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鍋はオレと田所で食い切った。
うまいうまい言って食ってた田所は、いつも仕事終わるのが遅いからコンビニ弁当とか、華の家にあったみたいな弁当ばっかで家庭の味に飢えてるんだって。
独身男の一人暮らしはそんなもんだって笑ってた。
「お嬢様は、救われたんですね。」
空の鍋片付けて、赤ワインが白ワインに変わって、冷蔵庫からイチゴ出して机に置いた所で、田所が呟いた。
眼鏡の奥の瞳は優しくて、イチゴ食って満足して絵を描き始めた華を見てる。
「田所さん、知ってます?オレに会う前、華が顔見分けてた他人は、パパと田所さんだけだったんですよ。」
「そう、なんですか?」
「反応しなくても、華は聞いてるし見てます。何が本気か、見分けてます。」
眼鏡の奥の瞳が潤んでるのは酒の所為じゃないと思う。
田所もちゃんと人間で、大人のしがらみの中で、華を本気で心配してたのかも。じゃなきゃ、他人に興味無い華は顔を覚えなかったんじゃないかって思う。
でもやっぱりもっと助けて欲しかったって思うのは、オレがまだガキだからなのかな。
「秋くんは、良い男ですね。」
しみじみと笑顔で言われて、思わず笑った。
「田所さんは、良い男じゃないんですか?」
「私は、そうですね。良い男ではないです。」
「なら悪い男?」
「悪くはないつもりですが、どうなんでしょう。」
「それは勝ち目ないですね。うちの親父、すっげぇ良い男だったみたいですから。」
にやって笑って言ったら、田所は苦笑した。
「それは、頑張って良い男にならなくてはいけませんね。…千夏さん、日曜日がお休みなら、私とデートしませんか?」
白ワインのつまみにイチゴ食ってる母親に向き直った田所の瞳は、笑ってるけどマジだ。いつの間にか名前も聞き出したらしい。
「日曜は華ちゃんと遊ぶからダメねー。」
「どちらに行かれるんですか?宜しければ車出すのでお供させて下さい。」
「北海道展行くから、車はどうかしら?道混みそうよね。」
「ならば荷物持ちを致します。デパートに知り合いがいるので、限定品を優先的に手に入れる事も可能です。」
おー、ぐいぐい行き始めた。
どこまで田所が本気かわかんないけど、悪い人じゃなさそうだしほっとくか。
洗い物片付けるかって台所に立ったオレに、華がついてきた。
「秋。」
「なに?」
「大好き。」
「オレも、華が大好き。むしろこれは……愛してる、かも。」
抱き付いて見上げてきた華を抱き返して言ったオレの言葉に、華は真っ赤になった。
「可愛い。華、愛してる。」
赤くなって顔が綻んだ華に、キスする。
「イチゴの味。美味しい。」
舌で華の口の中のイチゴ味堪能しながら目だけ動かして居間見たら、ギョッとした顔の田所と目が合って笑った。でもやめない。
苦笑してる母親が田所に何か話し掛けてるのを目の端で見ながら、オレは甘く蕩けるようなキスで脳みそしびれさせた。
「秋くんは危険人物です。」
帰る田所を玄関で見送ろうとしたら、危険人物認定された。だから、オレは鼻で笑ってやる。
「それはお互い様ですね。母親口説いてる人に言われたくない。」
「それは…そうですね。ですが君はまだ学生です。節度ある付き合いをするべきだと思います。」
「田所さんは高二の時、節度あるお付き合いとやらをしていたんですか?」
「それは…なんとも言えませんが。」
言葉を濁した田所に、オレは笑った。
「大丈夫です。すっげぇ、大切にしてますから。」
「それなら良いんですが。」
話しながら靴履いて、田所を玄関の外に誘導する。背広の背中叩いて、ちょっと体寄せて内緒話。
「うちの母親、まだ死んだ親父のこと愛してるんです。だから、母親の気持ち無視するような事、しないで下さいね。」
ちょっとだけ、釘を刺しておいた。
「それは君にも言える事ですね。」
「そっすね。お互い気をつけましょうって事で!」
呆れた顔で言われて、オレは笑う。
「田所さんも、もし家庭の味が恋しくなったら、オレが家にいる時なら食いに来ても良いですよ。」
「………本気で来ますよ?」
「どーぞ。でも母親が一人の時に来たら出禁にします。」
「わかりました。秋くんに連絡してから、またお邪魔します。」
ご馳走様でしたって頭下げて、田所は帰って行った。
その背中に手を振って見送りながら、母親の幸せについて、オレはしばらく悩んだ。




