接触 2
新暦1123年(西暦1943年)12月12日
ウルティマ沖約200km地点
「前方の水平線上にマストです!黒煙は見えません!」
ゴルイ提督による訓示の後、戦闘陣形に移行して今か今かと敵を待ち構えていた連合海軍主力艦隊は、見張り員からの思わぬ報告を受け、海戦が始まる前に疑問符の海に沈みそうになっていた。
「黒煙が……見えない?どういう事だ?」
「まさか奴らも帆船で仕掛けてきたのでしょうか?」
「阿保、わざわざそんな事するお人好しがいるか」
「我が軍の特設監視艇ではないのか?」
「それにしては魔信に反応がないぞ?第一、あの方角には味方船は居ないはずだ」
議論を続ける参謀連中のみならず乗員たちまでもがこれを訝しみ、ある意味拍子抜けしてしまった。
「見張り員!数は!」
「はっ、……今のところ単艦です」
「全周警戒を怠るな!罠の可能性もある」
ゴルイのその言葉に改めて気を引き締める一同だったが、その直後、見張り員から新たな報告がきた。
「帆船の後方に黒煙!4隻を確認!」
「やはり敵艦隊か。各艦砲戦用意!距離を詰めろ!」
その命令に従い、魔導機関を搭載した装甲艦と突撃艦が速度を上げ、敵に向かって突撃する。そして砲の射程でははるかに劣るため、各艦の航海要員は発砲があったらいつでも回避行動に移れるように前方の敵艦隊を睨んでいた。しかし敵艦隊は一向に速度を上げず、発砲も行わなかった。やがて距離も15km程に近づき、敵艦の詳細が鮮明に見えるようになってきた。
「見張り員、どうだ?」
だがマストの上の見張り員は呼びかけに反応しない。双眼鏡を覗いては目を擦り、また覗くという動きを繰り返している。
「見張り員!」
ゴルイの怒声に驚き、その拍子に落としそうになった双眼鏡を慌てて掴んだ見張り員は、まるで幽霊船を見たかのような表情で報告し始めた。
「ぜ、前方の帆船にトゥーレ王国旗です!味方船です!」
「トゥーレ王国旗だと!?」
驚きのあまり固まる一同だが、真っ先に我に帰ったライルがマストを登り始める。どうやら自分の目で確かめるようだ。
「あっ、あれは……!」
「何だ!」
いつに無く狼狽するライルに疑問を抱きつつ、ゴルイがマスト上のライルに声をかける。
「バラクーダ号です!バラクーダ号が帰ってきました!」
「バ、バラクーダ号だと!?」
『あれは偽装船です』や、『やはり我が軍の監視艇で黒煙は見間違えでした』などの報告を予想していたゴルイは、この思わぬ報告に驚きを禁じ得ない。
「バラクーダ号?あのトゥーレ王国の王室専用船ですか?あれは嵐で沈んだのでは……」
事情を知らない若い参謀が話しかけてくる。ムー帝国の予言、そしてそれに基づくバラクーダ号及びファルコ号(アメリカへ辿り着いた派遣船。損傷が激しく現在はサンディエゴで補修作業中)の異世界派遣はこの世界の住人でも極一部しか知らない。一般には『厄災が訪れし日、天よりの使いが参る』などと大きく省略されたものがナバル教の聖書の中に記されているだけだ。この艦隊でこの事実を知っているのは艦隊司令のゴルイと参謀長のライル、そしてトゥーレ王国から参加しており、この艦隊の次席指揮官でもあるイスラ中将のみである。
「いや、沈んではいないのだ……」
唖然とするゴルイとライルをよそに他の参謀連中が後方の黒煙について考察をする。
「後ろの船に追われてるのか?」
「それにしては発砲もしていないし、速度も遅いぞ」
「我々を油断させる為の罠かもしれませんよ」
「第一、なぜ魔信で連絡をしてこない」
喧々囂々のやりとりが続く中、我に帰ったゴルイが見張り員に聞く。
「見張り員!後方の艦の国旗は確認できるか?」
罠かどうかを確認するために周囲を確認していた見張り員は慌てて双眼鏡を前方に構える。
「……少なくともガーランド帝国のものではありません!」
この報告に艦上の皆が沈黙するが、すぐに考察が再開された。
「国旗の偽装とは小癪な」
「そんな事で我々が騙されるとでも思ったのですかね」
「だが、奴らがそんなメリットも無い事をする理由がないぞ」
またもや議論を繰り広げる参謀連中をよそに、ゴルイとライルの顔には今までにない喜びが広がっていった。
「提督?」
その表情を不思議に思った一人の若手参謀が疑問を呈する。
「至急魔導士を呼べ。バラクーダ号と連絡を取るのだ」
「ですが魔信には反応しな……」
いつに無く気持ちがはやっているゴルイは、戸惑う若手参謀の言葉を遮り言葉をつなげる。
「だから有視界通信をするんだ。すぐにマストに登らせろ」
「はっ、はい!」
命令を受けた若手参謀が敬礼をし、急ぎ船内へ駆け込んで行く。それと同時に見張り員から続報がくる。
「後方の3隻の内、2隻が速度を上げました!左舷方向へ向かっています!」
「回り込むつもりか!?」
参謀から驚きの声が上がるが、残る1隻とバラクーダ号はそのままであった。速度を上げた2隻は艦首に白波を立てながら邁進して行く。
「砲撃よう…」
「砲撃待て!全艦に通達、別命あるまで攻撃禁止!」
攻撃準備を命ずる艦長の言葉を遮り、ゴルイが命令を下す。当然、ライル以外の者は驚愕した顔でゴルイの方に振り向いた。
「どういうことですか!?」
抗議の声を上げる参謀連中に対し、彼らの親分でもあるライルが説明を始める。半年前、国土を残していたトゥーレ王国、マギア皇国、リーヒ連邦の3ヶ国は、古より伝わる言い伝えに沿って異世界へと2隻の船、すなわちバラクーダ号とファルコ号を極秘裏に派遣したこと、さらにその言い伝えによれば、異世界から強力な援軍が現れるということを説明する。しかし証拠も無い今、参謀連中は中々納得しない。そばで聞いている艦長も訝しむ様子だ。
「では参謀長、貴方はあの船がその援軍だと仰るのですか?」
「そうだ。確証は持てないが、十中八九そうだろう」
「敵の偽装船という可能性もあります」
「では何故あの船は発砲しない?威力、射程において我が方に勝るならば、アウトレンジで叩くのが定石だろう」
「ですが現に回り込むような機動をしています。これは戦闘機動なのでは?」
なおも食い下がる参謀連中だったが、見張り員からの報告により遮られる。
「左舷の不明船が艦尾より何かを落としました!」
その一言で艦上の空気は謎の攻撃か!と一瞬凍りつく。しかし数秒たっても艦隊周辺には何の異変も起こらなかった。
「まさか機雷か!?」
「しかし、わざわざ敵前で敷設などするでしょうか?」
「我々がまだ知らない新兵器かもしれん」
その瞬間、何かが落とされた周辺の海域が白立ち、次の瞬間、猛烈に海水面が持ち上がった。水中での爆発である。さらにこの爆発は何度も続き、不明船は辺りを行ったり来たりしている。
「奴らは何をしているのだ?」
2隻の不明船が繰り広げる謎の行動にまたもや疑問符に包まれる一同だったが、やっとの事で繋がったバラクーダ号との魔信により一気に氷解する。
「バラクーダ号との魔信、繋がりました!」
「何!?それで、何と言っている!」
「はっ……、『周囲の4隻の動力船は味方なり。現在ガーランド帝国と交戦中…』」
「やはり味方か!!よくぞ……、あの言い伝えは本当だったのか……」
感動と興奮に打ち震えるゴルイとライル。しかし彼らはまたもや疑問を抱く。彼らは何と戦っているのか。
「……敵にも海竜の様なものがあるのでしょうか?」
1人の参謀がふと呟くが、その様な情報は無い。
「……やはりそれ位しか考え付かんな」
あれこれ考えている間にも艦隊とバラクーダ号の距離は縮まり、やがて肉眼でも細部を視認できる様になった。しかし現在、乗員の注目を浴びているのはバラクーダ号では無く、後方の2隻の船だった。1隻は武装らしき物がほぼ無く、黒色の船体と対照的な白い艦上構造物が際立つ優雅な船だった。もう1隻は軍艦と見られ、巨大な砲塔を前部に3基、後部に2基搭載している。さらに小さな砲も無数に装備されており、猛々しさを醸し出している。
「あの船、かなり大きいぞ」
「あの砲塔、強そうだぞ」
「あっちの船は美しいな」
などと小学生並の感想しか出てこないほど、彼らは見惚れ、そして驚愕していた。そしてそんな彼らがやっと中学生並の感想と考察を言い合える様になった時には既に、180度回頭したバラクーダ号が旗艦「メラトリア」に横付けしていた。そしてそれを見守る2隻と、謎の行動、即ち海中への爆発物の投げ込みを終えたもう2隻、計4隻の船は速度を一定に保ちながら、こちらの速度に合わせるためにジグザグ航行を行っている。そして接舷したバラクーダ号からは、数人が乗り移ろうとしていた。
「……ヴェルテ次官!それにガデル次官も……。よくぞご無事で!」
やっとの事で普段の思考回路に戻った一同を代表し、ゴルイが迎え入れる。ヴェルテとガデルは差し出された右手をガッチリと握りそれに答える。
「すまない。待たせてしまったようだ」
「……どれほど早期のご帰還を望んだことか。ですが、成果はあった様ですな」
若干震え声のゴルイはそう答えながら、付近を航行する4隻の船を見る。巨大な砲塔を装備した船、軽快に周囲を走り回る船、優雅かつ洗練された美しさを見せつける船。どれもが我々が欲し、そして手が届かなかったモノがそこにある。そして、我々に対し敵対していない。
「積もる話は山ほどあるが、まずは彼らを王都へ連れて行かねばならない」
「一つだけよろしいでしょうか。彼らは……」
「味方だ」
たった4文字、たったの4文字の言葉ではあるが、その言葉は今も絶望の中、抵抗を続ける彼らにとっての、唯一の希望であった。
ところで、王都ウルティマへ向かっていた船は護衛も含めて29隻いたはずである。しかし現在は客船及びバラクーダ号を含めても5隻しかいない。即ち残りの24隻ーーしかも全てが軍艦ーーはバラクーダ号らに遅れていることになる。それは何故か?その答えは半日前に遡る。
使節団が門周辺海域を出発して1日半後、空母「隼鷹」より哨戒飛行へ出ていた九七式艦攻がガーランド帝国海軍と思しき艦艇を見つけた事が始まりだった。報告を受けた艦隊では敵の攻撃か!と色めき立ちすぐに艦載機に対し攻撃準備を急がせたが、どうやら敵は単艦らしい。さらに敵艦には白旗が掲げられているとの追加報告まで来たのだ。戦闘状態にあるとは言え、流石にこれを問答無用で撃沈するのには待ったがかかる。正式な国交(非公式でも交流はないが)を持たないガーランド帝国が送ってきた使者なのでは?と。さらにそれを裏付けるように、その船は門へと向かって航行を続けていた。この船を巡って様々な議論が展開されたが、ひとまずは攻撃準備をし、駆逐艦により臨検を行うことが決定された。報告を受けた両国の遣ア(アーレンウェルトの略)司令部もこれを承認し、無事に拿捕作戦は発動された。と言ってもさしたる抵抗もなく、あっさりと終わってしまい、両軍の司令官はいささか拍子抜けしてしまったが。謎の商船へと乗り込んだ臨検部隊が詳しく話を聞いたところ、やはりと言うか、彼らはガーランド帝国の正式な交渉団の様だった。これに驚いた司令部は直ぐに監視を付けて門へと護送するように命令。そのための艦隊分離などを行っていたために、先行して逃がしていたバラクーダ号及びその護衛艦艇に遅れをとったのだ。
そしてこの1隻の船が、さらなる波紋を呼ぶ事になるのであった。
更新が途絶えていた小説に続きが来たとにの嬉しさと言えば……。