれてみろ、こんなもんじゃないぞ」
「うへえ、今から気が重くなるっす」
「まあ、今回の派遣で成果を出せれば一気に査定が楽になると思うがな」
などと会話を続けていた2人だがいよいよ人が揃ったのか、進行役が椅子から立ち上がり会議を始める。第3部開設にあたっての式典等はすでに終えているため簡単な挨拶のみを行いすぐに本題に入る。
「まずは特別協力者の紹介を致します」
進行役が発言すると同時にネルクは立ち上がって簡単に自己紹介を始める。
「初めまして、トゥーレ王国魔導師会に所属しておりますネルクと申します。こちらは私の弟子のフィーゼです。本日はよろしくお願いします」
「ネルク氏は一級魔道士であり、我々の階級では少佐相当であるそうです」
やがて会議冒頭の煩わしい挨拶も終わり、本題へと入る。まず初めに行われたのは魔法の実演であった。ここにいるメンバーの殆どは直に魔法を見たことが無い、もしくは魔法がどの様な術なのか理解していない者で占められている。中には手品の一種と捉えている者もいるようだ。そのような状況を打開するためにも実演は欠かせないのである。
進行役に促され、ネルクやフィーゼは室内でも危険がない小規模な魔法をいくつか披露し、その度に参列者からは驚愕と賞賛の声が上がる。
(なんともむず痒い気分だ)
今回ネルクが扱った魔法は室内という制約があるため比較的簡単な部類に入るもの、すなわちアーレンウェルト世界では誰でも知っているような魔法ばかりであった。ふと横を見ると様々な注文を受けつつも得意げな顔で魔法を披露しているフィーゼが目に入る。まあ、こちらの世界に来てからこの方、様々な技術に驚かされる毎日を過ごしていたのだから無理もないのかもしれない。そして一通りの実演が終わった時、周囲からは何とも言えない溜息が漏れる。
「やはり摩訶不思議な術だな……。無から有を生み出す訳では無いのだろうが……」
未だ納得できないといった表情で呟く者もいればただ単純にその不思議さに驚いている者もいる。
「ネルクさんが先ほど披露された術の中ですでに軍事利用されているものはどれ程あるのでしょうか?」
若い技官が手を挙げ質問をする。事前に階級や歳を知っていたからか、その口調は丁寧なものであった。
「そうですね、真っ先に思いつくのは各種攻撃魔法でしょう。これは軍事利用と言うよりも主目的が戦などでの使用ですから、ある意味当然と言ったところでしょうか」
「その……、攻撃魔法と言うのはどの様なもので?」
「先ほどお見せした中ですと火球を生み出す術等が該当するでしょう。現在はもっと大掛かりな術が主流ですので、残念ながらここではお見せできませんでしたが」
すると今度は戦場でどの様に用いているのか、と質問があった。
「火球であれば対歩兵用の飛び道具がもっぱらの使い道です。ですがガーランド帝国の歩兵が持つ武器……あなた方も持つ銃火器には射程や精度、弾速の面でとても敵いません。大規模な魔法陣を用いれば射程や威力が伸びますが、コストパフォーマンスが悪く、それで持ってガーランド帝国の大砲には敵いませんから最近は使用されていない様です」
「なるほど、わかりました。因みにその火球は装甲化された車両にも通用するのですか?」
ここで一瞬ネルクは考え込む。装甲化された車両なる物は直に見たことはないが、知り合いの魔道士や魔導師会からの情報はある程度持っている。問題は……
「……ある報告では敵の車両が燃え上がったともありました。しかし一方では全く効かない、弾かれるなどの報告も聞いています」
そもそもこの疑問は魔導師会でも未だ解決の日の目を見ていない。何らかの条件が揃えばあの忌々しい車両を燃え上がらせる事も出来るのだが、それが分からないのだ。一説では車両の後部に当てるのが効果的であるとされており、すでに前線部隊では通説となっているものの実証はされていない。しかしこれを聞いた武官はあっさりと答えを導き出す。
「なるほど、火炎瓶の様な運用もしているのか」
「……火炎瓶?」
あまりにもあっさり答えが返って来たため一瞬思考が停止するが、すぐにその耳慣れない言葉を聞き返す。その様子を見た技官は一から説明を始めた。その装甲車両にはエンジンと言う内燃機関が用いられていると、そしてそれを動かすために用いられている燃料に引火しているのだと。
「……なるほど、では車両の後部が弱点というのは間違いないのですね」
「おそらく。正確には車両後部上面ですね。大多数の戦車はそこに吸気口があるので」
思いもよらない収穫を得たネルクと国家連合軍が意外に善戦している事を再確認した第3部員は次の話題へ移る。防御魔法についてである。
「これは術師の魔力や触媒として用いる魔石の純度によりけりです」
ネルクの力量であると素の状態で人が持つ弩弓を、性能の良い魔石を用いれば設置型のバリスタも数発は防ぐことができるらしい。逆にまだ見習いのフィーゼならば魔石を用いても短弓を防ぐ程度だそうだ。これについては後日、場所を射撃場へ移して実験が行われる事になった。
「さらに防御魔法を使う者はそれと併せて治癒魔法を使える場合が多いです」
「治癒魔法ですか?それはどの程度の傷を治すことができるのですか?」
「軽い外傷ならば数秒で治癒できるでしょう。ただし体の一部を欠損する程の重体ですと完治は厳しいですね。それから病気の類は治療できません」
当然、これを聞いた一同は騒然となる。外科に関しては地球の大病院と同等の事が個人でできると言うのだ。部隊に1人、魔道士が随行するだけで戦死傷率がグンと下がるのは目に見えている。もちろん個人の力量差はあるらしいが、大規模な野戦医療システムを多数持たない日本軍にとっては練達の魔道士でなくとも協力を受けられるのならばありがたいのが現状だ。つい最近日本にも技術がもたらされたペニシリンと合わせれば戦場医療の革命が起きるかもしれない。
しばしの間白熱していた治癒魔法についての意見交換だが、30分も経てばある程度落ち着きを見せ始める。そして会議はまだ続く。
「一般生活に用いられる魔法は主に水、火、風、土の4種類に分類されます」
今度は普段は日常生活で使用されている常用魔法の軍事利用についてである。現在のトゥーレ王国では魔道士は片っ端から徴兵されており、常用魔法での攻撃方法は多数考案されている。
「例えば市街地や洞窟などでは火炎魔法が役立ちますし、水魔法によって川をせき止めておき敵が来た瞬間に洪水を起こすなども可能です。さらには土魔法による落とし穴や風魔法による弓の射程延長など使用方法は山ほどあります」
しかしこれらは現代兵器でほぼ代用が可能なものばかりである。火炎魔法は火炎放射器で、水魔法や土魔法は工兵部隊で代替が可能だ。弓に至っては銃がある以上使い道はない。だが正面戦力でなくそれを支える支援兵力と見ればその使用法は多数思いつく。
「土魔法を使える人には是非工兵部隊に欲しい」
「水魔法は消火活動や飲料水確保に役立つのでは?」
「風魔法なんかは発艦に使えないだろうか?」
「そもそも防御魔法を駆使して無敵軍団を……」
などの声が挙がる。この議論も大いに白熱し、やがて昼を迎えようとしていた。誰とはなしに休憩を挟む事が決まった。食事の準備がされる中、立ち上がって体を伸ばしていたネルクに2人の技官が話しかけてきた。
「航空技術廠、発動機部に所属しています種子島と言います。こちらは部下の永野です。以後お見知りおきを」
「改めまして、ネルクと申します」
3人はそれぞれ握手を交わし、ささやかな世間話をした後に本題へと移る。
「先ほど扱っていました防御魔法?の一種に強化魔法があると仰っていましたよね?」
「そうですね」
「それは人間以外にも効果はあるのですか?」
人間以外……となると動物か?いや、彼らの事だから恐らくなんらかの乗り物かもしれない。
「もちろん何にでも魔法をかける事が出来ますよ。例えば乗り物を強化したりとかですね」
「具体的にはどのような効果が?」
「具体的な効果ですか……。物理的な防御力、例えば薄い板でも防御魔法をかけると長弓程度なら防ぐ事が出来ます。あとは敵の火炎魔法に対抗するために耐熱性を……」
そこまでネルクが言いかけた時、種子島は表情を変えて食いついてきた。
「そこを、詳しく!」
「ええと、耐熱性……ですか?」
「はい」
珍しいことに注目する人もいるものだ、と軽く考えていたネルクであるが、後にこれがとある出来事に繋がっていくことを、まだ彼は知らなかった。
2千字程度で纏めるつもりが予想外に長くなってしまいました。もう1つ触れておきたいエピソードがありますので、そちらは閑話2として掲載したいと思います。




