金曜 1
『あなたが太陽』完結記念。
本日二話投稿、二話目です。
5日目の朝もイチゴ牛乳を買う。
だってオレ、華の好きなものまだイチゴしか知らない。
だけどなんか、昨日より全然幸せだ。昨日は初めて華が名前を呼んでくれた。記念日にしたいくらい。
「秋、顔がキモい。」
教室でイチゴ牛乳見ながら華を待つオレに、教室に入ってきた祐介がそんなことを言う。確かにデレデレした顔してた自覚はある。
「挨拶無しにそれかよ。あと、オレの名を口にするな。感動が薄れる。」
「訳わかんねぇ。秋、なんか昨日不思議ちゃんに泣かされてたんだって?」
「んだよ。見てたのかよ?」
まぁ下駄箱だったからな。ちょっと恥ずかしい。
「オレが見た訳じゃないけどな。王子様の秋くんだもん。目撃した女の子達が大騒ぎしてた。」
祐介はニヤニヤ笑ってこっちを見てる。オレは鼻で笑ってやった。
何が王子様だ。馬鹿にしてんのか。
華は中々来なくて、担任が来るギリギリに教室に入ってきた。だから話し掛けられなくて、ホームルームの後に華の所に行った。
「今日、遅かったね?」
ストロー刺したイチゴ牛乳を渡しながら聞いたら、華はじっとオレを見た。
「な、何?」
華の瞳に映ってる自分に狼狽える。ドキドキがやばい。
オレの手からイチゴ牛乳を受け取って、華はチューチュー飲み始める。何も言わないで飲んでる華を、オレも黙って眺めた。
「秋は王子様なの?」
空になったパックを受け取ったオレを見上げて、華がそんな事を言った。
突然どうしたんだとか詳しく聞く前に教師が来て、オレはゴミを捨てて自分の席に戻る。
一時間目の授業は、華の言葉がオレを悩ませて集中できなかった。
授業の合間の短い休み時間、華はいつもみたいに絵を描いてる。絵を描く華には話し掛けられないから、朝の発言の意味を聞けないまま昼休みになった。
「華、王子様って何?」
バナナを齧ってる華に聞いてみた。
「朝、言ってた。」
「誰が?」
「知らない人達。」
どういう意味だろう?なんか噂話を聞いたとかか?
謎は深まるばかりだ。
首を捻りながらも、バナナを食べ終わった華がスケッチブックに向かっちゃう前におかずを口元に差し出した。今日は冷凍グラタン。
ぱくんと食べた華はさっさと絵を描き始めてしまった。
もっと話したいな、って考えながら弁当を食った。今日の絵は、やたらうまそうなグラタンだった。華はグラタンが好きなのかもしれない。
放課後も忠犬宜しく、鞄を持って華に駆け寄るオレ。
オレに尻尾がついてたら、多分ブンブン力いっぱい振ってると思う。
「華は土日何してんの?やっぱ絵を描いてるの?」
無反応。でも多分描いてるんだろうなって、自己完結した。
「オレはね、土日もバイト。ね、華、メアド教えてよ。会えなくて寂しいから、メールしたい。」
メアドを聞くのにこんなに緊張したことはない。ちょっと声が震えたオレに返ってきたのは、無情な答え。
「持ってない。」
がっくりした。でもなんか、華っぽい。
「また月曜日ね。」
自動ドアの向こうに消える華に手を振った。
華はまたチラ見して、帰って行った。
今日はバイトがないから、スーパー寄って買い物して、ボロアパートの台所でカレー作った。
看護婦してる母親が早く帰ってくる日だから、先に食べないで待つ。
父親は、オレが三歳の時に病気で死んだ。両親が会ったのも母親が働いてる病院で、死んじゃうって分かってるのに二人は結婚して、オレが産まれた。
なんか悲恋。だけど母親は、泣き言言わないで一人でオレを育てた強い人。ちょっと尊敬してる。言わないけど。
「ただいまー。疲れたー。今日はカレー?お腹空いたー。」
玄関開けたら一気にそこまで言って、漫画読んでるオレの髪を掻き回しにくる。
「はいはい、お疲れ。あっためてやるから、着替えて来いよ。」
抱き付いて頭ぐしゃぐしゃにしてくる母親から、立ち上がって逃げた。
「秋ってば良い奥さんになるわー。」
バカなこと言いながら着替えに行った母親を無視して、カレーをあっため直す。
帰ってくる時間見計らって先にちょっとあっためておいたから、すぐにグツグツなって、ご飯にカレーを掛けた皿を二つ机に置く。作っておいたサラダも出した。
「あんたさ、最近弁当自分で作ってるみたいだけど、どうしたの?」
まぁバレてるよな。詳しく話すのはだるいから、別にって答えておく。
「女の子とっかえひっかえして、遂にみんなに愛想つかされたとか?」
「そんなんじゃねぇよ。」
「やぁよー、息子が女の子に刺されて運ばれてくるなんて。」
いつか誰かに刺されるぞってオレに言ったのは、母親だ。
母親って鋭いらしくて、オレがやってる事がなんかバレてるんだよな。
「今は、本命いるし。」
呟いたオレに母親が大騒ぎするから、逃げるように二杯目のカレーをよそりに行った。
まぁ狭い家だから全然逃げらんないんだけど。
「どんな子?会いたいわー。ね、今度連れてきなさいよ。」
カレーよそって戻ったオレは溜息を吐く。
「片思いだよ。」
「あらー、なんかあんた二年になってからおかしかったもんねぇ?告白しないの?」
鋭過ぎだろ!オレが分かり易いのか?
「………したけど、相手にしてもらえてない。」
「うっそぉ、顔自慢のあんたが?まー、きっとその子はまともな良い子ね!頑張りなさい!」
「がんばってんし!」
「あ!もしかして、お弁当その子の為とか?でも冷凍食品ばっかじゃない。あんた料理出来るんだから、ちゃんと作ってアピールしなきゃよ?」
ゴミか、ゴミでバレてんのか?
「最初に手作り持ってったら、気持ち悪いって言われたんだよ。」
「それってあんた、嫌われてんじゃないの?」
「違う、とは言いきれないけど…なんかその子。手作りが駄目みたいで、いつも果物とか食パンまんま食ってんの。だから冷凍食品なら作ってんの機械だしと思って。」
「食べてくれたの?」
「食べた。既製品なら平気みたい。」
散々騒がしかった母親が、なんか難しい顔でカレーを口に運んでる。
「なんだよ?」
なんか言いたい時の顔だったから聞いた。
「んー、なんか、その子トラウマでもあるのかなーって。どんな子なの?」
「いっつも絵ばっか描いてる。しかもすっげえ上手いの。で、身なりに無頓着。………でも可愛い。」
ぼそりと付け足した言葉に、母親が笑った。
「なんか難しそうな子だけど、頑張れ!」
肩をばしんと叩かれた。
言われなくても頑張ってるよ!