16
それは、突然やって来た。
終業式だけのクリスマスイヴ。
華と手を繋いで校門出たら、車が止まってた。グレーのアウディ。学校周辺じゃあんまり見かけない車種だなぁなんて、ぼんやり考えてた。
「パパ。」
その車見て、華がそう呟いたんだ。
「え?パパ?マジ?あの車?」
動揺したオレが聞いたら、こくんて頷く。
突然だ。でも田所が報告してから一月。娘の部屋に男が出入りしてるって知った父親にしては、行動遅いのかもな。
「華、一緒に行っても良い?」
校門前に停まってるって事は、待ってるのは、華かオレか両方か。いずれにしたって、一緒に行った方が早い。
オレの確認に華は頷いたけど、顔が無表情になってる。だから、車に近付く前に華の顔を覗き込んだ。
「華、怖い?」
また前の無表情に戻ってるのが心配で聞いたオレを見上げて、華は少し表情を和らげた。
「秋がいるから、大丈夫。」
「うん。側にいるよ。」
おまじない代わりに、華のおでこにキスをした。
離さないよって意志を込めて、華の手握り直して車に近付く。オレらが近付くのに気付いて車から降りて来た男は、52歳には見えなかった。短い髪は真っ黒で体もすらりとして筋肉質。まだ四十代前半で通りそうな良い男。
あれがパパかって確認したら、華はこくんて頷いた。
「君が、寺田秋くんかい?」
華のパパは、華にはチラッと視線を向けただけでオレに話し掛けて来た。
繋いでる華の手が、ピクって揺れる。顔は、やっぱり最初の時みたいな無表情になったままだ。
オレは華の手をきゅって握って、見上げて来た華ににっこり笑い掛けてから、華のパパに向き直る。
「華さんとお付き合いしています。寺田秋です。初めまして。」
頭を下げたオレと、華と繋いでるオレの手に視線を向けて、華のパパは頷いた。
「田所から君の事は聞いている。少し、時間を貰えるかな?」
「大丈夫です。」
なんでこの父親は、華を見ないし、華に話し掛けないんだろう。
華も、パパの服と靴、大事に持ってるのに、なんでそんなに無表情でパパを見てるんだろう。
車に乗るように言われて、どこに行くのか聞いたら近くのホテルのラウンジに向かうって言う。だからオレは、華のマンションにしてくれってお願いした。華のパパは何も言わなかったけど、車が華の家に向かって道を変えたのがわかった。
三人共無言のまま、車は華の家のマンションの駐車場に着いた。この前田所が停めてたのと同じ場所だったから、この場所は華の部屋用のスペースなのかなって考えながら降りる。
「華、大丈夫?」
無表情のまま無言の華が心配で、車降りてすぐ顔を覗き込む。
こくんて華は頷いたけど、笑わない。だから、きゅうって抱き締めて華の頭を撫でた。華のパパはそんなオレらを見てたけど、何も言わない。
オレのうちじゃないし、勝手に開けて招き入れるべきじゃないかなって迷ったけど、いつも通り振る舞おうって決めたから、オレが鍵出して玄関開けた。
スリッパは、この家で誰も使わないから無い。でも掃除ちゃんとしてるし、問題無いと思うからスルーした。
「インスタントコーヒーしかないですけど、良いですか?」
「あぁ。気にしないでくれ。」
そう言われてもオレが喉乾いたし、やっぱりお湯沸かす事にする。
台所には、華も手を繋いで連れて来て、華の手はオレの腰に回して抱きつかせた。今は、あんまり離れたらダメな気がしてそうした。
オレがお湯沸かしてる間、華のパパは立ったまま描き掛けの絵を見てるみたいだった。この前のツリーの絵は、今は壁に立て掛けてある。
「口に合わないかもしれないですけど、どうぞ。」
コーヒーの入ったマグカップを机に置いて、声掛けた。
華にはホットミルク。オレが座って、華の手を引いて膝に座らせた。
華のパパもオレらの目の前に座って、でもコーヒーには口付けない。オレは自分のコーヒー一口飲んでから、短く息を吐いた。
「それで、どういったご用でしょう?」
質問したら、華のパパはオレを見て、膝に座ってホットミルクを飲んでる華を、ここで初めてちゃんと見た。
「君は、娘の事は、絵の事も家庭の事も知っていると聞いている。」
そこで言葉を切って、華のパパはコーヒーに口を付けて、眉を少し顰めた。やっぱり口に合わないんだな。金持ちだもんな。
「娘の、絵が変わったのは、君のお陰だと聞いて…会ってみたくなったんだ。」
予想外の台詞に、オレはちょっとぽかんてなった。もっと、娘の家に出入りしてるなんて!とか、勝手に首突っ込むな!とか怒られるんじゃないかって思ってたから。
じーっと目の前に座る華のパパを観察したら、困ってるのかなって顔してる。この人、表情変化少ないし、わかり辛いけど、よく見れば華の事もチラチラ気にしてるみたいだ。
なんだ。やっぱり、無関心な訳じゃないんだ。
「今日、うちでクリスマスパーティーやるんです。狭くてボロいアパートですけど、良かったら来ませんか?」
なんとなくだけど、華も、華のパパも、ここよりうちのアパートのが良い気がした。
「それは…お邪魔だろう。」
「実は田所さんも来るんです。まぁ狭いんですけど、クリスマスって家族で過ごす物なんでしょう?だから、お父さんも一緒に、イチゴのケーキ食べませんか?」
だがしかしって言って渋ってるから、ちょっと無理矢理、そうしましょうって断言したら華のパパは頷いた。
押しに弱い人なのかも。そんなんで社長、大丈夫なのかな?ちょっと心配。
華パパに断って母親に電話したら、母親から気合入れるから時間稼げって指令が出た。今日学校昼までだから飯まだなのになって思ったけど仕方ない。了解って言って電話切った。
「華、お腹空いた?」
電話の間オレのお腹に貼り付いてた華に聞いたら頷いた。ここでなんか作って食うかなぁって考える。
「オレと華、昼飯まだなんです。お父さんは食べましたか?」
「いや、私もまだだ。」
「なら、オレが作るもので良かったら一緒に食べます?」
「あぁ。君は料理が上手なんだったな。ご相伴に預からせて貰っても良いかな。」
「はい。テレビとかないんで退屈かもですけど、ちょっと待ってて下さい。」
冷蔵庫の中身確認して、フレンチトーストにしようって決めた。華が少しでも元気になるように、甘いやつ。リンゴとバナナも余ってるから、スライスしてソテーにしてジャム代わり。
「夕飯ご馳走の予定なんで、軽い物にしておきました。」
「とても、美味しそうだ。」
華パパの前に一皿、華とオレにも一皿ずつ。机に置いて座ったら、華が自分からまたオレの膝に座った。この姿勢の時は、自分から食い物に手を伸ばさない。
仕方ないなぁってちょっと笑って、華の口にフレンチトーストを運ぶ。華パパがびっくりした顔でそれを見てるのが可笑しい。
「美味しい?」
後ろから顔覗き込んで聞いたら華はちょっと笑った。
「秋のご飯は、全部美味しい。」
「ありがと。」
にっこり笑って、華のほっぺにキスをする。普通にしちゃってから父親の前だった事を思い出して、やばいかなって焦る。
オレと華を見て、華パパは目を見開いて驚愕の表情してた。
この表情、ちょっと前に田所がしてたなって頭の片隅で考えて、まぁスルーしとくかって、また華にフレンチトースト食べさせる。
「あの…冷めますよ?」
ほっとくといつまでもそのままこっち見てそうだったから、華が半分食べた所で声掛けた。
そしたら、華パパ、泣いた。
「ほ、本当に、君の手料理は食べられるんだな。華が、食事して、笑って、話した。」
片手で目元隠して、涙流してる。
びっくりしたけど、机の上のティッシュを箱ごと渡しておく。
華のパパは、しばらくそのまま泣き続けた。




