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ピンと冷たい空気の中、校舎の周りを男子は五周。女子は三周走る。
この時期の体育はマラソン。走るの好きだから、運動部連中のちょい後ろをキープ。祐介も同じペース維持して隣を走ってる。
二周目の途中で、散歩してる華を見つけた。全くやる気ねぇ姿に笑みが零れる。
追い越す時に肩叩いて手を振った。オレに気付いた華が柔らかい表情で手を振り返してくれる。
華は学校ではほとんど無表情。よく笑うのはうちにいる時か、完全にオレと二人きりの時くらい。それでも学校で微かに動く表情の変化も可愛くて好きだ。
オレが五周走る間、華はマイペースにずっと散歩してた。
走り終わった奴らがどんどん戻って来て、オレと祐介がストレッチ終わって汗も引いてきた頃に華が帰って来た。絶対三周してない。でももう授業終わるから戻されたみたいだ。
「華!筋肉痛、大丈夫?」
駆け寄って聞いたら、華が頷く。
「ストレッチしなよ。手伝ってあげる!」
終わった奴らがストレッチしてる所に手を引いて連れて行って、華にもストレッチさせる。華って身体は柔らかいんだよな。前屈すると膝にぴったりおでこがつく。
前屈する華を手伝いながら、ちょっと不埒な想像しちゃって、慌てて追い払った。
体育教師の号令で集合掛かって、華を立たせて向かう。挨拶して更衣室向かおうとしたオレに、体育教師が声掛けてきた。
「東に体育もやる気出させてくれたら助かるんだけどな。」
「あー……サッカーは頑張りましたよね。マラソンは無理じゃないっすか?」
笑って適当に流す。教師連中に華の保護者扱いされてる気がする今日この頃。
「華、今度マラソン頑張ったら焼きリンゴ作ってあげる。」
「走るの嫌い。」
ほらねって顔で体育教師見とく。
華が汗流して持久走する姿は想像できない。でも想像したら可愛い。赤い顔で必死に走る華。きゅんきゅんする。
「……焼きリンゴ食べたい。」
「わかった!明日作る!」
明日はバイトないから、帰ったら作ってあげようって決めて手を繋いで更衣室向かった。
そんなオレを体育教師ががっかりと呆れ混じりの顔で見てたけど、シカトだ。オレは華にベタベタに甘いんだから。
汗吸った体操着から制服に着替えて教室戻ったら、思ってた通り華のお団子が崩れてた。
体操着って頭から被るから、お団子崩れないように着替えるなんて華はしないだろうなって思ったんだよな。
「華、髪ほどくよ。」
絵を描いてる華が頷いたの確認して、自分の机にケツ半分のせて華の後ろに立つ。髪止めてるピン抜いて、軽く梳かした所で予鈴が鳴った。オレの鞄に入れておいた黒猫のシュシュで簡単に右耳の下で一つに結って、華のつむじとおでこにキスしてからオレも席戻った。
「寺田。頼むから、学校で堂々とそういう事するな。」
クラス担任の現国の授業だったから、教壇の上からげんなりした顔で注意された。
「影でこっそりむっつりより良くねぇ?」
にやって笑ってるオレ見て、担任はでっかい大袈裟な溜息吐いてる。
「鈴やん、がんばー。」
「鈴木先生と呼べって言ってるだろう。」
クラスの連中が担任の応援してるけど適当だ。
担任がちゃんと鈴木先生って呼ばれてる所はあんまり見ない。親しみ易い感じの人だからな。
マラソンの後の現国、眠い。子守唄聞いてるみたい。目の前の華の華奢な背中眺めてなんとか起きてる。白いうなじ、噛みつきたい。
華は窓側の席になってから、授業中よく外を見てる。空見上げたり、飛んでる鳥眺めてたり、体育の授業してる校庭眺めてたり。
そんな華をオレは授業聞きながら視界に入れる。こんな時は、やっぱ後ろの席で正解だったかなって考える。
昼休みになったら、華はオレの膝に来る。窓側の壁に寄り掛かって横向きに座って、餌待ちのポーズ。
「東さんのその姿勢も定着したよなぁ。」
祐介は自分の席で弁当食いながらこっち見てる。
「可愛いよな!」
デレデレに笑いながら、オレは華に弁当食わせる。
華が終わるとオレが食わされて、飯の後は華はそのまま膝の上で絵を描く。そんな華を後ろから抱き締めて、祐介とくだらない話をよくしてる。
今日もくだらない話で笑って、祐介がふと華の絵を眺めた。
「東さんの絵っていつも人いねぇよな。」
「それなぁ……なんでなんだろ?」
今華が描いてるのは窓から見えるグラウンド。まるで存在しないみたいに、人は描かれてない。
華が人間を描くのは、一度も見たことない。描いたら上手そうだけど、なんかあるのかな?
「人は、難しい。」
華が手を止めてそんな事を言った。
「難しいの?」
「写し取る事は出来る。けど、それだけ。」
「写真みたいな絵って事?」
華はちょっと考えるように止まって、首を横に振る。
「中身がなくなる。」
華の言葉は謎掛けみたいなのが多い。祐介も考える顔になってる。
でも、なんとなくわかった。
華が本気で気合入れて描いた絵は、観ると伝わってくるものがある。多分それが、人間描くとなくなるんだ。それは、華がずっと独りだったから。他人に興味が無かったから。だからわからなくて、難しい。
「ずっと一緒にいるから、いつか、オレの事描いて欲しいな。」
首だけ振り向いてオレをじっと見た華は、少し笑った。
「秋なら、描けるかも。」
「そうだったら、すげぇ嬉しい。」
とろけた顔になって、オレは微笑む。そうだったら良いなって願望抱いて、華のこめかみにキスした。
いつか、華が描く人間の絵、観てみたい。




