木曜 2
昨日と同じように開錠してもらって、エレベーターで七階まで上がった。インターホン押して出て来た華は、昨日と同じ格好してる。
「おはよう、華。」
「おはよう。………秋。」
な、名前が付いた!やばい、感動!!しかもなんか、はにかんだ気がする。なんなんだよ、マジ、この可愛い生き物!
心の中で大騒ぎしながら中に入って、絵の道具しかない部屋で、オレは持ってきた袋を開けた。
「華、これは既製品です。」
また暗示のように言って、オレは家で作ってきたイチゴのジャムサンドを華に差し出した。
華は、胡座で座るオレとジャムサンドをじっと見て、オレの隣にペタンて座る。その口にジャムサンドを持って行ったら、口を開けて食べた。
ほっとして、咀嚼してる華を眺める。
口の中身を飲み込んで、華がまた口を開けたからジャムサンドを入れる。多分この顔は、ジャムサンドが気に入ったんだと思う。
「美味しい。」
花が咲くみたいに、笑った。
初めての表情に、なんかオレ、また泣きそう。
「イチゴのじゃないけど、牛乳は飲める?」
泣きそうになったのを誤魔化すように、袋を漁って牛乳の小さいパックを出した。華が頷いたから、ストロー刺して渡す。
今度は卵サンドを差し出してみた。
また、オレの顔をじっと見てから、華は食べる。良かった。これも気に入ったみたいだ。
一応昨日の食べた弁当の量で考えて八枚切り食パンで二種類作ってみたんだけど、華は全部食べる前にお腹いっぱいになった。
「秋のご飯は?」
「オレは食べてきた。」
「お腹、いっぱい?」
華が残ったサンドイッチをオレの口に持ってきた。なんか、なんでも真似する子供みたいで可愛い。そんで、照れ臭くてやばい。
華がじーっと見てくるから、口を開けて食べた。華用のサイズで切ったから、オレには一口だ。
半端ない照れが、なんかこそばゆい。
「美味しいね?」
なんだよこれ、可愛過ぎるの見ると、泣きそうになるのかな?よくわかんねぇ。
オレは、うんうん頷いた。
オレが飲み込んだのを見たら、最後の一個を差し出してくるからまた一口で食べた。
「ごちそうさまでした。」
オレが手を合わせたら、華も真似した。
なんかもう可愛過ぎて、 ぎゅーって抱き締めたら、華はじっとしてた。
華が着替えるの待って、また髪を梳かして結ってやった。今日は黒猫の飾りのゴムでポニーテール。その内、違う髪型も練習してみるつもりだ。
華は鏡を見て、黒猫のゴムを嬉しそうに見てる。
「華、こっち向いて。」
仕上げにイチゴ味のリップ。華は舐めたそうにしてたけど、我慢したみたいだ。
「華、可愛い。大好き。」
完成した華の姿に満足してそう言ったオレを、華はじっと見て、またちょっと笑った。めちゃくちゃキスしたくなったけど、ここでまた警戒されたら嫌だ。我慢だ。我慢。
玄関の鍵閉めたのを確認してエレベーターに乗ったら華が手を繋いできた。びっくりし過ぎて息止まった。
華は平然としてるけど、オレの頭の中大パニック。絶対真っ赤になってる顔を片手の甲で隠して、一階まで行った。
外の少しひんやりした空気を吸って、ちょっと冷静になる。
多分華は、昨日のオレの真似をしたんだ。昨日手を繋いだから。多分、それだ。でも、それでも嬉しくて、舞い上がったまま手を繋いで歩いた。
「朝ごはん食べたけど、イチゴ牛乳どうする?」
下駄箱で靴を履き替えて、自販機の前で聞いてみた。
そしたら華は首を横に振る。
「お腹いっぱい。」
「そっか。」
胃をさする華が可愛い。
今日はイチゴ牛乳無しで教室行って、オレは自分の席に鞄投げてすぐに華の所に行く。
「華は人、描かないね?」
スケッチブックを出した華に聞いてみた。でも、答えは返ってこなくて、華は何かを描き始めた。オレはいつも通り、それを黙って眺めた。
担任が来たから席に戻ったら、隣の席の祐介が足を伸ばして椅子を蹴ってきた。
「なんか、良い感じじゃん?上手く言ってんの?」
小声で聞かれて、オレは首を横に振る。
「なんか、野良猫手懐けてるみたいな状態。」
「んだよ、それ?」
「オレもよくわかんねぇ。」
懐いてきてるとは思うけど…なんかこれは、まだ違う気がした。
昼休みはまた華に暗示をかける。
量は食べられなさそうだから、作ってきた弁当は一つ。だけど全部オレの手作り。冷凍食品、既製品、ゼロ!
まずはインゲンの胡麻和え。甘い味付けです!
箸で差し出したら、また華はじっとオレを見てから口を開けた。
「美味しい?」
聞くと頷いた。なんか、顔が緩む。
「華が嫌いなのは魚だけ?」
鳥の照り焼きを咀嚼する華に聞いたら、考えてる。
「苦いのは、嫌。」
「ピーマンとか?」
聞いたら頷く。甘いのが好きで、苦いのと魚が嫌い。ほんと、子供だ。
ぶはって笑ったオレを、華は不思議そうな顔で見てた。
「華、帰ろう。」
鞄持って近付いたら、また手を繋いでくる。なんか父親と子供みたい。体格差もあるしなぁ。
華は150cmあるのかな?くらいちっさい。対してオレは185cm。結構でかい。マッチョじゃなくてソフトマッチョ目指してるから、縦にでかい。少なくても35cmの身長差。キスするの、大変そう。
なんて、くだらない事を考えてる場合じゃなかった。
「ねぇ、華。華がもし良かったらうちで一緒に夕飯食わない?」
華の家の台所じゃ料理なんて出来ないから提案したんだけど、すぐにノーの返事がきた。
「お腹空かない。」
まぁ、そうだよな。朝イチゴ牛乳に昼果物。そんな生活だったのに、今日は華にしては食べたもんなぁ。
「じゃあさ、華の家、掃除させてくんない?」
まずはあの風呂場とトイレ。ピカピカに磨きたい。でも、首を横に振られた。
「なんで?迷惑?」
これにも華は首を横に振る。
「絵を、描くの。」
「絵を描くの、邪魔しなくてもダメ?」
華は、なんかすっげぇ悩んでる。段々申し訳ない気持ちになってきて、やっぱ良いですって言おうかどうしようか悩んでたら、華が口を開いた。
「秋なら、良いよ。」
ちょっと待て。それはどういう意味だ?
まぁ華だ。変な意味が有るはずはないけど、ちょっと興奮してる自分が悲しい。
「じゃあさ、掃除道具買いに行って良い?」
華が頷いてくれたから、近くのドラックストアで掃除道具を買って、華の家に行った。
磨きまくってやるぜ!ってオレが燃えてたら、華が寝室開けっ放しで着替えてた。警戒心強い癖に、なんだよあの無防備。ガッツリ見たけど、後悔した。生殺し、辛い。
オレは雑念を振り払う為に、まずはトイレを磨いて磨いて磨きまくった。
トイレの出来に満足したら、次は風呂場。風呂場も満足するまでピカピカにし終わったら、結構良い時間になってた。
そろそろ帰るかなって、華に声を掛けにドアを開けた。けどなんか、声を掛けたらいけないと思った。
華は、あの描きかけの大きな絵に向かってた。油絵っていうのかな?色をのせて、何かがそこに生まれていく。すごい真剣で、華はオレの存在に気づかない。だからオレは、床に座って華の後ろ姿を眺めてた。
腹が減って、目が覚めた。
て、目が覚めたって寝てんじゃん!焦って立ち上がろうとして、すぐにやめた。壁に寄り掛かって寝てたオレの膝に、なんかいる。毛布に包まって、華がオレの膝を枕にして寝てた。
なんか、安心しきった顔でスヤスヤ眠ってて、力抜けた。
どんだけ寝てたんだろうって思うけど、携帯見たら華を起こしそうだ。部屋を見渡したけど、目に付く所に時計はなかった。
だから、華の寝顔を眺めることにした。
手は絵の具だらけで、顔にまで絵の具が付いてる。なんで膝で寝てんのかわかんないけど、まぁ良いかってくらい、寝顔が可愛い。
しばらく頭撫でながら寝顔を眺めてたら、華が身動ぎして目を開けた。
「……秋。」
ふわりと笑った華を見て、どこまでいったらこの気持ちが止まるのか、ちょっとだけ、怖くなった。