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絵を描く黒猫  作者: よろず
一部
22/56

火曜 4

 東華(あずまはな)

 日本人。17歳。母は画家の東百合。

 5歳で発表した「白百合」がデビュー作。風景画を得意とする。寂寥感漂う色使いが特徴。

 本人は顔を出すのは好まないようだが、出回っている写真からは母の百合によく似た美しい顔立ちであると有名。


 東百合(あずまゆり)

 日本人。享年35歳。

 日本で開いた個展で知り合った画商と結婚。娘、東華を出産時に死亡。

 美しい日本人画家としてテレビに多数出演。


 …………………。



 寝る前布団の中、スマホで検索したら華の情報がたくさん出て来た。受賞歴。作品。写真。

 出て来た絵は、どれもこれも、寂しい寂しいって泣いてる。デビュー作だっていう白い百合の絵だけが、あったかい色使いで幸せそうだった。

 写真の華は綺麗なドレスや着物着て、化粧されて人形みたい。笑ってるのが一枚もない。最初に学校で見たあの表情。何にも興味が無い。瞳に何も映って無い。あの華だった。

 父親の情報は、海外飛び回って絵を売ったりしてるって事くらいしかよくわかんなかった。

 いつかもし会えたら、なんで華を独りにしてんのか聞いてみたい。


 そんなん調べて寝たからか、起きたらオレは泣いてた。また布団に潜り込んでた華が、オレをじっと見てる。


「秋。」


 涙で濡れたオレの頬に手を置いて、華はオレを呼ぶ。


「華、オレは華が大好き。」


 頬に置かれた手に擦り寄って、華を真っ直ぐ見返して、オレは笑う。

 側にいたい。笑ってて欲しい。寂しいって一人で泣かないで。

 たくさんの気持ちを込めて、笑う。

 オレを見て、華は嬉しそうに、可愛い花が開くみたいに笑うんだ。


「華、可愛い。大好き。華が笑うと嬉しい。」


 おでこに、瞼に、頬にキスの雨を降らせる。華がくすぐったそうに笑うから、最後に唇に、優しくキスをした。



 布団から出て居間に行ったら、母親が笑顔で台所から顔を出した。


「おはよ!華ちゃんには、ココアにしたの!ココア好き?」


 母親がマグカップ二つ持って来た。華にはココア。オレにはコーヒー。


「はよ。あんがと。」

「おはよう、秋ママ。」


 華の中では、母親は秋ママで定着したみたいだ。

 華が昨日くれた食パンに、イチゴジャム塗って三人で食った。

 今日も華の髪は母親がやって、スウェット姿の母親に見送られて家を出る。

 手繋いで登校して、昨日と同じようにテスト直前の勉強。流石にもう教師は驚かなくてちょい残念。


「秋、今日は絵を描く。」


 今日のテストも終わって、鞄持って華の所行ったらそう言われた。


「なら、今日はオレが華の家行って良い?邪魔しないから。」


 こくんて華は頷いてくれたから、オレは笑顔で華の手を取って歩き出す。

 昼飯は前みたいにコンビニで買って、華の家に行った。

 家に着いたら、華は寝室でパパの服に着替えて、ご飯はいらないって言って絵に向かう。オレはいつもの定位置で飯食って、勉強しようかなって教科書出した。

 でも、やめた。

 魔法使いみたいな華。華の手で形作られてく何かから、目が離せなくなった。

 オレは、絵の具だらけになりながら真剣に絵と向かい合う華を飽きずにずっと眺めてた。


 気付いたら外は暗くて、ふと華がそれに気付いたみたいに手を止めた。多分、電気つけんだろうなって思って、オレは立ち上がってスイッチを押す。

 電気が付いた事に気付いた華が、振り返ってオレを見て、ふわりと笑った。その笑顔だけで幸せになって、オレも笑い返して、また座って華の後ろ姿をじっと眺める。


 絵は、それからしばらくして完成した。

 夜空と夜景。この景色は、体育座りする華の側で、オレがここのベランダから見た景色と同じだ。

 夜景も、夜空も、濃い色なのに、ぼんやりあったかい。

 動きを止めて絵を点検するみたいに眺めてた華は、満足したみたいに頷いて、絵の端に何かを書いた。

 筆とパレットを置いた華が振り向いて、オレの側に来てぺたんて座る。


「秋。」


 じっとオレを見て名前を呼ぶから、オレも華を見て言葉を待つ。


「秋。…あのね、」


 珍しく華が言い淀んでる。でも、何かを言おうと頑張ってるから、オレは何も言わないでおく。

 でもなんか、華が真っ赤になって瞳をうるうるさせ始めた。口も、何か言おうとして、開けては閉じてを繰り返してる。


「秋。わたしね、」


 助け舟を出そうか悩み出したオレの前で、華はふるふる震えてる。


「……秋が、すき。」


 真っ赤になって震えた華が口にした言葉は、オレの心臓撃ち抜いた。


「もっと、言って。」


 口の端が上がって、オレは華に体を寄せる。

 華は、真っ直ぐオレを瞳に映してくれてる。


「秋が好き。」

「………嬉し過ぎて、どうにかなっちゃいそう。」


 心臓が壊れたみたいにバクバクして、体中の血が沸騰したような気がした。

 オレは華の唇に吸い寄せられる。

 リップ音をさせて短く二回。三回目は、ゆっくり、長く。真っ赤な癖にキスする間もオレをじっと見てる華からは、嗅ぎ慣れた絵の具の匂いがした。

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