土日 2
台所を磨くオレを、華は体育座りでじっと見てた。段々黒猫の世話をしてる気分になってくるから、笑える。
ピカピカになったコンロとシンクに満足した所で、そういえばって思い出す。
鞄から小さい容れ物を出して、体育座りしてる華の側に座った。
「手、貸して?」
華はじっとオレを見て動かない。警戒してる猫みたいな華が可笑しくて、笑いが込み上げる。
「痛い事も怖い事もしないよ。」
笑っていうオレを見ながら、恐る恐るって感じで華は手を差し出した。
容れ物からハンドクリームを取って、オレの掌であっためてから華の手に刷り込む。
「良い匂い。」
華が鼻をくんくんしてて、可愛い。
「桜の香り。季節外れだけど、良い匂いだろ?」
昨日の帰りに見つけて買ったハンドクリーム。オレにとって、華は桜のイメージ。多分、最初に見たのが桜を描いてる華だったからだ。
イチゴ味のリップに桜の匂いのハンドクリーム。オレの鞄に、華の為の物が増えてく。
「気に入った?」
聞いたら華は頷くから、なんだかすっごい幸せな気分でオレは笑った。
「また、明日来て、掃除しても良い?」
七時過ぎたし、今日はもう掃除は微妙だなと思って聞いてみた。
「いいよ。」
すぐに答えてくれたのが嬉しい。
人の家で掃除しまくる変なやつになってるけど、気になるんだから仕方ないと思う。
明日こそ床の埃撲滅だって誓って、玄関で靴を履く。
「また明日ね。」
「……また、明日。」
返って来た言葉に満足して、オレは玄関を出た。今日の夕飯と明日の事を考えながらの帰り道は、なんか楽しかった。
頑張って働いて、昨日と同じく休憩室のレンジであっためたタッパー持って華の家に急ぐ。
今日はグラタン。冷めない内に食わせたい。
華の家に入ると、あの絵が無かった。
消しゴムで綺麗に消したみたいに真っ白に戻ってる。
「華、昨日の絵は?」
既に座って餌待ち状態の華に聞いたら、首を傾げてる。
「木と空の絵、どこ行っちゃったの?」
あんな大きいものが消える訳ない。でも部屋の中には見当たらなかった。
「持って行った。」
「誰が?」
「持って行く人。」
なんか、謎掛けみたいだ。
グラタンがこれ以上冷めても困るから、待ってる華の隣にオレも座る。
「これは、冷凍食品です。」
華にじっと見られながら、毎回の暗示。
やっぱり華はグラタンが好きみたいで、持って来た分ほとんど食べた。苦しそうにお腹さすりながらのごちそうさまでしたが可愛かった。
残りはやっぱりオレが食べさせられて食事が終わった。
さて掃除だって、立ち上がって気が付いた。
台所に、手付かずの高そうな店のっぽい弁当がある。
「華、これは食べないの?」
華は頷く。
「秋の方が美味しい。」
なんだよ、それ。
嬉し過ぎて、かぁーっと熱くなった。こんな高そうな店のより、オレが作ったやつのがうまいとか、最高の殺し文句。
「で、でもこれ、食べたくて買ったんじゃねぇの?」
「持って来た。」
「誰が?」
「持って行く人。」
一瞬父親かと思ったけど、違うみたいだ。
謎掛けみたいな華の言葉に、眉間に皺を寄せて考える。考えながら見回した台所は、りんごの箱が新しくなってて、冷蔵庫の中のバナナと食パンも、新しくなって増えてた。
「ねぇ、華。持って行く人って、誰?」
体育座りでまたオレの動きを見てた華の側に戻って、オレも座る。
華は首を傾けてオレを見てる。
「親戚の人?」
華は首を横に振る。
「家政婦さんとか?」
また首を横に振る。
「パパの会社の人。」
よくわからんが、海外にいる父親の会社の人がたまに来て世話をしてくれてんのか?その割りに部屋が酷い状態だったのは無視なのか?
「よく、来るの?」
「持って行く時だけ。」
「……りんごとかバナナはその人が買ってもってくるの?」
「持って行く時だけ。」
「持って行かない時は?」
「運ばれてくる。」
んー?世話をしてくれてる訳ではない事はわかった。
パパは海外、ママはお空。
華が描いた絵をパパの会社の人が持って行く。その時ご飯を持ってくるけど、しょっちゅうじゃない。だからやっぱり、華の生活の世話をする人は近くにいないのか。
なんとか頭の中を整理しながら、掃除機で埃の撲滅。華は何故か体育座りのまま、オレをじっと観察してた。
玄関の埃撲滅を終えたオレが戻ると、華は体育座りしてた場所で丸まって眠ってた。華は実は前世猫だったんじゃねぇかって考えながら、華の側に胡座で座る。
寝顔見てたら、なんかオレも眠くなってきた。バイトの後に連続大掃除は、流石に疲れた。
少しだけって思って、華の近くで身体を横たえて、目を閉じた。
「体、いて〜」
固い床で寝たもんだから、目が覚めたら体が軋んだ。伸びして体伸ばして目を開ける。
「華?」
真っ暗な部屋の中に、華がいなかった。
体起こして床に座ったまま見回したら、カーテンが揺れてる。立ち上がって、カーテン潜って開いた窓から外を覗いたら、華が体育座りで空を見てた。
オレが顔出してもそのまま空を見てるから、オレはベランダから見える景色を眺めてみる事にした。
結構良い景色。ちょっとした夜景が綺麗だ。空も、秋の澄んだ空気のお陰か星が少し見える。
「どうした?」
景色を堪能してから振り向いたら、華がこっちをじっと見ててちょっとびっくりした。
「秋。」
「なに?」
「秋は、変。」
なんかしみじみ言うもんだから、ぶはって笑って、オレはそっかって返す。そうやって笑うオレを、華は相変わらず猫みたいにじっと見てた。




