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絵を描く黒猫  作者: よろず
一部
8/56

水曜 2

 オートロックの自動ドア横のインターホンを押したら、華は無言で開錠した。ちゃんと確認してるよなって心配になる。

 エレベーターに乗って、華の部屋が最上階にある事が分かった。

 701号室。部屋の前でインターホン押して出てきた華は、華らしい格好でちょっと笑った。

 裾折って履いてる黒のカーゴパンツはダボダボ。上に着てるTシャツもヨレヨレで絵の具があちこちについてるし、サイズがあってない。髪も寝起きみたいな鳥の巣だ。多分、ドライヤーとかかけないんだろうな。

 挨拶して、眠そうな華に招き入れられた部屋は、なんにもなかった。

 絵を描く道具はたくさんあって散らばってるけど、広いリビングダイニングにあるのは、それだけ。生活に関わる物がなんにもない。冷蔵庫と備え付けのガスコンロが辛うじてあったけど、テレビどころか、ソファも机も椅子もない。

 カーテンが閉まった大きな窓の前に陣取ってるのはでっかい描きかけの絵で、その前に、寝床みたいに毛布が落ちてた。


「秋、制服こっち。」


 華が入って行ったのは、リビングダイニングから続いてる寝室。ベッドは使ってる形跡はなくて、その側に脱ぎ捨てられた皺くちゃの制服と学校の鞄が落ちてる。

 なんだか、ここは、華自身を物語ってるみたいだ。


「秋、また、嬉しいの?」


 華に言われて、オレは自分が泣いてる事に気が付いた。

 なんだよこの部屋。ほんとに華は独りじゃないか。生活臭が全くしないし、埃も溜まってて、こんな、こんな部屋で、飯なんてどうやって食うんだよ?あんな毛布に包まって、独りで眠ってるのかよ。


「嬉しくない。今は、嬉しくない。」


 華は、心底分からないって顔してた。


「変なの。」


 呟いた華の声で、涙が止まらなくなりながら、オレは華の制服にアイロンを掛けた。


「華、朝ごはんは?」


 アイロン掛けてるオレの側で体育座りしてる華に聞いたけど、無言だ。


「華、華、華?朝ごはんは?食べた?」

「イチゴ牛乳。」

「………イチゴ牛乳が、朝ごはん?」


 華は頷いた。

 なんかもう、なんなんだよ!涙とまんねぇよ!


「夜は?どうしてんの?」


 聞いたら首を傾げてる。

 華は一体どうやって生きてきたんだか、すっげぇ不思議。謎だ。


「台所、見ても良い?」


 アイロン掛け終わった制服を渡して確認した。無言だから了承だと受け取ろう。


「待て!バカ!ここで脱ぐな!!」


 着てるTシャツ半分くらいめくれて腹が見えた所で、必死になって抑えた。

 なんできょとんとしてんだよ。信じらんねぇ。

 寝室に押し込んで、開けっ放しだったスライド式の扉を閉めた。なんか、朝からすっげぇ疲れてきた。

 気を取り直して台所に行く。棚の中には案の定、包丁も、鍋も、フライパンも、皿も、なんにもない。

 床の上には通販かなんかで纏め買いしてるっぽいペットボトルの水。

 あと箱でリンゴ。

 冷蔵庫の中は、バナナと何故か食パン。

 シンクも絵の具かなんかの色がついて汚れてるし、ガスコンロは埃が溜まってる。

 洗濯物はどうしてんだって気になって、洗面所っぽいところを開けた。

 乾燥機付き洗濯機の中に溜まってるから、多分纏めて洗って乾燥までして干さずに皺くちゃになるんだって理解した。

 てか、至る所が汚い!絶対掃除した事ないだろう!なんだよこの家は!!


「秋?」


 着替え終わった華が顔を出した。制服はオレがアイロン掛けたから皺はないけど、髪はボサボサ。

 洗面所で頭を抱えてるオレを見て、首を傾げてる華。


「華、髪、梳かしてあげる。」


 思わずぎゅーって抱き締めた腕の中で、華はこくんて頷いた。



 アイロンは帰りに取りに行かせてもらう事にして、今は華の手を引いて学校に向かってる。

 華の髪は昨日買った黒猫のシュシュでポニーテールに結った。似合ってるし、ちょっと嬉しそうにしてたのがまた可愛かった。

 華用のイチゴ味のリップを付けてあげたらぺろぺろ舐めて、舐めるものじゃありませんって教えた。

 なんかもう、オレは華を放っておけない。放っておいたらいけない子だと思うんだ。


「秋、秋、秋。」


 珍しくオレの名前を華が連呼した。


「どうしたの?」


 足を止めて聞いたら、華がオレの顔に手を伸ばしてきて、指先でほっぺに触る。


「嬉しい?」


 華はオレの泣き腫らした目を見てる。もしかしたら、ほっぺに触ってる手は、瞼に触ろうとしたのかも。


「華、好きだよ。オレは華が大好きだ。」


 また涙が出て、華の指を伝って落ちた。華がちょっとだけ、笑った。



 朝ごはんだって言うイチゴ牛乳飲まして、いつも通り絵を描く華を眺める。

 二時間目の体育ではまたペアになってパスを教えた。ちょっと上手くなって、やれば出来るじゃんって褒めちぎったら嬉しそうで、可愛いかった。

 昼休みになって、オレはリンゴを齧ろうとした華の腕を抑えて止めた。


「華、これは全部既製品と冷凍食品です。」


 嘘だけど。卵焼きは自分で作ったし、ご飯だって炊いた。でも暗示を掛けるように言って、卵焼きを華の一口サイズに切って口に運んだ。

 華はオレの顔をチラッて見てから、食べた。むぐむぐ咀嚼して、飲み込む。


「美味しい?」


 焼き芋の時みたいに、ちょっと目がキラキラしてる。うちのは甘い味付けだから、気に入ったみたいだ。


「美味しい。」

「そっか。じゃあこれも。」


 そうやって、オレの弁当の三分の一くらいを食わせた所で、華は満腹になったみたいだ。

 小さくゲップして胃を撫でてる。


「お腹いっぱい?」


 聞いたら満足そうな感じで頷いて、リンゴを渡してきた。交換、みたいな感じかな?


「ありがとう。」


 受け取ったら、華がまたちょっと笑った。笑った華は、可愛くて可愛くてたまんない。



 なんで今日バイトなんだろって、地味に落ち込んだ。

 朝拒否されなかったから、帰りも手を繋いで歩いた。華は、手も荒れてて痛そうだ。

 なんだかもう、オレは華が愛し過ぎてやばい。こんなに好きになって、どうしようって、自分で戸惑う。

 初めて、なんにも話さないまま華の家に着いた。アイロン取る為に一緒に上まで上がって、玄関に置かせてもらってたアイロン持つ。


「また明日、朝来ても良い?」


 華は頷いた。


「また明日ね。」


 手を振って玄関を閉める時、小さな声でまた明日って聞こえた。初めて返ってきた返事。嬉しくて、バイト、めちゃくちゃ頑張った。

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