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やなせのシリーズ化には毛色が違うかな?作品集

お誕生日に「おめでとう」

作者: 高岡やなせ
掲載日:2015/11/23

 誕生日。


 三歳だった私はおそらく、ただただ無邪気に喜んでいたのだろう。


 欲しかったプレゼントを貰い、食べたかったご馳走を用意され、飾り付けられたケーキの火を消す。


「お誕生日おめでとう」


 両親の笑顔に囲まれて、幸せとか嬉しいとか関係なく、ただただ無邪気に楽しんでいたのだろう。



 六歳になった私は、ようやくその日の貴重さに気付いた。弟が生まれ、日常での主役を奪われ、「お姉ちゃん」という役柄を押し付けられてからの発見だった。


 普段は脇役。むしろ役者ではなく舞台裏の係りのようだった。


 それがどうだ。


 この日ばかりは私が主役だった。この時ばかりは私が主役になれた。


「お誕生日おめでとう」


 両親の笑顔とまだ意味のわかってない弟に囲まれて、私はそれなりに満たされた気持ちでその日を過ごせた。


 小学生の間、友達を呼んでささやかな会を開くようになった。お呼ばれもあった。


 両親は変わらず「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。


 中学生の頃から、友達同士外で会を開くことが多くなった。晩御飯を家で食べない日が出来た。


 両親は帰りを待って「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。


 高校生になった時から、もう家での誕生日会はいらないと両親に伝えた。


 両親はわかった、と頷きそれでも必ず「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。


 大学生になってからはもう誕生日の日以外でもずっと家に帰らない日が続いた。


 両親の電話での控えめな「お誕生日おめでとう」が少しだけ煩わしく思えた。





 仕事を始めて、私は自分の誕生日が記憶から消えることが多くなった。その度に両親からかかってくる少し控えめな「お誕生日おめでとう」の声で、自分の誕生日を思い出した。



 両親にたいして、あの人達は何でこんなに誕生日を気にするのだろう。そう不思議に思った。



 結婚して、仕事を辞めて、家事をして、気がつけば私のお腹はポッコリ膨れていた。


 お腹の中から元気な命の音が体中に響く。


 まだ生まれないのかな。もうそろそろ生まれるかな。


 私は楽しみだった。


 だって新しい命が、私の大切な存在が、私が一生をかけてもいいと思える宝物が生まれるのだ。


 こんなに楽しみなことはない。


 そして、生まれた。


「元気な男の子ですよ」


 看護師さんからタオルで大事そうにくるまれた私の宝物は、確かに元気に大きな声を響かせて私の前に表れてくれた。


 嬉しかった。痛みではない涙が溢れた。


 そうだ。私はこの子に言わなくてはいけない言葉があった。


「おめでとう。今日、君は生まれて来たんだよ。今日が君の……誕生日だよ」


 その時、私はもう一回涙を溢した。


 痛みでも、嬉しさでもなく、一つわかったことがあったからだ。


 それが涙を溢させたのだ。



「お誕生日おめでとう」



 毎年、気がつけば控えめになっていた両親の言葉。


 私が煩わしく思ってきたあの言葉は、こんなにも愛しい言葉だったのか、と気がついたからだ。


 だからこそ、両親は必ず私に直接伝えてくれていたんだ、と理解出来たからだ。


 なんということだ。なんということだ。


 会が大切だったのではない。本当に大切だったのは、「お誕生日おめでとう」がちゃんと相手に伝えることが、伝えられる距離にいることが大切だったのだ。


 私は自分の宝物を受け取り、もう一度言う。


「お誕生日おめでとう」


 宝物はキョトンと私を見るだけだったが…それがなんと満たされることか。


 同時に、この時になって初めて後悔した。


 私は両親に何を返していたのだろうか。


 昔は「ありがとう」を素直に返していたはずだったが最近はどうだ。


 忙しさにかまけ、疎ましさをかけて、ろくに返していなかったのではないか。


 後悔した。取り返しがつかないと焦った。



 病院から宝物と一緒に家に戻ると私は両親に電話をかけた。


「どうしたのさ、あんたの方からかけてくるなんて」

「いや、あのさ…子供…が、生まれた。前にも言ってたけど…一応、さ」


 ひどく途切れ途切れになったのは後悔の念からだろう。何処かで奥歯を噛み締める自分がいた。


 さて、母はなんと言うだろうか。


「わぁ、おめでとう。お誕生日は何時?一緒にお祝いしてあげたいけど、あんたも忙しいよね。せめて何か贈るから」


 本当に嬉しそうな大きな声で言ってくれた。


 それだけで不思議と後悔の念は、全部とは言えないけれど、みるみる薄まっていくのがわかった。


「あのさ、誕生日の、ことなんだけどさ」

「何?誕生日はもう過ぎたでしょうが。ああ、来年が楽しみ」

「じゃなくてさ。私の」

「あんたの?何?珍しい。欲しいものでもあるの?」


 欲しいものでもあるの、という母の言葉が、少しだけ胸にチクリときたのは秘密にしよう。


「う…ん、ちょっとね」

「何、もうなんなの。歯切れの悪いこね」

「あのさ」


 唾を飲み込んだ。



「いつも誕生日の時にメッセージ…ありがとね」



 言った。言えた。やれば…出来た。今度こそ胸のつっかえが…。


「なぁに言ってんの今さら」


 取れなかった。そっか…確かに今さらだ。


 ただの自己満足、何となく思い立ったから言ってしまった…そう自己嫌悪を和らげるための回避行動でしかなかったんだ。


 そう。母の言う通り、今さらだ。


「ごめ…」

「こっちこそいつも誕生日を迎えてくれてありがとう」


「えっ?」


 母の言葉に私は驚く。


「しかも来年は二人におめでとうを言える。こんなに嬉しいことは無いよ、ありがとうね」


 ありがとう。母が?何故?


「ど、どう言うこと?私はいつも素っ気なくしてて…だから今日、ごめんって」

「いいのよ、別に。そんなこと。子供なんてそんなものでしょ」


 そ、そうだろうか。私はひどく焦った。


「でも」「それにね」


 言葉が被った。母にこの場は譲る。


「あたし等はあんたがちゃんと誕生日を迎えてくれるだけで、本当にそれだけで満足出来るの。こっちがありがとうを言いたいくらい」


 母はそう告げた。そして、



「今のあんたならそれがわかるんじゃないの?」



 電話越しだと言うのに私は何度も頷いた。


 私の宝物と受話器を握り締め、何度も何度も頷いた。目頭に熱を感じた。



「わかる。わかるよ。本当にそうだ。本当に、そうだね」



 それからしばらく母と会話をして電話を切った。


 通話を切る報せのランプと共に私の胸のつっかえは今度こそ本当に無くなった。


「私の大切な君。覚悟してね。私は貴方の誕生日を私が生きてる限り祝ってあげる。ありがとうを伝えてあげる」


 私はそうして母親になった。


 次は私が誕生日を祝ってあげる番だ。


 何度だって言ってあげよう。


 誕生日に「おめでとう」を「ありがとう」を込めて。






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