ガーランド帝国
帝暦1043年(西暦1943年)12月8日
ガーランド帝国の首都、ガリアス。このガリアスは先代総統の時代に造られた計画都市であり、優雅であると共に機能的な都市としても名を馳せ、ガーランド帝国の中心都市として君臨している。その美しき都はガーランド帝国のいた前世界でも屈指の物であり、帝国内の3大観光名所としても有名である。そしてそのガリアス市街地の中心にある行政区、さらにその中央に位置する総統府では現在、戦時緊急会議が開かれようとしていた。参加者は先代総統の第一子であり現総統でもあるメイス・ルガール、主要4大臣、陸海空軍各局長、統治局局長、独立情報部部長の10名である。
「それでは諸君、報告をしたまえ」
会議室内の上座に座るルガールからの一言で会議室内の空気が引き締まる。今回の会議では主に2つの議題を扱う事になっている。1つ目は近々行われる東大陸侵攻作戦について、もう1つは急遽現れた門についてである。ルガールが集まった一同をぐるりと見回す中、最初に立ち上がったのは外務大臣のマルド・ベッシュであった。ベッシュは恭しく一礼した後、姿勢を正して報告を始める。
「はい、まずは現在の外交状況についてご説明いたします。西大陸のパシフィカス、レムリアム両自治政府は従順に統治を行っており問題はありません。詳しくは統治局の方から説明があると思われます。また、中央大陸においても同様に自治政府の立ち上げと職員の派遣を行っております。しかし未だに東大陸で抵抗していますトゥーレ王国並びにリーヒ連邦、マギア皇国、各亡命政府はこちらの降伏勧告にも応じません。徹底抗戦の構えです」
ベッシュは一通り述べ終わるとまたも一礼をして着席する。現在、ガーランド帝国はアーレンウェルトにおける主要3大陸の内2つを手中に収め、残りの1つにも版図を広げようとしている。その残りの1つである東大陸は瓢箪の様な形をしており、ガーランド帝国はその半分ほどを支配下に置いている。現在はちょうど大陸が窪んでいる所の手前で戦線が膠着している状態だ。
「ふむ、まあ大方予想はできていたさ。次に軍務大臣、攻勢計画の報告を」
指名された軍務大臣のローグ・モーレンは、これまた一礼をして報告を始める。
「はい。現在軍部では敵の航空戦力であるワイバーンが比較的不活発となる冬季を目標として準備を進めています。すでに参加師団は7割が前線へ展開済み、航空部隊は主力はまだですが既に先行して到着している部隊は爆撃を開始しています。海軍は現在主力艦隊が補給中、小規模の艦隊で沿岸部の都市に対し一撃離脱戦法をとり後方を撹乱中です。今次作戦の作戦期間はおよそ1ヶ月半を見込んでおります。その他、各軍の詳細につきましては各局長の方から説明があります」
ここで発言者がモーレンに代わり、陸軍局長のヘルム・ドロップが報告を始める。
「はい、陸軍といたしましては今次作戦には5個軍団並びに2個装甲師団、3個独立旅団の展開を予定しています。既に3個軍団が配置に着き、残りの部隊も一週間以内に配置に着く予定です」
「攻勢目標はどこだ?」
「はい、第一段階として大陸最狭部の都市、エディスの確保。第二段階として敵山岳要塞前面にある主要3都市の確保と補給拠点としての整備。第三段階として山岳要塞背後への強襲上陸並びに空挺強襲による補給路の遮断、最後に2方向から圧迫して山岳要塞に立て籠もる敵主力を殲滅する所存でございます。ある程度の降雪にも対応できるように防寒装備の準備も抜かりありません」
ドロップは部下に広げさせた地図を指しながら説明を行う。事前に行われた航空偵察や長距離挺進部隊の活躍によりようやく内陸部まで詳細に描くことの出来た地図は全軍に行き渡っている。主力となる歩兵師団は現役師団が多くを占め、帝国陸軍一の精鋭を謳う空挺部隊も全力投入であり士気は高い。
因みにガーランド帝国の転移前の世界における仮想敵国はとある島国であったため、近年の軍備拡張は海軍、空軍に重きを置かれていた。それ故陸軍の軍備、特に装甲車両の開発は滞り気味であった。だがそれを踏まえても陸軍は弱いわけではない。しかもこの世界では未だに剣や弓が主力である。その為現在に至るまで、半ば無双状態であった。もちろん、陸戦において犠牲ゼロと言うのは不可能に近いが、それでも損害比で見れば圧倒しているのは言うまでもない。さらに空母艦載機の問題で空軍と対立状態にあった海軍とは違い、陸空軍間の関係は良好であるため航空支援も受け易い。
閑話休題。
やがてルガールは頷くと目線を海軍局長のヴァルス・モンクに移す。無言のまま促されたモンクは同じ地図を使いながら説明を始める。
「海軍といたしましては主力艦隊の整備、補給が済み次第上陸地点周辺の敵拠点を破壊、補給路遮断作戦全般の援護、さらにこれに対抗して出てくるであろう敵海軍の撃滅を目標としております」
「次、空軍局長」
今度は空軍局長のメリア・バーガーが説明を始める。ガーランド帝国初の女性局長でありながらも、創設直後の空軍を纏め上げた事で一躍名を馳せている。
「はい、空軍は今次作戦に置いて2個航空軍団を配備する予定です。既に第2航空軍団はエディス後方500km地点に展開、エディス周辺の敵陣に対し攻撃を行っています。残りの第3航空軍団も一部は既に進出を開始しています。しかし、滑走路並びに付随施設の整備が終わっていないため第3航空軍団主力の展開はもう少し後になる予定です。以後は陸軍部隊の進出に合わせて適時前進を行なっていきます」
ルガールはふむ、と頷くと腕を組んで考え込む。だがそれも一瞬のこと、すぐに口を開き質問をしてきた。
「軍務大臣、敵の予想戦力は?」
問われた軍務大臣は部下から渡された書類をめくりつつこれに答える。
「陸軍戦力はエディス周辺に各兵種合わせて4万ほど、さらに山岳要塞には確認済みの情報で25万以上、プラス5万程度は見積もっておいた方が良いかと。それから航空戦力も確認済みのものでワイバーン500騎ほどです。海軍は大方削っており、大型艦20〜25、小型艦60〜70程です。哨戒艦と思しき小型艇は多数確認されていますが、これは脅威にはなりません」
「その程度ならば問題は無い。作戦を許可する。詳細はそちらで決めたまえ」
「はっ」
軍務大臣以外局長3人が恭しく頭を下げる。そして次の議題に移ろうとした時、ルガールが海軍局長に尋ねる。
「ところで海軍局長、例の門の封鎖は終わっているだろうな?」
例の門とはもちろん、地球とアーレンウェルトを繋ぐ門の事である。既に第3遠征艦隊が思わぬ痛手を被っているため急遽封鎖が決定されたのだ。
「はい、既に機雷と阻塞気球を設置、さらには戦艦2隻を中心とする部隊が展開済みです」
抜かりはない、といった表情の海軍局長が答える。
そもそもこの門に関する一連の争いの発端は何か?それは半年ほど前、中央大陸の制圧が終わり東大陸までの制海権を確保すべく出撃した艦隊が洋上で大破し沈没間近の船を見つけた事だった。その船は今までに見かけた諸国家の船の設計とは大幅にかけ離れたものだったのである。これまでに見かけた大半の船は帆船、良くても魔導などと言う訳の分からぬ機関で推進する物だった。
それが今回はどうか?残念な事に船体は沈没してしまい詳細な調査を行えなかったが、救助した乗員の話を聞く限りでは機関はディーゼル、大きさも1万t超とこの世界の技術とは隔絶していた。さらに乗員からの聞き取りを行うもニホンだのアメリカだの存在もしない国家の名を挙げいまいち要領がつかめない。未だ調査が進んでいない西海洋にある国家とも考えられるが、西大陸と東大陸の間に広がる西海洋は少なくとも幅が1万km以上あり、西大陸沿岸から5千kmあたりまでは大陸はおろか島すら見つかっていない。また、これ程の技術を持つ国家が今までアーレンウェルト各国に接触を図っていないのも不自然な話であるためこの説は考え難い。何はともあれ、このまま迷宮入りかと思われたこの事件は思わぬ方向から解決の日の目を見る。それは第3遠征艦隊が異世界と繋がる門を見つけた事だ。第3遠征艦隊は東大陸にて抵抗を続けるトゥーレ王国とマギア皇国、さらにその東に位置する諸島を治めるリーヒ連邦との海上交通網を遮断すべく出撃したが、その途中で海上に門を発見、直ちに調査が行われた。その結果、その門は以前に確保した乗員達がいた世界と繋がる事が確認された。不思議な事にしばらくの間は門の接続が途切れたり繋がったりの繰り返しであったが、やがてある日を境に常時接続される様になったため、ガーランド帝国はその世界に対しても版図を広げることを決定した。これに対しては上層部でも意見が対立したが所詮は人種、しかも黄色人種が治める国など取るに足らないとの意見が大半を占め侵攻が決定された。異世界進出派の意見として
・地球の国家は民主主義と呼ばれる衆愚政治を行っており、最初の一撃で市民を怯えさせれば自然と屈服する
・発見した船の乗員は全て黄色人種であり、神人種が治めるガーランド帝国には劣る
・黄色人種が列強国である世界など高が知れている
などの意見があった。一応、ガーランド帝国でも選挙は行われているが、それにより国家元首が代わる事はない。また、ガーランド帝国の元老院は同じ終身制を持つ大日本帝國や大英帝国などの貴族院とは違い絶大な権利を持つ。それ故、国民(1等市民以上)の意見が反映されるのは内政を主に扱う貴族院のみであり、外交、統治、安全保障などを扱う元老院に民意が反映されることはない。また、これまでの間はその民意からの独立性が上手く機能して国が成り立ってきた為、民主主義を衆愚政治と見なす者が多いのである。それに対して反対派の意見は
・1万tクラスの船を作る技術があるため慎重に事を進めるべき
・まずはこの世界を統一することを優先すべき
などである。実際のところ、アーレンウェルトでの連戦連勝もあり上層部が慢心しきっていたことは否めない。これを突いて批判した議員もいたが、最終的には領土拡大政策を掲げる現総統のルガールが賛成したため進出が決定された。
ただしこれには裏の目的もある。その一つが現在ガーランド帝国が直面している人的資源不足の解消だ。ガーランド帝国では1等市民以上が奴隷を所有する事ができ、下級貴族からは領地も持つことができる。そして現在、アーレンウェルト戦役により軍功をあげた軍人が急増したため貴族や1等市民が増え、結果として奴隷の不足を引き起こしている。ガーランド帝国では単純労働や重労働、いわば3K(きつい、汚い、危険)職業を奴隷が担っているのだ。さらに人種以外の種族は公式には奴隷としてすら受け入れていない。
この様に奴隷確保に躍起になるのだが、いくらガーランド帝国とは言えどもこの世界の全住民を奴隷として接収する訳にはいかないし、するつもりも無い。ある程度は2等市民として迎え入れ市場を形成させなければ経済が行き詰まってしまう。また、奴隷が不足したからと言って奴隷の所有に制限をかけると上層部への不満が溜まる。階級昇進を制限しようにも過去の前例があるため、これまた制限をかけると批判が続出する。さらにこれに追い打ちをかけるのがこの世界の陸地面積の少なさである。その上、ただでさえ少ない土地から良港や空港に適した土地などの重要地を国有地として接収するため功をあげた貴族に分配する土地の確保にも一苦労なのである。(実のところ、アーレンウェルトの総面積に対する陸地の割合は地球のそれの3分の1ほどである。さらにその中から極地などのアネクメーネを除かなければならないため最終的に分配可能な面積はさらに減る)この様な裏事情もありガーランド帝国は異世界もとい地球への進出を決定した。しかし都市攻撃に成功したにも関わらず思わぬしっぺ返しを食らい門のこちら側へと撤退、そして今に至る。
「何はともあれ、奴らの戦力と戦意は予想外だった。少なくともこの世界を統一するまでは奴らと本格的に事を構えたくはない。封鎖は完璧に頼む」
「わかりました」
しかし彼らは知らない。既に門の突破を目的とした作戦が動き出していることを。トゥーレ王国が地球の国家と接触していることを。そして地球でもトップ3に入る海軍強国に喧嘩を売ってしまったことを。
まあ、戦争の原因は資源か土地か宗教か、大体はこの辺の理由でしょう。