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統合戦略会議

 1941年10月22日

 大日本帝国 東京


「これから第一回目の会議を始める。事前の取り決めの通りこの会議での決定事項は勅命と同義である。決して疎かにすることのないように。また各々の組織同士、確執やこだわりがあるだろうが、それらは全て過去の遺物だ。全て捨て去り共同して物事に当たりたまえ。それが出来ぬ者はこの日本の上層部にはいらぬ。よいか?」


 開始早々、総理大臣でありこの会議の議長を務める東久邇宮総理から釘を刺すような言葉が飛んでくる。もちろんそれに反対する者はいない。全員が決意を固めた目をしている。


 そもそもこの会議は何なのか。それは1941年10月、第三次近衛内閣が総辞職した事により発足した東久邇宮政権が始めたものであり、その名を『統合戦略会議』。しばらくはその存在を伏せるということで表向きには連絡会議と呼ばれている。

 この会議、今までの統帥権や何やらの関係を大幅に無視したものであるが天皇陛下の強い要望もあり設立されることになった。そしてその目的は主に外交方針の認識の一致にあり、具体的には日本と諸外国との戦争回避や経済、技術的格差の是正などである。目的が目的なので参加者も主要大臣のほかに軍部の各トップも揃っている。


 議長となる東久邇宮(ひがしくにのみや)総理の他に陸軍大臣の東条英機(とうじょうひでき)、海軍大臣の米内光政(よないみつまさ)、外務大臣の吉田茂(よしだしげる)、内務大臣の山崎巌(やまざきいわお)、大蔵大臣の津島壽一(つしまじゅいち)、参謀総長の杉山元(すぎやまげん)、参謀次長の塚田攻(つかだおさむ)、軍令部総長の永野修身(ながのおさみ)、軍令部次長の伊藤整一(いとうせいいち)、連合艦隊司令長官の山本五十六(やまもといそろく)、商工大臣の岸信介(きしのぶすけ)、侍従長兼枢密院議長の鈴木貫太郎(すずきかんたろう)など錚々たるメンバーが揃っている。さらには会議ごとにオブザーバーとして様々な専門家や研究者、財閥の代表などが参加することもある。そして一度でも参加すれば当然の如く守秘義務が課せられ、口外した場合はそれ相応の刑が待っているとされている。それ程までに大事な会議であるのだ。


 また、史実とは異なり東久邇宮の意向で海軍大臣には米内光政が就任している。これにより海軍上層部は米内、永野、伊藤、山本ら知米派が占めることになる。


 さらには、本来ならば実働部隊の長である山本五十六連合艦隊司令長官は軍人は政治に関与せずとの持論を持っており参加を断っており、参加しない予定であった。しかし議題が議題なだけに実際にアメリカと対峙する実働部隊の意見も欲しいとのことでここに呼ばれている。これが対ソ戦略となれば関東軍司令も呼ばれるであろう。


 そして第一回目となる今回の会議の議題は来たる対米戦の回避。日本政府はここに来て開戦やむなしの立場を180度変換し対米和睦へ向け動き出すことを決めていた。それは何故か?

 そもそものこの会議の発端は8月27、28両日に行われた第一回総力戦机上演習総合研究会。この時総力戦研究所ーー国家総力戦についての基礎研究と総力戦体制に向けた人材育成を目的とする研究所ーーにより一ヶ月に渡って軍事、経済、外交の各局面において具体的なデータを基に分析し、日米戦争の展開やその結末を考察したものが発表された。その総力戦研究所が出したものは以下の通りである。


『開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能』


 すなわちこれは、開戦すれば『日本必敗』という結果である。当時としてはかなり異色な結果だが、後世観点から見るとこの結論や研究内容は非常に優れていたものだと言える。この報告での戦局推移は真珠湾攻撃と原爆投下を除くと史実のそれとほぼ合致するのだ。さらには東南アジア一帯の資源産出地域から本土へ向かうシーレーンにおける我が国の商船隊の撃沈率を弾き出し、やがて輸送路は絶たれると結論付けしている。しかもこの撃沈率、驚くべきことに終戦後の調査による数字とほぼ同じなのだ。


 このように、今までの日本における戦略研究とはかけ離れた優れたものだったが当時の近衛内閣やそのブレーンはこれを机上の空論として政策に反映させるようなことはしていなかった。しかしそれに東久邇宮が目を付けその内容に愕然とすると共に、日本の将来を危ぶみ近衛文磨の後任として新内閣を発足させたのだ。

 そして日本を滅亡の淵から救うべく挙国一致の体制ーー政府と陸軍、海軍がそれぞれ争っている場合ではないーーを作るべくこの会議が設立されることになった。


「では始めに統合戦略研究所所長の片倉中将に報告をしてもらおう」


 組織の拡大とその役割の変化により総力戦研究所からより進化した統合戦略研究所の所長を務める片倉中将が立ち上がる。


「はい。今回我々は現在行われている独ソ戦についての分析とそれらが及ぼす日本への影響について調査いたしました。独ソ戦は現在ドイツ優勢で戦いが進められており、すでにミンクス、キエフ等の重要拠点を制圧、さらにはモスクワ攻略を開始したことは周知の通りかと」


「中将、前置きはいい。それで今後の展望は?」


 陸軍大臣の東条がメモを取りながら聞いてくる。メモ魔の名に恥じずしっかりメモしているようだ。その反対を見ると海軍大臣の米内も何やらメモを取っている。

 片倉中将は傍に控えていた部下の少佐にヨーロッパ一帯からソ連のウラル山脈あたりまでを収めた地図を広げさせ、それを見せながら説明を始めた。


「はっ、現在の戦況はドイツ軍優勢ながらも寒期の到来でモスクワ・レニングラード・ドン川東方にて進撃が止まり膠着状態となると予想されます。そしてアメリカからの支援を受けたソ連は冬季攻勢を軸に反撃を開始、ドイツ軍はこれに押され続け1943年末までに占領していたソ連領をほぼ損失。その後もソ連の物量に押されるドイツ軍は敗退を続け、1945年3月から1945年8月頃にはベルリンが陥落しソ連が勝利するものと思われます。ソ連軍の物量は侮れません。また、装備においてもドイツ軍に勝るとも劣らない物が開発されつつあります」


「そうか…、やはりドイツは負けるのか」


 静まり返った一同の中で真っ先に沈黙を破ったのは首相である東久邇宮だった。


「我々が満洲からシベリアへ攻め入ったらドイツと共にソ連を押し潰せるのではないか?」


 今度は杉山が質問をする。日独伊三国同盟に強く賛成していた陸軍としてはやはりドイツに負けてもらっては困るのだろう。


「残念ながら我が軍の補給路が持ちません。短期間のみ、イルクーツク付近までは維持できますがあまり意味は無いでしょう。ソ連の工業地帯は更に奥深くです。とてもそこまでは攻め込めないでしょう。またこれを口実にアメリカが宣戦布告をしてきたら元も子もありません」


 あまりにもバッサリと切り捨てられてしまったためまたもや沈黙が会議室内を支配する。


「イギリスはどう出ると思うかね?ソ連がドイツ全土を抑えるのを黙って見てはおらんだろう」


 今度は外務大臣の吉田が質問をする。駐英大使として英国に赴任した経験を持ち、現英国首相のチャーチル卿とも個人的な交流があるので英国情勢には詳しい。


「イギリスは現在北アフリカ、ドーバー海峡の両戦線で膠着しておりますので大陸への足がかりがありません。英軍単独でのフランス上陸作戦は不可能に近いと思われますので、こちらもアメリカの参戦が鍵になると思われます」


「では我々がアメリカと開戦したらドイツの敗戦が早まるという事か…。ドイツの勝利を当てにした戦略は放棄せざるを得ないと」


 陸軍参謀総長の杉山がしみじみと呟く。今までの日本はドイツのヨーロッパでの勝利を前提に対英米戦略を立てていたのだ。その前提が早くも崩れ去ってしまった今、大きな戦略転換が必要となってくる。


「そうなると英米との協調政策が必要となってきますな」


「しかしあの米国が簡単に折れるとは思えんぞ」


 侃々諤々の会議が続く。大方は英米との協調政策を取ることでまとまっていたが細かい意見を取ると陸海軍や政府で意見が分かれていた。


「しかし今の米国と交渉をつけるのは難儀ですぞ。片倉中将、何か案はあるのかね?」


 海軍軍令部総長の永野が片倉に意見を求める。


「はい、統合戦略研究所の方でもそのことは問題となりまして…。そこで出てきた案が先に英国と話をつける方法です。英国の方が米国よりも簡単に話が付くと思われます」


「それは何故かね?」


 首相の東久邇宮が尋ねる。


「英国は現在ドイツと戦争中です。その為より多くの戦力を欧州に集中させたいのは明白です。しかしその実態はシンガポールやインド、ビルマ防衛のために多くの戦力を割いてるのが現状です。それも我が日本との関係が悪化しているからです」


「なるほど、その憂いを取り除けば英国は欧州に戦力を集中できるという利点がある訳だな」


「はい。しかし英国と話をつけるには何点か大きな政策転換が必要となると思われます」


「それは何かね」


「はっ、主だったものとして仏印からの撤退、中華民国との講和と支那大陸からの撤退、日独伊三国同盟の破棄。これらは必須でしょう」


「ちょ、ちょっと待て。流石にこれは譲歩しすぎでは無いのか?」


 参謀次長の塚田が慌てて口を挟む。確かにこれではここ数年の日本の行動がほぼ無駄になってしまう。


「いえ、英米から見ればこれでも最低限でしょう。米国も納得させるにはこれに満洲の放棄、大幅な軍縮、南洋諸島の放棄なども必要になるかと」


「それは出来ん!」


 塚田がバンッと机を叩き立ち上がる。相当憤慨しているようである。もちろん塚田だけではない。声には出さないが露骨に顔を顰めている者もいる。


「これ塚田君、少し落ち着きたまえ」


 お偉い方ばかりが揃っているだけあるので流石にまずいと思ったのか杉山が注意する。


「しかし総長、これでは降伏と同じようなものではないですか!」


「海軍内部の状況を鑑みましても塚田中将の意見にも一理あると思います。軍縮はともかく満洲と南洋諸島の放棄は厳しいのではないですか?下手をすると先の五・一五事件や二・二六事件のような叛乱が起きかねませんぞ」


 海軍の伊藤中将からも援護の意見が出てくる。海軍としてもせっかく築き上げた南洋諸島の基地を放棄したくはないのだろう。さらには最近高まっている英米への反感感情もあり、下手に譲歩をすると暴動が起きかねない。慎重に行くべきだ、という意味も込められていた。


「支那大陸からの撤退と言うのも無理難題ですな。英霊の血で争った土地であり死んでいった者達に対して申し訳が立たない!」


 海軍側からの援護という思いがけないものを得た塚田はここぞとばかりに攻め立てる。


「片倉君、本当にその条件が必要なのかね?」


 見かねた永野が片倉に意見を求める。


「いえ、あくまでも米国と話をつけるならです。英国ならば仏印と支那大陸からの撤退、日独伊三国同盟の破棄の3つがあれば何とかなるでしょう。満洲国については保留でも構わないと思われます。そしてその先は交渉次第となりましょう」


 そう言いつつ外務大臣である吉田に目線を向ける。それに気づいた吉田はムッとした表情で答える。


「確かに、英国だけなら交渉できるかもしれんがな。要は私の交渉力に掛かると?」


「申し訳ありませんがそうなります」


 それを聞いていた塚田はそれならばと言い引き下がる。やはり次長まで上り詰めただけあり引き際は心得ているようだ。


「では当面の方針としては英国に接近し関係改善を図るとともに米国とも交渉を続けると言うことかな?」


「そう捉えて頂いて結構です」


「よろしい。それでは具体的な方針について話し合おう」


 それから更に2時間後、侃々諤々の議論を経て何とか方針をまとめることに成功した。その内容は以下の通りである。


 ・南北仏印からの撤退

 ・中華民国との停戦会議の開始

 ・時期を見ての三国同盟の撤廃

 ・第二次大戦における中立宣言


 この4つが主な指針である。

 もちろん初めから宣言するのではなく、交渉の手札として持つのであり交渉の進展によっては削除されたり追加されるものもあるであろう。

 この会議の結果は侍従長の鈴木貫太郎により直ぐさま陛下に伝えられ御裁断を頂ける事ができた。特に陛下は中立宣言と国民党との講和会議が始まることに大層お喜びであった。

 これによりこれからの日本の基本方針が公式に決定された。そして歴史は史実を外れ、全く新しい世界へと向かっていく事となる。


このような駄文を読んでいただきありがとうございます。

作者の知識もガバガバなためお見苦しいところもあると思いますが、これからもどうぞ宜しくお願いします。

ご意見ご感想、お待ちしております。


追伸:投稿ペースは遅めです。ご了承ください

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