月曜 2
土日はバイト頑張って、待ちきれなかった月曜日。
会いたくてたまらなくて、オレは華のマンションの入り口で待ち伏せ中。お伺い立てようにも連絡先知らないし、突撃するしかないんだから仕方ない。
「華!おはよう!」
自動ドアから出て来た華に駆け寄った。会えて、すっげえ嬉しい。
「おはよう。」
ちょっとびっくりしたみたいだけど、挨拶してくれた。
「会いたかった!ね、毎朝一緒に行っても良い?」
登校時間だって歩いてるから絵を描けないんだ。この時間も一緒にいたい。
華は肯定も否定もしなかったから、オレは自分の都合の良い方で受け取る事にする。
「オレ、土日はバイトでハンバーガー作りまくった。華はたくさん絵描いた?」
無反応。多分たくさん描いたんだ。
「あ!そうだ。華、口開けて?」
オレはブレザーのポケットから飴玉を取り出した。イチゴ味。バイト先でもらったやつ。
オレの手の中にある飴を確認してから、華は口を開けてくれた。そこにコロンと飴玉を放り込む。
「イチゴ味。うまい?」
コロコロ口の中で転がして、華は頷いた。
なんか、警戒心が緩んできた気がして嬉しい。
下駄箱で靴を履き替えたら、自販機でイチゴ牛乳を買う。華は後ろでこっちをじーっと見てると思ったら、鞄から黒猫の小銭入れを出した。なんだよ、その可愛い財布。
「いいよ。オレがやりたくてやってんだから。」
お金を差し出してきたから断った。そしたら華はじっとオレを見ながら首を傾げて、お金を仕舞った。確実に、オレを見てくれる時間が増えてる気がする。
「華は、黒猫好きなの?」
階段に向かいながら聞いてみたら、華はなんか悩んでる。
「小銭入れ、黒猫だったじゃん?自分で買ったんじゃないの?」
「………猫は、好き。」
「そっか。他には?黒が好きとか?」
「黒は、嫌い。」
「なのに黒猫?」
「猫は好き。」
なるほど、黒は嫌いだけど、黒猫なら好きなのか。
「他には?何が好き?」
なんか、今までで一番会話できてる。オレは浮かれまくりだ。
でも返事は返って来なくなって、そのまま教室についた。鞄を自分の机に放り投げて、華の所に戻ってストローを刺したイチゴ牛乳を手渡す。
「イチゴ牛乳。」
呟いてから、華はストローに口をつけた。
少し考えて、分かった。そんなに好きか、イチゴ牛乳。
思わず笑って、頭を撫でた。撫でてから、拒否られないか不安になる。頭に手を置いたまま華の顔を伺ってみたら、無表情でチューチュー飲んでる。
許可されたような気がして、泣き笑いの顔になった。
華が好き過ぎて、やばい。
オレは、いくら華を見てても飽きない。
午前中の短い休み時間、絵を描く華を机の横にしゃがんで飽きずに見上げ続ける。こんなに近くにいるのに、華の瞳はスケッチブックに向いたまま。
オレを見て。贅沢な願いを抱いて。でも絵を描く華を見るのは好きだ。
四時間目の選択科目は華とは別。華は美術でオレは音楽。音楽を選んだ過去の自分を恨む。
「秋さぁ、なんかさぁ、ほんと、マジなんだな。あの不思議ちゃんに。」
音楽室に移動しながら、祐介が当たり前の事を言ってる。
何言ってんだって視線で言ったら、苦笑された。
「お前、不思議ちゃんを見てる顔ヤバイって。」
「………そんなに?」
「ヤバイヤバイ。全身で好きって言ってる感じ。見てて恥ずい。」
「まぁ、好き過ぎる自覚はある。」
同意したら、肩パン食らわされた。
「あの秋が信じらんねぇ。まぁ、頑張れや。」
今度の祐介の頑張れは気持ちがこもってる気がしたから頷いた。
昼休み。華が中々戻って来ない。美術室に迎えに行こうと思って教室出たら、階段で会った。
華は、ビショビショだった。
「え?なに、それ…華、どうした?」
嫌な三文字が浮かんで、血の気が引いた。
青褪めた顔で駆け寄るオレを見上げて、華は首を傾げてる。
「絵の具の水、被った。冷たい。」
「あ、当たり前だろ!夏じゃねぇんだから!とりあえず、ジャージ、ジャージに着替えよう。」
華の手首を掴んで引いて、教室に連れてった。自分のロッカーからタオル出して華の頭に被せて、ジャージを持った華を更衣室まで連れて行く。
どうやったら、絵の具の水を頭から被るんだよ?有り得なくないか?
ぐるぐる考えてたら、着替えた華が出て来た。髪は濡れたままで、タオルは手に持ってる。
「髪、拭くからゴム取って。」
華の手からタオルを奪って言ったら、華は髪を結ってたゴムを取った。
「ね、華?なんで絵の具の水なんて被っちゃったの?」
タオルで頭を覆って拭いてやりながら聞く。もしオレが考えた通りならって考えたら、怒りでどうにかなりそう。
でも華は答えないで、タオル越しに首を傾げてる。
「………誰かに、やられたとかじゃない?」
「転んだ。」
「そっか。ね、何かあったら言ってね?」
タオルを華の肩に掛けて、手櫛で髪を整えながら言うオレを華はじっと見上げて何も言わない。
「ご飯、食べよっか?」
それにはこくんて頷いたから、一緒に教室に戻った。
濡れた制服はシワにならないように、教室の後ろのロッカーの上に広げておいた。
今日の華はリンゴ丸齧り。小さい口でシャリシャリ食べてる。
「美味しい?」
さっきのショックが抜け切らないオレは、なんか上手く笑えない。
そんなオレを華はじっと見て、リンゴの齧ってない部分を突き出してきた。突き出したまま、オレの瞳を見てる。
「くれんの?」
聞いたら小さく頷くから、皮ごとリンゴを齧った。甘酸っぱい汁が口に広がって、うまい。
「美味しい。」
なんか、感想を待たれてる気がして、飲み込んでから感想を口にしたら、華が、ちょっと笑った。
見間違いかと思うくらい、ほんとに一瞬。でも、確かに笑った!
目を丸くしてるオレを置き去りにして、華はまたリンゴを齧り始めてる。なんだか、胸がいっぱいになって、弁当の味がよくわかんなかった。
びしょ濡れ事件のせいで昼休みはもうすぐ終わる。だからその短い時間で、華の髪を梳かす事にした。ロッカーに置きっ放しだった櫛で、椅子に座る華の髪を後ろに立って梳かす。
華の髪は長い。いつもボサボサだけど、梳かしたら結構綺麗。
梳かしてる間、手元がブレるからか華は絵を描かないでじっとしてた。
梳かし終わって顔を覗いたら、華は目を閉じてる。
「華、終わったよ。」
目を開けた華は、なんか眠そうな顔をしてた。
「眠いの?」
こくんて頷いて目をこする華は、子供みたいで可愛い。
「華、好きだよ。」
梳かしてサラサラになった髪を撫でて言うオレを、華はじっと見てた。