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大日本帝國異世界奮闘記  作者: 大福
第一章 勃発
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交渉1

 西暦1943年 12月15日

 王宮 第1会議室


 迎賓館での盛大な歓迎式典から一夜明けた今日、港からやや離れた小高い丘の上にある王宮では、使節団の帰国を受けて緊急の会議が開催されていた。既にヴェルテの行う報告だけで5時間以上経過しており、時刻は既に昼過ぎとなっている。


「手短に纏めましたが、以上が彼の地の概要及び私の所見となります」


 向こうの世界で得てきた情報は膨大かつ難解なものであり、すべての専門分野を詳しく説明しきる事は不可能であった。しかしそれでも参列者に概要だけでも理解させたヴェルテのプレゼンテーションは賞賛に値するであろう。


「……大凡のところはわかった」


 トゥーレ王国現国王であるグレン・トーラスは、用意されていた水を一気に飲み干すと再度熟考へ移る。グレンだけではない。参列者のほぼ全てが腕を組み、首を傾げながら考え込んでいる。中には椅子の上で胡座を組み、訳のわからないポーズを取っている者もいるなどいささかフリーダムな会議室であったが、この国の重鎮が一同に会しているのは間違いない。長机の短辺に位置する国王の左前に座るのは外務局長のモルガン、その向かい側でしきりにうーんと唸っているのが内務局長のシファル・トールギン。さらに興奮した様子で使節団の副団長であったガデルから補足説明を受けている軍務局長のヘルム・キーリング、例のフリーダム胡座男である魔導師会名誉会長のミーゼラ・リッベ、経済局長、遺跡管理局長、さらに各人の補佐官などもしここが爆撃を受ければ甚大な被害を受けること間違いなし、というメンバーが揃っている。沈黙は10分以上に渡っただろうか。やがて決意半分諦め半分といった表情のグレンが口を開く。


「……我々には彼等の力を借りる他に生き延びる道は無い……か」


 神妙な顔をして呟くグレンの言葉を聞き、周囲の者は吹っ切れたような表情となる。


「問題はどこまで譲歩するかですね。軍事的には全面的に彼らに劣ると言っても過言ではないでしょう。砲一つとってもそれは明確です」


 トールギンが手元のメモを見ながら話を進める。グレンもそれに同意し話を繋ぐ。


「彼らの持つ砲は射程が30km以上の物もある……と。我々の持つ最新型の砲と比べると10倍位か?」


 しみじみとした口調で話すが、キーリングがそれを否定する。


「いえ、15倍以上です」


「話にならん……」


 思わず嘆息する一同に対し、ガデルが更に追い討ちをかける。


「砲だけではありません。歩兵の携行武器から航空兵力まで、彼らはガーランド帝国のそれに勝るとも劣らない物を開発、配備しています。我々はその足元にも及びません」


 非常に非情な報告を受け、またもや会議室を沈黙が支配する。


「だが彼らが協力的ならば、技術支援を受ける事が出来るのではないかね?」


「もちろん可能でしょう。しかしそれには大きな問題があります」


「何かね?」


「我々と彼らの技術体系が異なりすぎるのです。我々は魔法を礎に文明を発達させてきましたが、彼らは魔法技術を持ち合わせておりません。その代わりに科学、と呼ばれる技術体系を構築し、それを元に文明を発達させていると聞きます」


 ヴェルテの説明を魔導師会の権威であり、今なお魔導の発展に携わるリッベが引き継ぐ。


「左様。彼らの世界では魔法はおとぎ話の中でしか存在しないようじゃ。しかしわしらが魔法技術を積み重ねてきたように彼らも科学とやらを積み重ねてきたはず、それを一朝一夕でものにできるとは思えん」


 ため息の音と共に会議室が静まり返る。科学技術によって生み出されたモノは魔法技術由来のモノとは異なり魔力の低い、と言うよりも魔力自体を必要としないため万人に扱えると聞いていたため、トゥーレ王国では早急な戦力強化に役立つと考えられていた。だが、やはりどのような技術であってもそれを支えるには基礎技術が必要となる。科学に置いて地球の列強国と同等になるには数百年単位での技術供与が必要となるであろう。


「そうなると、我々は別のベクトルで優位性を示さないといけませんね。まずは魔法関係でしょうか。何にせよ一方的に搾取される事態は防がねばなりません。我々には数百年に渡って積み重ねてきた魔法技術があります。無理に科学を導入しなくても、魔法で同様のモノを開発すれば良いのです」


 こうなれば真っ先に切り出すのは、国内経済や交易関係を取り仕切る経済局長である。さらにヴェルテがこれを補足する。


「魔法の他にも、この世界の地理情報や生物、資源など様々な分野に興味を示していました。それからこの世界での拠点の確保も望んでいるようです」


「ふむ、拠点となると各領主の説得が面倒くさい。王国直轄地で良さそうな場所はあるか?これは取引材料になるだろう」


「そもそもどの様な土地を望むのか、山地なのか平野なのか、湾なのか砂浜なのか。それを明確にしなければどうしようもありません」


 いい加減疲れてきたのか、やや投げやりな発言をする国王は内務局長の冷静なツッコミを受け、それもそうだな、と口をつぐむ。さらにモルガンが続けて発言する。


「拠点の提供、恐らく租借という形になるでしょうが、これは期限を明確にしないといけません。こちらの世界に恒久的な拠点を築かれますとこの世界のパワーバランスが大きく崩れます。自国産業や魔法技術保護の観点からも、彼らの持つ先進技術の急激な流入は好ましくありません。さらに万が一の場合は門の封鎖さえ行えばいい、というメリットがあります」


 モルガンのこの言葉を聞き、ここに集う面々は改めて熟考を始める。確かに彼我の技術格差を考えれば大幅な貿易赤字を免れない。現在、トゥーレ王国は国内で良質な魔石や鉄を産出し、それの加工貿易が国内の主要産業となっている。魔石は除くとしてもその他の地下資源の掘削、精錬技術は劣っているであろうし、まだ知らない地下資源もあるかもしれない。その点からも無制限の日米資本流入は避けたいのであるが、日米の軍事的協力がなければ国が滅ぶ、と言うジレンマがある。誰しもが考えあぐね、沈黙が続く。


「……とにかく、交渉に使用するカードは大筋でまとまりました。ひとまず休憩をはさみましょう。その後、細部を煮詰めて行くのでは如何でしょうか?」


 既に疲れを隠そうともしない国王を筆頭に各人疲れを見せ始めていたため、内務局長が休憩を挟むことを提案する。渡りに船の申し出だと全員が賛成し、6時間ぶりに会議室の扉が開かれた。もっとも、最終的に細部まで煮詰め終わるには更に10時間以上を要する事となるのだが。




 1943年 12月16日

 ウルティマ迎賓館


 盛大に執り行われた歓迎式典を終え、各方面との調整を行った日米外交団はついにトゥーレ王国との本交渉を迎えることとなった。トゥーレ王国からはグレン国王を始め、モルガン外務局長やトールギン内務局長、キーリング軍務局長など歴々が参加している事からも、この交渉への本気度が伺えた。


「それでは時間となりました故、会談を始めさせて頂きます。進行は私、ヴェルテが務めさせていただきます」


 日米両国との面識があり、かつトゥーレ王国内でそれなりの役職に位置するヴェルテが今回の会談を取り仕切る。長机を挟み対面する各国の外交団は表面上は穏やかな表情をしているが、内心ではこれから始まる交渉に対し期待や不安が入り乱れている。


「まずは簡単に現状の確認を行いたいと思います。現在、ガーランド帝国は3つの大陸の内既に2つを手中に収め、残るこの大陸へもその魔の手を広げています。貴国らは我が国と同様、ガーランド帝国と戦争状態にあると思います。その点でも貴方方とは友好的な関係を築けるものと確信しています」


 ヴェルテの説明に続き、外務局長のモルガンも話を始める。


「我が国の要望は既に我が使節団が伝えているはずですのでご存知でしょう。単刀直入に申し上げます。貴国らの要望はどのようなものでしょう」


 このいきなりの問いに松本、ベイカー両名は顔を見合わせるも、事前の打ち合わせ通り松本が話し始める。


「まずは日本とアメリカ、両国がともに望む要望ですが、1つ目に正式な国交の締結。2つ目に通商条約の締結。3つ目に情報交換の為の新組織結成もしくは我々2国の国家連合への参加の承認。4つ目に軍事同盟もしくはそれに準ずる条約の締結。5つ目に一部領土の租借。以上が主な要望です」


 これを聞いたモルガンは隣に座る国王や内務局長と何やら小声で話し始める。やがて数分後、ある程度まとまったのか再度正面に向き直る。


「我が国といたしましても1つ目及び2つ目の要望に関しては同様の考えです。詳細に関しては後日、実務者協議の後に決定という事でよろしいですか」


「異論はありません」


「3つ目につきましても、恐らく大丈夫でしょう。特に貴方方が乗ってきた船は巷で話題になっており、各亡命政府の方でも情報を仕入れていると思われます。反対する理由はないでしょう」


 モルガンはそこで一旦区切り、バトンを軍務局長のキーリングへと渡す。


「4つ目の軍事同盟についてですが、こちらは今ここで明言はできません。詳細を纏めてから是非を判断したい。しかし今次大戦に限り、との事であれば此方としてもお受けしたいと思います」


 この発言に日米の外交団は意表を突かれる事となった。彼らの技術レベルを考えた場合、独力でガーランド帝国に対処するのは不可能であることは明白である。ならば喜んで飛びついてくるだろう、と考えていた訳だ。


「宜しければ理由をお聞かせ願えますかな?」


 補佐官と小声で話していたベイカーが問いかける。


「なに、我々はまだ双方の世界情勢を十分に理解していない、と言うことです」


 何やら含みを持たせる言い方ではあるが、さすがは外交官、松本とベイカーは納得がいったようである。


「なるほど、わかりました」


 ここでまた発言者が変わり、今度は国王自らが話を始める。


「して5つ目の要望だが、まずは租借の期限及び使用目的を教えてくれぬか?」


「期限はガーランド帝国の脅威が無くなるまで、延長については応相談。使用目的はこちらの世界での拠点の確保となります。見返りはガーランド帝国との戦争に対し可能な限り協力する、という事でどうでしょう」


「ふむ……」


 しばしの間考え込むグレンだが、先に声をあげたのは内務局長のトールギンだった。


「期限に関してですが、もう少し明確な基準として欲しい。脅威が無くなるまで、ですとガーランド帝国から恒久的に外征能力を奪う、もしくは完全に併合する等極めて困難な条件を達成せねばなりません。我が国としては此度の戦争が終結するまでを一区切りとする事を提案します」


 これを受けた日米外交団は、ほう、といった表情でトールギンを見る。松本は心の中でこれは少し舐めてかかりすぎたか?と思いつつこれに返答する。


「なるほど、貴国のご心配ももっともです。それでは期限は貴国の提案する案で構いません」


 この言葉に対し、グレン国王やトールギン内務局長は明るい表情を見せるが、それとは対照的にモルガンは硬い表情のままだった。


「ところで話は変わりますが、先日、我々の海軍が門の南南東方向250km地点に群島を発見いたしました。沿岸から観察を行ったところ人工物及び先住民族は無し。また、貴方方の使節団が持ち込んだ地図にも記載されていませんでした」


 この話を聞いた瞬間、モルガンはやられた、と悟った。地球とアーレンウェルトとの航海技術の差が顕著に現れた瞬間である。


「貴方方がこの群島の存在を感知し、所有を証明するものがあればここは貴国の領土となりますが、それが無い以上、最初に発見した我々の領土としてもよろしいはずです。つまり先占の法理です」


 異世界から押し寄せておいてこの言い草であるが、現在の国際法に照らし合わせても違法かつ横暴とは言えない。もちろん現代でそのような事をすれば近隣国から文句は来るであろうし、紛争に発展する可能性もある。今ならば南沙諸島などが良い例だろう。(南沙諸島は新しく出現したわけではないが、沿岸国を無視して領土主張している国があるから更にややこしくなっている一例)


 先ほどは打って変わって、苦い表情のまま口を噤んでいるトゥーレ王国の面々に対し、ベイカーが笑みを浮かべながら新たな提案を行う。


「ですが我が国としては可能な限り貴国とは禍根を残したくない、そこで提案です。群島の所有権を認めて頂ければ、租借期限は貴国の提案通りで構いません。ガーランド帝国との和平がなれば即時撤退します。逆に群島の所有を認めてくださらないならば期限はこちらの要望通り、という事で如何でしょう?」


 もはやどちらかの案を呑むしかない状況まで追い込まれたトゥーレ王国首脳部だが、少しでも自国に有利な条件で纏めようと頭をひねる。しかし現実は非情である。


「……わかりました、前者の案を呑みたいと思います。ですが1つだけ条件があります」


「何でしょうか?」


「現在、貴国らで行っている門の管理を3ヶ国共同管理として欲しい」


 今度は日米が悩む番である。群島の所有を認められたのは喜ばしい事であるが、その条件が即断するには実に際どいものだったのである。この門はパナマ運河やスエズ運河に匹敵、場合によっては凌駕するほどの利益を生み出すことになる。地球とアーレンウェルトとの行き来のみならず、日本〜米西海岸の航路が門を経由することによって大幅に短縮される事となる。航路だけではない、この時代の単発機ですら無給油で飛行できる距離となるのである。これが利益となるのか不利益となるのか、素人でも一目でわかるであろう。


 この際どい案件を受けて両国の外交団は自国内のみならず、日米間でも話し合いを始める。話し合い、と言っても実際は魔法による盗聴を防ぐため筆談(話し言葉については翻訳魔法がかけられているため問題ないが、文字については全く翻訳されない。もっとも、言葉では通じるため辞書等の製作はスムーズに行われている)での話し合いとなっている。


 日米両国はこの会談に望むに当たって珍しく事前の擦り合わせを行っていた。そのため今回の会談では両国の利害が一致する事のみに触れ、それ以外は議題に上げないことが決定されている。万が一、向こうから触れてきた場合にも、本国での検討を要する、との事で即答を避ける方針である。本来ならば今回も本国に問い合わせるべき案件なのだが、事情が事情である。門の確保のため一刻も早くこちら側での恒久的な拠点を確保したいと軍部からの突き上げを食らっている両国政府は、租借に関しては両特使へ全権委任をしていた。


 やがて両特使間で話をまとめ終えたのか、2人を代表して松本が話し始める。


「管理と言いましても、現状では門の作動原理解析が主となっております。その解析に全面協力(・・・・)するという条件でならば共同管理で構いません」


「わかりました。その条件でいきましょう」


 こうして栄えある第1回目の交渉は成功裏に終結する事となった。日米は基本的に5条件が要望通りになった事に安堵し、トゥーレ王国も対等な国交、通商条約の締結に成功。軍事援助もひとまずは今大戦のみとの条件で締結される運びとなる。さらに後日行われた実務者協議では租借についての会談が最優先で行われ、12月21日には港湾、空港適地数ヶ所が先行して決定された。これを受けて日米両軍の工兵、設営部隊は先に確保した群島と並行して展開を開始する。またそれと並行して他の国との交渉も開始され、12月中には日米両国の国家連合への参加も決定される予定である。そして着実にこの世界での足場を固める一方、門へと現れたガーランド帝国使節団との熾烈な外交交渉も行われていたのであった。

しばらく間を空けてしまってすいません。戦闘シーンはまだか!と言う方は申し訳有りませんが、もう少しお待ち下さい。


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