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オレは、大人の男が泣いてるのを見ながら飯食うっていう、珍しい体験をしたと思う。
華もオレも食い終わる頃にやっと涙が収まって、ぐしぐしいいながら華パパもフレンチトーストを食い切った。
「華は、今でも黒猫が好きなのか?」
オレが食器片付けようとしたら、華パパが呟いた。視線は、寝室の箪笥の上にあるゲーセンで取った黒猫のぬいぐるみに向けられてる。
ちょっと待ったけど、華が反応しないから、オレが答えた。
「好きみたいですよ。黒猫って、何か思い出あるんですか?」
食器を片付けるの後にして、華パパの答えを待った。華パパは頷いて、ちょっと優しくなった顔で笑う。
「昔、二人の時に飼っていたんだ。脱走して、いなくなってしまったけれど。華はその時、酷く泣いてね。名前は…なんだったかな。」
「イチゴ。」
華の答えに、オレはぶはって噴き出した。またイチゴだ。イチゴ最強。
「華、猫の名前までイチゴにしてたの?イチゴ大好きだな。」
笑いながらオレは華の髪撫でて、華はこくんて頷いた。
「イチゴ大好き。」
鼻啜る音がして、気付いたら華パパがまた泣いてる。涙腺ゆるゆるになってるみたいだ。
「華は今でもイチゴが好きなんだな。」
そう呟いて泣いてるから、オレは食器片付けに立ち上がった。華はまた、オレの背中にぺったり貼り付いて一緒に来る。
洗い物終わったら華パパは泣き止んでたから、時間稼ぎ任務もそろそろ良いかなって思って、うちに行きましょうかって提案した。
うちに駐車場はないから、車は置いたまま、歩いて向かう。
華とオレが手を繋いで、華パパは後ろについて来る。なんだかもどかしい距離だけど、これが心の距離なら仕方ない。簡単には埋まらないのかなって思う。
歩きながら、オレ、話題提供頑張った。
イルミネーション見に行った話とか、テストの事。田所と仲良くなった事とか学校の事。色々話しながらうち着いた。華はその間ずっと無言で、無表情のままだった。
うち着いて、念の為呼び鈴鳴らしてみた。時間稼ぎ不十分だったら困るし。
玄関開けた母親は、うっすらメイクでジーンズにパーカー姿。任務はオッケーだったみたいだ。
「うちの母です。母さん、華のお父さん。」
玄関先で紹介したら、親同士が挨拶して、母親がうちの中に華パパ招き入れた。
華パパは母親に任せて、オレは着替えようって自分の部屋に行く。華もついて来て、華に見られながら着替えるハメになった。なんか、すげぇ恥ずかしいんだけど。
スウェットはやめとくかって考えて楽めのジーンズ出す。上は、Vネックのピンクニットに白パーカー合わせとく。
「秋。」
ワイシャツ脱いでニット手に取った所に、華が背中から抱き付いて来た。何故素肌に来た。背中に頬擦り寄せられて、ぴきんて固まるしかないオレ。心臓の鼓動が半端なく早い。
「秋、怖い。」
華の声、ちょっと震えてた。
だからオレは、手に持ったニット床に捨てて華に振り向く。
「何が、怖い?」
華の両手はオレの背中に縋り付いて、オレは両手で華のほっぺ包んだ。
見下ろした華は、瞳がゆらゆら揺れてる。
「また、拒絶されるの、怖い。パパ、言ったの。黒くする人から助けて欲しくて、助けてって、手を伸ばしたら、言ったの。」
「………なんて、言ったの?」
華が言葉を切って唇噛み締めてるから、噛まないでって思って親指で撫でて先を促した。
「面倒事を、持ち込まないでくれって。……手、払われた。」
震える声で言って、華はオレの胸に顔を伏せた。そんな華の頭と背中に手を回して、オレは華を抱き締める。
これか、これが華とパパの距離の、大きな原因だ。パパは逃げただけじゃなくて、華を拒絶して、傷付けたんだ。
ずるずると二人で座り込んで、華はオレの膝に横向きになって肩に頬を寄せてくる。背中に回した両手でしがみ付いて来る華のおでこに、オレはキスして、また抱き締めた。
「前はね、二人で、幸せだったの。イチゴも一緒に、パパも、笑ってた。」
ぽつぽつ話し始めた華の声を、オレは黙って聞く。たまに勇気をあげるように、頭撫でたり、キスしながら。
「でも、パパは私を悲しそうに見る事が増えて、ママに会いたいって泣くの。……百合を、返してくれって泣いて、パパは私の前からいなくなった。ずっとね、さみしくて、怖くて、パパの服、持ってたら帰ってくるかもって、待ってた。」
華を置いて海外に逃げたパパは、五年経っても帰って来なかったんだ。なのに今帰って来たのはなんでなんだろう?華の家での涙は、なんの涙?
「華は、どうしたい?今帰って来たパパと、どうなりたい?」
オレの言葉に、華は目を閉じて、オレの首に腕を回してから肩に顔を埋める。ぎゅうって抱き付いてくる華の体を、オレもぎゅうって抱き返して答えを待った。
「わからない。会いたかった…でも今は、わからない。秋がいる。秋がいたら、何もいらない。」
嬉しいけど、悲しい言葉。
華は笑うとあんなに可愛いのに。いろんな事に喜ぶし、感動もする。興味だって持つ。なのに、それをオレしか知らないのは、なんて勿体無いんだろう。
「華、オレは華が好き。大好き。すげぇ大切。だから、離れないよ。側にいる。だから、怯えないで。オレが隣で手を繋いでるから。……華、愛してるよ。」
華の背中撫でながら、オレは本心から、気持ちを伝える。少しでも、華が前に進めたら良いなって、願いも込めて。
「秋、キスして。たくさん、して?」
顔を上げた華がじっとオレを見て強請るから、たくさんのキスを華に贈る。
顔にも、掌、手首、首筋。服から出てる所全部にキスして、唇にも。首に腕回した華が舌を差し出して来て、優しく舐めて、絡め取る。
「秋、サンタのプレゼント、あげるから…私にも秋の全部、ちょうだい?秋が、全部欲しい。」
キスの合間の華の言葉に、理性、ブツんて、焼き切れそう。なんとか意志強く持って、理性繋ぎ止める。
抱き締める腕にぐって力込めて、華の舌を強く吸ってから、離れた。
「すげぇ今すぐ、それもらいたいし、あげたい。でも今は、パパに向き合おう?その後イチゴのケーキ作って、みんなで食べて、そんでプレゼント、ちょうだい?」
荒くなった息整えて、蕩けた瞳でお互い見つめ合う。今すぐにでも溶け合っちゃいたいけど、それは流石にマズイ。
華がこくんて頷いたから、体離してニット拾って着替えた。
華には、うちでの部屋着になったパーカーワンピ渡して、着替えてる間後ろ向く。今見たら、状況考えないで襲い掛かりそうだから、拳握ってぎゅって目を閉じた。
華の髪の毛緩い三つ編みに結い直して居間行ったら、母親と向かい合って座ってる華パパが号泣してた。
何、どうした?って視線で母親に聞いたら、目配せで台所指された。だから今はそっとしとくかって、華連れて台所行く。
後ろにぺったり貼り付いた華のおでこにキスして、イチゴケーキ作るかなって、昨夜焼いておいたスポンジ出して、生クリーム泡立てた。
「華、つまみ食い。」
イチゴに生クリーム付けて、華の口に入れる。華がふんわり笑ってくれて、ほっとした。
「秋、好き。大好き。」
また背中に貼り付いた華が頬擦り寄せて、くれた言葉に、オレは顔緩ませながら、華の為のクリスマスケーキ作った。




