火曜 1
「おはよう、華!」
「…………おはよう。」
挨拶してもらえた!
嬉し過ぎて、オレは笑顔が全開になる。
「華、名前、覚えてくれた?秋だよ?」
テンション上がったまんま纏わり付いて、自分の席に座った華の隣に屈み込む。
下から覗いてると、チラッと華がオレを見る。だけど何も言わないで絵を描きだす。
絵を描く邪魔はしたくないから、そのまま担任が来るまで絵を描く華を観察した。
華は、髪はボサボサだし、唇もカサカサしてる。短く切ってる爪の中には絵の具が入り込んでるし、外見に無頓着だ。
だけど、髪で隠れてる華の目は大きい。睫毛も長い。鼻と唇は小さくて形が良い。キスしたい。触りたい。
そんな邪なオレの気持ちも知らないで、華は絵を描いてる。机の上にあるペンケースの絵だ。目の前にあるから描いてるのか?
そんな事考えてる間に担任が来たから自分の席に戻った。
昨日と同じように休み時間の度に華の所に行く。
クラスのみんなは傍観する事に決めたみたいだ。
オレと仲の良いやつも放っておいてくれてる。
「華!一緒に食べよう!」
昼休みになって、近付くオレをまたチラッと見るけど答えない。
今日の華の昼飯はバナナみたいだ。
オレはというと、弁当持参。自分で作った。
オレの家は母子家庭だから、簡単な物なら作れる。
「華、肉団子あげる。」
餌付け作戦だ。
力作の肉団子を華の口の前に持っていく。
華は、避けた。
「手作り気持ち悪い。」
ショックだ。
頑張って作ったのに…。
ちょっと泣きそうになってるオレに気付いたのか、華が少し狼狽えてる。
困らせるのも悪いし、肉団子はすぐに引っ込めて自分で食った。
「だから華はいつも果物とか食パンなの?」
聞いたら、頷いてくれる。
「自分では作んないの?」
こくんて、華は頷く。
「へー、でもさ、バナナだけで足りる?」
華は、細くてちっさい。
なんか栄養が足りてなさそうな見た目をしてる。
「ちっさい手。」
目の前の手を握って、親指で手の甲を撫でてみる。スキンシップ作戦。
荒れてるけど、柔らかい手。
華はうざったそうに顔顰めてる。
いつも、これやると喜ばれるんだけどな。
手を解放すると、華はスケッチブックを開いて絵を描き始めた。
オレは残りの弁当を食いながら華と、華の描く絵を眺める。
真っ白な紙に、鉛筆が動く度に何かの形が出来ていく。なんか魔法みたい。
昼休みに華が描いたのは、オレの弁当だった。
放課後は、また華を追い掛ける。
「華、華、華、華、華?」
名前を連呼したら、華の眉間にちょっと皺が寄る。
「オレ、本当に華が好きだよ?」
そんなに煩わしそうな顔しなくても…オレはちょいショック。めげないけど。
「華はいつも果物食べてるけど、何が好き?オレはミカンが好きなんだぁ。そういえば、ミカンって食べ過ぎると手が黄色くなるっていうけど、マジだと思う?」
無反応。
「あ、焼き芋屋さんだ。華、焼き芋好き?食べる?」
「………食べる。」
よっしゃ!返事来た!
「ちょい待ってて?買ってくるから!先に帰らないでね?」
念押しして、焼き芋屋のトラックにダッシュする。
「おじさん!とびきり甘いの二個ちょうだい!」
おじさんが紙袋に入れてくれた焼き芋を抱えてダッシュで戻ったら、華は同じ場所に立って待っててくれた。
「お金。」
「良いよ、奢り。」
紙袋のまま差し出したら、なんか迷ってる。
「どうしたの?」
「…………熱い?」
「熱いよ。皮剥いてあげようか?」
半分冗談で聞いてみたら頷かれた。びっくり。
両手塞がって無理だったから、道の端の段差に座った。華はオレの前に立って待ってる。
皮剥いて、熱くないように紙袋で巻いて渡した。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
受け取った華は、なんか一生懸命息を吹き掛けて冷ましてる。猫舌なのかも。
小さい口を大きく開けてかぶりつく。はふはふ噛んで、飲み込んだ。
途端に顔がキラキラし始めた。
「美味しい。」
なんかめっちゃ感動してる。超可愛くてヤバイ。
「うまいね。」
オレも自分の分を座ったまま食べる。少しでも長く一緒にいられるように立たない。
目の前で立ったまま、華は一生懸命焼き芋を食べてる。
「もしかして、焼き芋初めて?」
聞いたら頷いた。
食べ終わったら、華は突然オレの隣に座ってカバンからスケッチブックを出した。
鉛筆を走らせて華が描いたのは、焼き芋。
ぶはって、オレは吹き出した。
「そんなにうまかった?」
聞いたら、こくこく何度も頷いてる。こんなに反応返してくれるなんて、焼き芋屋に感謝した。
「華、口の周りいっぱいついてる。」
口が小さいからか食べ方が下手なのか、華の口の周りは汚れてる。
それを華は、小さい舌でぺろぺろ舐めた。すっげーキスしたい。むしろオレが舐めたい。でも、警戒されると困るから我慢。
落ちたか聞くみたいにこっちを向くから、二回頷いて答える。
ゴミは纏めて受け取って、華のマンションまでの短い道を歩く。
「イチゴが好き。」
マンションの自動ドアに向かいながら、華が呟いた。
なんの事だ?って考えるオレをチラッと見て、華は行っちゃった。
その背中を見ながら、さっきの果物の話だって分かって、オレは嬉しくて堪らなくなる。なんか走り出したい気分。
家に向かって、ダッシュした。