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絵を描く黒猫  作者: よろず
一部
28/56

月曜 5-1

 土曜と打って変わって機嫌の良いオレを見た祐介に、朝一で笑われた。

 教室入ってすぐ寄って来て、オレと挨拶したら華に向き直る。


「おはよう、東さん。オレ佐々木。」


 毎朝の恒例になりつつある、祐介の名前覚えてもらおう作戦は中々上手く行ってない。華は相変わらずチラ見で、祐介のことは"秋の友達"って呼んでる。しかも挨拶意外は反応しない。

 これ見てたら、オレが華に好きって言ってもらえたのは奇跡なんじゃないかって思えてくる。


「顔は認識されたんじゃねぇの?"秋の友達"。」


 今日も撃沈した祐介が肩落として鞄置きに来たオレの後ろ歩いてるから、笑ってやった。


「手強いな、東さん。オレもいつか佐々木くんって呼ばれたいんだけどなぁ。」

「あーでもそれはそれで腹立つな。」

「んだよ。独占欲強いやつは嫌われるぞ。」


 祐介の言葉は鼻で笑ってやる。


「華はそんなんじゃ嫌わない。」


 うんざりした顔の祐介と戯れてから、鞄置いて絵を描く華を眺めに行く。

 テスト週間終わって今日から通常通りの授業。バイトもあるし、華と一緒にいられる時間が減るから可能な限り側にいたい。

 今日の華の髪型は母親がやった一本の編み込み。イチゴ味の唇も柔らかそうで、キスしたい。

 いつもみたいに机に置いた手に顎のせて眺めるオレ。そんなオレを華が瞳に映してふわって笑ってくれた。

 あーやばい。幸せで溶ける。

 溶けそうになりながら華眺めてたら担任が来て、華の頭にキスして自分の席に向かう。


「寺田、学校では程々にな。」


 それを目撃した担任に一言言われたけど、笑って聞き流しておいた。

 授業の合間の短い休み時間も溶けそうになりながら絵を描く華を見て、たまに華がオレを見て笑ってくれる。一ヶ月でここまで変わったオレらに、クラスの連中の目も優しく…てか、生温かくなった。

 傍観しててくれるから別に害はない。むしろオレがバカップルオーラ出し過ぎて害かもしんねぇ。気にしねぇけど。

 四時間目の移動教室は、また警戒しとく。

 一緒に美術室行って、予鈴ギリギリまで華にべったり張り付いた。予鈴鳴ったらまたあとでって額にキスして、オレは二階に走る。

 美術室出る直前、チラっと振り向いたらやっぱり三人組は華を見てた。



 テスト週間後の音楽の授業は発表がテスト。今までペアで練習してた曲を前に出て、順番に発表する。

 オレと祐介はそこそこ。普通。悪い点数じゃないだろって感じで終了。

 チャイムと同時に音楽室から出て華の所に走る。

 階段下りきった所で、女の叫び声が聞こえた。

 まさかって思って美術室の扉壊す勢いで開けて華を探す。美術室の中の人間が視線を向けてた先の床に、華が座ってた。大きく口開けて必死に息吸って、苦しそうに両手で喉引っ掻いてる。過呼吸だ。

 持ってた教科書捨てて駆け寄って、華の体支える。袋なんてないから、代わりに片手で鼻と口を覆った。


「華、華、ゆっくり…息して。」


 声掛けたら、苦しくて見開いてた目を動かして華がオレを見た。

 安心したみたいに、強張ってた体から力が抜けてくのがわかる。

 震えてる両手伸ばしてきたから、そのまましたいようにさせる。オレの頬に触れた華の右手には、真っ黒な絵の具がべったり付いてた。


「秋…」


 呼吸が落ち着いて来て、華が震える声でオレを呼ぶ。

 口と鼻を覆ってた手を離して、そのまま口を拭ってやった。


「黒は、嫌…」


 真っ直ぐオレを見てそう呟いた華の目から、涙が溢れて落ちた。

 洪水みたいに静かに涙を零してる華を抱き込んで、オレは周りに目を走らせる。

 机の上には、完成してる華の絵本。開いたページに黒い絵の具がべったり付いてる。そのすぐ側に立ってるあの三人組の一人。手に、黒い絵の具のチューブ握ってた。

 華抱えたまま立ち上がって、その女蹴倒す。倒れた女の腕踏み付けて見下ろした。


「へし折ってやろうか?」


 踏み潰す勢いで足に力入れたら女が泣き叫び始めた。

 謝っても、誰が許すか。


「今度華になんかしてみろ。本気で折る。」


 泣きじゃくってやがる女踏み越えて教室出ようとしたら、野次馬の中にいた祐介と目が合った。


「保健室。荷物持ってく。」


 祐介の言葉に頷いて、しがみ付いたまま静かに泣いてる華を抱えてオレは保健室に向かった。



 保健室の先生に事情説明して、ベッド借りた。

 華を抱いたままベッドに座って、しがみ付いてる華の背中を摩る。

 泣きながら何度も、華はオレを呼ぶ。オレは呼ばれる度に、ここにいるよって返事をした。

 保健室の先生がタオル濡らして持って来てくれたから、華の真っ黒になった手を拭う。すぐタオルは黒く染まって、新しく持ってきてもらったやつで、オレも自分の頬を拭いた。


「秋、東さんは?」


 オレと華の教科書回収した祐介が来た頃には、華は泣き止んで膝の上でぼーっとしてオレに凭れてた。


「今、美術室大騒ぎ。美術の先生がすげぇ剣幕で犯人の子達問い詰めて、最終的に泡吹いて倒れた。」


 祐介が遅かったのは、一部始終見てからこっち来たからみたいだ。


「何千万の絵がって騒いでたけど、どういう意味だろ。」


 美術の教師は、やっぱ華の絵の事知ってんだなって思った。でも絵よりも華だろって、ムカつく。

 あの教師、過呼吸になってる華を遠巻きに見てやがって、助けようとしなかった。


「あいつら、なんでこんな事すんだろ…」


 ベッド脇の椅子に座った祐介が、呟いたオレを見て、目を伏せた。


「秋の、ファンだって。隣のクラスのやつに教えてもらった。」

「………マジ怖ぇ…なんだよファンって。」

「秋のせいじゃねぇよ。……早退すんなら、二人の鞄、持ってこようか?」

「…うん。……華、今日はもう帰ろう?」


 くったりしてる華に声を掛けたら、こくんて小さく頷いた。

 その後は、保健室の先生に早退の届け書いてもらって、祐介が担任に連絡と荷物持って来てくれたりした。

 華はオレから離れようとしなくて、両肩に二人分の荷物掛けて、華を抱っこしてオレのうちに帰った。華のマンションより、うちのが良い気がしたんだ。



 うち着いて、制服も洗わなきゃって思った。二人の制服、所々黒い絵の具が付いてる。


「華、風呂入っておいで。綺麗に落とそう。」


 華を風呂場に連れて行って、オレは着替え取りに母親の部屋行く。着替え持って脱衣所戻ったら、制服の抜け殻が落ちててシャワーの音が聞こえた。

 拾った華の制服は、ワイシャツの右側の首元が一番酷かった。もう落ちなそうだ。スカートは無事。ブレザーは少し指の跡があるくらい。

 華が出る前にオレも自分の部屋に着替えに行った。オレのブレザーの左肩には、華の手形がついてた。でもだいぶ掠れた跡だったから、これも洗えばなんとかなりそうだ。

 自分のブレザー持って部屋出たら、華がびちゃびちゃの頭で脱衣所から出てきた。


「華、髪拭いてちょっと待ってて。軽く洗っちゃう。」


 交代で脱衣所入ろうとしたら、華に抱き付かれた。だから、制服は捨て置く事にした。

 制服床に捨てて、抱き付いて来る華の背中と膝裏に手を回して抱き上げる。そのまま居間に行って、座って華の髪拭いた。


「ねぇ、華。黒くする人は、華に何をしたの?」


 じっとしたまま髪を拭かれてる華に聞いてみた。

 手作りの飯が気持ち悪いのも、過呼吸起こしたのも、原因の根本はそいつだ。そいつは、華に、何をした?


「毎日、ママの描いた絵を、真っ黒に塗るの。ママの絵があるからいけないんだって。嘘で笑って、ご飯作って、食べないと怒って泣くの。あの人はパパが欲しくて、ママとわたしが邪魔だったの。」


 後妻狙いか再婚相手か…どっちにしろ、父親は華を守ってなかったって事か。

 タオルどかして、華の髪掻き分けて顔を出す。じっとオレを見てる華は、無表情。引っ掻いた首に、赤い爪の跡が付いてた。


「痛かったね。」


 首筋の引っ掻き傷に、唇を這わせる。そんなんで癒される訳ないってわかってるけど、そうせずにいられなかった。


「秋…」


 傷に唇這わせてるオレの髪を華が撫でた。


「秋、好き。大好き。」


 見上げたら、華がオレを見て小さく笑ってた。


「オレも、華が大好き。」


 そのまま、唇重ねた。

 いつでも華が逃げられるように、両手は肩に添えるだけ。隙間からゆっくり挿し入れた舌で、傷を癒すみたいに優しく華の口の中を舐める。奥に逃げてた舌を見つけて、舌先で突ついて、誘い出して、絡めた。

 お互い目を開けたまま、じっと見つめ合って、深く繋がるキス。

 潤んだ瞳に煽られるけど、華が苦しくなる前に解放した。

 肩で息して、華はくったりしてる。

 おでこに、瞼に、頬。順番にキスして、最後に唇に軽く。


「大好きだよ、華。」


 きゅうっと抱き締めたら華も腕を回してきて、二人で抱き締め合った。

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