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絵を描く黒猫  作者: よろず
二部
40/56

8

 持って行く人は母親を名残り惜しげに見て帰って行った。

 決戦は延長戦突入だ。


「で、口説かれながらどんな話したの?」


 母親が濡らして来てくれたタオルで、腕の中で完全に寝た華の絵の具を落としながら聞いてみる。


「そうねぇ…結構色々聞いたわよ。やっぱりスパイは女が良いのね!」

「それは自分の身を守れるなら良いけど、完全に狙われてたじゃん。その気あんの?」


 隣に座った母親は、笑って首を横に振った。


「私は秋と華ちゃんに孫を期待してるわ!」

「気が早ぇよ。あの人稼ぎ良さそうじゃん。新しい相手見つけたって、親父は怒らない。」

「んー、そうねー。章人(あきひと)さんなら、きっと秋と同じ事言うわ。むしろ次に進めって怒られそう。」


 困った感じのこの顔は、こういう話すると毎回母親がなる顔だ。

 今までも何回かしてきた話。でも毎回、同じ台詞を言う。多分、今も。


「だけど私、章人(あきひと)さんを、今でも愛してるの。あの人以外、いらないわ。」

「そっか。」


 いなくなってから十四年。

 それでも母親は、親父を愛してるって笑顔で言い切る。

 一人の人間を、もう会う事なんて絶対出来なくなった相手を、こんなに一途に思い続けるなんてどんな気持ちなんだろって、母親見てると考える。これは多分、経験しないとわかんないんだと思う。


「華ちゃんのパパは、負けちゃったのね。もう会えない、似てても違う存在を見てるのが、怖くなったのかもしれないわ。」

「………経験者は語る?」


 優しい顔で笑って華の頭を撫でて、母親はそうねって呟いた。

 オレも親父に似てるから。それってやっぱり、怖くて辛い事なのかな。


「そんな顔しないの。私は、秋がいてくれたから、立ってられたわ。あんたがいてくれなかったら、多分、あのままダメになってた。」


 母親の悲しみとか、辛さとか、想像してもよくわかんない。オレの記憶の中の母親は、いつも笑って前向いてた。


「オレ、親父と母さんの息子で、良かった。」

「やだもう!泣かせる気?やだ、もう…」


 声震わせた母親が肩に顔を埋めてきたから、そのまま放っておく。母親が顔埋めた肩のシャツは、あったかい涙で濡れた。



 泣いて腹が減ったって母親が言うから、冷蔵庫にあるもので適当に飯作る。

 母親は、ワンピースが皺になるって言って、オレが華の家に置いてる部屋着に着替えた。

 華はベッドで爆睡中。全く起きる気配なし。


「それで、やっぱり華のパパは再婚したの?」


 飯作りながら聞いた話によると、田所さんが知ってるのは華が中学上がってかららしい。

 ここで一人暮らしをしてる社長の娘の様子を見て、絵を回収するように上司に言われたんだって。


「そうみたいよ。でも再婚相手とは離婚して、パパはずっと海外にいるみたい。滅多に日本には帰って来ないんですって。」

「ふーん。ならやっぱり、再婚相手がママを黒くする人で、華にトラウマ植え付けた人って事だよな?」

「そうなるわね。」


 作った丼飯を机に置く。冷凍しておいた豚肉で作った豚丼。


「華ちゃん、田所さんが話し掛けてもなんにも反応しないし、無表情だったんですって。だから秋と会話して笑ってるの見て、すごく驚いたって言ってたわ。」


 豚丼頬張りながらの母親の言葉で、昨日のあの人の驚愕の表情の意味がわかった。

 もしかしたら、話聞きたくて待ってたは良いけど、反応なくて無視されてて困ってたのかも。


「でもさ、華に敬語と挨拶の仕方教えたのってあの人だったんだろ?無反応なのにどうやって教えたんだろ?」

「あぁ、それね、反応ないけど、何回も言い続けたらしいわ。個展に連れて行くのに挨拶が必要だったから、刷り込めば覚えるんじゃないかって。」


 あの人も苦労したんだな。刷り込みは成功して、華は挨拶出来るようになってるから、無駄じゃなかった訳だ。


「でもさぁ、いくら仕事とはいえ、五年もここに通って、あの惨状も飯食えないのも知ってて放っておくなんて、冷たくねぇ?」


 納得出来ないって顔して言うオレを見て、母親が苦く笑った。


「それはね、仕方ないのよ。雇われてる会社の社長のお嬢さんよ?下手に口出しや余計な事をして不況を買ったら仕事失うかもしれないんだもの。下手な事は出来ないもんよ。」


 大人の事情ってやつなのかな。でもやっぱり、オレはあんまり納得出来ない。


「秋が納得出来ない、それでもオレなら助けるって思うならそう行動しなさい。でも、みんながみんな、それが出来る訳じゃないのよ。」

「……そういうもん?」

「そういうもんよ。」


 豚丼掻き込んで食い切って、食器片付けるのに立ち上がった。

 世の中色々だよなって、無理矢理納得する。


「田所さん、他には華とパパの事何か知ってた?」


 食器シンクで水に付けて戻って聞いたら、母親はそうねぇ、って呟いて頬に片手当てた。


「パパの年齢は52歳。大きい会社の社長で、趣味は美術品を集める事。特に絵画が好きで、華ちゃんのママにべた惚れだったみたい。なんとか口説いて結婚して、ママは出産時に出血が酷くて亡くなってしまったんですって。それからは華ちゃんと二人きりで日本で過ごして、華ちゃんが五歳の時に再婚。その人に華ちゃんを任せて海外での仕事もこなし始めて、家を開ける事が増えて、ある時家に帰ったら華ちゃんが笑わない事に気付いたんですって。それに、家の中ではママが描いた絵が真っ黒。これはおかしいって問い詰めたら再婚相手発狂。笑わなくなった華ちゃんとコミュニケーションが上手く出来なくなって、海外逃走中。とまぁ、こんな所かしら。」


 だいぶ知ってんじゃねぇか、田所!!!


「何それ、ほぼ全てだよね?オレには、『私は雇われている身なので、社長のプライベートまでは存じ上げません。』とかすましてた癖に全部知ってんじゃん!すっげぇムカつく!!」

「やだ秋、田所さんの真似うまい!」


 母親茶化して笑ってるけど、オレはブチ切れてんだ!

 決めた!母親もその気ねぇし、ぜってぇ田所の恋路邪魔してやる!!


「まぁやっぱり母の女スパイが良かったのねぇ。女には重要機密もポロっと言っちゃうらしいじゃない?」

「何がポロっとだよ。てかさ、秘書の癖に自分の会社の社長のプライベートポロっとしたら不味くねぇ?社会人失格じゃねぇ、田所。」


 もうあの銀縁眼鏡野郎は田所だ。敬称なんてつけてやんねぇ。冷酷銀縁眼鏡田所。

 腹の虫がおさまんないオレは、洗い物母親に任せて風呂で熱いシャワー浴びて、ベッド潜り込んで華抱き締めて寝た。

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