出現
マジでギリギリセーフ。
ついにガーランド帝国との接触が始まります。
1943年10月27日 日本時間 08:20
房総半島沖
司令部より警戒強化の命令を受けて横浜より飛び立った清水大尉は新型飛行艇の二式飛行艇を操りながら関東沿岸の哨戒飛行を続けていた。
「それにしても、最近は上の方がピリピリしてますねえ。何かあるんですかね?」
双眼鏡片手に周囲を眺めつつ、幾分惚けたような口調で聞いてくるのは、副操縦士の片山である。
「最近はアメさんとの仲も悪くないですし、ソ連海軍が動き出したのでしょうか」
機関士の和田も疑問に思っていたようだ。事実、ここ最近はソ満国境で小競り合いが続いており、予断を許さぬ状況だ。内陸部は陸軍の管轄なので飛行艇乗りには関係ないかと思われがちだが、一度海に目を向ければ、量質ともに劣るソ連海軍は潜水艦隊による機雷封鎖や通商破壊などを行ってくると見られている。そのため、各根拠地隊は対米戦が回避された今も対潜哨戒を厳としている。
「あのソ連海軍が出てきますかねえ。ただでさえ対独戦で……ん?」
「どうしたぁ!」
会話に加わりながらも目はしっかりと電探を見つめていた小柳が唐突に声を上げる。因みに二式飛行艇には最新の機上レーダーが装備されており、対空、対水上において以前よりはるかに広い範囲を索敵できる様になっている。
「電探に反応が……なんだこの大きさは!」
その尋常じゃない反応に皆が驚くも、すぐに清水が別の可能性を思いつく。
「民間船じゃないのか?あれだ、浅間丸とか」
確かに太平洋の女王との渾名がある浅間丸ならば、並みの民間船舶より大きな反応があってもおかしくは無い。だが小柳からきた返答は、それをも否定していた。
「いえ……、船ではありません。大き過ぎます!」
「船じゃない?この近くに島なんてないぞ。取り敢えず方位と距離を報告しろ」
「方位015、距離120kmです!」
「120kmか、ほぼ最大探知距離だな。よし、目視で確認する」
そう言うと二式飛行艇は針路を変更、電探が捉えた目標へと向かった。そして約20分後、目標より25km地点へと到達した。
「何だあれは……」
そこに見えたものに全員が絶句する。そこにあったのは客船では無く、軍艦でもなかった。なんと、巨大な門のような構造物が聳え立っていたのだ。
「清水大尉!何なんですかあれは!」
「俺が知るかっ!」
前部機銃座に座る大崎が若干取り乱した様に叫ぶ。勿論驚いているのは大崎だけでは無い。普段はどこかのほほんとしている片山すら顔を強張らせている。
「取り敢えず状況報告だ」
「りょ、了解!『索敵3号機ヨリ司令部。我哨戒飛行中ニ謎ノ構造物ニ接触セリ。推定幅300m、高サ不明。至急調査ノ要有リト認ム。方位……』」
毎分100打以上を誇る柏原が打電を始める。しかしその間にも機体は謎の構造物に接近して行く。
「……打電しましたが、こんな荒唐無稽な話を司令部が信じるでしょうか?」
「信じるも何も実際に存在しているのだからな。それよりもっと接近して調べるぞ。念のため各銃座は即応態勢で待機」
やがて機体が近付くにつれ構造物の全容がはっきりと見えてくる。その構造物は昭和の日本人的感覚で例えるならば、鳥居の様なものであった。そしてさらに近づくと、構造物の陰に隠れるように1隻の船が停泊しているのが確認できた。そしてその船には単装砲と見られるものが前部2門、後部に3門装備されているのもはっきりと見える。紛う事なき軍艦である。
「どうやら民間船じゃ無いな。駆逐艦級の軍艦だ。柏原、追加報告だ。それから国籍はどこだ?」
すると仕切りに目を凝らしていた大崎と片山が同時に声を上げる。
「わかりません!」
「はぁ?国旗を見れば一発で分かるだろうが」
思わず間の抜けた声を上げた清水であったが、次に片山から帰ってきた返答に困惑することとなる。
「それが……、見たことが無いものでして。星条旗でもソ連海軍旗でもありません。もちろん、我が軍のものとも違います」
「なに?詳しく教えろ」
「はい、赤と黒の二色で赤が上半分、黒が下半分です。しかも長方形の一辺がギザギザしています。自分は見た事の無いものです」
確かに片山の言う通り、このような国旗は存在しない。そして清水が謎の国旗について悩んでいる時、不審船に新たな動きがあった。
「機長!不審船の後部砲塔が旋回を始めました!方向は……こっちです!」
大崎の声にすぐ反応して機を横滑りさせる。その直後、不審船が発砲し空中に3発の爆発が起こる。しかし狙いが甘かったのか、はたまた対空戦闘に向いていない砲だったのか、見当違いの場所で爆発が起きたため機体に損傷はなかった。
「柏原、司令部に打電だ!我不審船より攻撃を受ける!」
「りょ、了解!『索敵3号機ヨリ緊急報告。我不審船ヨリ攻撃ヲ受ク。指示を請ウ』」
不審船からの攻撃は再度あったものの、連射速度が遅く、照準も不正確であったためさしたる脅威とならなかった。そして4度目の爆発が起きた頃、待ち望んでいた司令部からの返信が届いた。
「司令部より返信。『司令部ヨリ索敵3号機。安全圏ニ退避シ監視ヲ続行セヨ。攻撃ハ禁ズ。繰リ返ス、攻撃ハ禁ズ』以上です」
「監視を続行せよ……、か。よし、このまま敵艦の上空に張り付くぞ。アレが何なのかが分かるかもしれん」
そう言うと今度は上昇を始める。艦の真上ならば主砲は射角の問題で当たらないはずである。先ほどの攻撃を見るに、あの砲は対空戦闘用では無さそうである。対空機銃については余程大口径のものでない限り射程が短いため、迂闊に近づかなければ危険は少ない。そして当の不審船はと言うと、撃墜が不可能と見るや否や航行を始め、まるで構造物の中に入り込むかのように針路を曲げた。
「何をするつもりだ?」
「逃亡でしょうか。……それにしては針路がおかしいですが」
その不審船はやがて回頭を終え、『鳥居』もとい門の中を通過する様なコースをとった。そして門の内部を通過しようとする瞬間、不審船は文字通り消失した。
「何っ!?」
初めは単に構造物の影に入ったので見失ったと思われたが、周囲を回ってみても影ひとつ見えない。
「どこに行った?まさか沈んだわけではあるまいし」
だがいくら捜索しても不審船どころか航跡すらも確認できない。文字通り、消失したのだ。
「とりあえず司令部に打電ーー」
だが清水の言葉は、外から聞こえてきた僅かな発光により中断された。
「………なんだと!?」
するとそこには消えたと思っていた駆逐艦が再度現れていた。そして騒ぎはそれだけではなかった。1隻かと思われていた駆逐艦は2隻になっている。
「どこから……」
謎に包まれる機内の空気を他所に、状況は刻一刻と変化していった。次々と現れる艦隊を清水らは驚愕の思いで見ているしかなかった。
最終的には駆逐艦級の不審船どころではない、国籍不明の大艦隊が現れていた。中央には戦艦と思しき船があり、その後方には空母らしき船も見える。重巡以下の補助艦艇も十分だ。そして空母らしき船からは航空機も発艦している。
「機長……、あの艦隊は先ほどの不審船と同じ国旗を掲げています」
「ええい!何が起こってるんだ!」
妙に冷静な片山と、取り乱し気味の大崎が同時に喋り始める。にわかに機内は騒がしくなった。
「とりあえず落ち着け!柏原、これも打電だ。とにかくありのままを知らせるんだ。大崎!敵の陣容を確認しろ」
すると大崎だけでは無く手の空いているもの全てが国籍不明の艦隊を注視する。
「中央に戦艦が1隻、その左右後方に中型空母が1隻づつ。さらには巡洋艦4隻が周囲を取り囲んでいます!その周りには駆逐艦が多数!」
「駆逐艦はおよそ16隻です!空母からは艦載機が発艦中、甲板にも多数の機体が並んでいます!」
機体各部から次々と報告が来る。それらを集計すると国籍不明の艦隊はかなりの規模の艦隊であることがわかる。さらには艦載機が発艦中との事であるから、悠長に構えてはいられない。
「『索敵3号機ヨリ司令部。我国籍不明ノ大艦隊ニ遭遇セリ。戦艦1、空母2、重巡4、駆逐艦16ヲ見ユ。空母ヨリ艦載機ガ発艦中』」
すぐ様柏原が打電を開始する。その間にも艦載機の発艦は続き、艦隊上空に編隊が形成され始める。するとその中から数機、編隊を抜け出してこちらへ向かってくる機体が見えた。
「まずい!敵戦闘機だ!」
反射で敵と言ってしまう清水であったが、実際あまり良さそうな雰囲気ではないのは確かである。清水の声に反応し、機体各部の機銃座が不明機を追尾し始める。不明機は3機で編隊を組んでおり、やや下方から迫ってくる。そしてすれ違うかと思われた刹那、不明機が唐突に発砲を開始した。初めは虚しく空を切った敵弾であったが、その狙いは次第に正確さを増してゆき、遂にはガンガンと機体を叩く音と共に衝撃が襲ってきた。
「不明機発砲!」
「応戦しろ!」
すると敵機の動きを追っていた機体各部の機銃座が発砲を始める。だが敵編隊は下方から上方に抜けていくように通過したため、射撃できたのは上部機銃座だけだった。20mmの太い火線が敵機を追従するも、突然の事だけあっていささか捉えきれていなかった。
「『索敵3号機ヨリ緊急電。我敵機ノ攻撃ヲ受ク。クリ返ス、……』」
柏原が緊急電を打ち始める。その間にも敵機は反転し、今度は右上方より攻撃を仕掛けてくる。
「させるかっ!」
すかさず機銃座より反撃が行われる。二式飛行艇の持つ20mmの太い火線と、敵機が放つそれよりも幾分細い火線が空中で交錯する。またもや数発が胴体に被弾するも、飛行に差し支えは無さそうだった。そして機銃座の反撃は、またもや空振りに終わった。
「司令部より返電!退避命令です」
「よし、海面ギリギリまで降下するぞ」
清水に操られた二式飛行艇は速度を上げ高度を落として行く。だが敵機もしぶとく追尾をしてきており、なかなか油断できない状況である。
「これでも喰らえ!」
後部上方より追尾してくる敵機に対し、上部銃座と尾部銃座が射撃を始める。轟音とともに放たれた20mm弾は大半が虚空を飛び去って行くも、運良く1発が敵機に命中した。20mmを貰った敵機はその一発で右主翼の先端が吹き飛びバランスを崩して離脱してゆく。これで残りは2機となった。だがこの2機は入れ替わり立ち替わり射撃ポイントを占位し攻撃を仕掛けてくる。二式飛行艇も低空を這うようにして逃げるが、いくら二式飛行艇が高速とは言えそれは他の飛行艇と比べてのこと。とてもではないが単座戦闘機にかなうものではなかった。
だが追撃を受け始めて十数分後、残った敵機2機も離脱して行くのが確認でき、機内にホッとした空気が漂う。
「やっと諦めたか。総員各部点検の後報告!負傷者はいないな?」
奇跡的に、数十発の敵弾を食らったのにもかかわらず負傷者は無し。機体の損傷も、機体が穴だらけになり、簡易寝台に大穴が空いて寝れなくなったとの報告があるのみだ。
(なんとかなったか。それにしても、奴らは何者なのか……。まさかいきなり攻撃してくるとは思いもよらなかったが……、このまま大きな戦争にならなければ良いが)
基地へ向けて大急ぎで帰投する中、清水の頭の中はあの国籍不明艦隊の事でいっぱいだった。だが事態は清水の予想以上に悪い方向へと進んで行くのであった…。