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絵を描く黒猫  作者: よろず
二部
37/56

5

 木、金は華はうち泊まって、今日はオレがバイトだから絵を描くって言って一緒にうちを出た。

 マンションの自動ドアの向こうに華見送って、オレはバイト向かう。

 今から絵を描くなら、夜も明日もうちには来ないだろうなって思って、母親にもそうメールしといた。

 バイトの後は夕飯と明日の朝飯の買い物してから華のマンションに行く。

 オートロックの自動ドア鍵で開錠して、エレベーター上がって、玄関開けた。ら、男物の茶色い革靴がある。オレのじゃない。ってことは、父親か…持って行く人?

 考えながらリビングダイニングのドア開けて真っ先に目に入ったのは、絵を描いてる華の背中。

 そこから右に視線移したら、男が床に正座してた。ビシッとスーツ来て、銀縁眼鏡の男。華の方向かって正座して、首だけ動かしてオレを見上げてる。


「どうも。えーっと…持って行く人、ですか?」


 あんまり表情が動かなそうなその男は、冷たい視線でオレを見てる。気不味い。


「秋、おかえり。」


 オレに気付いた華が、筆とパレット置いて駆け寄って来た。抱きつこうとした華を、すっげぇ残念だけど肩おさえて止めた。まだ乾いてない絵の具があちこち付いてる。


「ただいま、華。絵の具だらけ。」


 抱き締められない代わりにおでこにキスした。一応初対面の人に見られてるから、唇は我慢。


「秋、秋、お腹空いた。」


 嬉しそうに笑って餌を強請る華。可愛いけど…そこで目見開いた驚愕の表情してオレらを見てる男はスルーなの?


「華?ご飯の前に、この人は?もしかして持って行く人?それともパパ?」


 年齢的にはどっちとも言えない。でもパパにしてはちょっと若いかな。四十はいってなさそう。三十代半ば、くらいかも。

 オレの質問で、華は初めて男に気付いたっぽい。首傾げてからオレの目線辿って男を見た。そんですぐ、興味無さげにしてオレに向き直る。


「パパじゃない。」

「なら、持って行く人?まだ絵描けてないけど?」


 華も首を傾げてる。

 もしかして不審者じゃないよなって不安になって、華を背中に隠してから男に向き直った。


「オレは寺田秋と言います。あなたはどなたでしょうか?」


 何かに驚いて硬直してる男に声掛けたら、ゆっくり硬直から解けて男が立ち上がった。

 オレと同じくらい高い身長で、黒髪をオールバックに固めてる。やっぱり顔は、冷たい印象。


「私は、お嬢様のお父上の会社で秘書として雇って頂いている田所と申します。」


 お、お嬢様って…華の事、だよな。


「華、この人、持って行く人?」


 背中に隠した華に小声で確認したらこくんて頷いた。なら良かった。一先ず警戒は解く。


「とりあえず、お茶淹れるんで飲みます?」

「お構いなく。私はお嬢様に伺いたい事があるだけですので。」

「はぁ…。椅子も座布団も無くて申し訳ないですけど、座って下さい。」


 なんでそんなにずっと驚愕の表情で見てくるんだろ。それに、お嬢様が気になって仕方ねぇ。

 てか、この人、もしかして華が絵を描いてて気付かないのをじっと正座で待ってたのか?どんくらい待ってたんだろ。大変だな。


「華はとりあえず手を洗おう。顔にも絵の具付いてる。おいで。」


 話をするにも絵の具だらけじゃマズイかなって思って、エコバック持って無い方の手で華の背中を押す。

 食材の入ったエコバック台所に置いて、華を洗面所に連れて行って絵の具を落とさせる。


「華、あの人いつからああやって座ってたのかな?」


 濡らしたタオルで顔の絵の具を拭いながら聞いてみたら、華は首を傾げてる。


「あの人が来たの、気付かなかったの?」


 こくんて頷く。

 そんなに集中してたのかって思うけど、オレがここに来ると華はいつもすぐ気付いて振り返るから、そんな事もあるのかって考えて首を捻る。


「秋は足音でわかる。」

「それは…他の人の時は気付かないで、ずっと絵を描いてるって事?」


 褒めてみたいな顔で頷いてるけど、危ねぇだろ!あの人が不審者とか泥棒だったらって考えるとゾッとする。


「華、今までよく無事に生きてたね。」


 華はやっぱり危ない。不用心。一人にしちゃダメ。再確認して、ぎゅうって抱き締めた。

 長い事待ってたかもしれない人をこれ以上待たすのも可哀想だし、すぐに体離して部屋に戻る。

 オレは飯作るかって思って台所入って、華までついてきていつもの場所で体育座りしようとするから、止めた。


「華、持って行く人が話あるって言ってただろ。ずっと待ってるよ?」

「秋、お腹空いた。」


 華、話、聞く気ないな。

 どうしたもんかって考えて、とりあえずお湯沸かす。その横で牛乳沸かしながらりんご切って、ウサギに剥いた。

 湧いたお湯でインスタントコーヒー二つ作って、華には温めのホットミルク。ウサギリンゴ皿に乗せて、机に運ぶ。


「安いインスタントコーヒーですけど、どうぞ。」


 コーヒーの一つは持って行く人の前に置いた。

 自分のコーヒーとホットミルク持って、華を呼ぶ。


「華、話終わったら夕飯作るから、とりあえずウサギリンゴで我慢して。」


 こくんて頷いて、華はオレの膝に座ってホットミルク飲んでる。ウサギリンゴは…食わせろって目で訴えられたから口に運んだ。


「田所さん、でしたっけ?華にこれ食わせたら、オレ外しましょうか?」


 さっきから驚愕の表情したままオレと華を見てる持って行く人に確認してみる。オレがいたら出来ない話かもしれないし。


「いえ。……寺田さん、と仰いましたか?失礼ですが、お嬢様とはどのようなご関係でしょうか?」


 これはオレ、警戒されてるな。

 そりゃそうかって思いながら返事する。


「彼女とはクラスメイトで、お付き合いしてます。」

「この部屋の掃除や調理器具を揃えたのはもしや貴方が?」

「オレがやりました。」


 持って行く人は、華にウサギリンゴ食わせながら答えるオレをまじまじと見てる。


「ここで一緒に暮らしている訳では、ないですよね?」


 疑いの眼差しを向けられた。

 華に話って、この事だったのかも。最近オレの荷物も置いてるし、食器とかも二人分買って置いてある。


「よく泊まりますが、変な事はしてませんし、大抵は彼女を母親もいるうちのアパートに連れて行って、そこで過ごしてます。華への話ってその事ですか?」


 オレとオレが手に持ったウサギリンゴ食いながら膝に座ってる華、交互に見て、持って行く人は頷いた。


「十月頃からこの部屋が綺麗になり、私が来る度に回収していたゴミもきちんと分別されて定期的に捨てられている。台所には調理器具が揃い始めて、最初はお嬢様がやる気になって下さったのかと思いました。しかし、社長の物とは違う男物の服や持ち物がこの部屋にあるのを見つけて、社長に報告する前にまずはお嬢様へ確認しなければとこちらに参りました。ですが何度来てもお嬢様の不在が続き、今日やっとお姿を拝見出来、お話のチャンスを伺っていた次第です。」


 なるほど、よく舌が回る人だ。


「不在だったのは、うちにいたからですね。最近は絵を描く時以外はうちにいますから。」

「そうですか。……お嬢様は、あなたが作った物を口にされるのですか?」

「オレと、うちの母が作ったものなら、食べます。」


 冷たい顔が、ほっとしたみたいに緩んだ。この人も、華の事は気に掛けてたのかな。でも、それにしては最低限だったけど。


「あの、オレからも会えたら聞きたかった事があるんです。聞いて良いですか?」


 持って行く人は、どうぞって感じでオレを見た。だから、どれから聞こうか少し悩む。


「華のあの生活を知ってたのに、あなたが放置してたのはどうしてですか?」

「それは、私の仕事ではないからです。」


 迷いなく言い切られた。

 やっぱりそういう事かって、納得。


「あなたの仕事は、華が描いた絵と食料を運ぶ事ですか?」

「そうです。その際に気付いた事を社長に報告します。」


 仕事人間って事かな。だから、華に助けの手を伸ばさないし、華もこの人に興味無いんだ。


「秋のご飯、食べたい。まだ?」


 ウサギリンゴ一つだけ食べて、ホットミルク飲み切った華がオレを見上げて来た。もう飽きたって顔に書いてある。


「華、今日は朝飯しか食ってないんです。オレももう少し聞きたいこともあるんで、田所さんも一緒に食べませんか?」


 スーツ姿だけど、華が気付くまで待ってたんだから、仕事じゃないのかなって思って誘ってみた。

 華のパパの事聞きたいけど、華に飯食わせてやりたい。

 持って行く人は、少し悩んでから頷いた。


「頂きます。」

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