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絵を描く黒猫  作者: よろず
二部
39/56

7

『やばい。持って行く人に遭遇!

 母親に会いたいって。

 明日、16:30華の家集合!』


『それやばい!身辺調査?

 母、気合い入れなくちゃ!

 16:30了解^_^』


 バイト終わって華のマンション行ったら、自動ドアの所で待ってた母親は確かに気合い入ってた。

 出掛ける時用のベージュのダウンコートの下は、オレがデートでも行って来いって去年買ったダークグリーンのワンピース。ベージュのストッキングに黒いヒール合わせて、鞄も外行き用の黒革鞄。この鞄は、初バイト代でオレが買った。

 化粧もバッチリ。髪もシンプルなコームで夜会巻き。


「若返ったな…。」

「まだまだイケる?」

「イケるイケる。三十代に見える。」


 母親はまだ44歳だけど、普段は化粧ほとんどしないし、うちにいる時はスウェット。仕事の時もジーンズが多い。

 今目の前にいる母親は、綺麗なお姉さん風だ。息子の贔屓目で見なくても美人だと思う。


「さぁ!決戦よ!気合い入れるわよー!」


 お前は何と戦うんだって思ったけど、黙って鍵出して自動ドア開錠した。エレベーターの中で昨日の事簡単に説明しとく。


 玄関のドア開けたら持って行く人の革靴が揃えて置いてあったから、もう来てるみたいだ。

 絵の部屋に続くドア開けて見えるのは、昨日と同じで華の背中。でも今日は、絵が完成してる。


「秋、おかえり。」


 絵に見入ってたら華が振り返って笑った。


「ただいま、華。」


 にっこり笑い返したオレに絵の具だらけの華が駆け寄って来て、両手でほっぺ包んでキスする。


「華、この絵、オレがいる?」


 完成してる絵は、体育の授業のマラソンコース。色付いた木が両脇に並んだ並木道。落ち葉が絨毯になったそこは、丁度オレが華を追い越すのに肩を叩いた場所。人はいない風景画だけど、オレがいた景色。


「秋、いるよ。」


 華がにっこり笑って言うから、絵の具だらけなのも忘れてぎゅうって抱き締めた。


「この絵も、好きだ。」


 ぎゅうぎゅう抱き締め合う華とオレの横で、母親も微笑んで絵を見てる。最近の華が描く絵はあったかい。観てて幸せになる。


「田所さん、お待たせしてしまってすみません。」


 抱き締めてた華から少し離れて、また気配消して観察モードだった持って行く人に向き直った。


「うちの母です。」

「初めまして。秋の母です。」


 母親がにっこり外行きの顔と声で挨拶する。けど、反応がない。

 なんだろって思って持って行く人をよく見たら……もしかしてこれ、母親に見惚れてないか?表情わかりにくい人だけど、眼鏡の向こうの瞳が母親に釘付けな気がする。


「失礼致しました。あまりにもお美しく、こんなに大きなお子さんがいらっしゃるように見えなかったもので些か驚いてしまいました。お嬢様の父上の会社で秘書をしています、田所と申します。」

「まぁ、お上手な方ですのね。」


 立ち上がった持って行く人が懐から名刺入れを出して、名刺を母親に差し出した。

"AZUMAホールディングス秘書課 課長補佐 田所(たどころ) (とおる)"

 母親の肩越しに覗いた名刺にはそう書いてあった。よくわかんないけど、とりあえず下の名前はわかった。


「華ちゃんのお父様、絵を売るお仕事をなさってるんじゃなかったかしら?」

「そちらは社長の副業のようなもので、趣味に近いものです。ところで、下のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?お母様とお呼びするにはまだまだお若い。」

「あらあら、もう四十過ぎているのでお母様で構いませんわ。」

「まさか、そうは見えません。私よりもお若く見えます。」

「あら、田所さんはお幾つなのかしら?」

「35です。どうぞ私の事は透とお呼び下さい。寺田様の下のお名前、お聞かせ下さいませんか?」


 ………母親、口説かれ始めた。

 35より下に見えるって、どんだけだよってツッコミたくなるから、大人は大人に任せて華の手を引いて離れた。

 冷蔵庫開けて、昼飯に食べるかなって思って作っておいたサンドイッチが手付かずで残ってるのを確認する。


「華、お腹空いた?」


 オレの背中に貼り付いてる華に聞いたらこくんて頷いた。

 華を背中に貼り付けたまま冷蔵庫からサンドイッチ出して、牛乳とお湯沸かす。

 二つのマグカップはコーヒー淹れて大人二人に。ホットミルクは一つのマグカップに淹れて華と一緒に飲む用。マグカップ、三つしかこの家に置いてないから足りないんだよな。


「どうぞ。」


 持って行く人と母親の前にコーヒー置いて、チラッて母親見た。任せとけって顔してるから、任せよう。

 台所にホットミルクとサンドイッチ取りに行って、両手に持って絵の前に行く。

 背中に貼り付いてた華は、オレが座ろうとしたら離れて、胡座かいたオレの膝の上に座った。

 新しく出来た絵を眺めながら、華の口にサンドイッチ運んで、オレはホットミルク飲む。

 ちらほら後ろから聞こえる会話は、持って行く人の歯が浮くような口説き文句を母親が受け流しながら、仕事のこと、華の父親のことを聞き出してる。下の名前は、母親は教える気がないらしくてのらりくらりと躱してる。

 オレが知る限り親父一筋で、デートとか行ってるの見た事ない母親。綺麗な人だし、実は口説かれ慣れてるのかも。躱し方が上手い。


「秋、華ちゃん。うちで夕飯食べるわよ!」


 サンドイッチもホットミルクも空になって、バイトで疲れてたから華抱き締めながらうとうとしてた。

 そんなオレの後ろから母親が掛けて来た声で、微睡みから引きずり出された。


「田所さんもうちで食べるって仰ってるから、買い物して帰るわよ!」


 どうしてそうなった。

 うとうとしてる間に陥落したのかって思って、母親と持って行く人を見る。

 母親は普通の表情だけど、持って行く人、眼鏡の奥の瞳蕩けさせて母親見てる。まるで別人だ。陥落したのは持って行く人らしい。


「どうせ報告するなら、華ちゃんがよく来るうちも見てもらった方がわかり易いでしょう?その内お嫁にもらうんだから、お父様にも良い印象与えなくっちゃ!」


 いつの間にか華は嫁決定みたいだ。オレに異論はない。出来るならすぐ結婚しちゃいたいくらい華が好き。


「華、起きて。」


 いつの間にか、華も一緒に寝てたみたいだ。オレに体預けて眠ってる華を揺り起こす。


「秋、眠い。」


 華がぐずって首に腕を巻き付けて来た。


「お嬢様は、秋くんにだいぶ心を許しているのですね。」

「そうですね。私も"秋の母親"だから、華ちゃんは懐いてくれたんだと思います。」

「いえ、それはきっと寺田様の人柄が成せる技なのではないでしょうか。」


 おいおい、いつの間にか秋くん呼びかよ。未亡人に恋ってありか?持って行く人、指輪してないし、恋人もいないのかな?

 クール系イケメンなのに、クール過ぎてモテないとかか?確かに、最初に会った時絶対零度の視線ってこのことかって思ったもんな。


「秋、華ちゃん目が覚めたら着替えさせてあげて後からいらっしゃい。先に帰って買い物して夕飯作っておくから!」

「そうですね。荷物は私がお持ちします。」


 華抱き締めたままくだらない事考えてたら勝手に話が進み始めて、ちょっと焦る。


「あー……それは、まずくないか?」


 捕食者の瞳をしてる男と母親を二人にして大丈夫なもんか悩む。

 いくら母親が大人であしらい慣れてるとはいえ、家の中で二人になるかもしれないのは、危なくないか?


「華、華起きて、うち帰って寝よう。着替えて。」

「いや。眠い。」


 これは、ダメなやつだ。

 昨夜あの後もずっと絵を描いてて、仮眠だけ取って、さっきまでずっと描いてたんだろうから、よっぽど眠いんだと思う。


「秋くん、お母様は任せて下さい。」


 任せらんねぇ。その瞳をやめろ。

 母親が新しい恋とかしても良いけど、相手が九つ年下でも全然構わないけど、なんかすげぇ心配。この人、いざとなったら強引な気がする。にっこり笑ってるけど、笑ってない。瞳ギラついてる。危険人物。


「母さん、今日はやめない?華、こうなったらしばらく起きないし。」

「そうねぇ、無理矢理起こすの可哀想だし、今日はうちだけ見てもらおうかしら?」

「いや、それもまた今度に、オレが家にいる時にしよう。田所さん、報告って急ぎます?」


 母親は自分を過信してるのか、もう枯れてるとでも思ってるのか、警戒心足りない。

 だから、やっぱり今日はやめさせよう。


「なるべく早い方が良いですが、急ぎという程でもありません。」

「なら、木曜。木曜、仕事何時に終わりますか?」

「18時には終わらせます。」


 即答。絶対いつもはそんな早く終わってないんだな。


「なら木曜に。住所教えるので、直接うち来てもらっても良いですか?夕飯もその時で。」

「それで構いません。」


 よし!とりあえず今日回避。

 母親に持って行く人とした話詳しく聞いて、注意促しておこう。

 それでも母親が選ぶとかなら、好きにしたら良い。

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