木曜 3
オレはウキウキしながら華の家に入って、持ってたでかい皿置いてラップを取った。
「華、おめでとうって言って?」
不思議そうに皿を見て座った華にお願いする。
「おめでとう。」
「ありがとう!」
にこにこ笑いながら、皿からアップルパイを一切れ取って華に差し出した。
「美味しい?」
甘いもの好きな華は顔をキラキラさせて、美味しそうにアップルパイを食べてる。その姿を見てるだけで、幸せで死にそう。
今日は、オレの誕生日。
アップルパイの二切れは母親の為に家の冷蔵庫に入れておいた。
華からは昨日、最高のプレゼントと、勉強終わって帰る時にリンゴをもらってアップルパイ作った。
生地は冷凍のだけど、意外と上手く焼けた。オレ天才。
「美味しい。」
アップルパイの合間に、水筒に入れて来た温めの紅茶を飲みながら華が笑う。
結構ボリュームたっぷりに作ったから、華は一切れでお腹いっぱいになったみたいだ。
オレも華に食べさせてもらって、アップルパイを堪能した。
「ね!華は誕生日いつ?」
昨日のラプンツェルヘアーが可愛かったから、今日もそれにしようと鏡に向かって、華に聞く。
「8月7日。」
「あぁ。だから名前がハナ?」
なんか納得。
でも華は頷かないで鏡越しにオレをじっと見てる。どうしたの?って首を傾げて見せたら、口を開いた。
「ママが、百合なの。」
言葉の意味を考える。
百合は花で……ゆりの花。なるほど。
「百合の、華?」
華が頷いた。
「ママが考えたの?」
「パパも。」
なんだ、ちゃんと愛されてるんじゃん。なのに父親、なんで華を独りにしてんだよ。
「良い名前だね。」
鏡越しに、華がふわっと笑った。
残ったアップルパイは、放課後勉強の時にまた食べようって華の家の冷蔵庫に入れた。
一切れラップに包んで学校に持って来たやつは、丁度下駄箱で会った祐介に渡す。昨日の良いきっかけのお礼。
「サンキュー!誕生日おめでとう、秋。」
「おう、サンキュー。」
華と手を繋いでるオレの前を歩きながら、祐介は早速アップルパイにかぶりついてる。
「うめぇ!女子力たかっ!」
「華に尽くす為に頑張ってるからな。」
うめぇうめぇうるさい祐介に茶化されながら教室入って、鞄置こうと席に向かうオレに、華がそのままついて来た。
「華?」
なんか言いたい事あるのかな?って、椅子に座って目線を合わせる。
「秋、誕生日?」
「うん。」
「誕生日は、おめでとう?」
「うん?」
言いたい事が見えてこなくて首を傾げるオレを、華はなんか不安そうに見てる。
不安そうな華の両手を握って、華の謎掛けみたいな言葉の意味を考えて……わかった。
「華の誕生日は、おめでとうしないの?」
華が頷いた。
「一回も?」
また頷く。
「パパが、泣く日。」
父親、殴りてぇ。
どれだけ奥さん愛してたのかとか、オレにはわかんない。だけど、だからって、娘を蔑ろにして良い訳ない。
オレは、両手で華の顔包んで、おでことおでこを合わせる。
華の瞳、真っ直ぐ覗いて、にっこり笑う。
「オレは、産まれて、華に会えたのがすげぇ嬉しい。だから、オレはおめでとうが良い。」
華はオレの瞳じっと見返して、少し考えてる。それから、口を開けた。
「秋、誕生日、おめでとう。」
「ありがとう。」
オレが笑顔になって、華もつられるように笑う。
8月7日、盛大に祝ってやろうって、心に決めた。
「なんか、秋が昨日泣いたの、分かったかも。」
朝のホームルーム中、祐介が呟いた。
そんな祐介をチラっと見て、オレは頬杖ついて二列向こうの華の背中を見る。
「華のうちって、なんにもないんだ。」
「一人暮らし?」
「そう。なんかすごい状態だった。」
大掃除前の華の家を思い出して、オレは苦く笑う。
父親何してんだろって思って、激しくムカついた。
「なんか秋、オカンみたいだな。」
「なんでまた一緒に食ってんだよ。」
オレの至福タイムをまた祐介が邪魔してくる。
不機嫌に睨むオレを、祐介は楽しそうに見てやがる。
「苦いの嫌。」
そんなオレらの前では、華がピーマンを拒否してる。
「苦くないよ。食ってみて?」
「嫌。」
華は断固拒否の姿勢だ。
「でも華、実はピーマンちょくちょく食ってんだよ?」
オレは細かくピーマンを刻んでいろんな物に混ぜて、華は気付かずに食べてる。だから、今日はあからさまにピーマンってわかる状態で持って来てみた。
「今まで、オレのご飯うまかっただろ?」
華は疑うようにオレをじっと見て、食べた。
「苦くないだろ?」
咀嚼しながら、ちょっと驚いた顔してんのが可愛い。
ご褒美代わりに、華が好きな甘い卵焼きを差し出した。
これでピーマン克服だ!
「東さん、お菓子食べる?」
ごちそうさまして、スケッチブックを取り出した華に祐介がお菓子を差し出した。けど華は無視。ざまあみろ。
「な、これ、秋がやってみて。」
祐介が言ってくるから、袋から一本取って華の口の前に持って行く。食った。
「か、可愛い!!」
「やっぱな。そんな気した。」
その後また、祐介が差し出して無視されて、オレが差し出したら食べるってのをもう一回やった。
何故か祐介が満足そうだ。
「良かったな、秋。」
にって笑った祐介に、オレも笑う。
「華、大好き。」
言ったら華が絵から顔を上げて、ちょっと笑った。
夜の遅い時間。
布団で寝てるオレの頭を、仕事から帰ってきたばっかの母親が撫でてきた。
オレは起きてたけど、そのままじっとしてる。
「誕生日おめでとう。産まれてきてくれてありがとう、秋。」
小さな声で母親が言うこれは、毎年の恒例行事。毎年、オレは起きてるけど寝たふりする。でも今年は、伝えたい事があった。
「産んでくれて、ありがとう。」
途端に抱きついて来て母親が泣くから、照れ臭くてオレは、そのまま寝た。




